第1話 彼女を作りたい
「おはようございます」
彼女の水琴のような声色に、廊下は水を打ったように静まり返った。
俺の幼馴染、如月紗雪は容姿端麗の美少女だ。
肩口で揃えられた艶やかな黒髪は波のように揺らめき、その光沢が上質さを感じさせる。
白い肌は陶器のように滑らかで、どこか人形めいた目鼻立ちをしている。長い睫毛に縁取られた瞳はその輝きの中に深い黒を湛えていた。
歩く姿には無駄がない。胸元のリボンは正しい位置に結ばれ、スカート丈も規定通り。
彼女が廊下を歩けば自然と道が開く。
誰も命令されたわけではない。ただ、そうした方がいい気がしてしまうのだろう。
瑞穂学園生徒会長。
学年首席。
才色兼備。
どれもが彼女を高みに押し上げていた。
だから、皆が彼女をこう呼ぶ。
——氷の生徒会長。
告白する男子はことごとく凍りつき、女子でさえ恐れ多いと距離を置く。
「如月さん、今日も素敵ね」
「憧れよね」
「スタイル良いよな、お近づきになりたいぜ」
「馬鹿いえ、氷像コレクションの仲間入りだぞ」
でも俺は、そんな周囲の声に少し心配になる。
あいつ、孤立してないか?
とはいえ距離を置かれた関係だ。
俺に出来ることは、その背中を見守るくらいだった。
◆◇◆
「おはよう~陽斗~」
「ああ、おはよ、佐倉」
誰とでもすぐ仲良くなる陽キャ、佐倉琴葉。
二年になってから絡むようになった隣席のギャルだ。
佐倉は明るくて可愛い。
紗雪を諦め、陰キャとして生きていこうとした俺を日の当たるところに引っ張り出してくれたのは彼女だ。
「ねぇ~陽斗、いつも名前呼びしてって言ってるじゃん」
座席についた俺に佐倉が不満げに乗り出してくる。ゆるく巻かれた明るい茶髪が俺の肩に触れる。
「おい、近い近い! 陰キャから脱したばかりの俺にはハードルが高いんだって」
「むー、いけずー! あたしは誰とも名前呼びのマブダチなのに!」
俺の相手をしてくれることに感謝はしている。
でも彼氏持ちと噂の佐倉には畏れ多くて近付けない。
「……?」
「どしたの?」
凛とした姿勢で席につく紗雪の姿。
そちらから視線を感じたような気がした。
いや、あいつは俺とは関わりたくないはずだ。
「そいやさ、陽斗は会長と幼馴染なんだよね」
「あ、うん。あいつとはずっと隣の家同士だよ」
「いいよね~、幼馴染。会長、めっちゃ美人だし!」
「いやあいつは……」
「あたしなら絶対アタックするのにな~。頑張れ、陽斗!」
「待て待て、ラノベじゃないんだから」
そう、ラノベじゃない。現実は非情だ。
だから俺と紗雪がくっつくのはもうありえない。
少し胸が痛む。
「それより俺、彼女を作りたいんだよ。誰か紹介してくれない?」
「え、えっ!? 陽斗、マジぃ!?」
「マジマジ。高校生活のうちに彼女の一人くらい欲しいし」
佐倉が固まった。
教室の空気が一瞬だけ変わる。
……え、なんで?
周囲を見渡すといつもどおりの教室だった。
でも、冷たい視線を感じたような気がした。
◆◇◆
「こんさら~! 今日も来てくれてありがとう~!」
>> こんさら!
>> こんさらー!
>> さらさちゃん、待ってました!
コメント欄が勢いよく流れる。
その中に彼の名前を探す。
でも見当たらない。
雑談を始めながらもずっと視線はコメント欄だ。
るーと> さらさちゃん、ただいま~
「あ、るーとさんこんばんは! 久しぶり~」
るーと> 昨日は試験勉強してた
「勉強大事! でも私も大事にして?」
>> 1日だけじゃん
>> 彼女かよw
>> 僕もさーらちゃん大事だよー
るーと> ごめん、俺のイチオシはさらさちゃんだけだって
「ホントにぃ~? 浮気しちゃだめだよ?」
るーと> 了解
>> 重っww
>> るーとニキ、乙
約束を取り付ける。自然と笑みが浮かぶ。
約束したからね!
雑談は進んでいく。
夢のような時間も進んでいく。
気付けば終了時刻間近になっていた。
>> 今日のさーらちゃん機嫌いいな
>> やっぱ、るーとニキが来たからだろ
うんうん。やっぱり機嫌、声に出ちゃうよね。
「そういえば、みんな、彼女って欲しいのかな~?」
だからかな。
朝からずっと気になって仕方がなかったこと。
私は唐突に口を滑らせてしまった。
>> さーらちゃん一筋だよ!
>> ごめん俺、リアルで作れるなら欲しい
>> おまわりさん、裏切り者はこちらです!
>> お前、明日から出禁だぞ!
途端、コメント欄が荒れる。
「ああ、ごめん、魔女狩りしないでね? 私のクラスで話題になったから気になってさ。男子ってVとは別に欲しくなるもの? 怒らないから教えてほしいな?」
純粋に知りたいんだ、と話す。
素直な相談にはみんな、真剣に応じてくれる良い人ばかり。
僕は、俺は、とぽつぽつと答えてくれた。
るーと> 欲しい。前に進みたいから
「えっ!? る、るーとさんも欲しいんだ?」
るーと> うん。引きずってたらいけないし
「引きずる?」
るーと> 憧れだった子から距離を置かれちゃったから。
るーと> あ、Vはさらさちゃんがイチオシで家族だよ!
>> 僕もさーらちゃんが帰る場所
>> はげ同
「そ、そうなんだ、教えてくれてありがとー!」
そこから何を喋ったのか覚えていない。
何とか「おつさらー」と言って、『雪乃さらさ』の配信を終えた。
気付けば機材の前でぼうっとしていた。
「なんで、なんでよ……」
私はベッドに身体を投げ出して悶えた。
「陽斗には私がいるじゃないのよー!!」
口を押し付けた枕が生暖かくなった。
その居心地の悪さで正気に戻る。
いけない。
このままじゃ陽斗が彼女を作っちゃう。
でも私は……。
私は明け方まで悶え続けてしまった。
実験的な作品です。
続きにご興味がある方は、何かしらアクションをいただけると助かります。




