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第三十二話


 飯盒炊爨当日になった。


 最近は一日がやたら早い気がする。同じ二十四時間なはずなんだけどね。


 天気はやや曇り湿度は高いが気温はそこまで高くない。


 だがジメジメしていて蒸し暑かった。


 これから向かう場所は東京24区内に最近取り込まれた大きな公園らしい。


 この24区は入学してからもどんどん規模を拡大させている。


 どんだけ大きくなるんだろ。


 そのうち埼玉とか乗っ取られそう。


 校舎前には既にどデカいバスが何十台も並んでいた。


 さすが最新鋭の学校だ。


 俺も山口も人の輪から少し離れた場所にいる。


 「すげぇーでけぇなぁ!俺ら今からあれに乗るべ?」


 「ワクワクするな!俺お菓子いっぱい持ってきたしトランプとか人狼とかやろうぜ!」


 高校生にもなってはしゃぎすぎとも思われるが、まだ中学卒業してそんなに経ってもいない。


 内心俺も少しだけ楽しみではある。


 「ちょっと男子はしゃぎすぎ!お菓子あるならよこしなさいよ!」


 女子の顔を見て一気にテンションが落ちる男子達。


 顔に出過ぎだね。


 まぁ気持ちは分かるけど。


 ちなみに俺はこの間全ポイントで買ったお菓子の詰め合わせ……の残り物を持ってきた。


 2000ポイントで買ったお菓子セットなので若干安めになったけど。


 バスの中で山口と食べる予定。


 いつもお世話になってるお礼だ。


 残り物だけど。


 もちろん俺と山口は隣の席なのだがそこにはもう一人。


 何故か柚木がいた。


 そもそも俺と山口は一番後ろのやたら横に長いスペース席だったのだがそこに柚木も加わる事に。


 本当に悪意を感じるよね。


 いや、もう意地でも必要最低限しか話さないからね。


 俺はそう覚悟してバスに乗り込む。


 一番奥まで進み座席に着く。


 山口も俺に続き座る。


 「よ、よろしく……お願いします」


 「よろしく」


 柚木はそっけない返事をした。


 まるで別人みたいだ。


 もう自分を飾るつもりは無いと言わんばかりだね。


 席順的には山口を真ん中に両脇に俺と柚木がいる感じだ。


 まぁ正確には[柚木   山口 俺]って感じ。


 だいぶ間隔開けてるね。


 他のクラスのバスはもう出発し始めている。


 俺たちのクラスはうだうだしているので最後まで残ってしまった。


 これ成績とかには関わらないよね?


 「皆さん席に着いたらシートベルトをしてください、飲食は自由ですがお昼の実習の事も考えてくださいねーカレーは審査分と自分達で食べる分もあるので……それでは出発しますよー」


 相変わらずうちのクラスは騒がしく山本の声は後ろの方までは殆ど聞こえてこなかった。


 バスが動き始めたところを見ると多分出発する的な事を話していたのだろう。


 にしても今回のテストはほとんど内容が明かされていない。


 大雑把に場所と班の指定に作る料理のみ。


 判定基準はコミュニケーションと料理の出来具合だけな気もするが。


 実際のところは分からないね。


 一応少しくらい順位は上げておきたいところだが。


 今の柚木を見ていると厳しそう。


 この調子で柚木のお悩み相談コーナーなんてしようものなら確実に変なルートへ直行だ。


 それだけは回避しないとね。


 とりあえずポイントは支給されてるし目標は順位キープってところかな。


 あぁ……俺のポイント。


 既に使い切ってしまった。


 山口は隣で相変わらず料理本を読み込んでいた。


 ここ最近はほとんど晩飯もカレーだったし。


 まぁ色んな種類を作ってくれてたから飽きはなかったけどね。


 付箋も貼ってほんと努力家なんだなぁ。


 そう思いながら俺は窓の外を見た。


 建設中の建物だったりいつものショッピングモールのビルが見えたりした。


 母さん達元気にしてるかな。


 ……なんて物憂げなことを考えるのは小説や漫画の世界だけ。


 俺は酔い易いのでただ遠くの景色を見てるだけ。


 だからこうしていつも意味ありげによく窓の外を見ている。


 特に何も考えてないのだが。


 しばらく外を見ていると山口がソワソワし始めた。


 「どうした?トイレ?」


 「ち、違うから!」


 足を軽く叩かれた。


 「じゃあ何?あ、お菓子持ってきたんだった」


 俺はカバンの中を漁る。


 「そうじゃなくて、その……柚木さんが」


 あ〜ね、山口も気になるのね。


 確かに柚木にとっては最悪の飯盒炊爨になるね。


 俺にとってもだが。


 舞浜と喧嘩沙汰だけは避けてほしい。


 俺は柚木の方を横目で見た。


 なんか遠くを見ているような目をしてた。


 特になんも考えてなさそう。


 俺と一緒だね。


 「この間の対抗戦からずっとあの調子だなぁ」


 「うん、なんか……私に言われるのは嫌だろうけど……可哀想だよね」


 そんな卑屈にならなくてもいい気がするけど。


 「そだね、特に俺たちなんかには思われたくないだろうけどね」


 モブの俺たちに哀れみを受けたらそれこそ柚木は屈辱だろう。


 俺は欠伸をして頭の後ろで腕を組んだ。


 「まぁ柚木は別にクラス以外の友達も多いだろうし顔もいいし胸もそこそこあるから大丈夫でしょ」


 「……最初の方は同感ですけど最後なんか言いました?」


 あれ?なんかさっきより距離近くなってない?


 「いや?……何も」


 「やっぱ胸が大きいと自信に繋がるんですかね?その辺どう思います?」


 「ん〜どうかな?それよりほら……お菓子持ってきたんだよね」


 俺はカバンからお菓子の残りを取り出す。


 「またそうやって話を逸らす……それより」


 山口は再び柚木の方へ振り向く。


 「わ、私……話しかけて……みようかな」


 おっとマジですか。


 俺は一切関わらないですからね。


 とは思いつつもあの柚木を放置しておくのもどうかと思う。


 だが俺にはどうしようもない事だ。


 山口がどうお節介しようが自由だし。


 俺に止める権利はない。


 「そっか、がんばれ……そしたらご褒美にお菓子あげる」


 「あははっ……」


 乾いた笑いをする。


 山口はこの間の対抗戦以来、自分から関わろうとする事が増えた気がする。


 あの時の山口は完全にモブをやめてたなぁ。


 どっかの吸血鬼みたいだ。


 仮面でも被るんですかね。


 俺はモブをやめるぞぉ!とか叫ぶのかな?


 山口がソワソワし始める。


 タイミングを伺っているのだろう。


 なんだかんだ勇気がいるからね。


 自分より上の人間に話しかけるのは。


 人は本能的に優劣をつけるからね。


 声のトーンや大きさだったりその人の振る舞いや行動なんかでもなんとなく分かってしまう。


 だから俺や山口みたいに身振り手振りが小さく声も小さいと最底辺だと決めつけられてしまう。


 特に学生という立場だとそれが顕著に出てくるものだ。


 山口は恐る恐る距離を近づける。


 自分の声が低くて聞こえづらいのを理解してなのか。


 多分聞こえる距離まで詰めてるんだと思う。


 「あ、あの……」


 山口のか細い声は周囲にかき消されてしまっている。


 そんな言い訳が出来てしまうくらい山口の声が小さく周囲が五月蝿いのだ。


 それでも普通の人なら近づいてきた時点である程度察し意識を向けていれば聞こえないレベルではない。


 がんばー山口。


 「ば、バス酔ったりしませんか?わ、私酔い止め持ってきてます」


 ガザガサとカバンから酔い止めを取り出しそれを柚木に見せた。


 それを一瞬だけチラッと見ると視線は再び窓の方へと向けられる。


 「いらない」


 「そ、そうですか……なら良かったです」


 なるほど、山口は柚木が酔ってるから元気がないって事で話してるのかな。


 けどまぁあれが実際は本性と言うか素というか。


 「け、景色いいですね!天気もそこまで悪くないですし!……けど少し雲も出て来てますね」


 それら全てをシカトする柚木。


 その光景をなんとも言えない気持ちで俺は見ていた。


 この状況を見て思うところは人それぞれだ。


 頑張って気を遣ってる山口が可哀想に見える人もいれば、しつこく話しかけるなって言う意見もあると思う。


 当たり前のことだけど考え方は人それぞれだからね。


 そんな分かりきった台詞にうんざりする。


 移り変わる外の景色は、俺の視界に映ってはいても目に留まることはない。


 こんなただ話しかけるかけないだけで色んな考えが出て来るのは、人間の面倒臭いところなんだろうね。


 柚木からしたら一人にして欲しいとやけになってるのかもしれない。


 もう友達も要らないし周囲からの評価なんかも気にしないって……それくらいの覚悟は持っているのかも。


 それは自分自身で決めたんだから。


 たとえ一般的には間違っていると言われてもそれは他人の考えだ。


 柚木は間違っているとは思っていないのだろう。


 だから山口は救おうとしていると同時に柚木の邪魔をしているとも言える。


 ……ほんと人間関係ってめんどくさいよね。


 俺はただそのめんどくさい様子を横目でチラッと見ていた。


 「あ、あの……柚木さんよかったらこの本読んでください、カレーの作り方が詳しく載って……ます」


 山口は震えた手で柚木に雑誌を向けた。


 それを嫌そうに見ている柚木。


 やだね〜。


 まぁ柚木にとっては余計なお世話なのかもしれないけどさ……俺は山口の味方だ。


 やっぱ俺のご主人様だからね。


 「カレー作りって結構奥が深いんですよね」


 そう言って雑誌をめくりながら説明する。


 「……ほら?こことか見てください……水の分量や僅かな調味料まで細かく指定されてて」


 さっきより山口は話しやすそうにしている。


 なんだかんだ料理好きなんだろうね。


 いつも俺に話す時はもっと跳ねるような声色をしている。


 けど今はどことなく冷静さも伝わる。


 「なんか料理ってコミュニケーションと似てる気がするんです……上手く自分の想像通りに出来たら嬉しいですし、逆になかなか上手くいかなかったり……だから」


 「なに?憐れんでるの?」


 その冷たい声が俺にまで聞こえてくる。


 山口は雑誌に向けられている視線をあげようとはしなかった。


 普通なら目を見るけどそれをしない。


 やはり、どこか相手に踏み込むことが怖いのだろうか。


 「えっ?……いや、ちがっ……」


 「最近クラスで浮いてるなって……そう思ってんでしょ!」


 「い、いえ!そ、そんな事思ってないです」


 やっぱそう上手くいかないよね。


 「はぁ……大体なんで私に構ってくるの?それが迷惑だって理解してる?」


 「い、いえ……ただ私は元の柚木さんに戻ってくれればって」


 「元の私って何?元々私はこうだけど?」


 なんとなく取り繕ってるのは分かってたけど。


 やはりこれが本音で本心なのだ。


 上手くいけば山口と友達になってくれれば嬉しかったんだけどね。


 どうも一番最悪なパターンになりそう。


 「……た、ただ!柚木さん最近元気ないじゃないですか……だから!」


 「だから何?あんたに関係あんの?」


 「うっ……あり……ます……あります!最近分かったんです!その……口で説明するのは難しいですけど……」


 なんとなくだけど俺には分かる。


 西の時もそうだ。


 一人孤独になった時。


 山口は過去の自分とその人を重ねている。


 あの時欲しかった言葉や。


 支えてくれる友達。


 もし自分がその立場なら。


 こうなってくれればいいのにって。


 ならもし……こんな状況になってしまった時。


 もう一人の山口がいたのならどう行動するのだろうか。


 「あぁ〜もう!五月蝿い!あんたみたいに努力もしてなさそうな奴にどうこう言われたくないし絡んでも欲しくない!」


 「あっ……」


 柚木は雑誌を手に取りそれをビリビリに破いた。


 山口が大切に読んでいた。


 ここ数週間は読み込んでいたであろう。


 付箋やマーカーをつけて自分なりに分かりやすく改良していた雑誌を。


 なんの躊躇もなく。


 まじかよ……。


 この間から様子がおかしかったがまさかこんな暴挙にでるとは。


 車内は相変わらず騒がしい。


 座席が一番後ろと言うこともあり誰も気が付いてはいない。


 俺と山口だけがその行動を見てしまった。


 ……なんと言うか。


 柚木からしたら……第三者からしたらただ雑誌を破いて捨てただけ。


 また新しい物を買えばいい。


 そんなに高い物じゃないでしょ?


 なんて言葉が投げられると思う。


 「私に関わらないで」


 「ご、ごめんな……さい」


 山口は破れた雑誌の破片を拾い集めていた。


 震えた手で柚木の足元に散らばっている紙屑を一枚一枚拾い上げる。


 目は潤んでいた。


 怖かったのかな?


 なら話しかけなければいいのにって思うかもしれないけど。


 あんな悲しそうな顔してそう思える人っているのかな?


 山口も後悔しているかもしれない.


 .…いや、きっとそうだ。


 暗い顔をしながらゴミになってしまった紙切れを拾い集める。


 柚木はそれを鬱陶しそうに見ていた。


 俺も文句の一つでも言ってやりたかったが……。


 我慢だ。


 こんなの見せつけられて黙ってないのが主人公。


 俺はモブだ、知らぬ存ぜぬを突き通す。


 ……はぁ。


 ただ人との関わりを苦手としている山口が勇気を出して声をかけたのに……。


 山口の好意を仇で返すなんて。


 ほんの少しだけでも相手の気持ちに寄り添えたら。


 相手の立場になれたら。


 ……?


 気がつけば俺の手のひらには深く爪痕がついていた。

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