とある者の記録
素材を渡して二日後。急ピッチで製作が進められた装備が完成したとの事で一行は工房へと集まった。
「これが防寒具かぁ・・・ってドロワーズじゃねぇか!」
下半身用の防寒具としか聞いていない響也は用意された物を見て素っ頓狂な声を上げた。
「防寒具には変わりないだろう?」
そう言われてもドロワーズは女性用の下着に分類される衣服である為、いくらズボンに近い形状とは言え『女性用下着を履く』と言う行為に拒否感が現れた響也はセルジュの元へと向かい耳打ちを始める。
「俺達の分だけでもどうにかデザイン変えられないか?」
「でも防寒具だし、僕は別にこれで構わないよ。そもそも見えないし。」
丈の長いコットを着ているセルジュからすれば下半身を曝け出す訳でも無い為、肯定的な意見を響也へ返す。
一方響也が履いているのはブレー。隠すにも上半身はチュニックである為、否が応でもドロワーズが見えてしまう服装である。
「凄く可愛いです!」
ジョゼは機能性よりもデザインに惹かれ、両手で広げると見惚れるかの様に目を輝かせている。問題のルイーザはと言うと、全員の中で最も足の露出面積が多いのだが全く気にせず。元を正すとドロワーズは『見せパン』の一種である為、この状態が適切とも言える。
店主のドワーフに五千マルク耳を揃えて支払いを終えると次に向かったのはアイゼンを依頼した工房。入るとそこには、やや大きいバグベアの爪を加工し、底だけで厚さ五センチ程まで肥大化したアイゼンが既に用意されていた。
「おぉ、少し大きいけど立派なアイゼンだ。・・・まぁ本物のアイゼンは見た事も無いんだけど。」
「爪の強度を考えて多少飛び跳ねても折れないぐらいにしてある。ただ、お前さんの説明と予算から鉄は殆ど使ってない、無理はするなよ。」
強度を保つ為底が厚くなっているアイゼンは一見頼りない見た目ではあるが、ちょっとやそっとの力では壊れない堅牢さを持っている。この出来には本物のアイゼンを直接手に取って見た事の無い響也もアイゼンと認識してしまう程。
そしてゴーグルだが、こちらもこの工房が出掛けた物らしく、鍛冶師用のゴーグルを頭巾状にし、後頭部の紐を締める事で密着させる仕組みになっている。袋状にして被るだけだと風で暴れる危険がある為、縛る用に後頭部が出てしまう事に関しては目を瞑るしかない。尚、手袋も同じく鍛冶師用の物をそのまま流用している。
「こっちも良い出来だな。側が皮、中が麻で出来てるから中々暖かい。」
防風ゴーグル検め防風頭巾を外し感想を述べるルイーザ。彼女の言う通り、外側は皮で出来ているのだが、肌の触れる内側は麻を使い耐熱性を上げている。本来熱が自分に伝わらない様にする為の物ではあるが、逆を言えば自分の熱も外へ出ないと言う事。これには十分な防寒効果があると確信し、武器装備に興味の薄いセルジュも速く試してみたいと言う心の現れが目で見える程喜んでいた。
支払いを済ませた一行は一度宿屋へ戻ると出発の準備を初め、全員が完全装備をしお互いの顔を見合わせる。
王都を出て十日以上。ドワーフの集落だけでも一週間以上の足止めを食らいつつも全員が一つの目標に向かって歩み続け、やっと今日出発する。そんな全員が目を合わせ頭に思いついた言葉が一致した。
『暑い』
全員が汗だくになりながら防寒具を脱ぐと再び荷造りをし直す事に。幸先が不安になる様な光景に対し、一行は呆れる所か「今着る必要ないじゃないか。」と言うセルジュの言葉にダムが決壊し大笑いし始めた。すると今度は「何故誰も気が付かなかったのか。」「着ている段階から扱ったじゃないか。」と次々に言葉が飛び交い五分もの間笑いが絶える事は無かった。
「長い間世話になったなベン。いつになるか分からないが帰りにまた寄らせて貰う。」
「おぅ。その時はまたでっけぇ音立てれば迎えに行くさ。」
未だ笑いが止まらない響也とセルジュの代わりに挨拶を済ませたルイーザ。今にして思えば、ベンがあの時自分達を見つけていなければ廃坑で未だ迷子になったままの可能性もある。その事にも感謝し、さり気なく代金を多めに渡すと「何時まで笑ってるんだ。」と二人の首根っこを掴みながら宿から出て行く。
集落を出て一時間後、洞穴の先に雪景色が見え始めた一行は防寒具を着こむと少しばかり体を動かし問題が無いかをチェックする。
「まだこの段階じゃ暑いぐらいだが動きもそれほど悪くない。俺の防寒具は問題なさそうだ。」
最初に準備が出来た響也はそう言うと一人洞穴の外へ出てアイゼンの調子を確かめ始めた。幅自体は広くない為、足は埋まるのだが分厚い靴底部分のお陰で脛より下が埋まる事は無く、滑り止め効果もこれだけの雪の中では悪いとは言えない程の性能を実感した。
「良い感じだね。じゃあ体力があるうちに登るとしよう。」
響也の動きからアイゼンに問題は無い事を知るとセルジュは全員に声をかけ登山を開始する。今度は全員が逸れたり危険にならない様、全員の腰をローブで結ぶ事にした。五メートル間隔でローブの最後には体力の一番少ないセルジュ。続いてサポートが可能なジョゼ。先頭は響也が歩き、その間にルイーザが居ると言う隊列である。
登山開始一日目。
登山開始から二時間後、セルジュが休憩を求めた為かまくらを作成し暖を取る。しかし竈になる様物どころかまともな木材も見つからなかった為、凍り付かない様懐に入れて置いた水と干し肉のみを摂取するしかなかった。
休憩後再度登り始め数時間経った頃、暗くなってきた為、ビバーグ出来る場所を探すが見つからず、仕方なくゴーレムから巨大なかまくらを作り寝床とする事に。同じくランタンや松明以外の火は使えなかったのでひもじい食事となった。
登山開始二日目。
朝起きるとオイルが無くなりランタンの火が消えていた為、目を開けても何も見る事は出来ず、取り合えず換気用に明けた小さな穴を広げようと手を入れ込むと強度が落ちていたかまくらは崩壊。全員が寝耳に水どころではなくなりこっぴどく怒られる響也であった。
「ん?何だあれ。」
先頭を歩く響也の目に飛び込んできたのは広場の様に開けてはいるが、そそり立つ壁が行く手を拒んでいるかの如く行き止まりになった場所であった。
「谷に沿ってきたのは失敗だったか?」
進む道を一本化する為、道と言えるであろう谷部分を進んできた一行であったが、ここにてその歩みが止まってしまう。
その壁は不気味な程存在感と威圧感があり、ここまで来ると逆に何かあるのではないと勘ぐってしまう程立派な物。ゲームの場合ならばこう言う所にこそ何かがあると考えた響也は壁に近づき辺りを見渡し始めた。
「キョーヤさん!これ見てください。」
先に何かを発見したのはジョゼであった。呼ばれた響也は勿論、呼ばれていないルイーザとセルジュも気になりジョゼの元へ向かうと、今にも朽ちてなくなりそうな看板が落ちていた。
「何でこんな所に看板が?しかしよくこの風で・・・。風が・・・無い。」
ジョゼが居たこの場所は不思議と風を受けず、頭巾を外しても瞬きが可能な程寒さも和らいでいる。この異常さにセルジュは辺りを見渡し始め、何かを探す様な素振りをする。
「多分何かの魔石か魔法の影響だ。近くに魔術師は居ない様だし、近くに変わった魔石があるのかもしれない。」
そう言って看板の周りを掘り始めるセルジュなのだが、響也が興味を持ったのは魔石でも魔法でも無く、看板そのもの。何故興味を持つのかと言われれば、そこに書いてあった内容が響也にとっては当たり前だが何カ月も目にする事の無かった文字が書かれていたのだ。
「『裏口』。」
「どうした急に。」
急に呟く響也に対し疑問を持ったルイーザが尋ねると、どうも響也の様子がおかしくそれ以上強く聞く事が出来なかったのだが、響也はそのまま看板のあった先の壁の岩をを調べると十センチ程の不自然な穴を二つ程発見する。穴の開いた四角い岩に壁。この二つから連想し導き出した物は。
「この岩は引き戸だ。恐らくこの岩の裏は空洞になってる。」
それを聞いたルイーザとジョゼは穴に指をかけそのまま右方向へ引くと、響也の予想通り奥へと通じる洞穴が姿を現した。
「よく分かったね響也。」
「ご丁寧に書いてあったんだ。その看板に。」
「看板に?・・・何これ?模様じゃなくて文字だったの?」
看板に書かれていた文字は響也にしか読む事の出来ない文字、日本語が使われており、逸れ即ち書いた者が日本人外ならぬ事を記している。
「これが響也の言っていた『ニホンゴ』か!?何か随分とごちゃごちゃした文字なんだね。」
今度は日本語に興味を持ったセルジュではあったが、目の前に広がる洞窟と看板の文字どちらを取るかと言われれば勿論洞窟である。四人はこの先にも何かあるかもしれないと気を引き締め松明を片手に入り込む事にした。
洞窟内を歩いていると目にする看板には全て『頭上注意』『足元注意』等の注意書きが書かれており、まるで誰か来客者が来た際に安全に進めるよう促していると受け取れるが、書かれている文字が日本語である以上、この世界の人間には意味の無い行動である。これら一連に響也は二つの考えが浮かぶ。
『もう一人の日本人の為』
『この世界に来た日本人の為』
しかしもう一人日本人が居れば口頭で説明すれば良い。となると答えは後者の『この世界に来た日本人の為』と思われる。だとしても何故こんな雪山に来る日本人の為に態々看板を設置したのか。その答えは一番奥の部屋にあった。
「何だこの部屋。」
そこには六メートル四方に囲まれた部屋があった。入口は引き戸になっており、一段上がった床板が敷かれており、中には朽ちた本や農作業用の道具が置いてある。まるで古い日本家屋の中の様な光景を目の当たりにした響也は、ここに日本人が居た事が嬉しくなり、ブーツを脱いでボロボロの床板を歩き始めた。
「あぁ、ローアケルド式の建物なのか。」
セルジュ達も響也に続いて中に上がると、目に付いたのは恐らく布団と思わしきもの。あまりの古さに布団と呼んで良い物なのか判断できず、その布には僅かな膨らみが確認出来た為、セルジュは三人に見えない様に捲る。そこには想像していた通り、この部屋の持ち主と思われる者の遺骨があった。
一方響也は机と思わしき木の上に置いてあった本を発見する。変色も激しく、何色と言って良いのか分からない本を手に取ろうとすると、ダミアバルでも起きたように本が灰の様になり形が崩れてしまう。これに対し、前回は試せなかったサイコメトリーを発動させ、本に書かれた物を見れるかを時間をかけて実施する。
気を抜けば白い世界に意識が持って行かれそうな感覚に耐えつつ、響也は何とかサイコメトリーを成功させ、その映し出された映像<ヴィジョン>は読み込んだ本、日記の内容だった。
日記に書かれていたのは遺書にも近い別れの文章。自分の半生を書き出し、終わると日記に石を乗せた場面で映像<ヴィジョン>は途切れる。その日記の内容は響也の集中力の問題もあり、途切れ途切れでしか見る事が出来ず、内容を把握する事は不可能であった。
しかし、響也は重要な『元の世界に帰る方法』を記載していた部分だけは鮮明に覚えている。が、その内容は想像を絶し、驚いた響也は無意識にサイコメトリーを解いてしまい、その場へ尻餅を付く。
「大丈夫ですか?キョーヤさん。・・・あ、これは。セルジュさん!」
呼吸の安定しない響也に駆け寄り肩を支えるジョゼは、ボロボロの本の上に乗せられた石を見てセルジュを呼んだ。
しかし、セルジュの到着を待つ前に石はその場で砕け、それと同時に部屋全体から砂がパラパラと降り始める。何が起きたのか分からない一行ではあるが、急いでブーツを履くとルイーザ先導の元急いで来た道を引き返す。途中の看板があった部分、頭上注意の部分は上部が崩れ、足元注意の部分では大穴が開く等の状況に素早く対処し、何とか最初の引き戸まで脱出した。
「洞窟。無くなっちゃいました・・・ 」
全員が脱出すると同時に洞窟は完全に潰れ、二度とあの部屋に行く事は出来なくなった事を理解した三人は響也が落ち込んでいると思い声をかけようとするが、当の本人は落ち込みと言うよりは絶望に近い顔をしていた為、頬を叩きながら意識があるかを確かめ始めた。
「あぁ、大丈夫だ・・・。ただ、帰る方法なんだが・・・」
虚ろな瞳で空を見上げながら響也はそこまで言うと黙ってしまう。
『帰る方法は無い』とでも書かれていたのだろうと察した三人だが、方法が無いと書かれていただけの反応ではないと思い、響也が口を開くのを待ち続けた。
数分後、再び開いた響也の口から出た言葉は、空想的且つ、非現実的、そしてあまりにも非人道的な内容であった。




