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記憶の道  作者: 桐霧舞
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サイドストーリー 3 少年A




 最強の男になりたい。そんな思いで村を飛び出した若き青年が居た。

 その青年は鍛え上げた体と持前の技術で次々と任務を熟し、拠点としているオーベジンと言う街ではちょっとした有名人になった。

「俺への依頼は無い?」

 青年はギルドの受付にて自分へ名指しで来ている任務が無いかを尋ねる。通常、この様な行動を取る者はうつけ者と相場が決まっているのだが、彼の場合は実力もそこそこある為ギルドを利用している者は皆「またあいつが来たぞ。」程度にしか思っていない。

「先程入った任務ですが、北の森にゴブリンの群れが現れたので退治して欲しいと言う物があります。」

 受付の説明通り、実際は低レベルなクランですら受けられる簡単な任務である。しかし、彼は自分を名指ししていると言う部分が気に入っており、体よくあしらわれている事に気が付いていない。

「よぅアレックス。今日もお得意様の任務か?」

 任務を引き受け外へ出ようとした際、青年に気づいた男が声を掛ける。当然この声かけもある種皮肉なのだが、

「あぁ、態々俺をご指名でな。」

 これにも本人は気づいていない。

 アレックスと呼ばれた少年は意気揚々と北の森へ出かけるとゴブリンの群れを探し始める。日差しこそ強いものの森の中は比較的涼しく、小さな木洩れ日が適度な明るさになり狩りを行うには絶好の天気日和。その為か、ゴブリンの群れを発見するのに長い時間は掛からなかった。

 数は五。一般的な一人の冒険者ならば同時に相手をすれば確実と言って良い程の死に直面する数なのだが、アレックスの実力は高く、一匹二匹と次々に斬り倒しあっと言う間に残り一匹まで追い込む。

 分が悪いと悟ったのか、最後の一匹は背中を見せて逃げ出すが、アレックスはそれを許さず腰に差していた短剣を投擲し絶命させる。手間を取らせやがってと言わんばかりに自信に満ちた足取りで短剣を引き抜くと血をボロ布で拭い鞘へと仕舞い込む。その手練れた光景は正に仕事人と言った所。

 出発から三時間。普通に考えればかなり早い時間で帰って来たアレックスはギルドで報酬を受け取ると次の任務を探し始める。乱雑に張られたクエストボードの任務表。そのいい加減具合からか、古い任務は下へと行ってしまう為新しい任務ばかりが目に付く。その中でアレックスが興味を持ったのは王都ダミアバルへの護衛任務である。

 ダミアバルはオーベジンの北東に位置し、北の森を西側から迂回するルートと、南東のジントリムを経由するルートがあり、今回はジントリムを経由するルートで向かうとの事。討伐任務で腕を鳴らしているアレックスにとってはそろそろ王都へ下見に行っても良いだろうと護衛任務を受ける事にした。

 本来オーベジンからジントリムに行くには南のラダウィッチと言う街を経由した方が安全なのだが、依頼人は少しでも早く到着したいと険しい直線的なルートを望んだ。急がば回れと言う諺はこの世界に無く、この選択が間違いである事に気づいたのは依頼人が死亡してからだった。

 結論から言うと任務は失敗。依頼主が死んだ為報酬は貰えず。ダミアバルを少し見たら戻るつもりであった為持ち金も少ない。尚且つ、一番近い町がジントリムであった為、知り合いが一切居らず誰も頼る事は出来なかった。

「警備兵から話は聞いてる。依頼主を殺してしまったらしいな。」

 金を稼ぐ為ギルドへと顔を出すが、アレックスがこの街に入る際に兵士へ事情を説明していた為、その内容は既にギルドへ届いてい居た。通常なら任務失敗した所で『その程度の腕』で済むのだが、今回は護衛対象である依頼人が死亡した事で元より無いジントリムでの信頼を失っている。

「ギルドとしても腕の無い奴に任せられないからな。悪いが収集任務しか受けさせられないよ。」

 既に落としている肩へ更なる錘が課せられる。時は既に夕刻。今更採取に行った所で何も見つかる筈は無く、アレックスは街中を重い足取りで彷徨う事しか出来なかった。



 あの出来事からどれ位経っただろう。オーベジンの任務があまりにも順調だった為か完全に天狗になっていたアレックスは未だジントリムに居た。彼の目には光が無く、生きて行くだけの金を稼ぎ毎日を浪費するのが日課となっている。そのギルドに行った所で真面な任務も受けられない癖に護衛任務を受けて依頼者を死なせたと言う事実が既に広まっており、その声明たるや依頼主から名指しで受けられない様に言われている程。

 午前の内に収集任務を熟し、百マルクと言う見合わない対価を受け取ると今日もまたパンと豆だけを買い人気のない所で食事を始める。そんな生活をしている為、逞しかった筋肉は消えゾンビの様な体躯になっており、歩く姿はゾンビと遜色ないと言って良い。

 そんなある日、南の森にオークを確認したとの事で緊急任務が発令しアレックスも強制的に参加させられる。昔のアレックスならばオークを相手する事も可能であっただろうが、今戦えば確実に命は無いだろう。

 先団に続いてアレックスも南の森へと突入。ゴブリンの群れをあっと言う間に薙ぎ払う先頭集団に居るアレス族の男を見て過去の自分と重ねてしまう。あの時の自分は幸せだった。自分の力量も分からず只管に任務を熟す毎日。今の自分には到底出来ない。そんな思いが込み上げながら。

「後ろに行ったぞ!」

 倒し損ねたゴブリンを発見した兵士の大声が後列に伝わる。自分も戦わなくてはいけない。そんな考えの元、所々錆びた剣を鞘から引き抜くアレックスだが、ゴブリンの棍棒が先に左腕へ直撃する。筋肉が落ち、骨へと直接ダメージが行く様な痛みに手が止まってしまう。

 最後なんてあっけない。自分に酔っていた道化師がこの世から一人消えるだけ。そんな思いと調子に乗って居た頃の記憶が走馬灯の様に掛け巡る。今の自分に打開策は無い。悟ったアレックスはその場で目を瞑り棍棒の到着を待つ事にした。

 だが、棍棒が直撃したのはアレックスではなく、大柄な金髪の男が持った大きな盾であった。

「若造、人生諦めるにはまだ早いぞ。」

 その男は盾でゴブリンの棍棒を弾き返すと辺り一帯へ大声で叫び始めた。

「目の前で起きた戦、見過ごす訳にはいかん。助太刀致す。」

 その言葉と同時に同じく大きな盾を持った四人の男が後列の方から前列へと移動を開始する。更に「儂に続け。」と金髪の男が叫べば一切の無駄のない動きで最前列へと到着。恐ろしく連携の取れた五人組である。


「大丈夫か君?」

 戦闘終了後、その場から動けず尻餅をつく事しか出来ないアレックスの元へ、先程の五人組の一人が声を掛けて来る。その者の盾は自分の肩程まである超大型かと思えば、単純に背が小さいだけだった。しかし、そんな小柄な体格で何故耐えられるのかが不思議で質問をする。

「あぁ、俺の能力は体重を増やす事なんだ。だからぶっ飛ばされないんだ。」

 小柄な男はオークの攻撃にも耐えられ、体の大きな自分はゴブリンの攻撃にさえ耐えられない。不甲斐なさ、惨めさに拍車がかかり首を垂れるアレックス。

「ディーノ。その人は怪我してるのか?」

 ディーノと呼ばれた小柄な男は「分からない。ちょっと見てくれ。」と返事をすると、先程ディーノへ問いかけた褐色肌の男が近くへ駆け寄りアレックスの体を調べ始める。

「何だこの体は・・・。ドン、大変です。」

 衣類で隠れていたアレックスの痩せ細っている体を確認した男は後ろに居る仲間に声を掛けると、ドンと呼ばれた金髪の男が「どうした。」と近づく。

「過度の栄養失調です。左腕の打撲もかなり酷い。」

 褐色肌の男から説明を受けるとドンはアレックスの目を見て一つの質問をした。

「若造、死ぬ為にここへ来たのか?」

 自分でも何が目的なのか分からず、その質問に対する答えを持っていないアレックスはただ茫然とドンの顔を見つめる事しか出来なかった。

「真面に会話すら出来んとは、まずいのぅ。こやつは儂が連れて行く。ラト、儂の盾を頼む。」

 そう言うとドンはアレックスを素早くおぶり街へと駆けて行く。一方ラトと呼ばれた褐色肌の男も「気を付けて。」とだけ言うと他の負傷者の元へと向かって行った。


 病院へ運ばれたアレックスが気が付いたのはオーク戦から二日経った頃であった。ドンに運ばれる最中に緊張の糸が切れたのか寝てしまったらしい。ただ、その睡眠は気絶と言った方が正しいだろう。

「目が覚めたか。まずは水を飲め。」

 アレックスの反応に気づいた者が声を掛ける。二日もの間水分を取って居ない為、口は疎か動くだけで全身から痛みを感じる程酷い物であった。言葉の通り、ベッドの横に置かれた水差しからコップに水を灌ぐと、まるで砂漠に水を溢すかの如く勢い良く飲み込んでいく。

「水が足りなければ俺の分もある。」

 水差しの水を全て飲み干し荒げた呼吸をしていると水差しとは逆の方向から声がする。勿論その声は最初に水を飲む事を諭した者で、振り向いたアレックスはようやく部屋の中にもう一人いる事に気が付いた。

「あんたは?」

 枯れ切った喉から何とか言葉を発するアレックス。

「俺はエドワード。昨日この街に来たんだが、この通り足をやっちまってね。とは言え明日には退院出来るから傷はそこまで深くないけど。そっちは?」

「俺は・・・。緊急任務に出てゴブリンにやられた。でかい盾を持った連中に助けられた所までは覚えてる。」

 エドワードの質問に対し一瞬躊躇したものの、ゴブリンに負けた事を素直に話すアレックス。しかしエドワードは笑う事も無く至って普通に会話を続けた。

「大変だったな。俺達の到着がもう少し早ければ加勢出来たんだが。しかしでかい盾を持った連中か・・・。最近何処かで聞いた気がするが忘れちまった。この手の話はアランかトーマスが詳しいんだが・・・あぁすまん、俺の仲間の事だ。」

 思い出せなくて悪いなと謝るエドワードに対し何かの信頼感、いや、純粋に自分の中の鬱憤が溜まったからだろうか、そんな彼にアレックスは問いかける。

「エドワード、良かったら俺の話を聞いてくれないか。」

 急な話に一瞬戸惑うエドワードであったが、俺で良かったら幾らでも聞くぞと返答されアレックスは自分の身に何があったのかを話し始めた。勿論護衛任務を失敗した事も。

「そうか、だからそんなに痩せてたのか。」

「俺は情けない。助けて貰って礼すら言えてないんだ。」

「なら鍛えなおして直接会いに行ったらどうだ?助けた相手が自分を探し、お礼を言いに来るなんて助けた方からすれば勲章物だろう。」

 エドワードの言葉も一理あると納得したアレックスは明日から鍛え直すとだけ言うと起こしていた体を倒し天井を見上げた。

「起きて早々だが、もう陽が落ちる頃だ。もう一度寝るのは難しいかもしれないが・・・。こいつ。喋るだけ喋って寝てやがる。」

 窓から外を確認したエドワードの話に相槌も打たなくなった為顔をやると既に寝息を立てているアレックスの姿が目に入る。どことなく幸せそうな顔つきに微笑ましく思ったのかエドワードの口角が少し上がる。

「こいつもクランに入れたいが、多分あっちに行くな。」

 エドワードは再び落ちかけた陽を見ながらぽつりと呟いた。

 翌日、エドワードを迎えに来たのは背の小さい男であった。名はトーマスと言うらしく、常日頃から何かをメモしているのか手帳の様な物を持ち歩いている。退院していくエドワードに挨拶をし終えるとアレックスはベッドに寝そべり天井を見上げながら今後の事を考える。

 トーマスのお陰で全員が大きな盾を持ったクランが存在する事が判明し、その名を心に刻み込む。まずは礼を言う為に彼らに会う事。それを目標とした。


 とは言え、今のアレックスでは徒歩は疎か馬車ですら体が耐えられるとは思えない。目標さえ決まれば後はそれに向かって歩むのみ。一歩ずつ踏み込めば必ず前へと進む事が出来る。彼にとって今一番必要な物は体力だ。

 翌日からアレックスは少しずつ筋トレを始める事にする。ここ最近薬草の採取や紛失物探し程度でしか動いていないアレックスにとっては剣を振る事さえ労働と感じる程。腕立て伏せや腹筋等の基本トレーニングから剣を振る代わりに石を持ち上げ素早く振り下ろす瞬発系トレーニングを行った。受ける任務も増え、金に余裕が出来れば全て食事へとつぎ込んだ結果、三か月と言う短い期間で以前とまでは行かないものの一般の兵士程の筋力を手に入れる事が出来た。

 今の自分ならば戦える。まずは腕試しとアレックスは数カ月ぶりの討伐のある任務を受け、街の東にある森へと入って行く。今回の目標はゴブリンの討伐。数は指定されていないが、脅威と感じないレベルまで討伐すれば良いと言う物で、今のアレックスには丁度良い物。

 結果から言うと今のアレックスには相手にならない。数カ月物間鞘から引き抜かれなかった剣は錆塗れとなっていたが、それを気にもしない程綺麗な太刀筋でゴブリンを一刀両断する。長い間触れていなくても体に染みついた剣技は忘れる事無くアレックスの元へと返って来た。

「見つけたのは合計八で全部斬った。後は近くを見回ったけど何も居なかったぞ。」

「討伐数八ね、ごくろうさん。今回は警戒任務だから討伐数で数は殆ど変わんないんだが、最近見違える様に頑張ってるからな。ちょっとギルドの方からオマケしといたぞ。」

 ギルドへ報告すると受付から通常より少しだけ多い報酬を受け取り長い間溜まった垢を落とす為銭湯へと出向く事にしたアレックス。受け取った金は食事に回し、寝るのは道だった為とてつもない異臭を放っていた事に本人も耐えられなくなったのだ。

「これだけボロボロだと洗っても朽ち果てるよ。新しい服を買った方が良いんじゃない?」

 銭湯内の洗濯屋に洗濯を頼むアレックスであったが、数カ月もの間洗濯をしなかった為生地は完全に痛み、垢と油で劣化している為形を保っているだけと言うのが正しい言い方。

「つってもなぁ、服を買う金は無いんだ。全部食い物に使ってて、ようやく風呂に回す金が今日出来たんだ。」

「余り言いたくないが、うちとしても出された物は洗うけど、ここまで汚いと別料金貰うよ?」

「マジかよ?!そこを何とか。金がねぇんだ。」

 カウンターの上に置かれた激臭を放つ衣類をいつまでも置いておきたくない洗濯屋は遂に折れ、痛んで要らないと廃棄された服を継ぎ接ぎに縫ったもので良ければ通常の洗濯料と同じで良いと言う事に。ただし、裁縫を行う為未洗濯のままと言う条件付き。

 継ぎ接ぎの古着だが格安で手に入ると言う事でご機嫌になったアレックスは条件を飲むと浴室へと入って行く。彼が見えなくなった後、脱衣所及び洗濯所は急いで換気を行った事は知る由もない。

 筋力、体力は大分戻った。完璧とは言わずとも旅立つだけの力を取り戻した為、次にやる事は自分を助けてくれたメンバーの現在位置の捜索である。その為まずは風呂内に居る者に話を聞くと、まさに棚から牡丹餅。つい数日前にジントリムへ来た者がラダウィッチで見かけたとの情報が手に入る。

 それを聞いたアレックスは居ても立ってもいられない状態になり風呂場から脱衣所へと飛び出していく。しかし継ぎ接ぎの服はまだ出来ておらず出鼻を挫かれたのだが、完成と共に身に纏いジントリムの西門を駆け抜けた。

「待ってろよ『鉄壁の盾』。」

 礼を言いたいと言う彼の目標は何時しか彼らと共に戦いたいと言う思いに変わり、彼らの背中を追いかけ始めたアレックス。彼が『鉄壁の盾』に出会うのはもう少し先の話である。




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