四人の懐
八千マルクと言う大金。他の道具は貰い物ばかりで元手はタダなのだが、ルイーザの言う防寒具のみはどうしても買う必要性が出てくる。これに関しては自分達で真似をしようとしても全員が全員手先が器用と言う訳でも無く、完成したとしても登山に耐えられるかと言えば疑問の品になってしまう。
「確かに足元は重要だ。雪山登山で足を冷やしたが為に壊死した何て話もある。」
「壊死?そんなにまで酷いんだね。僕達はちょっと雪山を簡単に考えすぎていたのかもしれない。」
響也の話を聞いて正論を述べるセルジュ。実際、用意したのは防寒用の毛皮コートとフード、そして手製のかんじき。これだけで登れる程雪山は甘くない。
「方法は三つ。死を覚悟して今の装備で登る。ここに滞在して稼ぐ。一度引き返して代金を工面する。どれが良い?」
セルジュの出した選択に全員が考え込む。暫くの沈黙の後、最初に口を開いたのはルイーザであった。
「私が王都に戻って金を工面しよう。三人はこの宿で待機していれば良い。幸いにも安い値段で泊まる事が出来・・・」
「お前、代金の件は自分で持って来た話だから自分だけで解決しようとでも思ってんだろ?」
彼女の言葉を最後まで待たず、遮るように発言をする響也。四人でここに来ると決めた以上、単独での行動は許す訳には行かないだけでなく、ルイーザにのみに負担をかけると言う事も今の三日月には見逃す事の出来ない行動である。
「俺はここに留まり働くに一票だ。バグベアが入り込んだりするなら近くにいる筈だし、素材集めも一石二鳥になる。」
「確かに、相手がドワーフ族だから価値観は違うかもしれないけど幾らかの収入になる筈だね。僕も働くのが良いかな。」
男二人は働く事を選ぶのだが、女性陣はどうも消極的な様子で顔を見合わせている。その理由は冒険者相手の街とは違い、ここに居るのは自分達を除き全員がドワーフ族。つまり、売るも買うもドワーフ族である為稼ぐのに全く適していないと言う点である。勿論、ジョゼは会話が出来ないと言う事も上げられるが。
「僕もその点は気になったけど、ドワーフ族は御者相手に商売をしてるんだから回数は少なくてもソコソコの額が動くと思うんだ。如何せん武具だしね。」
セルジュが言いたいのは『武具の売買が出来る程金はある上に、御者が来るならば御者相手に素材を売買すれば良い』と言う事。短期間で見るのではなく長期間で見るのならば金を稼ぐ事は不可能ではない。
「そうか、言われれば短期で考えていたな。私はそれで良いがジョゼは大丈夫か?」
「・・・頑張ります。」
それから三日。この集落からはオルレーヌ霊山の麓近くまで繋がっている洞窟もある為、外へ出ては素材になりそうな魔物を倒し、ついでに食材も探す事で食費を抑えるルイーザとジョゼ。
その一方、セルジュはまだ幼いドワーフ族に勉強を教え、鉱石を始めとする知識を与える先生として、響也は染みついた雑用係を複数の店で持ち回りアルバイト代を稼ぐと言う方法を取って居た。
「やっぱりドワーフ族は小さくてもドワーフ族だよ。計算式より鉱石の話の方が真剣に聞いてくれる。」
料理屋にて人参を片手にルイーザとジョゼへ報告するセルジュ。
「鉱石か。魔物を狩るより探鉱の方が良いかもしれないが、石に関しては知識が全くないから逆に手間になるか・・・。」
より効率的に稼ごうとしても知識が必要とあらばルイーザには向かず。するとその時ジョゼが財布を手に持ちセルジュへと突き出す。
「でも今日は色々な薬草を取って来たので、見てください。」
今日一日の稼ぎとして八百マルクもの金が入っており、これにはセルジュも驚く。
「この村では薬になる物が貴重らしくて、中には乾燥させて磨り潰した粉を薬として飲む事もあるみたいです。」
温度が高く乾燥したこの集落では薬草の類が自生せず、栽培するにも育たないと言う欠点があった為、薬草は高く買い取ってくれるとの事だが、勿論ドワーフ族も自分達で取りに行く事もあり、麓付近ではそう多く採取できる物では無い為、毎日の稼ぎと言う訳にはならない。
「ところで響也は?」
ルイーザの質問に黙って自分の右側を指すセルジュ。その方向に顔を向ければ小さな厨房で芋の皮むきを行っている響也の姿が目に入った。
「あぁ、このスープの芋は響也が用意した物か。」
そう言ってルイーザはフォークに差した芋を一口で食べると自分の財布の中を確認し始めた。現在の手持ちは約千三百マルク。これはジョゼと二人で稼いだ代金も含まれている。そんな姿を見たセルジュは持っていた人参を食べ終わると自分の財布を机の上に出す。
「僕は九百マルクって所かな。教師と言う訳でもないし、多くは貰えてないよ。」
合わせて三千マルク。日当と言う意味では王都とあまり変わりはないが、普段の任務よりは低い額である為八千マルクにはまだ及ばず。
「そう言えば響也は幾ら稼いでるんだ?」
「それは僕も知らないんだ。僕らが寝る時にはまだ帰って来てないし。」
「私達が麓に行く時には寝てますもんね・・・。同じ部屋に居るのに全然話してない。」
三人の会話が聞こえたのか、厨房から出てくるなり「何か久しぶりだな。」とセルジュの隣の椅子に腰を掛けた響也は、返事も聞かず机にあったパンに齧り付く。
「仕事は?」
「今日は終わり。ずっと働きっぱなしだったから店長が休めってさ。」
響也との三日ぶりの会話だが、当の本人は先程の『何か久しぶり。』のみで特に募る話も無い様で。一人黙々と食事をしている。
「僕らは今三人で三千って所なんだけど、響也はどれぐらい溜まった?」
その言葉に手が止まり変な汗をかき始める響也。何か聞いてはいけない事と聞いてしまったかの様な空気が流れ、そっと口元にあったフォークを下ろすと目を会わせない様に返答をする。
「え~っと、ほら、まぁ・・・色々三人は得意分野だし?俺はその、雑用な訳で皆に比べれば少々少ないと言うか?」
目の焦点だけでなく会話さえも合わない言い方に悪い予感がした三人は顔を近づけ「いくらだ?」と威圧すると観念したかの様に溜息をつき、
「四百・・・」
とだけ答える。自分の食費を出したとしても日当二百あるかどうかと言うレベルである。これには三人も顔を見合わせ「まぁ、雑用ならそうだな。」と慰めるのだが、返ってこの優しさが響也の心に深く突き刺さる。
「そう言えば、今日は御者が来るらしいよ。」
「おぉ、そうか。なら素材を売りに行かないとだなぁ。」
「そうですね。何か売れれば良いんですけどねぇ。」
明らかに話題を逸らそうとしているのが見え見えではあるが、それでも落ち込んだ響也は顔を上げない為、居ても立っても居られず三人は「食べ終わったらゆっくり休んでて。」と料理屋を飛び出して行った。
その三人と入れ違いに一人のドワーフ族の男が店に入ると「おぉ居た居た。」と肩を落としている響也の元へと歩いて来る。
「よう、お前さん。あのアレス族の仲間だよな?あれから顔を出さないもんで出て行ったかと思ったよ。」
そう話しかけられても響也はその場から微動だにせず、聞いているのかさえ分からない状態になっている。
「あのアレス族が言った通り、防寒具として売ったら買い手がついてね。アイディア料としてその差額を伝えに来たんだが。」
ドワーフ族は根っからの商人である為、金に繋がるアイディアを出した場合、そのアイディアを買い取ると言う方法を採用している。この場合、売ったアイディアを別の者に売る事を禁止しており、発覚した場合倍以上の代金を支払わされるのだが、このドワーフはルイーザに説明なく買い取ったらしい。
「金に困ってるんだろ?俺達は腐っても商人であり技術者だ。慈善事業はやらないが道理は通す。」
所詮アイディアはアイディア。思い付きを買い取ると言っても多寡が知れた額にしかならないと思った響也は「何十マルク安くなるの?」と気の抜けた声で質問をする。
「まぁ、物を作ったのは俺だからな。アイディアのみってだけだから安く見積もらせて貰った。支払い金額はざっと五千マルクだ。」
「おぉ~安くなってるなぁ。帰ってきたら伝えて置くよ~。」
「そうか。じゃあ宜しくな。」
気の抜けた返事をする響也に伝言を頼み店から出て行くドワーフ。その一方、響也はブツブツと一人天井に話しかけていた。
「良かったなぁルイーザ。五千だってさぁ、五十じゃないんだよ~・・・五十じゃない。・・・五千?」
自分の口に出し額を認識しようと頭を整理する。
「五千?!」
大声を上げて支払い金額を理解した響也は店を飛び出し作ほどのドワーフを探すのだが、既に姿は見えず一人ポツンとその場に立ち尽くしてしまった。
「結構良い綿だな。」
「結構安く手に入れられましたね。あと羽毛も沢山。」
集落に来た御者相手に魔物の素材を売り、その代金で余って荷物になるからと安く羽毛と綿を買い取った三人は良い収穫だったとウキウキ気分で宿へと向かっていた。
「あと必要なのはなんだっけ?羊毛?」
「それと真鍮だ。まぁこの二つはこの村でも買えるし、取り合えずはこれで十分だな。皮なら私とジョゼがいくらでも取って来れる。」
防寒具を作るのに必要な外来品を全て入手した事を確認すると、近所に来たついでだからと言う事で工房に寄って剣の研ぎに向かうと言い出したルイーザは荷物をセルジュに預けると軽い足取りで武器工房へと歩き出した。
しかし、ルイーザは『自分の荷物』の中に御者から買った食材が入っている事を気にも留めていなかった為、荷物を受け取ったセルジュはその場から一歩も動けずに居た。
「私が持ちますよ。」
「ありがとうジョゼ。」
工房に着いたルイーザは背負っていた大剣を下ろすと大声で店員を呼び出し研ぎ直しの依頼をするのだが、武器工房のゼラムより先にルイーザの声に反応したとあるドワーフが声をかけて来た。
「お前、黒髪と一緒に居たアレス族だよな?」
「そうだが、私に何か用か?」
「この間、棘付きの靴底が欲しいって話をしていてな。儂らも棘付きの靴は考えたが、靴底にすれば色々な靴にも使える汎用品になるってのには気づかなくてな。そのアイディアを買おうかと検討してたんだが、いつも忙しそうで話しかけられなかったんだ。」
「つまりどういう事だ?」
「黒髪のアイディアを買おうと思うから話がしたいって事だ。」
長い話は理解しようとしないルイーザに対し少し呆れ気味にだが簡単に説明をするドワーフ。
「分かった。後で話をするよう伝えよう。場所はここで良いか?」
「いや、俺の修理工房に来て欲しい。黒髪なら場所を知っている筈だ。」
会話が終わるといつの間にか来ていたゼラムはルイーザの大剣の見積もり見繕っており、丁度終わった所であった。
「今急ぎの仕事が来ててな。今預かっても良いが仕上がりは明日になる、それでも良いか?」
「構わない。別に急いでいる訳では無いからな。では頼むぞ。」
そう言ってルイーザは大剣をゼラムに預けると、先程の話をする為、既に一行が帰って来ているであろう宿へと向かう。
「つまり今全員で二千と八百だから、後二千四百貯めれば五千マルク。まさかこんなに早く事が進むとは思いもしなかったよ。」
「元が八千だったらまだ半分も行かないもんな。それにしてもよく綿が手に入ったな。」
「元々八百マルクする物をルイーザさんが値切って安くなったんですよ。」
宿では三人が現状について話し合っていた。響也は防寒具が値下がりした事、二人は必要な量の綿と羽毛を仕入れた事を報告しており、目標額まであと少しと言う所まで来ていた。その時、宿代や食事代を自分が管理している事を思い出した響也は財布を取り出すと逆さまにし、中身をそのまま机の上へぶちまけた。
「そう言えばお金はゼロじゃなかったもんね。」
「宿代はこっちから出してるが、食事代は俺のバイト代から引いて貰ってる。だからまだ残ってる筈だが、いくら残ってるかな?」
響也の稼ぎが低かった理由はコレ。三人が気にしないで済む様、共有の財布からではなく自分の稼ぎから全員分の食費を出していたのだ。そして机の上に乱雑に散らばった金を全員で数えた所、合計金額は約千百マルク。合計すると三千九百マルクになる。
「これならもうすぐですね。でも全部使っちゃうと明日から何も食べれません・・・。」
「それは言えてる。やっぱり防寒具だけじゃなく、通常の生活費も欲しい所だよね。今回はキメラの時と違ってクエストで来た訳じゃないし。」
ジョゼの一言で一度現実に戻ったセルジュはギルドの任務では無い為、帰った所で報酬は無いと言う事を確認する。全額使えば買えるとしても生きて行くには当然生活費も必要となる。
これらの会話が一段落した頃にルイーザが戻り、先程の件を響也へ話すと更なる資金追加に心舞い踊るかの如く全員の顔に笑みが浮かんだ。
「しかしだ。今ここで計算しても取らぬ狸の皮算用。実際に俺が会って幾らになるか交渉してくるからちょっと待っててくれ。」
そう言うと響也は空になった財布をベルトに付け、剣すら持たず足早に工房へと向かう。残された三人は彼の言った一言が気になり、これについて議論を始める。
「皮算用ってのは響きから皮の精算って事かな?」
「そうだと思います。でもタヌキとは?」
「タヌキ・・・タロスの様な物か?」
「機械人形の?!その皮っての一体・・・。」
放って置けば全く異なる解釈になり異常な意味へと変貌するであろうが、その間違いを指摘できる者はこの場に居ない。
工房へは宿から歩いても数分で着く程の距離である為、先程話した傍からすぐさま響也が駆け付けた為、商人としてのドワーフからすれば商談が進みやすく非常に好評的に受け取られた。勿論、御機嫌取り等も無く本題に入るのも好ましい。
「靴底にはゴムを使うんだが、こっちでまだ見た事が無い。出来るだけ硬い、でも程よい弾性のある素材が良い。例えばリザードの腹の皮とか。」
知識を売ると言う事で、響也は自分の頭にあるアイゼンの想像図を事細かにドワーフへと説明を始める。実際には自分で作る予定であったが、知識として売るのならばより強固に作れるであろう者に手を加えて貰い、制作をお願いするのが最も理に適う。
「成程、確かにこれなら外れ難い上に氷の上でも滑らないな。」
響也の話を羊皮紙に書き上げ簡単な設計図を作成したドワーフは改めて性能を実感する。このアイゼンがあればオーダーメイドの靴ではなく、いくつかのサイズを作るだけで済む為単価も抑えられ購買数も多くなると言う讃嘆だ。
「俺が言えた事じゃないが、出来るだけ高く買い取って欲しい。」
眉間に皴を寄せているドワーフに対し交渉をする響也。
「う~む。改良の余地在りだが、やはり取り付ける靴底と言うアイディアは良い。」
そう言ってドワーフはカウンターの下から袋を取り出すと二枚の銀貨を取り出し響也へと手渡した。
「こんなに?!良いのか?」
「いや、そこはもう少し粘る所だろ。二千マルクだぞ?」
「これだけあれば十分だよ。」
ドワーフの言う通り、こちらで言うと特許料として二千マルクと言うのは非常に安い見積もりではあるが、既存の物を自分のアイディアとして話すだけで貰う額と言う意味ならば響也にとって満足のいく金額である。しかし、そんな響也の反応から若干困ったドワーフは更に大銅貨を二枚取り出し響也の手に無理矢理握らせると満足そうな顔で微笑む。
「集めたバグベアの爪を持って来い。今渡したのが爪の代金だ。」
響也が受け取ったのは二百マルク。一人当たり爪は八枚必要である為、集めた爪は三十二枚。つまり一枚六マルク程度での買い上げとなるのだが、その他の素材や工賃を取らないと言うのは、足元を見た額で満足した世間知らずの黒髪への気遣いの現れである。
五千マルクまでは後二百マルク。これはルイーザ、ジョゼ、セルジュが居れば一日で稼げる額である為、装備が完成出来次第出発してもその頃には生活費も十分な額になっているであろう。
何せ王都への帰りに馬車は無く、歩くしかないのだから。