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記憶の道  作者: 桐霧舞
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サイドストーリー 2 守り人と信徒



 東大陸の南にある最大帝国都市『アクスヴィル』

 砂漠に囲まれたこの街は中央のオアシスから引っ張った川の水で生活しており、この水を生み出した者と言われる聖母アンナの『アンナ教』の総本山でもある。

 建物は基本的に砂と石で出来た黄土色の街並みだが、豊富な水と高い気温で作られたレタスやトマトは絶品で外交も行っている為生活水準は低くない。それどころか特産品とも言える苺に関しては輸出が非常に困難な為、富豪が住み着く事もある。

 アンナ教は水を崇拝する宗教である為、中央のオアシスはまさに聖地。水の守り人と国王以外の立ち入りは禁止されており、その地を汚す者は即刻処刑される程。

 『守り人』は言わばオアシス専門の兵士。アンナ教の中でも戦闘力に優れ、即座に動ける判断力を持った人間のみが慣れる高貴な存在。アクスヴィルの人間の殆どはオレンジに近い茶髪をし、肌が褐色のウトゥ族である為、必然的に守り人はウトゥ族で構成されている。

 この街では朝起きるとまず聖地オアシスの方向にお祈りをし、その後食事を済ませた後は直接オアシスの門がある四方の広場にて祈りを捧げると言う二重の祈りを行う風習がある。この行動を怠ると不幸や訪れ災いを齎すと言い伝えられているが、中にはアンナ様が災いを齎す筈がないと意図的に行わない者も。

 しかしながら、アンナ教の総本山と言う事もあり、異教徒の者が自分の教祖を崇めよと乗り込んでくる事も屡々。その都度守り人が取り押さえては異教徒の総本山まで送り返すと言う通常ならばあり得ない決まりを守り続けている為、水を汚す行為を行う者以外の血は流れる事は無かった。

 この日は偶々そんな日であった。

 街からの正門とも言える南門の守り人である男ラトは参拝者の中に不審な者が居ないか常に目を光らせる他、脚の不自由な者が居ればサポートをしたりと中々忙しい毎日を送っていた。中には毎日挨拶を交わしたりと顔馴染みや親しい者もいる。

 その中でもラトが気になっていたのは長身で無口の男。挨拶をする代わりに毎度ラトに対しお辞儀をする熱心な信徒と言う印象を持つ。

 今日も参拝を終えラトにお辞儀をし門を潜り広場から出て行く。なお、広場の奥に更に二人の守り人が居る鉄格子で出来た門があり、その門が聖地へと繋がっている。

 男と入れ替わりに門を潜ろうとしたのは黒いローブで身を包んだ男。髪色や顔立ちからフローリア人なので新規の信徒かとも考えられたが、彼の体のどこにも『三日月』の模様が入った物が無く不信に思い声を掛ける。

「旅の方ですが?それとも新規の方?これより先はアンナ教にとって神聖な場所である為一般通過はご遠慮願います。」

 だが男は返答せず、代わりにと言わんばかりに懐から短剣を取り出すとラトへ斬りかかった。しかしラトも優秀な守り人である為、手が動いた瞬間に持っていた八角棍で短剣を受ける事に成功。そのまま棍棒の反対側で男の顎を打つとそのまま抑え込む。その間、暴れ逃げようとする男の懐から菱形の模様が入った鞘が落ちた為、この者が異教徒の過激派である事を理解した。

 過激派の人間が一人で来る訳がない。嫌な胸騒ぎを覚えたラトは持っていた縄で男を縛り上げ急いで広場へと走り出す。案の定と言うべきか、そこには短剣を振り回し、鉄格子門の前にいる守り人と戦闘を行っている集団が居た。その数は六人。守り人二人で対処出来る相手ではない。

 信徒を避難させつつ過激派へ駆けるラトだが、距離にて四十メートル近くあるため到着するまでには守り人が斬られてしまう可能性がある。そこで地面に手を翳すと、ピンポン玉大の砂で出来た球体を作り投擲を開始する。ラトの能力は砂を圧縮すると言う物で、砂漠の中では無敵に近いが、街中には砂が少ない為この大きさが作れる限界。

 球を背中に食らった過激派は声を上げ、守り人がもう一人いる事を周りの仲間達に伝えている。ただ、そんな中走りながら次々に作られるラトの球は途切れる事無く一定の間隔で飛んでくる。その隙を二人の守り人が付く事で一人二人と立っている過激派は着実に少なくなっていく。

 残り一人となったその時、最後の過激派は広場の横へと走り出す。その先は街へと繋がるオアシスからの水が流れる人口の小川。逃がすまいと砂の球を投げるラトであったが、過激派の背中に直撃すると、彼の持っていた瓶が落ちて割れつつも転がり川へと落ちる。

 しかし、瓶が落ちた事に気づいたのは過激派を取り押さえてから。更に悪い事に瓶の中身が毒であった事。落ちた際に残った液体を見て即座に大声で水に触れない様叫ぶのだが時既に遅し。川の下流では飲み水として汲んでいた者が複数人飲んでしまった事で死亡すると言う結果になってしまった。


 陽が落ちかけた夕刻。守り人の宿舎の前では貴族が集まりラトの処刑を望む声が響き渡る。

「ラトは悪くありません。六人も居た異教徒の注意を引き付けてくれたお陰で我々は助かりました。」

「それに逃げた男を捕まえたのもラトです。」

 鉄格子門の二人がラトの正統性を訴えるが、

「守り人が守るのは当然の事。しかも守るべき信徒を死なせてしまっているでは無いか。もっと早く動けば防げたであろう。」

 と一蹴されてしまう。守り人の隊長とも言えるジャミルはそんな貴族の意見に頭を悩ませていた。ラトが居なければ最悪の場合オアシスまでもが汚されていたであろう事。他の守り人を守った事。ただし、貴族の言う事も一理ある。

「上司として結論を申し上げます。ラトは守り人の中でも随一の身体能力を持っており、彼の力のお陰で最悪の事態は免れました。同時に、行動が遅く信徒を死なせてしまったのも事実。しかし、毒を川に入れたのは紛れもなく異教徒である為、ラトを処刑すると言うのは余りにも非道だと判断します。そこで、ラトの処遇と申しましては『国外追放』で如何な物でしょうか。」

 ジャミルの言葉に貴族は不満気ながらも納得し、ラトの国外追放が決定する。

「ラト、本当にすまない。」

「いえ、本来なら処刑されるであろう所でした。命があるだけで十分です。」

 陽が落ち貴族が立ち去った後、ジャミルはラトを部屋に呼び出し謝罪する。しかしラトは守り人としての位を守る為に自分が消えるだけで済む事に安堵していた。

「お前と言う戦力が無くなるのは守り人としても本当に辛い。何より私はお前を心から信頼している。」

「ありがとうございます。隊長としての立場から部下を処分すると言うのは簡単ではないでしょう。では、私はこれで。」

 ラトが椅子から立ち上がるとジャミルは待てと一声かけると腰のポーチに入れていた赤い宝石を手渡す。

「もうお前がアンナ教徒を名乗る事が出来ぬが、せめてこれだけでも持って行ってくれ。私が昔拾いお守りとして持っていたものだ。」

 ラトは大切にしていた物を受け取れないと断ろうとしたが、隊長による安全祈願の餞別と理解し手に取る。その宝石は砂で擦られ曇ってはいたものの、二センチ程はあるルビーであった。

 部屋を後にしたラトはアクスヴィルを立とうと宿舎から出ると、最後にと松明で照らされたオアシスのある門を見つめる。自分が常に守っていた聖地、常にいた南門、これで見納めかと思っていた矢先、ラトの目には黒く動く何かが見えた。

 その大きさは確実に一メートルを超えており、魔物だとしても帝国は壁で囲われている為、外壁の門以外からは入れない。となると答えは人間。それも黒い服に身を纏った。

 ラトは理解した。昼間に居た異教徒の一人は黒いローブを着ており、全て南門から入ったと思われる。本来六人の異教徒が守り人を殺し聖地へ行く。又は異教徒が殺された場合予備として黒い服を着た者が川へ毒を流す算段だった。それを先に阻止した為、六人の内の一人が毒を流しに行った。つまり、黒い服を着た異教徒は潜伏するのが役目だったのだ。

 この事を守り人に伝えていては昼間の同じ轍を踏む『速く動けば防げた』になってしまう。その為、ラトは砂の球を作り、宿舎のドアに投げつけると異教徒の後を追った。球に反応した守り人が砂の球に気づき、自分が何かを伝えようとしたと受け取って貰える事を願って。

 夜になると守り人は鉄格子門に一人だけで警備する為、聖地を狙うのであれば今が一番の狙い時。緩やかの坂を平地でも走るかの様な速さで描けたラトは異教徒が丁度鉄格子門の守り人を倒した所であった。単体で守り人を倒す程手練れた者が相手だと気づいたラトは周囲の砂を少しずつ集め八角棍代わりの砂棒を生成しながら近づく。

 ラトの気配を察したのか、異教徒は鉄格子門の錠を破壊すると素早く奥へと進み始めた。守り人と言う肩書を失ったラトではあるが、放って置けば多くの人が死ぬ事になる為、一切の躊躇もせず鉄格子門を潜り追跡を続行する。

 聖地への道は南からしか行けず、他の門から来る場合は南側へオアシスの丘を迂回する必要がある。石畳の坂道と言うのは地の利があるラトが有利で、オアシスの手前で追いつく事に成功し、砂棒で脚を払うと異教徒はその場で受け身も取れず転がり回る。それと同時に何かが割れる音が聞こえた。

 異教徒の体はやや粘り気のある液体に塗れており、何処か苦しそうに悶えている。先程の割れる音と苦しみから推測すると、毒が入った瓶が割れ、その破片が体に刺さり、そこから毒が入った為苦しんでいると言った所。事実、結果として推測通りだったようで、異教徒は数秒すると痙攣するかの様に震えた後ピクリとも動かなくなった。

 これ程の強力な毒がオアシスに流し込まれれば薄まったとしても後遺症が出るレベルの症状が出ていただろう。ラトはうつ伏せになっている男の体を砂棒で引っくり返すと菱形の模様が入った首飾りを目撃する。これにより自分の推理が全て正しかった事が判明し、持っていた砂棒をその場に転がすと異教徒の体をオアシスから遠ざける。

 これにて事件は未然に防いだと思われたが、聖地への入口から一人の男が駆け上がって来る。自分の球に気づいた守り人が来た。そう思ったラトだったが、そこに居たのは黒い服を着た者。異教徒の姿であった。

 オアシスから遠ざける為端に死体を寄せたのが原因で、ラトの位置から異教徒の進行を止めるのは無理で、砂の球を作るにしても石畳の上の砂では作れてもパチンコ玉程度が精々。投げた所で動きを止めるのは不可能である。

 この状態、正しく積み。絶望を露わにしたラトであったが、同時にもう一人聖地へと駆け上がってきた者が居た。それは毎日お辞儀をする無口な男。その男はラトに目も繰れず異教徒を追いかけるが、オアシスの前までたどり着いた異教徒は持っていた瓶を逆さにし、中身はオアシスへ一直線に向かって落ちたのだが、その液体がオアシスの水に触れる事は無かった。何故なら毒は空中で球体になり重力に逆らって浮遊を始めたのだ。これには異教徒も驚き硬直する。

 理由はどうでも良い、毒が入らないのならばとラトは砂棒を拾い直しと横に立ち、異教徒をオアシスと逆方向に殴り飛ばす。その衝撃か異教徒は気絶しその場から動かなくなった。

 異教徒を倒した所で空中に浮いた毒についての情報を処理する。何故浮いている。何故球体なのか。それ以前に無口な男は何者なのか。消去法でまずは無口な男に問い詰めようと目をやると、そこには男が手を翳し動こうとしない状態で立っていた。

「毒を片付けてくれ。私は動く訳には行かない。」

 男の言葉を聞き、ラトは毒に対し砂棒を向ける。すると珪藻土の様に少しずつ砂棒に毒が染み込み、物の数秒で毒は全て消え去った。それと同時に手を降ろし肩で息をする男。どうやら動かずに手を翳した先にある物を浮かせる能力がある様だ。走って来てから動かない様にするのは恐ろしく難しい事ではあるが、この男はそれをやってのけた。

「助かった。あなたはいつも私にお辞儀をしている人ですよね?何故ここに。」

 ラトは男に近づき質問をする。

「あんたが門の中へ入るのを見た。ただ事ではないと追いかけていたら分かれ道で左右から二人の異教徒がやって来た。その二人の相手をしていたらもう一人が遅れて来た。対応に遅れ追いかけたらここについた。」

 男の話を信じるのならば、南門から入って来た男だけでなく、全方門から同時に四人の異教徒が来たと言う事になる。だが、今はそんな話をするより自分の置かれた立場を改めて思い出した。

「一般人の聖地立ち入りは重罪だ。当然僕もだ。今ならまだ間に合う、早くここから出よう。」

 ラトは死んだ異教徒を、男は気絶した異教徒を担当し石畳の坂を下り始めた。途中、男が倒したであろう気絶した二人の異教徒を見つけ、そちらは引きずりながら鉄格子門の前まで来る。鉄格子門の守り人の傷は浅く、血も止まっている為暫くすれば目が覚めるだろうと縛り上げた四人の異教徒をその場に放置しラトと男はアクスヴィルから出て行く。

「何故あんたまで出るんだ?」

「私はアンナ教の聖地オアシスに立ち入ると言う罪を犯した。もうあの地を踏む事は許されない。」

 熱心なアンナ教である男は自分の意志でこの地から立ち去る事を決めた様で、夜の冷えた砂漠を二人は歩き続けた。

 それから数日後、サブラムと言う農村に到着した二人は別々の道へ向かう事にした。ラトはこのまま北へ行き、無口な男ニコラスは西大陸を目指す。この数日で仲が良くなっただけあって少々寂しいが、二人は『縁があればまた会える。その時は一緒にチームを組もう』と笑顔で分かれる。

「またなニック。」

「暫しの別れだラト。」

 この二人が再び出会うのはこの出来事から約一年後の事である。




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