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記憶の道  作者: 桐霧舞
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打ち解け





「それにしても腹の音に救われるとはなぁ。」

 と大きな声が風呂場で反響する。

 オークの血を浴びたり砂煙に巻かれたりと大量の汚れが付いた一行はギルドへの報告を済ませた後銭湯へ直行していた。

「あまり言ってやんないでくれよ。ジョゼだって鳴らしたかった訳じゃないんだから。」

「それは分かっておるが、儂も散々戦場に赴いたが初めての経験でのう。」

 そう話すのは『鉄壁の盾』のリーダーであるピエール。立派な髭とオールバックの金髪が特徴的で、古臭い話し方をしているが年齢的には四十にも行っていないらしい。

「あぁ、ジョゼって子、凄いよな。鍼を正確に投げるしジャンプ力はあるし。」

 笑いものにしているピエールに対し、ジョゼの身体能力に興味を示しているのはラトと言う青年。『鉄壁の盾』唯一の褐色肌なのだが、アレス族と言う訳ではなく、東側の大陸出身で常に日焼けしているらしい。尚、オークの丸太から響也を守ったのはこの二人である。

「しかし変わったメンバーだな。ジョゼは分からないがアレス族のルイーザに黒髪の三人とは。」

 と言うティルノに対し響也も余裕のある表情で返答する。

「これでも案外上手くやってるんだぞ。」

 戦闘中は気にも留めていなかったが、帰る際にフードをしていない響也の頭を見て黒髪と知った『鉄壁の盾』の四人だが、『強ければ誰でも良い』と言う信条のクランにとって黒髪は些細な事であった。

 風呂から上がると洗濯乾燥済みの服を着直し外へ出る一行。すっかり気が合い昼食を一緒に取ろうと約束し、『鉄壁の盾』の四人は盾を新調する為、鍛冶屋と隣接している工房へと向かう。一人残された響也はダミアバルまで帰って来る時に食べた食材だけでは全く足りないだろうと近くのパン屋にてライ麦パンを二つ購入し女湯から出て来る二人を待つ事に。

「案外早かったな。ほれ、パン買っといたから昼まで我慢しろ。」

 そう言って数分後銭湯から出てきた二人にライ麦パンを手渡す響也。朝の作り置きな為かヒンヤリと冷め切ったパンを受け取ると早速口へと運ぶルイーザ。その一方ジョゼは千切って少しずつ食べると言う最初に会った頃と同じ食べ方をしている。

「昼までは時間があるし私は鍛冶屋に行こうと思う。王都へ来てから一度も研ぎに出してないからな。」

 パンを食べ終えたルイーザは背中の剣を親指で指しながら二人へ話すと、響也も同じく剣を研ぎに行きたく、ジョゼは今回の戦闘で鍼不足を抱き追加の発注をする為、結論として全員の意見が合致し鍛冶屋へ向かう事にする。

 鍛冶屋に着くとそこにはティルノも居り、鍛冶師と盾の修復について話し合っていた。聞けばティルノが使用している盾は鍛造で、『くの字』に曲がってしまった盾をどうにかして真っ直ぐに出来ないかと言う事。

「俺を守る時にこうなっちまったんだよな、ごめん。」

「来る時にも行ったが謝る必要は無いさ。盾は守る為にある。」

 王都へ帰ってくる際にも四人へ謝ったが、再び盾を見て罪悪感を抱きもう一度謝る響也に対しティルノは気さくに返答すると曲がった盾を自慢気に響也へ見せる。

「俺自慢の盾がコレだけ曲がったのに俺は生きてる。そしてお前達を失わなかったと言うのがクランの誇りにもなる。『鉄壁の盾』は人を守る為にあるんだ。」

 『鉄壁の盾』はティルノの発言の通り、『人の盾』になるクランである為、本来ならば依頼人を守り切ると言うのがクランの信条で、それを誇りとしている。故に、依頼人では無いが戦闘員を守れた事の方が『鉄壁の盾』には嬉しいらしく笑顔を絶やしていない。

 そうこう話している内に手の空いた職人が『三日月』の三人に近づき要件を聞き始め、三人の武器を預かり鞘から取り出すと品定めするかの様に隅々まで目を通す。

「う~む、剣の方は随分ボロボロだが研ぐだけなら夕方までには仕上がる。んで、鍼の方だが変わった金属が使われててウチじゃ同じものは作れないな。似た様な物なら出来るが。」

 一月以上まともな手入れがされていない響也とルイーザの剣はすぐに仕上がるとは初めから思っていなかったので予定通りではあるが、ジョゼの鍼に使用されている金属は王都で主に使われている鉄や真鍮製とは違い、非常に硬く殆ど錆が無いと言う代物と判明。その為同じ太さの鍼を防錆処理した鋼鉄で再現する方向に話が纏まると一行は一足先にギルドへ戻る事に。

「ジョゼの鍼ってそんなに珍しいのか?」

「昔から使っているので私も知りませんでした。」

 道中、鍼に対し興味が湧いた響也はジョゼに尋ねるが本人も知らない素材で出来ているらしく、鍼を一本響也に出渡す。

「う~ん。昔から使っててコレだけ錆びてないって事はステンレスかって思ったけど、結構重いし鉄みたく硬い・・・。全く見当つかん。」

 手渡された鍼を爪で叩いたり力を入れてもビクともしない事を確認した響也だが、彼の知識では素材を知る事は出来ない。鉄にクロムを含ませることにより腐食耐性を高めた物がステンレス鋼だが、この鍼は更にモリブデンを配合する事により非常に硬いがステンレス鋼の様な腐食耐性を持たないクロムモリブデン鋼で出来ている。錆が少ないのはジョゼの手入れが行き届いている証拠でもあり、響也の答えは少し近い部分もあった。

 ギルドへ戻り、普段からよく使用している窓際の席に座るとリラックスするかのように背もたれへ体重を預けた響也は二人に提案する。

「取り合えず『鉄壁の盾』が来るまでは休憩にするか。昼まではまだ時間あるだろうし。」

 その言葉に対しジョゼの胃袋は音を出し反論する。普段の彼女は一度に口へ入れる量こそ少ないものの総合的な量は多い方なのだが、能力に対しての燃費の悪さは想像以上で先程食したパンでは全く足りていない。

「『鉄壁の盾』って言った?って事は君達が『三日月』?」

 腹の音で顔を赤くしたジョゼの横から身長約百六十センチ程の男が響也達の話を聞いていた様で問いかけて来る。その横には比較するかの如く百九十近い男が立っており、そちらも続けて問う。

「失礼。我々は『鉄壁の盾』と言うクランの者なのだが、今日ドンからクラン『三日月』と昼食を取ると聞いていたもので、この者が先走る無礼を。」

 喋り方も正反対な様で、背の低い方がディーノ、高い方がラキオと言うらしい。三人は二人が『鉄壁の盾』と知ると響也の横の席に座るよう誘導する。尚、ドンと言うのはリーダーのピエールの事で、所謂『首領』の意。

「ドンから聞いたぜ、君達結構強いんだってな。ランクいくつ?」

 ジョゼと正反対な人見知りをせずグイグイ来るタイプのディーノに対し自分達のランクがEだと伝えると「Eなのにドンに認められるって凄げぇな。」と響也の肩を叩きながら喜ひ始める。

 その一方『鉄壁の盾』はDランクらしく、メンバーは全部で七人との事。つまり、先程までいた四人と今要る二人以外にもう一人いるようだ。

「それよりも何か注文された方が良いのでは?そちらのお嬢さんの為にも。我々に気遣う必要はありません。どうぞ召し上がって下さい。」

 丁寧な物言いのラキオに甘えて早速料理を注文し始めるルイーザに対し「全く・・・。」と呟く響也。その言葉が聞こえた様でラキオは続けて「我々の到着が遅いだけなのでお気になさらずに。」と声を掛ける。

 紳士的なラキオを見てちょっぴり自分が恥ずかしくなる響也ではあるが、彼を見習って落ち着いた姿勢になるのも良いかもと思い始めた。

 数分後出てきた料理は骨付き鶏もも肉を始めとする肉類が六品、バスケットいっぱいのパン、そしてスープが人数分。自分達だけでなく相手の分も注文しておくと言うルイーザらしい行動に安心を覚えた響也もルイーザに続きスープを口へ運ぶ。

「ここのスープ美味いよなぁ!俺達も色んな所に行ってたけど一番だぜ。」

 ディーノはスープがお気に入りの様で誰よりも先に平らげると店員にお替りを要求する。聞けばダミアバルへ来たのはつい数か月前で、それまではジントリムの西にあるラダウィッチに居たと言う。

 ラダウィッチと言えば、ルイーザがジントリムに来る前に居た場所だが面識は無い様で入れ違いなのだろうと結論が出た。すると玄関に背を向けていた響也の背後から声が掛けられる。

「お?早速食ってるな。」

 声の主は盾の注文が終わったティルノであり、ルイーザの横に座りながらバスケットから黒パンを取り一口齧る。帰りがけに聞いたルイーザとジョゼの食欲の話からして昼食は早くなるだろうと踏んでいたのだ。

「ドン達は?」

「鎧工房の方に行ったからもうちょっと掛かるだろうな。お前達こそニックと一緒じゃなかったのか?」

 ディーノの質問に答えるティルノ。どうやら最後の一人の名前はニックと言うらしい。

「ニックなら今日は教会に行くって言ってたじゃん。そろそろ来るとは思うけど。」

「そう言えば言ってたな。あぁ悪い。もう一人の仲間はニックって言うんだが、あいつはアンナ教の人間でな、三日に一度は教会へ行くんだ。」

 教会はつい先週聖水を買いに行った場所。あの時は一週間後に別クランと昼食を取るなんて思ってもいなかった。それどころかジョゼと手を組んだのはそれよりも後の事であり、この一週間が如何に濃厚であったかを再確認する響也であった。

 数分後、教会から帰るニックと合流した三人がギルドへ到着する。流石に十人、それも筋肉質な男ばかりが居ると机は狭く、割とギチギチに座る事となる。

「もう食い始めているが、この日の出会いを祝して。」

 そうピエールが言うと残りの六人が「祝して。」と右手を顔の位置まで上げるとその場で一回ノックする様な動きをする。この世界での『乾杯』の合図なのだろうが、それらの常識が無い『三日月』の三人はその場に置き去りにされてしまう。しかし、この事が会話の切っ掛けとなり、出身地や種族の話に発展する。勿論響也は元の世界の事を隠しながら。

 約二時間後、昼時になり食堂が慌ただしくなった頃。お互い協力する任務があれば行おうと約束すると解散し『鉄壁の盾』は宿舎に戻って行く。尚、背が高めなニックは基本的に言葉を発しず、表情やジェスチャーで会話すると言う人間であり、出身地は疎か声さえも不明なままになってしまった。

「そう言えばゴブリンの方は未達成なんだがどうする?明日にするか?」

 『鉄壁の盾』が居なくなったテーブルに残った料理を食べているルイーザとジョゼに対し水を飲みつつ尋ねる響也。今は剣を預けたままで戦闘力になるのはジョゼの鍼のみで、響也のジャマダハルは初めから数に入っていない。

「確かに、オークは折半だったしリトルオークだけじゃそこまで多い額じゃないしな。」

「なら私一人で行ってきましょうか?」

「いや、私等はクランでありチームだ。行動するなら揃って行くぞ。」

 ジョゼの提案を却下するルイーザ。実際ジョゼの戦闘力と鍼を用いればゴブリンの群れは簡単に対処出来るのは過去に実体験から理解出来るのだが、一人に任せると言うのは自分の流儀に反するとの事。

「取り合えず鍛冶屋へ行ってみよう。そこで剣が仕上がって無ければ明日に延期だ、」

 夕方には仕上げて置くと言われた剣だが、今回は研ぎだけなので案外早めに仕上がっているかもしれないと言う希望に掛け一行は提案に賛成し鍛冶屋へと向かう事にする。とは言えルイーザの大剣は刃だけでも一メートルは優に超える為、研ぐだけでも時間は掛かる物だが、

「出来てるぞ。」

 出来てしまったのなら仕方がない。

「この剣『鍛冶屋泣かし』だな。つい他の仕事をほったらかして最優先にやっちまった。」

 そう言いながら仕上がったルイーザの剣を手渡す鍛冶師。因みに『鍛冶屋泣かし』とは何度も鍛え直した剣、及び愛用している人物、又は剣を大切にしている者の事で、ルイーザの剣は過去数人の職人の腕により何度も鍛えなおしている一品。研ごうと剣に向き合った瞬間に察知したらしい。

「ありがとう。この剣は私の魂みたいな物で大事にしてるんだ。」

「この鍛冶屋泣かしめ!」

 ルイーザの言葉に対し一筋の涙を流しながら鼻を一度啜る鍛冶師。ジントリムでの流れを目の当たりにした響也は「懐かしいなぁ。」と微笑ましく二人を見た後、自分の剣についても尋ねる事にする。

「あぁ、あんたの剣はこれからやる所だったんだ。ただ、あの剣は見た所かなり古い物だから新しい剣を検討した方が良いぞ。」

 先程の流れから急に真面目な態度を取る鍛冶師に対して驚きを隠せない響也は、その言葉を聞きジントリムの骨董品屋の店主が棚にさえ置いていなかった剣だった事を思い出す。

 研ぐ前なので今回収しゴブリン退治後再びここに来ると言うのも考えたのだが、響也は自分にはジャマダハルがあると根拠が不明な自信に満ちた顔付で二人に左腰に付いたジャマダハルを叩きながら豪語する。勿論言われた二人は何とも言えない表情で響也を見つめる他無い。

 その後仕方なく森へ戻った一行は愚者の舞をする響也を囮にして近づくゴブリンを倒すと言う作戦で事なきを得たのだが、響也本人は十分に戦えたと満足そうな感想を述べていた。

 翌日の朝練でルイーザが付きあう事になったのは言うまでもない。





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