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第五十五話


 う、嘘だろ……。


 俺は自分の目を疑った。


 目を擦り何度もそこを見直す。


 だがそれは決して自分の見間違いなどではなかった。


 マジかよ……。


 俺は世界を呪った。


 経済を呪った。


 そして隣で急かしてくるネコ野郎の事を呪った。


 「ウチお金もポイントもないんだからさっさと奢りなさいよ!それに早くしないとまた真奈美と大谷くんがいい感じになっちゃうじゃない!たかだか2500円くらい安いものでしょ!?」


 こいつはバカなのだろうか?


 いや会った時からこいつはバカだった。


 二人合わせたら5000円だよ!?


 払えない事はない……。


 財布の中を確認する。


 そこには俺の事をまっすぐ見つめてくる諭吉さん。


 俺はこの人と別れたくない!


 財布を閉じる。


 隣でギャーギャー言ってる小鳥遊を無視して俺は両腕を胸の前で組む。


 俺はギリギリまでケチって出費を3000円程度に抑えようと考えてたところでこれだよ?


 今真剣にどうやって帰ろうか本気で悩んでいる。


 「ちょっと財布貸しなさいよ!……ほらここに入れればいいんでしょ?」

 

 あぁ!!俺の諭吉さん……。


 サンドに飲まれていった。


 そしてチケットが2枚出てくる。


 さよなら諭吉さん……辛い時も苦しい時も諭吉さんのおかげで耐えてきました。


 そんな堂々たる姿でこちらを見てくれていた諭吉さんがこんな訳の分からない紙切れになってしまうなんて……。


 「ほら!いつまでもここにいないでさっさと行くわよ!本当はドリンクとかも欲しかったけど時間が無いから我慢してあげるわ、っほら!はやくっ!」


 俺はされるがままに小鳥遊に引っ張られる。


 俺の唯一の現金が……。


 「ごめんお待たせ〜ウチ日本久しぶりだったからよく分からなくて〜こいつも全然分かんなくて手こずっちゃった〜もう始まっちゃうし入場口に向かいましょ〜」


 はぁ……映画見てさっさと帰ろう。


 大体なんで2500円もするんですかね?


 まぁ昔に比べたらスクリーンも大きくなってスピーカーや音響や照明や演出も全然違うらしいけど。


 やっぱ電気代とか維持費とかで値上げしちゃうんだろうなぁ〜。


 本当に貧乏人には生きづらい世の中ですよね。


 「ふふっ、日菜太が機械音痴なのは海外に行ってたからじゃないでしょ?またすぐ子供みたいに言い訳するとこ……可愛らしくていいわね」


 そう言われ睨みつけようとするが、大谷も見てるおかげか堪えていた。


 「小鳥遊さんは新庄くんと仲がいいんだね?まぁクラスも一緒だしそれもそうだよね」


 こいつは何を言っているのだろう?


 小鳥遊は俺の手を振り解き手を横にブンブン振る。


 「いやいや!そんなんじゃないって!新庄とはたまたまクラスが一緒でたまたま席が隣で!こいつがどうしてもウチと遊びたいって言ってきたから仕方なくね!毎日泣きながらお願いしてきてさぁ〜!あんまりしつこいから一回だけね!オッケーしてあげたってだけなの!」


 この人スラスラと嘘つくね。


 大体大谷は俺が厄介ごとに関わるのを嫌っている事を知ってるはず。


 あと割とマジで小鳥遊を嫌ってることも。


 「そうなんだ、小鳥遊さんって優しいんだね?僕もそう言う所見習いたいなぁ〜……ね?北さん?」


 大谷の全てを察してフォローしてる優しさが伝わってくる。


 この人本当に立ち回りが上手いね。


 誰も不快にさせないの凄すぎる。


 俺だったら館内ではお静かにね?あと高校生にもなって猫さんのパンツ履いてるの凄くいいね似合ってるよくらい確実に言っちゃう。


 そして殴られるって訳だね。


 毎回オチが決まってる。

  

 「ええ、そうね……それより早く並びましょ?もう開演五分前くらいになるのだから」


 そう言われて並ぶ俺たち。


 チケットをスキャンしてゲートを抜けると映画館独特な雰囲気が出ていた。


 天井は高く防音なのか音が全く反響しない。


 そのせいなのか照明も最低限のため口数も勝手に少なくなっていく。


 まぁ俺はもともと話してないんだけどね。


 自分のチケットを見る。


 こんなよく分からない恋愛映画に2500円……言っちゃ悪いけど本当にそんな価値があるのかな?


 そう言えば昔母さんと映画に行ったことあったっけ……。


 ちょうど俺が落ち込んでて……。


 あれ?


 なんで落ち込んでたんだっけ?


 そもそも母さんは映画に行く余裕なんてあったっけ?


 毎日のように仕事してて。


 ……やばい。


 何も思い出したくない。


 頭の中でキーンと音が鳴り続ける。


 それは映画から流れるスピーカーの音よりも大きく。


 視界に入るノイズはスクリーンよりも大きい。


 またあの感覚だ。


 上に伸びていた蝋燭は灯を灯すことなくドロドロに溶けていく。


 やべ……これマジできつい。


 動悸が激しい。


 呼吸の音が耳に強く入ってくる。


 五月蝿い。


 嫌な汗が吹き出てくる。


 するとポケットに入れていたスマホが振動する。


 俺は震える指先でスマホをタップしてメールを確認する。


 [こっちはただ今山口さんとバトル中]


 [晶くんはどう?小鳥遊さんに一発かましてやれた?]


 [何かあったら連絡してね〜]


 頑張れと言うスタンプと共に柚木と山口がテレビの前でスイカ鉄道をしている自撮り写真が送られてきた。


 「ちょっと新庄!スマホはマナーモードにしろって言われてたじゃない!……ってなんか凄い汗かいてない?」


 「いや……そうかな?」


 素早く返信するその指先はもう震えていなかった。


 スマホの電源を落とすと同時に照明も完全に消えた。

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