世界への序章
小学3年生の「高橋美咲」は、オタク気味な兄「高橋一雄」と一雄の友達であり、近所にある中古ホビー専門店で働く「花房真澄彦」によって、百合漫画というものを教えられる。しかし、抽象的な説明であり、まだ無知な美咲に、彼らの話はよく理解ができなかった。興味本位で親に聞いてみたものの、親からはひどく怒られる始末。美咲は百合とはいけないものなのだろうと感じ、一雄や真澄彦から離れるようにしていた。それから、4ヶ月が経ち、美咲が百合という存在を忘れかけていた頃、街角の本屋で美咲は衝撃的なものを目にする。それは美咲が忘れかけていた百合。そう、百合漫画だった。この本に一目惚れした美咲は、即買いし、その漫画を読むことにする。百合とは、彼女が想像していたものより、日常的で面白いものだった。その時、美咲は決めた。女子校に入って、絶対マドンナになって、最高の「百合学園生活」を送るのだと。美咲はその日から、独自の猛勉強を重ね、中学受験に挑む。志望校は最難関の「私立千代田女学園」美咲は、様々な試練を乗り越え、無事、合格できるのか?……
2020年 6月27日。世界から色が消えたあの日から3ヶ月が経った。
いつもは人々の熱気で暑くて賑わっていた近所の商店街も、魂を抜かれたようだった。だが、その暗い世界で暴力的に輝いているものがあった。
「面白そうじゃん!」私はすぐにそれを買った。マスクの蒸し暑さも忘れて、無我夢中で家に帰った。それからの記憶はあまり残ってない。だけれど、これだけは言える。この時、あの暗い世界で眩いばかりの光を発していた「百合漫画」は間違いなく、私に、理想郷への橋をかけてくれ、私の狂った人生はあの日、あの瞬間に始まったのだ。
……数ヶ月前。
まだ何も知らなかった私は、兄の一雄と、その友達の真澄彦くんにある言葉を教えてもらった。
「よーく覚えろよ、美咲。もしお前が女子校に行くなら、絶対に覚えておいた方がいいことがある。……『ゆり』だ。それは、女同士が付き合っ…」
二人の話は難しかったけれど、大好きな二人が「大事なことだ」と熱く語るから、私は一番信頼している母親に聞いてみた。
私には今、父親がいない。父親は大事にしていた部下の裏切りにより、会社をクビになって、ちょっと経ってから部下の家に殴り込みに行き、捕まった。
シングルマザーになった母親は、父親がどんな姿になっても、私と兄の目の前では「底抜けた笑顔」を絶やさない人だった。だから、その時も笑って教えてくれると思ってた。でも、母親の反応は全然違った。
「誰からそのことを聞いたの!? 本当に、一雄はともかく、あなたまでそんなことを言い出すなんて……本当にどういうことなのよ!!」
母親は叫んで、喚いて、泣いた。あんなに怖い母親は、初めて見た。
父親の件で一度壊れかけた家庭を、必死で守っている母親にとって、その言葉は聞きたくもない「毒」だったのかもしれない。言い返したかった。けど、出したい言葉が喉につっかえる。
それから、真澄彦くんは家に来なくなり、お兄ちゃんとは顔を合わせないようになっていた。
私は、やっと理解した。「ゆり」っていけないものなんだ……。
見て見ぬふりをするべきものなんだなと。そう。あの日。
商店街の本屋さんの隅で、その本が「暴力的な光」を放っているのを見るまでは。
家に帰ってすぐ、私は自分の部屋に駆け込み、ドアをロックした。
母親に見つかったら、またあの日の悪夢が繰り返される。分かっている。でも、カバンの中の本が熱を持っているみたいに主張してくるのだ。震える手で、ページをめくった。
「――っ」息が止まった。
そこには、自分の母親が泣いて嫌がったような「汚いもの」なんて、どこにもなかった。
ただ、どこまでも透き通っていて、美しくて、お互いを大切に想い合う女の子たちの世界が広がっていた。
母親は嘘つきだ。
お兄ちゃんたちは正しかった。
ページをめくるたびに、私の心にかけられた鍵が、パチン、パチンと音を立てて外れていく。
白馬の王子様なんていらない。父親みたいな男も、母親みたいな嘘つきな笑顔もいらない。
私が欲しいのは、この本の中にあるような、純粋で、暴力的なまでに美しい世界。
「……なら、私が作ればいいんだ」美咲は、不気味な笑い声をあげた。
ふと、鏡に映る自分を見た。
まだ幼いけれど、ママに似て整った顔立ち。お兄ちゃんが言っていた言葉が、頭の中でリフレインする。
『もしお前が、女子校に行くなら』
そうだ。女子校。そこは、男という不純物がいない、選ばれた女の子たちだけの聖域。
もし私がそこへ行き、誰もが憧れるような完璧な存在。「マドンナ」になれたなら。
この本の中にある理想郷を、現実のものにできるんじゃないか。
「見ててね、お兄ちゃん。私、本物の『ゆり』を見つけてみせるよ」暗い部屋の中で、私の人生は完全に、そして美しく狂い始めた。私はペンを握り、机に向かった。母親が望む「いい子」のフリをしながら、その裏で、最高の聖域へ辿り着くための計画を立てる。
私は、やっと理解した。「ゆり」っていけないものなんだ……。
「百合ってこんなに楽しくて、溺れるものなんだね」
百合への近道は多分だけれど、女子校に入るのが正解なのだと思う。しかし、由緒正しいお嬢様たちが行く憧れの女学校はおそらく、「中学受験」しか受け付けていない。
とりあえず、あの漫画を買ったのと同じ本屋で学校案内の総合書を買った。女子校はどれも目を見張らせるほど美しく見えた。しかし、一つ盲点があった。学費だ。私立の女学校は限りなく、学費が高い。シングルマザーの母親にその学費が払えるはずがない。兄の大学受験の時は、国立一択、塾は入れさせてもくれなかった。そのせいで、
兄は大学受験を失敗した。抜け道を探さねばいけない。せっかくこの手で素晴らしい世界を見つけたのだから。
「なら…聞くしかない。あの人に。」
美咲は近所の中古ホビーショップに向かった。会いに行くのは、ホビーショップのバイトで働いており、昔は大手中学受験塾でもバイトをしていたという、兄、一雄の友達「真澄彦くん」だ。
「真澄彦くん!」商品を陳列している真澄彦くんに私は話しかけた。真澄彦くんは一瞬おどろいたようだったが、話を聞くとすぐに理解してくれた。
「女子校に行きたいか…美咲くん。君は、やっぱり一雄くんの妹なんだね。でも、君の家だと女子校に行くお金はないんじゃないのか?」
「その話で来ました」
「特待生…君は聞いたことあるかな?入試での成績優秀者に送られる学費免除入学だ。でも…君の行きたいレベルの学校だと……それは、難し…」
「行きます!私、特待で女子校に入ります!」美咲は軽く真澄彦に会釈をすると、走ってその店から出た。
時刻は正午になりかけている。ひとときの休憩はあと少しでくる。真澄彦は自分の頬を摘んですぐに陳列に戻った。そして、ため息混じりの声で走っている美咲を見ながら呟いた。
「やっぱり、君は一雄くんの妹なんだね。」
美咲は家に戻ると、特待のある学校を調べに調べまくった。すると、一筋の希望のように、あの百合漫画のように、輝いている学校があった。
「私立千代田女学園中学校」
私立の学校の頂点に君臨するこの学校は、お嬢様校であることは何より、やっぱり美咲の心に残ったのはここだった。
「みーんな、可愛すぎんだろ〜。あ〜、きっとこの子からは、オレンジのような清々しい匂いが、この子からはローズの香りが、最高ね。男の先生もモテるほどの良さはなさそうだし、ここは私の理想郷」だ!!」
それから、私は母親に従順なごく一般の子供として生活していった。中古の古本屋で買った参考書はボロボロになる程読んだ。でも、その度にあそこへ近づけると思うと、勉強なんか全く辛くはなかった。夜は肌の管理のために9時までには寝た。寝る前には必ず、聖書を読んだ。
ある日、母親に勉強しているところを見られた。母親は美咲を叱った。一日中、ずーっと、ずっと「何をしたいんだ?塾に入らせるお金はない。ましてや、私立の学校に6年間も入れる金など、もう我が家にはないんだ!!」と言っていた。すごく静かな声だった。でも、特待生の話、美咲の勉強の異常な進捗具合を見て、母親の顔は少しずつ朗らかになっていった。よし、これでこの女の洗脳は完了した。
そして、母親からは受験料ぐらいは出してもらえるという話になった。美咲の完全勝利だった。
時の流れは早いものだ。美咲も瞬く間に成長し、受験は半年後に迫っていた。
勉強には問題はない。学校では塾にいっている裕福な豚たちが「高橋は頭がおかしい」とよく言っている。塾での点数の違いをすぐに比べ始める。そんなの比べても何も起こらない。それに、算数の授業になると、「こんなの簡単ですよ〜」と先生を舐め始める。
それ以前に、塾生以外は貧乏なカスという考えが脳みその奥底までこびりついてやがる。
何がおかしいんだ?何が楽しいんだ?独学の私の方が上手だという状態は本来ではおかしい。本当に「豚」たちの考えることには反吐が出る。
しかし、自分の実力を図るには豚たちと比較しなければならない。
今日は大手塾の「無料」で行われる合同模試だった。今までは、塾生とは別の試験を受けるように設定されていた
が、受験が近づき、外部生も塾生と同じ試験を受けれるようになった。
これほど、いい機会はない。しかし、私は模試のためだけに来たわけではない。
そもそも、模試なんかを受けなくても美咲は、塾生たちより遥かに頭がいいということは分かっていた。なのに、模試を受ける理由。美咲の愛する聖書の主人公の言った名台詞。
「恋愛の勝者は敗者よりも後悔にまみれた場数を持っている」
そう、私、高橋美咲は生きた花を摘みに豚どもの中に入りに来たのだった。
会場は、醜悪な欲望で溢れかえっていた。
自分の子供をブランド品のように自慢する親。
選民意識に酔いしれる、大層偉そうな男子。
――ああ、反吐が出る。
この澱んだ空気の中で、まともなのは「女の子」だけだ。
だから私は、彼女たちを『攻略』する。女子校という聖域に入る前に、この豚小屋で最も美しい花を一本、折ってみせよう。
初投稿です。百合漫画を胸に突き進んでいく美咲を暖かく見守ってほしいです。二話で美咲がどうやって花を摘むのか…楽しんでいただけたら嬉しいです




