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記憶の道  作者: 桐霧舞
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夢と現実



「響也、そろそろ起きろ。食べないと治る物も治らないぞ。」

 そんな声を聴き目覚めた響也の顔を覗き込んでいたのは朝日に照らされたルイーザの姿だった。

「ルイーザ!起きていたのか?」

「私より動けず寝ているとはまだまだ未熟だな。」

 そう笑顔で話しかけるルイーザに対し、無意識に伸ばしていた響也の手を受け取る様に握ろうと動いたルイーザの手は、そのまま響也に触れる事無く気が付けばルイーザ自体もその場から居なくなっていた。

 その瞬間、響也の目は見開き、今の状況を理解する。

 今は夜。体は何とか動ける程度にまで回復。足の痛みはまだ残っている。そしてルイーザは居ない。今見ていた物は夢だ。

 しかし、何やら胸騒ぎを覚えた響也は体を無理矢理起こしベッドに腰掛ける。虫の知らせの様な縁起でもない事が脳裏に過り、一刻も早くルイーザに会いたいと思い、痛む足を一歩一歩動かしルイーザの居た部屋を目指す。

 ルイーザの居た部屋は今居る部屋の向かいなので、普通に歩けば数秒なのだが、響也は数分を要し扉を開いた。

 自分の記憶では左にジョゼ、右にルイーザがベッドに横になっていた為、右側のベッドを見た所、そこにルイーザの姿はなく、ベッドも綺麗にメイクされていた。

「響也、ルイーザなら居ないよ。」

 扉の前に居る響也に話しかけてきたのはセルジュ。その意味が理解できない響也はセルジュの肩に手を伸ばし「どう言う意味だ。」とやや焦りながら問う。

「すまない、僕が気づいた時にはもう遅かった。彼女はもう長い眠りについてしまったんだ・・・」

 その言葉に理解できないではなく、理解したくなかった響也は崩れる様にセルジュへもたれ掛かる。

「駄目だったのか・・・?」

「ごめん、僕の力不足だ。今、彼女の元へ案内するよ。」

 そう言ってセルジュは響也を背負い宿から外へ出る。セルジュ本人も全身に痛みがあるのにも関わらずルイーザに会わせたい一心で歩みを続ける。そんな中、響也の目には涙が浮かび、夜風と共にその頬を冷たくしていく。

「ここだ。」

 案内されたのはサイノ村唯一の食堂。バドミントンのコート程の広さがある店内の一番奥の横長の席、そこにルイーザは居た。

 ・・・いびきをかきながら。

「ごめん、お腹空いたって言うから自由に食べさせてて気が付いたら食べながら寝てたんだ。シャルルが言うには明日の昼まで長い事眠るだろうって。」

「紛らわしい言い方するな!」

 てっきりルイーザが死んで墓にでも案内されるかと思った響也はセルジュの耳元で叫びつつも安心する。

「ごめんごめん。それにほら、よく見て。」

 そう言われルイーザをよく見てみると座っているルイーザに膝枕をしてもらう様な形で寝ているジョゼの姿があった。

「なんか起こせなくてね。僕も良く分からないんだけど生きていて良かったと言う事以外に何か安心感と言うか、幸福感というか、言葉に表せない喜びが浮かんで来て、どうしても響也にも来て欲しかったんだ。」

 まるで寝ている子供を見ている様な気分になり先程の怒りの感情も消え去った響也はルイーザ達の対面の椅子に座り食事を注文する事にした。

「確かに、まるで仲の良い姉妹みたいだ。」

「でしょ?」

 ルイーザとジョゼを見ながら安堵感を味わった二人は、なるべく音を立てない様にしながら食事を始める。

 セルジュからルイーザの食べ残しと思われるパンやサラダを移した皿を受け取った響也は、今後の事を考えセルジュへ相談を始める。

「セルジュ。今回お前が居なければ俺達は全滅していたと思う。今まで順調に進んでいたから仲間を失う事の恐怖を忘れていた。つい最近友達を失ったばかりなのに。」

「『鉄壁の盾』だね。僕もクランのメンバー全員を失った。」

「完全に天狗になってたんだ俺。金も最初の内は全く無くて馬小屋に住んでたのに、いつの間にか当たり前に使えるようになってた。」

「招集された時も一番ランクが低かったもんね。」

「だからこそ仲間を守れるようになりたい。それには優秀なクランのリーダーが必要なんだ。セルジュ、『三日月』に入ってリーダーをやってくれないか?」

 サラダを食べていたフォークが止まり、セルジュは真剣な響也を表情を見て数秒間の沈黙の後口を開いた。

「断る。」

 そう言ってフォークに刺さっていたトマトを口に運び味わうセルジュ。

「俺達と居たら死ぬからか?」

「いや違う。」

 そこから先は恐怖心が呷り喋れなくなってしまった響也に再び口を開くセルジュ。

「僕は『風の遣い』でリーダーじゃないけど指令をしていたんだ。その結果はもう知ってるよね。そんな僕にリーダーが務まる筈がない。でも君は違う。形だけのリーダーと言っても確実で適格な指示をしていたし全員が生き残ってる。だからこそ僕は『三日月』になら命を預けても構わないと思ったんだ。」

「でも今回、俺は全員を殺しかけた。」

「死んではいない。ルイーザとジョゼを村で介抱したし、メンバーじゃない僕までも助けに来てくれた。そんな人がリーダーに相応しくない何て僕は思わないね。」

 フォークを置きセルジュは話を続ける。

「クランってさ、支え合いだと思うんだ。リーダーは仲間を先導しつつ支え、メンバーは着いて行きつつ支え、互いの苦手分野を支え得意分野を伸ばす。君が居たから僕らは助かったんだ。だからこそ僕は『三日月』に居たい。」

 暫くの沈黙。真剣なセルジュの顔を見て自分の言葉の間違いに気づいた響也は改めてセルジュの勧誘をする。

「セルジュ。『三日月』に入って俺達を支えてくれないか?」

「喜んで。こちらからもお願いするよ。」

 笑顔で肩を組んで来るセルジュに笑顔で答える響也。しかし、椅子で肩を組むと言う体制上、自分達の正面に居るルイーザとジョゼが視界に入る。そこではニヤニヤとした表情で響也とセルジュを見ている二人の姿があった。

「ルイーザ!お前明日まで起きないんじゃないのか?!」

「いやぁ、目が覚めたんだから仕方がない。にしても何か青春っぽい物を見せつけられてしまったなぁ。」

「うるせぇ!起きてるなら起きてるって言えよ!」

「照れ隠しか?そう言えばお前は前から褒められるのにも慣れてなかったな。」

 暫くの間、何を言っても茶化す様な言動をするルイーザに頭が上がらなくなった響也とのコントが続くと、全員が笑い出し収集が付かない状態になってしまう。

 だが、そんな時間こそ幸せなのかとも思え、食事が終わった後も笑顔で宿に戻って行った。



 翌日、筋肉痛レベルの痛みにまで治まった両脚でも歩ける事を確認した響也はその足でシャルルへ礼を言う為宿屋の女将に部屋を訪ねるが、昨夜遅くまで鉱山に居たらしく寝ている旨を伝えられる。更に言うと自分の部屋を訪ね者は絶対に入れるなと強く念を押されたとの事。ただし、響也達を拒否している訳では無く、その時の表情は満面の笑みだったそうな。

 会えないと分かった響也達はキメラ討伐の報告をする為王都ダミアバルを目指し馬車へ乗り込んだ。生憎保存食に向く物を作っている村では無かった為、木の実や生野菜しか手に入らず、帰るまでの道中は野菜スープがメインとなり、これにはルイーザとジョゼはヘソを曲げていた。



 それから二日。王都へ到着した一行は動き通しからの馬車だった為中々の異臭を放っていた。食事より先に匂いをどうにかしたい響也達は真っ先に銭湯へと向かう事に。

「風呂は良いよねぇ。の~んびり出来るし体の緊張も解れて行く。」

 体を洗い終えたセルジュは浴槽で脱力しながら髪を洗っている響也へ話しかけるが、「あぁ。」と言うそっけない返事しか帰って来ない。

「そう言えば噂で聞いたんだけど、銭湯に似てるけど浸かるだけで体の調子が良くなる風呂があるらしいね。」

「あぁ、温泉の事か。活火山があれば湧くだろうな。」

 髪を流し終えた響也が浴槽に入りながら答える。

「温泉って言うのか、随分詳しいね。若しかして入った事あるの?」

「帰ったら話すけど、俺が前居た場所じゃ温泉はそこまで珍しい物じゃないからな。地域によるが温泉で成り立ってる所もあるぐらいだ。・・・話してたら行きたくなったなぁ。」

「何が違うの?お湯?」

「勿論お湯の成分も違うし、屋外にあったりして景色も良い。他にも夜に月を見ながら入るってのも風柳でなぁ。」

 風柳の意味が分からないセルジュであったが、ここで横槍を入れるのも無粋と笑顔で話す響也の話を想像しながら聞く事にした。

「あとは温まった体で浴衣を着て温泉街を涼みながら歩き、途中で温泉饅頭食べるのも楽しいぞ。」

「響也がそれだけ言うって事は相当良い物なんだね。僕も一度味わってみたいなぁ。」

 セルジュの返答にピンと来た響也。今現在、シャルルの能力のお陰で体の傷は癒えているが、節々の痛みや疲れは残っている。つまり温泉に浸かるには今が一番いい頃合いである。

 とは言え、物知りなセルジュが噂でしか聞いた事が無い場所が果たしてこの世界に存在するのかと言われれば疑問である。温泉と言う単語すら聞いた覚えが無いようなので、口にしてから『ありませんでした』では全員の機嫌を損なう可能性も出て来てしまう。

「温泉?それなら知ってるぞ。」

 銭湯から出て合流し『温泉』と言う単語を訪ねると以外にもルイーザが反応する。彼女等アレス族は他の種族より体が頑丈で力がある為幼少の頃からトレーニングを欠かさずする日課があり、年に一度療養として温泉に浸かると言う文化があるそうだ。

「確かにあの辺りは何時も賑わっていたな。特に面白いのが温泉を使った卵だ。若干黄身部分が生なんだがパンに乗せて食べるとこれが良く合うんだ。」

「生の卵・・・?腹痛にでもなりそうだが。」

 ルイーザの説明を聞き涎が垂れそうなジョゼと裏腹にセルジュは懐古的な意見を発する。事実、この世界での衛星概念はかなり低く、食事前に手を洗うなんて事は一切せず、銭湯でさえ数日から数週間に一度入れば良いレベルである。そんな状況下の卵がサルモネラ菌の温床になっていないとは考えにくい。

「場所は?遠いのか?」

「そうだなぁ、私も里に居た頃連れて行って貰っただけだから正確には分からないが、西大陸にある事は確かだ。」

 西大陸は王都ダミアバルを中心とした大陸。中心と言っても大陸の中でもかなり北東よりにある為、南西部に住む者の事は王都の人間は殆ど知らない。なお、ルイーザが居た里と言うのはダミアバルから見てかなり西の方角に位置するとの事。

 既に戻れない程盛り上がった一行の頭の中は温泉一色になり、ここまで来たらどんなに遠くても向かうと決め、軍資金にもなるキメラ討伐の報酬を貰いにギルドへと戻る事にした。

 討伐した証拠の爪と引き換えに受け取った報酬は八千二百マルク。命を賭けた料金としては激安ではあるが、今までの任務からすれば非常に高い部類に入る。しかし、ルイーザが来るまで誰も討伐しなかったと言うのは報酬の安さが原因の一つになっているのは確かだろう。

 肝心の温泉であるが、先程響也が言っていた『活火山』と言う手がかりを元にセルジュはとあるクランへ向かう事にした。

 ギルドの裏の川を挟んだ対岸にあるバスケットコート程の大きさの建物。扉を曲げた中指の関節部で叩き中に居る人間の返答を待たずに開くと、そこには大量の本と紙に覆われた室内で作業をしていた一人の人間が少し驚いた表情でセルジュを見ている。

「久しぶりサレ。依頼で来たんだ。」

「何だセルジュか、脅かすなよ。」

 そのクランは『レストウィング』。西大陸の地図を作製しているクランで、並大抵てはない所のデータを所有している。

「この辺りで『温泉』って物を探してるんだけど、知ってる?なんでも活火山の近くに湧く風呂らしいんだけど。」

「『温泉』か、確かジュリオがそんな感じの物まとめてた様な・・・ちょっと待ってろ。」

 セルジュに話しかけられた受付のサレは椅子から立ち上がると奥の部屋に入りガサゴソと音を立てながら資料を探し、三十秒もしない内に元の椅子へ戻って来た。彼の言う『ジュリオ』とはクランのメンバーらしい。

「え~と、『ローアケルド』だな。この辺りで一番近いのは・・・あぁ随分遠いな。寧ろシェルジェブールの方が近い。」

 シェルジェブールとは『東のダミアバル、西のシェルジェブール』と呼ばれる程、王都ダミアバルに引けを取らない大都市で、最近は蒸気を使用した機械を作成していると言われている文明の発達した国である。因みにこの二国は大陸の左右に位置する為、正反対の方向になる。

「シェルジェブール・・・確かに遠いかも。馬車だとどれ位掛かるんだっけ?」

「シェルジェブールなら大体八日から十日って所だ。ただ、シェルジェブールの方が近いってだけでこの場所なら五日もあれば着くだろう。」

 シェルジェブールよりは近いと言っても要する日数はかなりの物。自動車ですら同じ時間乗っているだけで体中に痛みが来る物だが、馬車では硬い椅子しか無い為全身への負担は大きい。だが、現在温泉に関する情報は現在の所一つしか無い為、セルジュは出入口の扉を開きサレに対し親指で百マルク大銅貨を弾き渡すと「またよろしく。」とだけ言って扉を閉め、情報を持ち帰る事にした。


「五日かぁ。遠いなぁ。」

 馬車での移動は今までで一番長くても二日であった為頭を抱える響也。これでは温泉に浸かってリラックスした所で帰った来たら今以上の痛みが全身を襲う事になる。更に不整地な為寝て過ごすのにもコツが居ると言うオマケ付。

「馬車代も馬鹿にならないな。どれ位するんだ?」

「多分片道だけでも四人で五千マルク以上するかも。」

 現在の手持ちで行く事は不可能では無いが、家賃の事を考えるとあまり現実的ではない。そこで一行は温泉のある町『ローアケルド』に行くのは来週にし、それまでに最低五千、あわよくば往復の一万マルクを稼ぐ事に決定。温泉に行くと言う心地から各々が笑顔でクエストボードを物色している姿は傍から見れば不気味その物。

 ローアケルドまでの護衛任務でもあれば交通費が只になるだけで無く、報酬金さえも頂けると言う渡りに船なのだが、現実は甘くない。結局一行はケルベロス、コボルド、ゴブリンの討伐をメインに地道に稼ぐ事で六千マルクを一週間で稼ぐ事に成功した。響也とルイーザだけではこれだけの額を短期間で稼ぐ事は到底不可能であったが、今はジョゼとセルジュと言う頼もしい味方のお陰で効率良く稼げた。


「予約したローアケルド行きの『三日月』です。」

 西門入口にある馬車乗り場で御者に笑顔で伝え馬車に乗り込む一行。五日間の馬車の旅は想像を遥かに超える苦痛の旅である事を彼らはまだ知らない。





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