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記憶の道  作者: 桐霧舞
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束の間の一時




 一際動きが素早くなっただけの愚者の舞を会得した響也は久しぶりの洗濯を行う事にした。服だけは銭湯の洗濯屋で洗う事が出来ているが、シーツ類は最初に来た時以来洗っていないせいか、やや酸い匂いを発する布へと変化している。

「シーツなら私がやろう。以前レックスに教わった事が出来るか確認したい。」

 シーツ洗いを率先して行おうとするルイーザに対し響也は昨日食堂から提供して貰った灰汁の入った袋を手渡すと自分は部屋の隅にあるバケツを手に取る。

「前と同じだが、俺達は部屋の掃除をしておくよ。」

 その言葉の通り前回と同じ様に井戸で水を汲んで雑巾で拭き掃除をすると言う工程を行っていると、全員が装備棚代わりに使用しているちゃぶ台サイズの机の上に乗ったジョゼの鍼を入れてあるホルスターの様な物が目に入る。

 それは縦二十センチ程の皮製で遊びを一切無くした隙間に鍼を差し込み、先端部は鋲で止められている為尖っている側は貫通もしない様にしてある代物。これをベルトに通し左右の後ろ腰に位置するようにしており、現在の鍼の本数は太さ約三ミリと約五ミリの二本を鍛冶師に預けているので合計十六本。

「もっと投げてる様に見えたけど思ったよりは少ないんだな。」

「戦いながら回収してるので!」

 と響也に対し何処か自慢気な表情で返すジョゼ。投擲武器を扱うと言う役目柄、常に後方に居ると思われがちだが、相手の頭上を飛び越えたり自ら囮になりながら距離を詰め回収作業を行っているのは戦闘中視野には入っていたので関心する響也。

 響也にはジントリムの宿の経験もあり、二回目ともなると掃除はあっという間に終わってしまう。額の汗を手首で拭うとジョゼが担当している窓ガラスに反射した自分を見てふと元の世界での生活を思い出す。

 部屋は散らかっていて、運動もさほどせずゲーム三昧な日々。よくRPGの世界に来たら自分は無双状態になると妄想していたが、いざ来てみれば自分の知恵は大して役に立たず、精神、身体的に過酷な状況に置かれた今では自分の浅はかな考えに舌打ちでもしたくなる。

「キョーヤさんどうしました?まだ汚れてますか?」

 窓を見続けている響也をを見て自分の作業に落ち度があると想像したジョゼは恐る恐る尋ねるが、響也は「随分綺麗になったと思っただけ。」と誤魔化し、持っていた雑巾をバケツに押し込むと窓から顔を出し物干し場を覗き込む。

「丁度ルイーザも終わったみたいだ。朝飯にしよう。」

 シーツを掛け終え宿舎に歩いて来るルイーザを確認すると、フードを被りながらジョゼに伝える響也。ジョゼも待ってましたと言わんばかりの素早さでフードを被ると部屋を出ようとする響也へ続く。

 一階に降りると階段へ曲がろうとするルイーザに対面し、二人の姿を見て朝食と判断した彼女は何事も無かったかのように食堂へ向かう。

「おぉ『三日月』。」

 食堂へ来ると宿舎に一番近いテーブルに座っている人物から声を掛けられる。自分達のクランを知っているのはギルドの人間以外では『鉄壁の盾』しか居ない為、声の主は大体想像出来た。

「ティルノとラトじゃないか。今日は二人だけか?」

「あぁ、盾が出来るまでは暫く休みだ。普段は休む暇も無かったから久々に羽を伸ばせるよ。」

 そう言って組んだ両手を高く上げ背伸びをするラト。彼の言うように昨日の戦闘で盾を失った四人は任務には参加せず、残りの三人は収集任務に向かったらしい。

「良かったら一緒に食わないか?俺達の奢りで・・・」

「是非とも。」

 ラトが言い切る前に着席しながら言葉を被せるルイーザ。意地汚さが目に見えてわかる行動に頭を抱える響也だが、二人は逆にその態度が気に入ったらしく笑い飛ばしている。

「ほら、ジョゼと響也も。俺達に先輩面させてくれよ。」

 と言うティルノの言葉に響也は抱えていた手を後頭部に持って行き数回掻くと「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな先輩。」とルイーザに釣られる事に。

 人の奢りと言うのもあるのか、ルイーザとジョゼの食欲は普段より増して見える程の量の料理が机に並べられる。先に『鉄壁の盾』が食べていたパンと南瓜スープとは偉い差を見せつけられた。

「昨日もそうだが大量に随分食べるな。」

「私等が使う能力は消費エネルギーが多いからな。」

 ラトの質問に答えるルーイザ。ジョゼは兎も角ルイーザは普段から暇さえあれば食い物を探しているので正確な回答ではない事に疑問を抱く響也だが、ここでツッコミを入れるのも野暮と思い言葉を飲み込む。

 数分後、皿の底に残ったスープをパンで拭って食べ終わると満足そうに背もたれへ寄りかかるルイーザ。ジョゼも満足した様で口元が緩んでいる。そんな二人を見て癒されたのか、『鉄壁の盾』の二人の顔には笑みが浮かんでいる。

「ありがとうございました。」

 食事の礼を真っ先に言ったのは人見知りのジョゼである。普段よりは声は小さいが感謝の気持ちを確りと伝える。それに続いて響也とルイーザも礼を言うが、「気にするな。」と返すティルノ。

 人を守るためのクラン『鉄壁の盾』は物理的に人を守るだけではなく、人々の暮らしや笑顔も守りたいと言う集まり。その為、笑顔を見る事を何よりの楽しみにしているらしく、幸せそうに食事をする二人の笑顔を見れただけで十分との事らしい。「臭い事言ったな。」と笑いながら席を立つとそのまま会計を済まし宿舎へと戻って行く。

 二人を見送った一行は今日行える任務を探しにクエストボードの前に移動。シーツを取り込む事を考えると遠出は出来ず、なるべく近場で済む物をとルイーザが見つけたのは街の南部にある農業地での収穫手伝いと言う任務。任務と言うよりはアルバイトな為か報酬は取れた野菜と三百マルクと言う安い賃金ではあるが安全で確実に帰れると言う事で引き受ける事にした。

 農業地へは歩いて大体三十分。この南門を通る度に燃えた紹介状を思い出す響也だったが今回はジョゼが居る為、あの頃には一緒に居たんだと懐かしんでいると、野菜を大量に積んだ荷車を引いた中年の男が門に近づいて来るのが見えた。

 ギルドの依頼で来た事を伝えると、男は「あそこに居る男に話を聞いてくれ。」とだけ言うと門を潜って行く。あそこと言われ指を指した方角には距離として二百メートル近く離れた場所で動く人影が見える。他には誰も無いので一行はその人影の元へ行き同じ様に話す。

「ギルドの人か。丁度良かった、今全員品物を卸に行ったもんだから収穫が間に合わなくてね。取り合えずここら一帯の人参を頼む。籠はそっちの納屋にある。一杯になったら荷車の箱に入れてくれ。」

 とだけ言うと、依頼者であろう男はキャベツを持っている刃物で芯を切っては背負い籠に入れて行く。三人は言われた通り納屋に向かい籠を背負うと指定された通り近くにある人参を引き抜き始めた。人参畑の大きさはテニスコート二面分程の大きさがあり、全部引き抜くとなると相当な労力を強いられると少し気が滅入る。

「農家のお陰で俺達は美味い料理が食える。野菜に改めて感謝しないとな。」

「それは言えてるな。私も畜産家のお陰で肉が食える。」

「今は野菜の話だと思うんですけど・・・?」

 三人は話しながらも手を動かし次第に籠は人参で溢れかえり、その重量は立ち上がった時にそのまま一人でジャーマンスープレックスをするかの様に後ろへひっくり返りそうになる程。

 荷車の箱が溢れかえった頃、依頼者の男から休憩を言い渡され納屋の日陰に移動した一行は思い思いの体制で休む事にした。小学校の授業以来農作業を一切行っていない響也の腰は悲鳴を上げ始めており、明日は筋肉痛になるなと言う確信を持ち始める。

 休憩後には別の場所でトマトの収穫。昼食代わりに取れたての野菜を食べては再び農作業と言う工程を繰り返し陽が落ち始めると任務完了が言い渡される。はっきり言って作業量に対し割りに全く合わない報酬ではあるが、先程の通り彼らのお陰で安く食材が提供されている為文句は言えない。

 汗と土まみれになった服で帰る訳にもいかないので二日連続で銭湯へ立ち寄る事にし、その道中ジントリムで購入した藍色のベストも大分色あせ、この世界に来て長い時間が経った証拠として懐かしさすら覚える響也。考えない様にはしていたが、これだけの長い期間消えて両親に心配かけている事を思い出してしまう。若しかしたら捜索願を出しているのでは。自分の帰りを待っているのでは。考えだしたらキリがない為持っていたベストを棚に置き何事も無かったかの様に服を脱ぎ始めた。

 しかし浴槽に浸かりながらも頭に浮かぶのは元の世界。両親だけでなく、やり掛けのゲームに追いかけていた漫画。毎週欠かさず見ていたバラエティ番組等、今では楽しむ事すら出来ない。だがそれと同時に、今の暮らしも決して嫌と言う訳ではない。命の危険もあったが生きている実感や生活をしていると言う実感。何より、友達と呼べる友達が殆どいない響也に出来た家族とも感じる仲間。勿論友人として『鉄壁の盾』のメンバーもいる。自分が元の世界へ帰るとなると、必然的に全員と別れる事になる。それが響也にとって何とも言えない悔しさを生む。

 銭湯を出ると鍼が完成しているか確認したいと言うジョゼの言葉に賛同し一行は鍛冶屋へと向かう。そもそもジョゼ一人で行った所で会話が出来るのかさえ怪しいものではあった。

「おぉ、嬢ちゃんの鍼出来てるぞ。」

 そう言って鍛冶師はカウンター横の棚からジャラリと音を立てながらグルグル巻きにされた布を取り出し広げ始める。その中に入っていたのは三ミリと五ミリ程の各々四本ずつの鍼。その内二本はサンプルとして渡した物で、色が違う為すぐに分かる。

 鍛冶師の話によると、鋼鉄を焼入油に入れ表面を酸化被膜で覆う事で錆びにくく加工した物で、更に確りと焼き戻しをしている為早々には折れない鍼に仕上げたとの事。細い針なのにも拘らず凹凸が殆ど無く曲がったりもしていない事から鍛冶師の腕が伺える。

 料金は技術料もあり一本千マルク。合計六千マルクと言う大金ではあったが、ジョゼの鍼に何度も助けられた二人は自分の袋から代金を支払う。それに対し自分の武器だから自分で支払うと断るジョゼであったが、これからもクランとして生きて行くための投資だと伝えると渋々受け取る。

「この代金の分ジョゼには頑張って貰わないとな。」

「はい!頑張ります!」

 冗談で言った響也の言葉をストレートに受け取ったジョゼは元気に返答する。人を疑わない素直な心は見る者も和ませるが、密偵の身としては如何なものだろうか。

 だがそんな彼等も翌日、運命の歯車が狂う事になるのは想像だにしなかった。






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