第五十八話
俺はショッピングモール内のトイレを見つけ用を足した。
こう言うとこのトイレって決まった場所にあるから迷った時ってとことん見つけられないんだよね。
まぁついでに時間も潰せたしラッキーだね。
俺は濡れたままの手で歩く。
そういえば山口に借りたハンカチまだ返してなかった。
まぁいっか、帰って思い出したら返そう。
しかし本当に奇妙な光景だよね。
ショッピングモールなのに客は学生しか居なくて会計なんかもほぼ全自動、たまに用務員?か警備の人がいるくらいでほとんど成人はいない。
まぁ学生だけの世界みたいな感じで悪くはないけど。
そう思いながら頭の後ろで腕を組んでいると遠い目をした小鳥遊がいた。
よくあるショッピングモール内にある真ん中がくり抜かれた謎スペースの取ってに寄りかかっていた。
このスペース開放的で好きだけどなんなんだろうね?
たまに天井まで突き抜けてるのとかあるけど。
小鳥遊の目元は赤く腫れていた。
俺はもちろん無視します。
そっと横を通り抜けるように出口へ向かう。
俺の特技の一つ全く気配を悟らせない。
これは俺の全神経を足に集中させて音は一切立てずにそれ以外の身体は背景と同化すると言う俺の特技だ。
「ちょっと、なんで無視すんのよ」
あ、バレた。
いつもより覇気のない声でそう言う。
仕方ないのでそちらに踵を返す。
「……あんた随分と可愛いハンカチ使うのね、気持ち悪い……それ狙ってるのバレバレだからやめた方がいいわよ」
せっかく話聞いてあげようと思ったのにこの態度ですよ?
酷くないですかね?
俺も小鳥遊と同じように取手部分に背中を預ける。
「敦って人凄いね」
俺がそう言うとちょっと自慢するように笑っていた。
「ふふん、凄いでしょ……敦の話し方って妙に人を惹きつけるって言うか……魅了されるのよねーまさにウチがその一人だったし敦の近くにいたからウチと同じように魅了されていった子を何人も知ってる」
小鳥遊は俺とは視線を合わせずただ下の階の人達をボーッと眺めていた。
「ウチもあの中の一人なのよね……特別何かを持って生まれた訳でもなく周りと特に大差ないただの一般人として……きっと誰にも何にも憶えられていないままどんどん歳を重ねてあ〜あ、もっとあの時頑張ればよかった〜とか思って……けど怖くて何も出来ないまま死んでいくのね」
急にどうしたのだろう。
落ち込んだ時たまにある死んだらどうなるんだろうとか地球が崩壊して人間がいなくなったらこの世はどうなっちゃんだろうみたいなセンチメンタルな気分なのかな?
俺もなんとなく下の階の人達を見る。
一人、また一人とその階層から生徒が離れていく。
「何も出来ずに死んでいくのって怖いと思わない?何か爪痕残したくて必死に考えて努力してけどそれらが全部無駄で……それなら居てもいなくても変わらないじゃない……」
この子あれですね……。
「思春期なの?」
……引っ掻かれた。
これ以上暴力されても嫌なので若干の距離を置く。
「いいわよねあんたは……なんも考えてなさそうだし誰かに認められたいとか自分をもっと見て欲しいとかそう言う欲がないものね……ウチもそんな気楽に生きてみたかったわ」
言ってることは合ってるけど改めて言われると結構むかつくね。
このペースだと間違いなく俺の悪口大会になるね。
なんとかして話題を変えなきゃ。
「と言うかなんで大谷の事好きになったの?」
「……別に好きになった訳じゃないわよ……誰もが羨ましがる男子と付き合えば真奈美も少しはウチの事見直すんじゃないかって思っただけ……だから別にそこに愛とか恋とかはないわよ」
あ〜あれですねカースト上位になりたい女子のイケメン彼氏持ちって言うレッテルが欲しいってやつ。
見事なまでにうちのクラスに毒されてるね。
それでも女子のボスは舞浜だけど。
あのインパクトある顔と声と行動は一度見ればまず忘れる事はないね。
「多分大谷にその事話せばいいんじゃない?こんな回りくどい事しなくても付き合ってくれそうだけどなぁ〜」
「それでもいいんだけど自分の実力を試して見たかったのよ……けど敦にあんな事言われて思わずその場から逃げちゃった……多分真奈美なら感情を殺して笑ってたでしょうね」
取手部分に肘を当て頬杖をつく小鳥遊。
……確かに北さんならそうしただろうね。
あの人は誰よりも取り繕って本当の姿を見せない。
東西南北のメンバーには少しは正直になってるのかも知れないけど。
あそこまで自分を偽れる人間はそうそういないよね。
ちょっと俺に似てるかも。
「あ〜あ、なんで新庄なんかにこんな事話してんだろ、でも流石にあんなに大事にしてた猫の事を処分だなんて言われたら耐えられないわ」
いつもより元気のない声は本当に小鳥遊のものとは思えない。
「その猫ね、一週間くらいで居なくなったのよ何処に行ったのか分からないけど何故かウチのそばから離れていったわ……元いた場所に帰ろうとしたのかもね」
「へ〜」
猫は気まぐれだからね。
誰かさんと同じで。
急に怒ったり急に悟ったり。
「今頃みんなウチの事悪く言ってるのよ……そんな事で感情的になる?とかもっと大人になろうよとかきっとそう思われているでしょうね……自分でも実際そう思うところはあるもの。けど頭で考えるより先に行動しちゃって、それで空回りして……教室でもきっとウチの悪口すごい言われてるんでしょ?」
言わなくても分かってるわよと言わんばかりの顔をしている。
なんだかすごい暗い話を聞かされてる。
人間弱ってるとなんでもネガティブ思考になるのが恐ろしいよね。
別に見られてるわけでもないのに視線を感じたりただ会話してるだけなのに影口を言われてると思い込んでしまう。
そんな状態の時に人はどう行動するのか。
気にしなかったり努力したり落ち込んだり。
そして俺の場合……。
「なら帰る?俺も帰ろうと思ってたし」
「えっ?」
余計な事は考えずに逃げるのが一番だと思ってる。
小鳥遊は迷ってる。
逃げるってのは一番楽だから。
けど場合によっては最悪の行動でもある。
だが俺にとっては最善の一手だと。
そう確信してる。
俺の差し伸べた手に縋ろうと小鳥遊はゆっくりとその細長い手を近づける。
目を背けたい。
この不安に押しつぶされそうな気持ちから抜け出したい。
安心していたい。
そんな気持ちが小鳥遊を覆っている。
「……!なにちゃっかり手を繋ごうとしてんのよ!この馬鹿!……一人で帰れるわよ……道だけ案内して」
掴みかけた俺の手を払い自分の足で歩き始める。
逃げない事は立派だよね。
でも立ち向かうって事は一番辛い選択肢を選ぶってことになるかもね。




