9話
「狐さん、私はセミナーを辞めようと思います」
「え……ど、どうしてですか……?」
いつも余裕のある狐さんが、動揺した表情を浮かべる。
「セミナーに何かご不満でもありましたか? あれば改善しますので……」
「いえ、不満は……」
事務職、IT、製造。
やってみたがどれもブラックな気がする。それは狐さんの会社のせいだろう。
「あるんですね、遠慮なく言ってください……! 栗宮さんが辞めてしまうと私……」
狐さんの目に涙が浮かぶ。
もしかして、私に好意を持っていた?
だとしたら、悪いことをしてしまった。
「ボーナスがカットされてしまいます……!」
「……そうですか」
まあ、私みたいな外見に無頓着な女。好きになる人はいないよね……。
「セミナーに不満はないです。ただ、私が仕事に求めていることが分かったので……」
「そうですか……それは良かったです」
狐さんは胡散臭い笑みを浮かべた。
「栗宮さんが仕事に求めている物て、何ですか?」
「それは……当たり前の日々を送れる事です」
私は少し間を空けて、言葉を続けた。
「甘いココアを飲んだり、お酒を飲みながらシュークリームを食べたり。休みの日はスイーツ巡りをしたりする事です」
「なるほど……栗宮さんが甘い物好きということが、よく分かりました」
「……」
当たり前の日々と答えたけど、これだと私がスイーツの為に仕事をしていると宣言しているようだ。あながち間違いではないけど。
「栗宮さん、一つ提案なのですが……セミナー続けませんか?」
「えっ……」
「正直に言いますと……セミナー参加者が少なくて困ってまして……主にヴァーチャル体験のデータが取れないのですよ」
「……そうですか」
そんなことを私に言われても、もう関係はないのだ。
「本当に辞めて良いんですか?」
「っ……」
「辞めてしまうと……限定スイーツが食べられなくなりますよ」
「なっ……」
こ、この男……! スイーツを人質に取りやがった……!
「……セミナー、続けますか?」
まるで悪魔の誘惑のような問いかけだ。
「……そうですね、もう少しだけ……続けます」
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
転職するつもりはない。けど、狐さんとの付き合いはまだ続きそうだ。




