盾と月
夕日が落ちた頃、王都へ戻っていた一行はギルドへ討伐の報告をすると、どうやらアレッシオはすぐに報告したらしく、既に完了報告が届いていた様なので報酬を受け取る事が出来た。
アクアリザードの皮は穴が開いていた物の高い額で引き取られ、天ぷらに使った材料費とジャマダハルの鞘代を差し引いても三千マルク程の黒字になっており、今回の討伐報酬で各々千五百程入手した為懐は温かい状態である。
「流石王都だ、クランになると金が溜まりやすい。」
夕食の鶏モモ肉に齧り付きながら喋るルイーザ。ジントリムに比べ王都は依頼の数が何倍も多く、自分に合った任務を探す事が出来る。だが、実際は三人が行った両方の任務は本来ランクEのクランに任せられるような内容では無く、相手方が多めに報酬を用意してくれていたのが原因である。
わずか数日で大金を手に入れた事により三人の士気は最上と言える程上がっていた為、次の任務は少し難度を上げようと提案が上がる。
「だが気を付けろよ、昨日みたいな戦いは御免だからな。」
昔聞いた『喉元過ぎれば熱さを忘れる』と言う諺を覚えており釘を刺す響也。この世界に来て二月は経つが現代医学までの知識は無い世界で怪我をするのは命に係わる事を決して忘れてはいない。
「確かに、私の力で無ければ貫けない鱗や皮膚を持った奴らと闘うのは無謀だ。となるといつも通りのゴブリン討伐になるが。」
「ここで無理しても駄目ですし、着実に一歩ずつが良いですね。」
と言った事により、難度を上げるより安定を選ぶ事にした。戦闘慣れしているルイーザと密偵として鍛えられたジョゼは『安全第一』と言う言葉を知りはしないが理解しており、万が一と言う話も通じる。
結果として明日から暫くはクランとしてのランクアップスコア稼ぎと報酬の両立が出来る任務を受ける事に決定すると、先に食べ終えた響也がクエストボードの確認に向かう。
「ゴブリン、ケルベロス、バグベア・・・ん?見慣れない名前があるな。」
簡単な文字だけは読める様になった響也ではあるが、知らない単語に関しては全く読む事が出来ず、依頼書に書いてある文字を読んでもらおうと近くに居た男に声を掛ける。
「すみません。この手配書に何て書いてあるか教えてくれますか?」
「勿論喜んで。え~と、『巨大スライムの討伐』だな。こいつは厄介だぞ。」
話しかけた男は響也に応じた上でスライムの危険性を話し始める。
スライムと言えばいくつものRPGで登場する雑魚モンスターだが、この世界のスライムは液状の生物で魔法の類以外まともに攻撃が通じず、種類によっては強酸性の個体も居る為、魔法を持たぬ者は避けて通るが一般的である。ただし、大量の聖水を浴びるとその液状の体を維持出来なくなる為、スライム除けとして聖水を常備している冒険者も少なくないらしい。
「なるほど、じゃあ俺達は魔法使えないし止めとくか。」
「それが良い。逆に魔法が使えるならばチームを組みたかったのだがな。あぁ、言い忘れたいた。俺はクラン『鉄壁の盾』のティルノだ。もし危険な任務を受けるなら俺達が盾になるぜ。」
そう言い残すとティルノと名乗る男はクエストボードから離れ、目ぼしい任務があったのか受付の方へと歩いて行く。
『鉄壁の盾』は二日前、ルイーザに洗濯を教えたレックスと同じクランであるが、レックスとの面識が無い響也は知る由も無く『何か強そうな人』程度にしか感想を抱かなかった。
「取り合えず南西の森でゴブリンの群れとリトルオークの討伐からあったから引き受けて来たぞ。」
「リトルオークか。確かにランクアップにも打ってつけだな。」
「通常のオークじゃルイーザも腕折られたしな。」
過去にルイーザがジントリムであったオークとの戦いで左腕を負傷した話を持ち出す響也。それに対し「そんな事もあったな。」とあっけらかんな態度をするルイーザ。ただし彼女の場合、以前にもオークとは対峙した事があり、単体でなら勝利した経験もある。
食事が済んだ一行は金に余裕があると言う事で銭湯を経由し宿舎に戻ると連日歩き通しで命に係わるやり取りもあり、本人の知らない内に疲れや緊張感はピークに達していた為、気絶するかの様に眠りにつく。
翌日、体内時計が正常に働き夜明けと共に目が覚めた響也は日課の素振りをする為、二人を起こさぬよう剣に手を伸ばす。その時、普段使っているロングソードへ寄りそうかの如く置かれたジャマダハルが目に入る。今思えばバーウィックにてアレッシオの前でサイコメトリーを使っただけで剣としては使用していない事を思い出し、先にジャマダハルの稽古をする事に決め宿舎西側の物干し場に向かう。
ジャマダハルはゲームでしか見た事の無い剣である為、正確な使い方を知らない響也ではあるが、そこはロングソード同様にサイコメトリーで型を身に着ける他無い為より一層鍛錬する必要がある。
ベルトに対し太腿付近から垂直に取り付けられた鞘から引き抜かれたジャマダハルは工房からのサービスか綺麗に磨かれた銀色の刃で陽の光を反射させ、響也の顔を照らす。
そんなジャマダハルに不思議と信頼感が生まれ、サイコメトリーを右手に集中し映像<ヴィジョン>を確認する。勿論前の持ち主が素振りをしていなければ何も見る事は出来ないが、それは杞憂であったが一つ別の誤算があった。
映像<ヴィジョン>は明らかに正反対の動きをしており、一発目から合わせようとしたした響也はバランスを崩しその場で倒れ込んでしまう。
そんな姿を毎度いつの間にか来て見ていたルイーザの「何してんだ?」と言う声に対し「映像<ヴィジョン>が滅茶苦茶に動いてコケたんだよ。」と照れ隠しの様に返す響也だが、それと同時にバーウィックで見た映像<ヴィジョン>は左手であった事を思い出し、今度はジャマダハルを左手に持った状態でサイコメトリーを発動する。
「あ、やっぱりだ。」
予想通りこのジャマダハルは左手で使用していた物。本来ジャマダハルは両手に一つずつ持つのが基本とされている為、左右どちらかなのは完全に運である。とは言えジャマダハルは片方だけ使うと言うのも間違いでは無い。この世界でもだが、日本にあるジャマダハルの資料では対になっている事が多いと言うだけである。
「困ったなぁ、ロングソードより短いから予備で使おうと思ってたのに。」
と愚痴を溢す響也に対し、これまたいつの間にか現場に来ていたジョゼから一つの名案が出された。
「二刀流にしたらどうですか?」
ロングソードは片手で扱う事を前提にした剣。そしてジャマダハルも片手を前提とした剣である為、右手にロングソード、左手にジャマダハルと言う変則的な二刀流は可能である。
「その手があったか。」と早速ジャマダハルを扱ってみるが、右利きの響也にはそもそも持った事も無いジャマダハルを思い通りに動かすのは非常に困難な物。剣を振っていると言うより剣に振り回されていると言う状態。
「その調子だと自由に扱えるのはまだまだ先だな。」
どこか遠い目をしながら呟くルイーザに対し「・・・ですね。」と同意するジョゼ。幸か不幸か響也の耳には届いておらず、到底素振りとは言えない変な舞を続けては見る者に溜息をつかせた。
愚者の舞(命名ルイーザ)を終えた響也はどこか満足気に額の汗を袖で拭うと朝食を取る為食堂へ向かう事に。その一方、残りの二人は素振りの途中から姿が見えず何処へ行ったのかと思えば既に食堂で一足早い朝食を取っていた。余程響也の素振りが気持ち悪かったらしい。
朝食を済ませた三人は早々に王都南西の森へ足を運ぶ。時は金なりの如く、早めに任務を終え、時間があれば別任務も受けれるようにと言う考えだ。
南西の森は普段であれば食材の調達や、ゴブリン等を討伐する為に向かう事が多い場所ではあるが、今回はリトルオークと言うあまり討伐を行っていない魔物が相手になる。相手こそ小さくなったが、響也からすれば手も足も出なかったジントリムでのオーク戦からどれだけ成長したのかと言う腕試しな部分もある。
「今回は三人居るから俺はは左右と上を見るから前をルイーザ、ジョゼは後ろを頼む。」
到着した三人は各々のポジションを確認すると森の奥へと入って行く事に。良いとは言えない天候からのやや湿った風が三人の肌やフードを外した響也とジョゼの頭を撫でながら草木を揺らし音を立てる。
ゴブリンの中には木の上から奇襲を仕掛ける者や投石を行う物もおり、判断が遅れると一瞬にして囲まれると言う事も珍しくは無い。その為仲間全員で全方向に注意を向けるのが森を抜ける秘訣でもある。また、オークとゴブリンは手を組んで戦う事もあるので、今回は同時に奇襲を掛けられる前提の陣形を選んだ。
森の探索から約三十分。逆にゴブリンが見つからないと言う状況に対しルイーザが疑問を浮かべる。
「ゴブリンの形跡さえ見つからないなんて何かおかしい。」
「ゴブリンは集団性なので何処かに固まってるんですかね?」
そうジョゼが返答した瞬間、微かにだが地響きを感じる三人。余り想像したくない出来事が起きていると思い走って森の奥へ向かう事に。
「キョーヤさん、上に行きます!」
そう言って垂直になった木を駆け上がったジョゼは枝から枝へ飛び移り二人との距離を離していく。本人は密偵と言っているが、その動きはまるで忍者その物。
最前線にいるジョゼの耳に聞こえて来たのは何かの唸り声。その声の方向へ目をやると鳥が一斉に非難しているのが見える。場所を特定したジョゼは反転すると方角を教える為二人の元へ急ぐ。
「こっちです!」
二人を見つけたジョゼは枝の上から声を掛けると付いて来いと言わんばかりに目的地へ向かって大きくジャンプをしながら手招きを行う。白い服にピンクの髪と言う目立つ格好が恰好の目印となり何とか見失わずに付いて行く事が出来る。
現場に近づくにつれ金属音や人間の声が聞こえ始めた頃、予感が的中したと確信した三人は戦闘態勢を取りながら音の発生源を目指す。森の中で起きた地響きは木が倒れる、又は大型の魔物による攻撃。金属音がすると言う事は剣や盾を持った者が戦っている事を表す。
到着した三人の目に飛び込んできたものはリトルオークを率いる三匹のオークの姿であった。戦闘に参加する為に襲われている側の人間に声を掛けるが、その人物達の中には見覚えがある者も居た。
「レックス!」
「ルイーザか!悪いが手を貸してくれ!」
現場に居たのはクラン『鉄壁の盾』のメンバーであり、こちらも朝早くから任務を行う為森へ入っていたらしい。今回の任務に参加した者は四人で、その中にはティルノの姿もある。
『鉄壁の盾』は名前の通り防御に徹底したクランで全員が大型の盾を装備しており、相手が疲れた所を一気に攻めると言う戦闘方法を得意としているのだが、オークの数が報告より多く守備一辺倒な状態になっているのが現状。
その逆で、防御を捨て一撃の攻撃に特化したルイーザにとって複数体を同時に相手するのは自殺行為である為、どうにかして一体だけ引き付けようと間合いを読みながら近づいていく。
一方響也はリトルオークの攻撃を受け続けベコベコになってしまった盾を持つ者の所へ向かい注意を自分に引き付ける事に。サイコメトリーを発動する事によりリトルオークを倒す映像<ヴィジョン>が見えるものの、オークが視界に入りリトルオークだけに集中する事が出来ない状態になってしまっている。だがその時発せられた、
「俺が盾になる!絶対にあんたを守るから目の前の敵に集中してくれ!」
と言うベコベコの盾を構えた『鉄壁の盾』のメンバーの言葉を信用し、響也は目の前にいるリトルオークを次々に斬っていく。傷がが浅い者に対してはオークの注意を引きつつも援護をするジョゼの鍼のお陰で数は着実に減って行く。
リトルオークと二体のオークを引き付けたお陰てルイーザが一体のオークの討伐を成し遂げたが、能力の連続使用により全員に疲れが出始める。残す所オーク二体とリトルオーク四体。
あと一息と言う場面で眩暈を起こした響也がその場で片膝を付いてしまう。その隙を逃すまいとするオークが持っていた丸太の様なこん棒を一気に振り回すが、『鉄壁の盾』の二人が防御に入る。
既にベコベコになった盾は完全に拉げ『くの字』の形に変形してしまうが、『鉄壁の盾』は鍛え抜かれた筋肉でこん棒を支えながらも護衛対象である響也に安否の確認をする為声を掛ける。
「歩けるか?!無理なら離脱するんだ!時間は俺達が稼ぐ!」
そう言うとこん棒を持ったオークに拉げた盾を構え果敢に突撃を始める『鉄壁の盾』。自分の命さえも危険な筈なのに守りに徹底しているクランメンバーを見て自分も確りしなければと一度頭を振って再度サイコメトリーを発動させる響也。
その一方、援護に使用していた鍼を全て使い切り回収作業が出来ないジョゼは一人リトルオークの注意を引きつけ続けていたが能力の連続使用により体力を使い果たし、終には脚が縺れその場で倒れ込んでしまう。迫りくるリトルークに対し絶体絶命かと思ったその時、『鉄壁の盾』が守りに入り盾でリトルークを押し返し始める。
盾により前への視界を塞がれたリトルオークは力で押し返そうと踏ん張るが、その隙を付き背中から胸へと響也の剣が貫通しその場に崩れた。
「大丈夫かジョゼ?!」
素早く駆け寄り怪我が無いかを確認する響也に対し『大丈夫です。でももう力が・・・』と返答するジョゼ。このままでは恰好の的になってしまうと考えた響也は何とかジョゼを安全な場所へと非難させようと周りを見渡すと、助けに入る為オークを『鉄壁の盾』に任せてしまったのもあり、彼らの盾は既に原型を留めていない事に気づく。
幸いにも『鉄壁の盾』とルイーザの活躍により残るのはオーク、リトルオーク共に一体にまで減ったので攻めるなら今しかないと考えを纏めた響也はジョゼをその場に残し「隠れてろ!」とだけ言うと加戦する為オークの背後へと回り込む。
オークを中心に見てリトルオークがオークの正面左、現在の陣形としてはオークの正面にルイーザとレックス。リトルオークの前に残りの『鉄壁の盾』。そしてオークの背後に響也、オークの左二十五メートル程の位置にジョゼと言う状況。
最初に動いたのは『鉄壁の盾』。三人でリトルオークへ突撃し動きを封じる。それにより注意が向いたオークへ斬り込もうと動くルイーザだが、頭が切れるのか将又注意力のあるタイプなのか、そのオークは再びルイーザに注目すると右の巨大な拳を振りかぶった。突っ込むタイミングを完全に失敗した事に気づいたルイーザは防御態勢を取ろうとするが間に合う様子は無い。その時である。
辺り一面に轟音が響き渡る。その音は響也達もよく聞く音で、誰しもが必ず知っている胃の収縮音。早い話が腹の音。
余りの大きさにその場にいる全員がピタリと動きを止め、発生源であろう場所へ目を向ける。その先に居たのは腹を抑えて顔を真っ赤にしているジョゼであった。
数秒の間止まった時が動き出したのは現場の空気に耐えられなくなりジョゼが顔を両手で隠した瞬間。続きと言わんばかりに先程の状態から再開されたお陰でルイーザは防御態勢に間に合い、大剣で拳を受け止める。
その隙を盾から剣に持ち替えたレックスがオークの腹部へ深く突き刺す事に成功。同時に、リトルークは響也が背後から突き刺す。
腹部を刺されたオークは激怒しレックスを左手で掴みにかかるが、それに気づいた響也がリトルオークに刺さった剣を引き抜きそのままオークの左腕へ斬りかかる。
が、変な体制で斬りかかったのと、硬いオークの皮膚を斬るには今の響也には難しく、剣の入りは浅かった。その結果拳の速度は減速したもののレックスを直撃し、数メートル先にまで飛ばされてしまう。
しかし、響也に続いて三人の『鉄壁の盾』がオークへ突撃する事によりルイーザはオークの注意から完全に外れた為、怪力の能力を使い大剣を叩き降ろす。
大剣はオークの左鎖骨付近から右腰までの斜めの線を描き、辺り一面にどす黒く真っ赤な血が撒き散らされる。その後ゼンマイの切れたカラクリ人形の様に倒れ込んだオークの姿を見て全員が勝利を確認した。
「助かったー!」
力が抜けきった響也はその場に尻餅を付きながら叫ぶ。それに釣られてか『鉄壁の盾』も勝利の雄たけびを上げ討伐完了を喜ぶ。
「『三日月』助かった。お前たちが来なければ全滅してたぞ。」
「それはこちらもだ。『鉄壁の盾』が居なければ等に死んでいただろう。」
差し出たレックスの手を握り返しながら答えるルイーザ。
「お前たちが『三日月』だったのか。話はレックスから聞いていたぞ。」
そう話すはティルノ。彼の盾もまた原型を留めていない。昨日話したばかりの相手と共闘するとは思っても居なかった響也は「早速『何かあった』な。」と答えると二人の間に笑いが起きる。
全員の無事を確認するとその場にいる七人は一度王都ダミアバルに戻りギルドへ報告する事にした。今回『鉄壁の盾』が受けていた任務は『オーク一体の討伐』であり、リトルオークの群れ、更には複数体いると言う情報は入っていなかった。逆に『三日月』の任務のリトルーク討伐の話を聞き、オーク達と合流したと言う事に結論を出し納得する。
ギルドにはこの様な事態を想定し『近くで別任務があった場合クエストボードにその詳細を書く』お願いをすると、報酬は二つの任務の合計をクラン毎に折半する事にした。




