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「はぁ~、美味しかった!イトちゃ~ん愛してるぅ!」
エジムさんに突然抱き上げられて頬擦りされる。「うぎゃぁ!?」離せっ!この酔っ払いロリコンエロ狸!逃げようとするが足をダバダバさせるだけに留まり、今は腕を突っ張ることで精一杯だ。
「浮かれる気持ちはわかるが、いい加減にしろ。どう見たって嫌がっているだろうが」
「そういや昨日から急に言い始めたな。何か浮かれる理由でもあんのか?」
「実は今日、ザンダルク第一王女とカトビア第二王子のご婚約が、ザンダルクのギルド経由で全世界のギルドへ通達されたんです。マスター達は前から知っていて隠していたみたいですけど。侵略も減退の兆しを見せ始めたので、美味しいご飯も手伝って結婚する気になったんじゃないかしら?ってところですね」
「まあ、目出度いことだよな」
「カトビアの第二王子って、あの行方不明になった人のこと?」
「俺、その話聞いたことがあります。確か‥‥15年位前でしたっけ?」
へえ~、オビトが生まれる前の話か。私?エジムさんの膝の上でもきゅもきゅしてますけど?自動的に食べ物が運ばれてくるから極楽、極楽!あっ、コハクとヒスイもおいでよ!
しかし行方不明とは穏やかじゃないな。王族の身辺警護ってどうなってるの?皆の話を纏めてみると、事が起こったのは丁度16年前。私が生まれた年じゃん!
当時、第二王子は4歳。ザンダルクとの仲は今ほど悪くはなく、お互いの式典等に行き来していたらしい。式典に参加しカトビアへと帰国する際、ザンダルクとの間にある小国ニルエンを通行し、そこで谷底へ転落。
このニルエンという国はほぼ山脈が横に延びたような形状をしていて、横断出来る道は広いが断崖絶壁。迂回ルートは左(西)にあるランセクトを通ることになるが、その場合1.5倍以上掛かってしまうので余程の理由がない限りは使用しない。
あのさ、転落しちゃう広い道ってそれ全然広くないでしょ‥‥。
一説には第二王子の馬車はそのとき最後尾、魔物に襲われ抵抗虚しく馬車ごと谷底へ。しかし黒い噂も存在した。カトビアの豊かな土地を妬んだザンダルクが、カトビア王を亡き者にしようとしたのではないか?カトビア第一王子へ婚約を持ち掛けたが、断られたことへの腹いせではないのか?
ニルエンが襲撃ポイントになったことも相まって、目撃者がおらず様々な噂が飛び交ったらしい。
では何故一度は断られた婚約を今回結ぶことが出来たのか。最初から第二王子に打診していれば、断られなかったってこと?と思ったけど違った。
件の第二王子が見つかったのはそれから1年後のこと。カトビアがニルエンに協力を仰ぎ、大捜索網が敷かれたのだ。しかしそこは谷底、少数精鋭しか降りることが出来ず虚しくも空振りに終わる。
見るに見かねたザンダルクが動いたのが、1年間も続いた捜査が打ち切られた後。依然としてお前のせいじゃねぇの?的な風評が続いており、ようやく重い腰を上げたという。そしてあっさりと発見!確認の面会を打診するカトビアに対し、容態が思わしくない、記憶が混乱している、とのらりくらりと躱し、手厚く保護すること約1年。スッカリ第一王女と仲良くなった第二王子の出来上がり!ということだった。
カトビアに戻った後も第一王女のことが忘れられない第二王子は、10年以上の年月を掛けようやく婚約の運びまで漕ぎ着けた。国を越えた大恋愛に、侵略する理由がなくなったザンダルクは徐々に減退。近頃では目に見えて侵略の手を止めているようだ。
そもそも侵略を始めた理由は、単純な食糧難。旧アラミタ帝国の跡地だという土地柄(ビックリした、だからアラミタって言うんだって)、開拓が進んでおり人口が非常に多い。
アラミタ帝国は昔この大陸を支配・統括していた一族の総称で、各地の領主を纏め上げ君臨していた(どうやら領主が各国王になったという認識)。その名残かザンダルクでは農産業が極端に少なく、常日頃から困っているらしい。だったら略奪しないでちゃんと他国から買えってんだ、いつまで殿様のつもりなんだよ!
それにしてもちょっと詳し過ぎるでしょ。やっぱりギルドマスターって凄いんだな。エの付く人はどうやってなったんだろう‥‥。
「いやぁ~、凄い話でしたね。出来過ぎてて怖い位、事実は小説より奇なりってやつですよ」
「絶妙な喩えね。でも話にはまだ続きがあるのよ」
「昼ドラっぽくなって来た!続きは!?嫁姑問題勃発ですか?それとも略奪キャラの登場ですか?あっ、その場合カトビア第一王子が怪しいな。実は密かに想ってましたってやつ?うわぁ~!そこに両王族の陰謀がドロドロに絡んで、もうどうしていいかわからないよっ!」
「わからんでいいっ!」
「あいたぁ~!」
ぐぬぅ~、呻きながら頭を擦る。皆も馴れたもので、誰も気に留めてくれない。だってもう話が始まってるんだもん‥‥ちぇっ。
目出度い話というのは続くもので、トルキアナ第一王女(穀潰しのオリビアと命名!)とザンダルク第一王子との縁談が持ち上がっているらしい。魔術書の件もあったし、裏取引でもしたんじゃないの?皆もそんな顔してるしね。
たが、そうは問屋が卸さなかった。トルキアナの次期王族は実質上オリビアしかおらず、嫁がせることが出来ないというのだ。王族ジャーナリストのエジムさんによると、第一王子は身分の低い愛妾を母親に持つため論外。じゃあ第二王子は?というと、こちらは幼少時から病弱で見たことのある者自体が極々少数のレアキャラらしい。
面白くなって来たなオイ!それで!それでっ!?
ではザンダルク第二王子はどうか、というところでオリビアからまさかのNG!どうやら第一王子にホの字、古いか、ぞっこんLOVEしてしまったため遅々として進まない堂々巡りへ突入。凄ぇ!大国からの申し出を断ったってこと?え?あくまで代替え案の段階でってことか。なら納得。
あれ?でもあの人素敵な方がうんちゃら言ってたけど、それってイケメンなら誰でもいいってことじゃないの?第二王子悲惨だな‥‥、いや、そんな女の毒牙に掛からなかったラッキーボーイだよ!ひゅーひゅーだよ!
ちなみに、私が怪しいと睨んでいたカトビア第一王子は既に結婚していた。相手は中国ミハイノ第一王女(ザンダルク上(北)、最北端)、しかも楚々とした美少女だってさ。オリビアも最初は隣国繋がりでこちらを狙っていたらしいが、すげなくお断りされたようだ。見る目あるじゃん!カトビア万歳!
「じゃあ今は今後の展開に乞うご期待!ってところですか?くぅ~、上手いこと焦らしやがって!まだまだ続きはないんですかっ!?」
「ふふふ、違う話になるけど面白い話ならあるよ♪聞きたいかい?」
「本当ですかエジムさん!?勿論ですとも!」
「マスター、まだ何か隠しているんですか?」
「俺達にも内緒だなんて水臭いですよ」
「私もこれ以上のことは知らないぞ」
「僕も聞きたいです!」
「面白いと言うからには余程の話なんだろうな?」
「コハクとヒスイには退屈かもしれないけど、もうちょっとだけ我慢しててね」
『あい、だいちょぶ。ひるドラちゅき』
『コハクは中々の通だな、儂も嫌いではないぞ』
「そ、そうなんだ‥‥凄いね」
エジムさんの膝から飛び降りて自分の椅子に座る。クワ太からジャムクッキーを取り出し、コップにジンジャーエールを注いだ。これで聞く態勢は万全だ!あっ、ルスカさんに取られた!わっ、タクマさんまで!うぎゃっ、エジムさん取り過ぎだよっ!ちょちょちょちょっと!なくなった‥‥。
食べそびれた心の友達がぶーぶー言ってるので(席が遠かった‥‥)、なけなしのジャムクッキーを皆に配る。1人5枚ずつですよ、私の分はお触り禁止ですからね!
「魔術書の出所が判明した」
「「「「「「「っ!?」」」」」」」
『『?』』
現在確認されている古代遺跡は3ヶ所。カトビア古の塔、ブルイス山頂火口、そしてザンダルク王城地下迷宮。
勿論地下迷宮から見つかったんだけど、名前の通り王城の地下にあるため誰もがホイホイと入れる訳じゃない。王族の許可を得た者、もしくは依頼をされた者のみしか入れないように厳しく管理されているというのだ。今回王族に依頼されて地下迷宮へ潜った冒険者パーティーは、当時ランク5の深淵なる接吻「ちょっと待ったぁ!?」
「どうしたのイトちゃん?」
「どうしたの?じゃないっスよ!何すかそのパーティー名は!誰とも付き合ったことがないのモロバレじゃないですか!?深淵扱いしてる時点で涙ちょちょぎれるわっ!どんだけ冒険三昧なんだよ!自分達で付けてたとしたら尚更応援したくなるっての!」
「パーティー名は、ランク5になったときにパーティーリーダーが主に決めるのよ」
「マジっすか‥‥」
「そういやお前達、もうランク4だったな。そろそろ決めといた方がいいぞ」
「俺達もめちゃくちゃ悩んだぜ!なあセイジ」
「僕なんか1ヶ月位ずっと考えてたからね!何せ有名になったらずっと付いて回る名前だから責任重大だし」
「それでどんな名前にしたんですか!?是非参考にさせて下さい!」
「ふっ、聞いて驚くなよ?」
「パーティーリーダーのメリダさんから発表をお願いします!」
「‥‥翠陣の殲滅部隊、よ」
「「「「ぷっ!」」」」
「痺れるぅ!イカす最高のネーミングじゃないですかっ!命名はヤミルさんとセイジさんですよね!」
「「心の友よっ!」」
『ちゃいこー!』
『うむ、何か心惹かれるものがあるぞ』
「信じられないわ‥‥、この名前に共感する人が本当にいたなんて‥‥」
「不本意なんですか?パーティーリーダーに決定権があるのに、どうしてこの名前になったのかが知りたいんですけど?」
「はぁ、私が目を離した隙に勝手に出しちゃったのよ、この人達。オビト君も十分気を付けなさい」
そう言いながらメリダさんが私を見た。オビトに反対された私がやりそうだとでも思っているんだろうな。そろ~っと視線をずらし、ちょっとモジモジしてみる。こんな健気な女の子がそんなあくどいことをするはずないでしょ?
ちらっ、どうして!?見つめる目がさらに細められた、‥‥ブリザードで凍えそうっス。
「‥‥イトちゃんは、もうパーティー名を考えてたりするのかしら?」
「あ、当たり前ですよ!私はパーティーリーダーですからね!今のところお姉さんと一緒、一撃必殺が通る、プリチー3姉弟が有力候補です!名参謀とタンコブも捨てがたいんですけど、将来剣豪になることを考えるとちょっと厳しいかなって思ってます!」
「「「「「「‥‥流石にない」」」」」」
『ぶらぼー!』
『気に入った!』
「全部却下!そんなのダメに決まってるでしょ!?」
「え?何処がダメなの?あっ、そっか!気付かなくてごめん、ごめん。じゃあ3姉弟改め4姉弟ってことで!」
「それ以前の問題だよっ!」
そんなことを言われても困るなぁ、結構な自信作だったのに‥‥。こうなったら翠陣の殲滅部隊みたいな万人受けするやつをいっちょ考えますか!




