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第三十一話


 ここは一年8組の教室。


 このクラスはやや男に偏っている。


 そこには東西南北の東の姿もあった。


 東はクラスの人気者で男子からは特に人気があった。


 無口だが背も高く身体も大きい、そして頼りになる。


 だがそれらは全て偽りの姿。


 本当はただ無口なだけで運動も特別得意という訳ではない。


 見た目だけは立派なものだ。


 そんな東に果し状が届いていた。


 それを見た瞬間東は身震いした。


 な、なんで俺にこんな物が……恨みを買うような覚えはないんだが。


 固唾を飲みゆっくりと内容を読む。


 そこには最近話題の東山連合からだった。


 彼らから目をつけられる覚えが全くなかった東だが放課後に迎えのものをよこすと手書きで書かれている。


 まじかよ。

 

 額に手を当てる。


 勘弁してくれよ。


 確かに最近はチヤホヤされて調子になってたかもしれない。


 東西南北という今校内で人気になってるグループの一人になれたから。


 けど……。


 俺はもう子供じゃない。


 心の中で多少は浮かれていたけど。


 それを表面に見せてはいない。


 俺は人に対しても優しく接してるつもりだ。


 「おい、東は居るか?」


 教室のドアが開きドスの効いた声で呼ばれる東。


 まじで来やがった……。


 なんとか乗り切るしかない。


 「……俺に何か用か?」


 東は全力で自分を取り繕う。


 「さすが東西南北の武闘派の東だ、迫力あるじゃねぇか……ついて来な、うちらの総長がお呼びだ」


 思わずため息が漏れそうになるが我慢して渋々彼についていくことにした。


 はぁ……。


 胃が重い。


 ーーーー


 ここは校舎裏のゴミ捨て場。


 夜には全て回収されるのでほとんどゴミが貯まる事はない。


 そこに東が呼び出され30人近くの男に囲まれていた。


 「いいぞぉぉ!!もっとやれぇぇ!!」


 「なんだよこいつ、見た目の割に全然強くねぇじゃん!」


 「噂の東もこの程度か……これなら俺一人で充分だったな」


 東は殴る蹴るの暴行を受け続け身体はボロボロだった。


 唇は切れポタポタと血が垂れる。


 「はぁ……はぁ……」


 「なんだよ!もうへばっちまったのか!?まだまだいくぜ!」


 「あんまやりすぎると怒られるからな!その辺気をつけとけ!」


 ちくしょう……。


 身体の数カ所からズキズキと痛みを感じ始めた。


 あぁ……昔から俺は喧嘩が嫌いなんだ。


 なんで嫌いになったんだったかな?


 それは確か……。


 そうだ、あの時からか。


 ふと昔のことを走馬灯のように思い出す東。


 これはまだ浅い記憶。


 「おい!馬鹿息子!身体ばっか俺に似て性格は母さんに似ちまったか?そんなんじゃ合気道でてっぺんは取れねぇぞ!」


 父親は身体も大きく背も高かった。


 俺は父譲りで体格は人よりも大きい。


 けどもう身体を動かすのは好きじゃない。


 前みたいに近所をほっつき歩いたりもしていない。


 家でゲームやってる方が楽しいし。


 それに俺には特別な思い出がある。


 あの時のおかげで俺は変われたんだ。


 なんでわざわざ身体を痛めつけるのか理解出来なかった。


 前の俺ならこんな事考えもしなかったな。


 「あなた……あの子が可哀想よ」


 「バカ言え、男は強く逞しくだ!高校でも合気道一筋で俺の後継に相応しくなってもらうぞ!はっはっは!あいつは俺の息子だからな!いずれてっぺんとれるさ!」


 父親は決して根が悪い人ではない。


 それは分かっている。


 けど俺はもう他人を傷つけたくない。


 合気道なんてしたくない。


 それにもう流行らないだろ?


 時代が時代だ。


 そんな会話を盗み聞きしてしまった俺は母さんに頼みこの学園に通うことにした。


 ここでなら合気道の事を考えずのんびり暮らせると思ったのに……。


 猫の鳴き声が聞こえてくる。


 それが妙に懐かしく感じた。


 失った気がまた元に戻る。


 目の前に降りかかって来る拳を素早くかわす。


 一定の距離を置き唇から滴る血を拭き取る。


 鉄の味がする。


 焼けるように全身が痛い。


 「な、なんでこんな事をする……学校にバレればお前らは地下行き……最悪の場合退学もあるんだぞ」


 「ふん!お前自分の立場を分かってないな、今どんなポジションに居て!周りからどう思われているか」


 「ちなみに学校にはぜってえバレねぇ……分かるか?ここは敷地内で監視カメラも無い人だって寄りつかねぇ、せいぜい夜中に業者がゴミを回収しに来るくらいだろ」


 「分かったらさっさと東西南北から抜けろや!」


 膝蹴りが東の顔に強く当たる。


 打ちどころが悪く額を抑える。


 立ちくらみ思わず膝をつけ俯く。


 鼻血が噴き出す。


 軽く脳震盪も起きた。


 くそ!目的もよく分からない。


 本当にこいつらはなんの集まりなんだ。


 俺を痛ぶって何になる。


 「そろそろ限界か?さっきから俺らが何者か気になってるみたいだな!?」


 「おい!なんで俺らが集まったか教えてやるよそれはな……お前が東西南北を抜ければ苗字に東の入った奴があのグループに入れるからだ!ちなみに俺は東山だ!」


 なるほど。


 そう言う事だったのか。


 ……。


 え?


 理解が追いつかない東だった。


 が彼らは止まらない。


 「そうだ!俺は北ちゃんと南ちゃんに囲まれてこの学園を薔薇色にする!もうこんな男臭い連中と連まずに過ごすんだ!ちなみに俺は東野だ!」


 「バカ!薔薇なら男でいいだろ!俺は二人の百合が見てぇんだよ!ちなみに俺は東方だ!」


 俺も俺もと己の欲求に加えて自己紹介を始める彼らを唖然として見ていた。


 「だ、だが……それなら同じ事を繰り返すだけじゃないか」


 俺を倒して新しい東が入れば同じようにまたこのようなグループが生まれる。


 そんな事してなんになる。


 「そうだな!だが一番つえー奴がそのポジションに相応しいってことよ!まずはお前をボコしてから最強を決める……それが俺達東山連合の掟だ!」


 「だからお前が強ければそれでもよかった……だがお前は相応しくねぇよ!弱者が!」


 その言葉に東の心は反応してしまう。


 そ、その通りだ……俺は強くなんか無い、家からも逃げて合気道からも逃げて……周りが勝手に期待して勘違いしているだけなんだ。


 南は誰にでも愛想良く。


 西はこの間の対抗戦で凄く成長していた。


 そしてそんな俺たちをまとめてくれる北姉さん。


 俺には偽りの名誉があるだけ。


 あそこに居てもいいのだろうか……。


 人は誰しも悩みがある。


 黒い部分が。

 

 それを誰かに消して欲しくて。


 だがその黒い部分を消すには、消した相手が黒くなる。


 きっと消してもらった奴は感謝こそするだろうがそれまでだろう。


 消した側は辛く苦しくても。


 それで終わりだ。

 

 そうやって世の中出来ている。


 だから優しい奴が損をする。


 誰かと関われば黒い部分が生まれる。


 消して欲しくて。


 共用して欲しくて。


 そんな優しくない世界。


 けどあいつらは違うだろ。


 自分の弱さを他人に押し付けたか?


 共感してもらおうとしたか?


 西は?


 あの時あいつはどう思ってたんだ?


 あの場で。


 周りからの重圧や視線。


 そして俺らに突き放されるような言葉。


 そんな迷いが東の頭をぐるぐると駆け巡った。


 「お、俺はあのメンバーを抜けない」


 「あ?」


 「あそこが唯一の居場所なんだ!それを譲る気はない!」


 相応しくないのなら……相応しくなるまでだ!


 「だったら逝っちまえよ!」


 東山は大振りの拳を構え東の顔めがけて放つ。


 くそっ!


 避けきれない!


 全身の痛みが引かない。


 その瞬間。


 「よかった、見に来て正解だったよ」


 その場にいた全員が声のする方へ振り向いた。


 「おん?……お、お前は!大谷!」


 「や、やべーよあいつはマジでやべえ!」


 「噂の本田さんを軽く倒したって奴だろ?柔道部の田中が言ってたし間違いねぇ!」


 「まじかよ……あの柔道部の田中が……」


 全員が狼狽した。


 それは一年だけに限らず誰しもが一度は聞く名前。


 それが大谷 翔だ。


 「ここは確かに誰も近寄らないね、だからこそ目立つんだよね……バレないように何かするならここしかないって」


 「くそ!……だがいくら大谷だからって俺達全員……東山連合に敵うはずがねぇ!」


 「そ、そうだ!それに俺たちには夢があるんだ!」


 それぞれが鼓舞しあった。


 それでも大谷に近づこうとするものはいない。


 圧倒的な強者。


 強いもの特有の余裕。


 これだけの大人数相手でも全く怯んでいない。


 東山連合はそれぞれスポーツなどを多少は齧っている。


 だから本能が訴えて来る。


 この大谷と言う人間には敵わないと。


 「……けどな……俺たちには負けられない理由があるんだ!」


 「あと少しなんだ!あと少しで俺は三年間を最高の思い出にする事が出来る!」


 「ここで頑張らずしていつ頑張るんだ!」


 各々の思いが一つになっていた。


 それが大谷に引けを取らないくらい。


 力になっていた。


 「良く頑張ったわね!後は私たちに任せなさい!」


 その声を聞いて東はすぐに安堵から涙が出そうになった。


 東山連合の人間はすぐにその声で反応した。


 「こ、この声は!」


 「おいおい……まじかよ!?」


 東はしゃがれた声で。


 「き、北姉さん……それに……みんな」


 「東ってば一人で頑張りすぎ!後は私たちに任せて!西くんがなんとかするから」


 「お、おい!僕は喧嘩とか苦手なんですが!とりあえず東を手当てしましょう」


 「おい!どうすんだよ!」


 「やべえぞ!俺たちの計画が!」


 その声に北が反応する。


 「計画?一体なんのことかしら?大谷くん、貴方は何か知ってる?」


 「う〜ん、僕の予想だが東西南北のメンバーに入ろうとしたんじゃないのかな?僕の知ってる限りだけど彼ら全員の苗字に東の文字が入ってるし」


 大谷は見渡すように彼らを見る。


 「なるほど……そう言う事だったのね……あの時の軽はずみな発言一つでここまで事が大きくなるなんて」


 北は対抗戦で言ってしまった発言がことの発端だと確信した。


 「私にも責任があるわね……貴方たち!悪いけど東西南北のチームはこの四人で決まっているわ!入れ替える事はない!分かったらすぐに消えなさい!」


 その発言に東山連合の人間は絶望した。


 今までの妄想が現実になることは無い。


 夢のままになってしまった。


 「ま、マジかよ……あのメンバーに入れないとかもう意味ないじゃん」


 「だな、帰ろーぜ、おい東山!俺はもう抜けるからな!」


 「俺も抜けるぜ……あぁ!俺の生き甲斐が!」


 「お、おい!てめぇら!……くそ!覚えてろぉ!」


 呆気なく終わった。


 散り散りとなる東山連合に西は呆れていた。


 「彼らは馬鹿なんですかね?」


 「あー!またそうやって人を馬鹿呼ばわりしてー」


 「いやいや、貴方が一番ですよ南」


 「うんうん、あたしが一番……って!そんな一番いらんわ!」


 「そうね、南が一番ね」


 「北姉まで〜みんな酷いよ〜」


 一斉に笑い声が上がる。


 大谷も少し様子を見てその場をすぐに立ち去った。


 この場に僕は不要だ。


 東は西に手当てしてもらい横になった。


 「どうしてここが分かったんです?」


 そう質問され北は考える。


 全ては偶然の巡り合わせ。


 大谷が新庄達に声をかけて。


 そしてその情報を私達に伝えた。


 なんだかんだで新庄達のおかげなのかもしれないと。


 「そうね……とある人達からの情報かしらね、彼等にはまた借りを作ってしまったわ」


 「そうそう、西くんの片思いの相手だよねー」


 「こ、コラ!南!嘘を言わないでください!」


 温かい空気が周りを包み込む。


 キラキラとして。


 側から見れば羨ましいくらいの青春シーンだ。


 この件は自分に非があると思い北は学校側には何も言わなかった。


 だが学校側はもちろん把握している。


 情報は常に何処からか漏れているのだ。


 だが学校側も本人達が黙認するのなら公にすることはなかった。


 この事件は誰にも知られる事なく終わりを告げた。


 ただ東西南北は既に完成されている事だけが学園内で噂されたのだった。

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