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記憶の道  作者: 桐霧舞
22/65

報告と久々の調理




 バーウィックに着く頃には夕暮れ時となり、この時間では依頼人やジャマダハルの聞き込みをするのも遅すぎるので最初に向かったのは銭湯である。先程のアクアリザードの返り血や糞、潰れたフナ虫等衛生的にも悪いので洗い流す事に。何より臭いのが問題である。

 男湯は運良く客が一人も居らず、響也の貸し切り状態になったので黒髪を気にせず心からリラックス出来る。バーウィックの銭湯内にも洗濯屋が存在しており、この世界では洗濯屋と銭湯がセットになっているのが当たり前と確認した響也は、髪を洗おうと石鹸を探すが洗い場の何処を見ても発見出来ずにいた。

「そっちに石鹸あるか~?」

「一つだけならあるぞ。どうやらバーウィックでは石鹸は高いみたいだな。」

 日本の銭湯同様に仕切りの上の部分は繋がっている為、女湯からは響也の問いかけにルイーザが返事をする。暫くすると「投げるぞ。」と言って男湯へ石鹸が投げ込まれた為、慌ててキャッチしようとし響也は豪快に転倒する。

「大丈夫でしたか?」

 約十分後、銭湯から出てきた響也を心配そうな顔で尋ねるジョゼ。豪快に転びさえしたが、尻餅程度で風呂から出る頃には痛みさえ忘れるレベルの怪我とも言えない物だったのでジョゼに対し大丈夫アピールをすると夕食を取る為店を探し始めた。

「魚の白ワイン煮込みと酢漬けを二皿。あとは卵付け焼きを山盛りで。」

「カジキのグリルと野菜煮込みを、あとパンも。」

「魚のトマト煮込みと鰯のパスタをお願いします。」

 夕飯時の料理屋はそこそこの込み具合だが、待つ事無く席へ案内されると早速注文をする。バーウィックでは料理名ではなく調理法をメニューに書くのが一般的な様で、始めて来る人でどんな料理なのかが想像しやすくなっている。

 因みにルイーザが頼んだ物はアクアパッツァ、カルピオーネ、ピカタの様な物で、響也はカポナータ。イタリア料理に非常に似たメニューになっており、新鮮な魚の味には響也の舌も満足させる。

 暫く食事を楽しんでいるとルイーザが響也の顔を見てふと思い出した課の様に口を開く。

「そう言えば響也の所では魚料理は無いのか?」

「俺の世界じゃ魚料理は山程あるぞ。ここのメニューに似たのもあるけど、やっぱり一番は寿司だな。」

「スシ・・・ですか?名前からはどんな料理か分かりませんね。」

「米を・・・って言っても分からないよな。白い粒の集まりの食材に酢や味醂・・・甘い液体で味付けして、生の魚の切り身を載せてしょっぱい液体を付けて食べる料理だ。」

「魚を生でか?確かに何処かの民族は生肉を好むと聞いた事はあるが・・・」

「お腹壊しそうですねぇ。他に何か簡単に作れる料理は無いんですか?」

「そうだなぁ・・・如何せん俺の居た地域じゃ醤油とか味噌って言う大豆から出来た調味料を使うのが多いから魚料理と言われると・・・。」

 ジョゼの問いに対してメニューが出て来ず頭を悩ませる響也だが、急に眼を見開くと右手の拳で左手の掌を叩き思い出す。

「そうだ、天ぷらなら作れそうだぞ。油を使うから高くはなるが。」

「油か、確かに少し値は張るがどんな料理なんだ?」

「魚に限った話じゃないが、小麦粉と卵を混ぜた液体を油で揚げるんだよ。素揚げと違って身はそこまで油っこく無く、衣がサクサクしてて美味いんだ。と言うか、揚げるならフライもありだな。」

 二人は響也の話から料理を想像し喉を鳴らすと真剣な表情を浮かべる。

「なら明日それを作ってくれ。アクアリザードの皮でも売れば油代にはなるはずだ。」

 本当に食べ物に関しては計算が早いルイーザ。現在手に入る食用油と言えば菜種油、コーン油、オリーブ油、ピーナッツ油、紅花油の五種で、日本で使われている家庭用の油に近い物としては菜種油かコーン油の二つ。前者はキャノーラ、後者はサラダ油である。勿論響也にそんな知識は無く、油の中でも王都で比較的安いコーン油を選ぶのは少し先の話。

「そう言えばメニューにも揚げた魚があったよな。すまないが『揚げ魚の詰め合わせ』を一皿頼む。」

 ふと思い出したかの様にメニューを見て店員に注文するルイーザ。何故メニューに存在するのに響也が気づかなかったかと言うと、純粋に文字が読めなかったからである。

 数分も待てば店主が十五センチ程の大きさの皿の上には海老、魚、イカの揚げ物三種にレモンが添えられた物が載せられていた。まるで唐揚げと天ぷらの間の様なこの料理は、こちらの世界で言うフリットであり、バーウィックでは一般的な料理として提供されている。しかし響也はフリットを知らないので出て来た物が天ぷらだと驚きの表情を隠せていない。

「中々の歯ごたえだな。響也の言っていた『テンプラ』と言うのもこんな料理なのか?」

「確かに見た目はそっくりだが衣が違うな。もっとサクサクしていて・・・味も少し違う。でも似てるなぁ・・・」

 自分で作ろうとした物に近い料理を口にし若干焦る響也。あわよくばジントリムの時の様に、新しい料理を作って一攫千金と言う考えは根本的にひっくり返り、この世界の文明の高さを最認識する事になった。

 食事を終えた一行は宿屋に戻ると明日の計画を立てる事にした。まずは海水で洗ったとは言え生臭さを放つアクアリザードの皮を売りに行く事、これはルイーザが担当し、依頼人アレッシオの捜索を響也とジョゼの二人が行う事で話が付くと、朝から歩き通しだった事と昼間の戦闘のダブルパンチで三人の疲労は蓄積されており、ルイーザはそのままベッドに寝転がり、響也は椅子に祝ったまま、ジョゼは床で自分の鞄を抱えたまま意識を失うかの様に眠ってしまう。

 気が付けば朝。それも陽が高く昇っている程の時間に目を覚ましたジョゼはルイーザの体を揺すり声を掛ける。

「起きてください!早くしないと今日中に王都へ帰れませんよ!」

 その言葉に目を見開き上半身を起こしたルイーザはそのままアクアリザードの皮の入った布切れを掴み部屋のドアを開け、「響也を頼む。」とだけ言うとそのまま宿を出て工房を目指し駆け出す。

 何の騒ぎだと目を擦りながらジョゼに尋ねる響也だが、ジョゼの回答を待つ前に自分達が予定時刻より遅く起きた事に気づきルイーザに続くように宿を出る。

 二時間程聞き込みをするとアクアリザードを討伐した話はルイーザの皮経由で広まってはいるが自分達が討伐したと言う話は上がっておらず、このまま依頼人に会えなければ報告のしようが無く焦り始める。昨日の『自ずと耳に入る』と言う浅はかな考えは完全に崩れ落ち、もう一晩泊まる可能性が浮上する。

 が、次の聞き込みでその可能性は低くなり始めた。

「アレッシオ?あぁ、そこの家に居る人だよ。」

 魚市にいる中年男性がアレッシオを知っており、彼の指さした方角には手作り感が非常に強い家が見える。ある事件で人と関わる事を極端に避けていた為知っている人が限られていたと言うのが今回の結論である。

 二人は家のドアをノックし自分達がギルドから来た人間である事を玄関で話すと、錆び付いたドアノブがガチャリと音を立て開かれる。

「アレッシオさんですか?事後報告になってしまうのですが、昨日北の洞窟に住むアクアリザードを討伐しました。証拠はコレでどうでしょう。」

 そう言いながら響也はアクアリザードの牙を中に居た老人に見せる。すると老人は牙を受け取りプルプルと震えた手でその牙を睨みつけた後響也達を見る。

「確かに、立派とも言える牙だ。この大きさなら本当に倒してくれたみたいだのぅ。奴の寝床には何か無かったか?」

「大量のフナ虫や食い荒らした血ぐらいしか・・・あとは奴の胃袋に入っていた剣ぐらいです。」

「剣?良かったら見せてくれないか。」

 アレッシオと思しき老人に言われ、鞄からジャマダハルを取り出し老人に手渡す響也。

「恐らく襲われた人の物でしょう。この村に墓地はありませんか?一緒に弔ってあげられればと思ったのですが。」

「この剣は儂の息子が使っていた物だ。随分風変わりな物だから間違いないだろう。・・・そうか、やはりそうであったか。」

 剣を見つめながら震えた声を出す老人。息子が使用していた剣がアクアリザードの胃袋の中にあると言う事の答えは誰もが想像出来る。響也は何があったのかを確かめる為、老人が掴んでいる剣に触れサイコメトリーを発動する。

 そこには自分の剣を今より若い老人に自慢するように見せつけている映像<ヴィジョン>が流れて来る。映像<ヴィジョン>の中の老人も笑顔で受け答えをしており、二人の仲の良さが見て取れる。その他一緒にいた仲間らしき者達と狩りをしていたり、手合わせをしている姿も出てくるが、その後に見たのはアクアリザードに襲われ左手に噛みつかれる瞬間であった。その映像は見ているだけで痛みさえを覚える程生々しく悲惨な物。故に一連を見ていた響也は咄嗟に剣から手を離し自分の左腕を確認する。

「何が見えたんですか?」

 荒い呼吸な響也に恐る恐る尋ねるジョゼ。同時に何が起きたのか理解していない老人も不思議そうな顔を見つめている。

 響也は二人に自分が見た映像を説明すると、予想していた通り息子がアクアリザードに食われた事を決定付けてしまい三人の表情が曇る。

「ありがとうな。お前さん達のお陰でつっかえが取れたわい。薄々気づいては居たのじゃが死んだ事を認められなくてな。」

「すみません。酷な事を・・・」

「気にするでない。さっきも言ったようにつっかえが取れたんじゃから儂はもう満足だ。所でお前さん、妙な魔術を持っておるのぅ。」

 サイコメトリーと言う言葉すらない世界に住む老人の目には過去を見る能力を魔術の一種と感じたらしく、響也の能力に興味を持つ。

 響也もこの能力が無ければ自分は当の昔に死んでいただろうと返答すると、老人は一度深呼吸しジャマダハルを響也に差し出す。

「良かったらこの剣を一緒に持って行ってくれないか。手元に置いておくと息子を思い出すんでの。」

 そう言われ躊躇し行動が止まる響也だが、澄み切った老人の目を見て何かを感じ取り、「分かりました。」とだけ言ってジャマダハルを埋葬するのではなく使用する為に受け取る。

「うむ。ギルドには報告をしておくから報酬を受け取ってくれ。本当にありがとうな。」

 老人の声に背中を押されるように家から出る二人。任務完了なのだが、何とも言えない後味の悪さを感じつつもルイーザと合流する為、街中にある工房へやや重い足取りで向かう事に。

 しかし工房にはルイーザの姿は無く、油屋に向かったと工房の人間から情報を貰うが、むき出しの剣を持ち歩くのも問題があるので、響也はその場で鞘を大急ぎで作って貰うよう手配すると、ルイーザの居る油屋を目指した。

「お?依頼人は見つかったのか?」

 油屋に着くと売っている油の使い道を聞いているルイーザが二人に気づく。王都にもある油屋だが、地域によって値段は差はあり、この街では魚が取れる事から魚油までも取り扱っている。

「カンテラ用の油と松脂を買ったんだが、食用油に知識が無いからな。どれが良いのか分からなくて店員に聞いていたんだ。」

 また食い気かと思ったが気が付けば昼時、この際昼食は昨夜話していた天ぷらを作ってしまおうと考えた響也は約五百ミリリットルのコーン油を一瓶買うと必要な材料を揃える為、歩いて数分の商店街に行く事にした。

 材料を用意した三人は井戸近くの広場に使い古しの竈がある事を思い出し、そこで調理を行う事にする。メニューは白身魚と海老の天ぷらに、玉ねぎとバジルのかき揚げである。バジルは三つ葉も大葉も無く仕方なく代用品として選んだ物。因みに三つ葉は日本原産なのでこの世界で探すのは無理に等しい。

 ルイーザとジョゼに火と油を頼むと響也は落ちていた適当な枝を二本ナイフで削り出し菜箸を作成する。勿論見慣れない物に対し疑問符を浮かべる二人。

「まさか枝まで食べるのか?」

「んな訳ないだろ。俺達の国では一般的な食器兼調理器具なんだよ。この棒を使って挟んだり持ち上げたりするんだ。」

 響也の言葉を今一理解できないルイーザだが、ジョゼは鍼で似た様な事をした事がある為納得している様だ。

 まずはボウル代わりに普段使用している木製の椀に卵を割って入れる。こちらの卵は日本と違い完全な黄色をした黄身になっており、生食には相当な覚悟が必要である。次に袋に入った小麦粉を少しずつ卵に混ぜ、出来る限りダマにならない様にすると、下処理済みの海老の身に作った液体(卵液)を満遍なく付ける。

「卵と小麦粉だけで作るれるのか。随分とお手軽なんだな。」

「実際は他にも入れる物があるけど、こっちじゃ手に入らないからな。」

 ルイーザの質問に返答しながら卵液を少し油に垂らし温度を確かめる響也。卵液は少し沈むと浮上し油面を漂い始める。家庭科レベルの料理しかした事が無い響也は実際卵液を落とした所で温度は全く分かっておらず、多分大丈夫と言った具合で六本の海老を油へ放り込む。

「これが揚げ物か。随分油が多いと思ったが、こんな風にも使えるのか。」

 料理自体は好きだが調理法を全く知らないルイーザは揚げ物に対し感心する。一方ジョゼは油へ入れた海老を包む油の泡に興味がある様で楽しそうな表情をしていた。

 そろそろ良いかなと響也は焦げ付かぬ様菜箸で引っくり返しつつ衣の状態を観察していると、ルイーザが「そう使うのか。」と箸に対しても関心する。

 十分に揚げたと感じた響也は箸で海老を持ち上げると木皿の上に次々と置いていく。醤油すら手に入らないので味付けは塩のみで行い二人の前へ出す。

「熱いから気を付けて食べるんだぞ。」

 と言う響也の忠告も聞かず口へと運び込むルイーザ。その熱により「熱ちぃ!」と噴き出すが海老だけは決して手放さず口の中を呼吸で冷却する。

 ルイーザが涙目になっている横で次は白身魚の天ぷらに移る響也。買う際に捌いて貰った為、海老同様に卵液に付けては油へと放り込む。最後は今になって急いで切った玉ねぎとバジルを余った卵液に全部漬け込み、そのまま全部油へ落とし込むと直径二十センチはあろう巨大なかき揚げになってしまう。

「随分豪快な料理なんですねぇ。」

「本当はもっと綺麗で専門店があるぐらい研究された料理なんだが、俺にそんな物作れないからな。」

 温度も下がって食べごろになった海老を自前のフォークで食べながら話すジョゼに後頭部をかきながら答える響也も、彼女を見て海老に手を伸ばす。

 味としては揚げ過ぎてややパサパサになった海老ではあるが、揚げたてのジューシーさがそれを誤魔化す。衣に関しては思った以上に重く、モフモフとした触感に仕上がっている。これは小麦粉の種類が分からずパン用の強力粉で作ったのが原因。天つゆも無く塩のみの味付けは慣れた醤油の香りがしない物の、海老の風味が口いっぱいに広がり懐かしい味に響也の舌を満足させる。

「昨夜のに似てるけどこっちも美味いな。周りの『衣』と言ったか?この部分も悪くない食感だ。」

 どうやらルイーザのお眼鏡にかなう料理になったらしい。その一方、小さな口で数回に分けて食べるジョゼも変わった食感を楽しんでいる様で、その表情には笑みが浮かんでいる。

 続けて白身魚、かき揚げと食した一行は量こそ少ないが満足し後片付けに入る。油は勿体ないので溢しながらも瓶に戻し、鍋と食器は竈の灰を使いながら井戸で洗うと、ボロ布で包み鞄へと押し込む。

「よし、王都へ帰るか。」

「食い物買ってからな。」

 鞄を担ぎ号令をかける響也だがルイーザの返答にコケてしまう。

 しかしながら、こうして懐かしい味を別世界の人間と分かち合いながら生きていける。そんな生活も悪くないと感じる響也であった。





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