剣と防寒具
「剣が出来るまでに数日掛かる。その間に用事を済ませて来たらどうだ?」
ゼラムの提案に賛成し先に黒髪探しを行おうと考えるが、主力武器であるロングソードが無い状態での登山は敵に襲われた際非常に不利になると言うルイーザの意見により一同口を噤む。戦力としては一番下になるが、自分自身さえも守る武器が無いとなると他のメンバーが『響也を守る』と言う一行程増えた状態で戦う事になってしまう。だが次の瞬間、何か思い出した響也は笑みを浮かべると左後ろ腰を見せつけながら勝ち誇ったような口ぶりでルイーザに言い放つ。
「俺にはまだジャマダハルがあるぞ。」
咄嗟の際に使用し何度か響也の命を救った事もあるジャマダハル。しかしこの剣をメインとして戦うとなると『愚者の舞』になる事は明白。流石に賛同できず却下を言い渡そうとしたその時、横からゼラムが会話に入って来る。
「なら、鉄屑で良ければ貸しても良いぞ。」
彼の言う鉄屑とは、ボロボロになった又は持ち主が居なくなった剣の事で、打ち直しや鉄用に安く買い叩いた実用性が皆無な剣の事らしく、奥にある樽から錆が少ないロングソードを一振り取り出すと響也達の前の台に乗せた。
「見ての通り、こいつは死んだも同然の剣だ。最後に花を咲かせるとは言わないが、無いよりはマシだろう。」
手に取りサイコメトリーを発動させる響也だが、映った映像<ヴィジョン>は恐ろしく靄が掛かっている上に辛うじて見える剣捌きも今の響也に劣る程酷い物だった。
「『無いよりはマシ』か。貸して貰えるなら確かにその方が良いな。で、話してなかったんだが代金は・・・」
「そうだな。剣の打ち直し、しかも爺さんが一本だけ作った程度で製造するのは初めてだから・・・。一万五千って所か。」
ドワーフ製の武器にしては途轍もない大特価ではあるが、問題は響也達の手持ちである。ローアケルドに行く前までは二万マルク近くあった金も物価高な温泉街で散財してしまった為、今の手持ちは三千マルクも無い程懐が寂しい状態になっている。
「流石にその額で剣の打ち直しは無理だ。」
当然である。ゼラムも慈善事業ではなく商売として鍛冶師をしている為、少しばかりなら兎も角五分の一以下の減額は流石に不可能と言う物。因みに、キメラ討伐の報酬が八千マルク程度である為、今すぐ一万マルク以上を稼ぐと言うのはこちらも不可能。
物品の交換をするにしても珍しい物を持っている訳でも無ければ、元の世界で使用している物も無い。知識に関してもこの世界で響也が勝っている知識は少なく、とてもドワーフ相手に交渉できる材料など見つからない。
「まぁ、取り合えずこの鉄屑を持ってきな。こっちの剣はいつ折れてもおかしくないから預かろう。用事が済んでこの村を寄った際に交換してくれれば良い。」
そう言ってゼラムは響也の剣を奥の台へ乗せると他に用事は無いかと尋ねるが、金が無い一行は良くても研ぎ直ししか無い為店を去る事にした。
次に向かったのはベンの宿屋。こちらも代金が高いかと思えば『内装がボロいから』と言う理由で一人百マルクと格安で提供していた。出発するにしてももう少し金を稼いでからにすれば良かったと後悔する響也は、部屋に着くと椅子に座り屑鉄と呼ばれていたロングソードを引き抜きもう一度確認する。
鞘も柄も刃も錆があり、研ぎ直しても腐食した刃はデコボコとした質感が変わらず、刃毀れも多々ある為使い道がない。正しく『鉄屑』と呼ぶに相応しいのだが、先程まで所持していたロングソードに比べれば『叩いても折れない』と言う点で勝っている。
「この辺りは火の魔石が多いせいか『夜』が無いみたいだね。上を見ても空は無いし完全な洞窟だよ。」
セルジュは欠伸をするとそう呟く。彼の言う通り、火の魔石のお陰で全体的に暖かく、火の魔石は若干だが発光しているので集落全体が常に同じ明るさで照らされている。主に天井部に当たる所に魔石が密集しているので蛍光灯と同じ状態とも言言えなくは無い。
「確かに今が昼なのか夜なのかも分からないな。だが一つだけ、いや二つだけ分かる方法がある。」
時計と呼べる物が存在しないこの集落でどの様にして時間を計るのかと気になった響也はルイーザの話に集中していると、彼の両耳にある種聞き慣れた音が聞こえ始めた。それは何かの怒号の様に響き渡り、聞く者全てが振り返る程の大きな音。その正体は・・・
「お腹がすきました・・・。」
「同じく。」
ジョゼとルイーザの腹の音であった。
「さっき食っただろ。」
「私の胃袋があの程度でいっぱいになると思うか?」
呆れて頭を抱える響也に対して振り切れたセルジュは大笑いすると再び料理屋へと足を運ぶ。店主も今しがた出て行った客が戻って来たので忘れ物かと思ったが、食事と聞いて笑いが止まらなくなったのは別の話。
食事を済まし店を出ようとした所でこちらもまた先程別れたゼラムの姿があった。宿へ出向いたが飯に出かけたと聞き店まで来たとの事。
「そこの黒いの。お前さんに良い話を持って来たぞ。」
黒いのとは黒髪である響也の事。ゼラムの言う良い話とは、爺さんが付けていた帳簿の中に黒髪に関しての記述があったと言う知らせである。
「聞いて驚くなよ。黒髪はこの山に住んでいた。」
その発言に驚く一同。驚くなと言われていても驚く物は驚く。
「この山の上。それこそ吹雪が強くなってる所に住んでたって話だ。俺の爺さんも何度か足を運んで剣の手入れをしていたらしい。」
剣の手入れをするのに何故本人ではなく鍛冶師自らが向かうのかと言う疑問はあったが、黒髪が住んでいたのは山を超えた向こうではなく、人が住める状況ではない筈の吹雪の中と言う確かな情報を手に入れた一行は、次に吹雪の対策をするべく、ゼラムに礼を言うと足早に宿屋へと向かった。
まず前提として雪山に対しての知識は皆無。だが、唯一響也のみはテレビ番組や漫画等で知りえた知識を携えており、山を登るとなると彼の僅かな知識が頼みの綱となる。
そこで最初に閃いたのは火の魔石を懐に入れると言う物だが、火の魔石は石とは言え火である為、懐に入れていれば発火する危険性もある上、そもそも直接手では触る事が出来ない。ならば金属のケースを作り、その中に入れて運ぶと言う昔の湯たんぽ作戦を思いつくのだが、こちらにも熱された空気が膨張し破裂すると言う危険性があった為却下された。
他にもカイロを作ろうと思ったが必要な素材は覚えておらず、火のゴーレムを作るにも直接触れ続けなければいけないと言う特性上現実的ではない。これにより少なくとも暖を取る道具の作成は不可能と捉え、防寒の方向へ舵を切る事に。
「そう言えばさっき響也がジョゼに渡した奴は何?」
「耐風用のゴーグルだ。俺達の世界じゃプラスチックって樹脂とかで作る物だけど、こっちの世界じゃそのプラスチックの作り方も分からないからガラスで作った。」
今のセルジュと響也の会話に対し何かを思い出したルイーザは「ちょっと確認に行って来る。」とだけ言うと一人宿から出て行く。その行動で話が途切れた為、次は羊毛とフードを使った防寒具について作戦を立てる。
羊毛を口に当てる事で冷たい空気をそのまま吸わず、自分の吐いた息で口元を温める装備。そもそもマスクが必要と言う事に上り出してから気づいたレベルな為、雑過ぎる物ではあったが、効果はジョゼが実証済み。これら二つの道具は必須とも言える。
「どこか他に寒い所とかなかった?」
ほかに用意するものが無いか唯一装備した事のあるジョゼに質問をするセルジュ。
「そうですねぇ。フードの隙間から風が入って耳が痛かったです。あと隙間風は目にも当たりました。」
耳が痛い。これは冬外を歩くだけでも実感出来る物であり、対策としてはイヤーマフ代わりにフードの耳部分へ羊毛を取り付ける事で代用出来ると睨んだ響也は自分のフードを広げどの辺りに取り付けるかを模索する。
「響也、話が纏まってからにしなよ。あと僕が気になったのは歩き難さかな?響也が用意してくれた『かんじき』だっけ?これのお陰で埋まりにくくはなったけど。」
氷の魔石と火の魔石が採掘できるこの山は上へ上がる程氷の様な硬い雪質になる為、かんじきではなくアイゼンと呼ばれる靴底へ装着する棘の付いた道具が無ければ滑落する可能性も上がって来る。
問題はいくつもあり、これらの道具を今の手持ちで揃えると言うのも中々に非現実的で、ここに来て行き詰ってしまう。
「ただいま。工房へ確認してきたが、響也の言うゴーグルとやらは作れそうだぞ。」
そこへ一つの問題を解決する答えを持参し帰ってくるルイーザ。彼女が向かった工房、それはゼラムの店。近くに製鉄炉があり、そこには熱から身を守る耐熱エプロンやマスク、更には目を防護する為のゴーグルがあった事を目にしていた為、これらの道具が手に入るかを聞きに出かけていたのだった。
言われてみればここ住むのは職人のドワーフ族。他の店や工房に行けば何かヒントになる道具があるのではと立ち上がるといつもの三組に分かれて探索する事にした。言わずもがな、その内の一組は響也とジョゼである。
唯一形を知っている響也はアイゼンの代わりになる物を。工房によく通っているルイーザは工房、その他雑貨屋等にはセルジュが向かう。
「棘の付いた靴底?」
「そう、なるべく硬い棘。曲がった槍先とか。」
響也達が最初に向かったのは装備品の修理工房。使わなくなった道具があれば譲って貰おうと言う考えで訪れたのだが、そんなピンポイントな道具等ある訳もなく店を出ようとしたその時、ジョゼが壁際に置かれたある物に気が付き響也へ報告する。
見つけたのは過去に響也達も討伐を行った事のあるバグベア爪。ゴブリンの一種であるバグベアだが、この世界では動物の様な縦方向の爪を持っており、その大きさは熊にも匹敵する。
「ご主人。この爪は?」
「あぁ、この間洞窟の中まで入って来た奴のだ。素材になるからって幾つか貰ったんだが結局使わず仕舞いでな。欲しいなら持って行って良いぞ。」
まさに渡りに船。店に置いてあった爪は全部で三枚。一つ当たり四枚だとしても片足の分にすらならないが、聞くとバグベアはそこそこ洞窟に入り込む為、他の店でも捨てたり加工していなければ残って居るだろうとの事。
兎にも角にも硬く棘の形をした物と言う事で爪を集める為、他の店にも顔を出し探し回る事にした二人。その一方、近くの防具工房ではルイーザが防寒着になる物を探していた。
「上半身はどうにでもなる。下半身を冷やさない様にする方法は無いか?」
「冷やさないと言われてもウチは『防具』を作ってる。『防寒具』じゃない。」
「だが、中には熱が籠りやすく動き辛いと言うのもあるだろう?例えば衝撃を和らげる為に羊毛や羽毛を入れた物とか。」
ルイーザの一言にピクリと眉を動かすと店主はカウンター下の引き出しから一足の靴とドロワーズを取り出した。
「コイツはどこぞの貴族様が長い馬車移動でも痛くならない様にと注文を受けて作った物だ。だが、履き心地が悪いだ暑くて堪らないだと文句垂れて返品してきやがった。」
「随分柔らかい羽毛だ。触り心地と言い機能性と言い文句の付けようが無い。その貴族様とやらは余程見る目が無かったんだな。」
「そうだ。俺達が作る物全てがドワーフとしての誇り。それを否定するなんざ太い奴らだ。」
その言葉を聞いたルイーザはしゃがみ込み、カウンターに右肘を乗せ顔を前へと突き出すと店主の目を見つめながら口を開いた。
「これをあと三着作って欲しい。だが私等には手持ちが少ない。必要ならば羽毛なり羊毛なり集めて来よう。お願い出来るか?」
自分が作った物を褒められ嬉しくない者は居ない。だからと言ってその口車に乗る程ドワーフ族は馬鹿では無い。しかし、客であるルイーザは防寒着として必要としている為、細部に拘らなければ値段を安くする事も可能ではある。
「良いだろう。お前が材料を持って来るのならば、その材料で作ってやる。その分の工賃は頂くが、今あるこの一着だけは正規の値段で買うのが条件だ。」
「私が見た所、最低でも八千マルク以上の品だろう。生憎それだけの手持ちは今無いが必ず工面して持って来ると約束しよう。必要な材料は何だ?」
「絹、羽毛、羊毛、真鍮、そして皮だ。真鍮は鋲に使うから少なくても構わないが、他は大量に必要だ。だが絹は高くて手に入らないだろうから別の素材でも良しとしよう。」
交渉が成立し笑顔で店を後にするルイーザ。だが、手持ちが三千以下であるのに対し、倍以上の八千を用意するとなると響也の剣程では無いとしても現実的ではない。最も、店主は八千だとは一言も言ってないのだが。
その頃セルジュはルイーザの言っていた耐熱服のマスクに興味を持ち、雑貨屋の中を探し回っていた。
風が目に当たるのは顔とゴーグルに隙間があったのが原因。しかしガラス製のシールドは直接顔に着ければ出血する為、木で枠を作っていた。これによりゴーグルは顔と密着しなかった。等とブツブツと呟きながらガラス製品を探すが、見つかるのは瓶やコップのみで、目だけを覆う品物は見つからなかった。
「丸くて透明なガラスを探してるんだけど何か無いかな?」
「丸いガラス?水晶玉みたいな物か?」
「そんな感じ。どちらかと言うと中が空洞と言うか周りの部分だけがガラス製の物。」
「んな物は無いな。丸い板で良けりゃあるけど。」
そう言って店主が持って来たのはクラウン法と呼ばれる工法を使用したガラスを、鉛で繋ぎ合わせたロンデル窓と呼ばれる物のガラスであった。
「成程、透明度も悪くないし中々良いガラスだね。でもちょっと大きいな。」
人の顔が丸々入ってしまう程の大きさに駄目出しをするセルジュ。これに対し不満を覚えた店主は、ややぶっきら棒な言い方で彼に返答する。
「注文の多い客だな。小さいのが欲しけりゃ瓶底でも集めたらどうだ?」
その言葉に何かが引っ掛かり、品物の瓶を逆さにして凝視し考え事を始めるセルジュ。この行動に対し『どうでも良いや。』と店主は呆れて台帳の整理を始めた。
顔ではなく頭全体を覆うマスクを作り、そこに瓶底を貼り付ければ視界の確保が出来るのでは、と言う考えの結果を出したセルジュは走りながら店主に礼を言うと、先程まで食事をしていた料理屋に向かう。
「店主、割れた瓶とか無いかな?」
挨拶すらせず店に入るなりすぐに話しかけるセルジュに驚きはしたものの、即座に「あるよ。」と何事も無かったかの様に料理の仕込みを続ける店主。
「良かったら譲って貰いたいんだけど・・・。」
「店の裏にある。何に使うか知らないが厄介事には使うなよ。」
店主の言った通り割れた瓶が樽の中に所狭しと詰め込まれており、セルジュはなるべく小さな瓶底を八枚選別すると足早に宿屋へと戻った。まずは試作品を作って試さない事には始まらない為、意気揚々に部屋の扉を開けると、そこには既に戻った三人が相談をしていた。
自分のアイディアを説明し全員が納得するのだが、響也とジョゼはどうも心ここに非ずな態度である為、何があったのかを尋ねると返って来たのはルイーザの件であった。
「八千マルク?!」
素っ頓狂な声が宿屋へと響き渡る。




