第三十話
学校を終えて俺と山口はリビングでいつも通りダラダラと過ごしていた。
ただ放課後のホームルームでの班分けがなければ今日は平和な一日だったと言えただろう。
ねぇ?神様?嘘ですよね?
「まさか柚木と同じ班になるとは……」
俺はグラスに入った水を一気飲みした。
山口はその様子を横目で見ている。
「まるでテキーラのショットを飲んでるみたいですね……ただの水ですけど」
俺の脳内に流れていたオシャレなBGMが止まる。
……そんな事は分かってる。
氷だけが入ったグラスはカラカラといい音を響かせた。
うん、なんだか心が落ち着くね。
しつこくカラカラと音を立てていると山口が嫌そうな顔をしたのでグラスを置いた。
最近目で訴えかけてくる事が多いんだよね。
「そ、そういえば私も誰も知らないグループに……みんなに迷惑かけちゃう」
あれ?山口って俺以外に友達いるんだっけ?
今ちょっと強がったよね?
そうだよね?
誰も知らないグループって言うけど俺以外のグループの何処に入っても友達は居ないですよね?
「あれ?山口って……」
「それ以上何か言うなら野菜炒めに入れる予定の豚肉が無くなることになります」
「さーせん」
豚肉大好き。
山口様も大好き。
今日は野菜炒めか〜味付けがシンプルなんだけど山口のは下味がしっかりしてるからご飯にも合うんだよね〜。
野菜もいい感じにシャキシャキして食感もさいこう。
でも豚肉は外せないね。
牛肉なら明日の風呂掃除は任せて欲しい。
なんならトイレ掃除もやるね。
「話戻しますけど……試験なんですよね……飯盒炊爨」
「らしいね〜まぁ勉強だけじゃないんでしょ」
「不安です」
「いやいや、山口は料理出来るんだし無難に良い点取れるよ」
これに関してはお世辞でもなんでもない。
それより……。
俺は既に嫌な予感しかしていなかった。
せめて山口と組めてればそこそこ良い点とって何事もなく飯盒炊爨を終えれそうだったのに。
思わず溜息が漏れる。
「で、ですかね……それなら柚木さんこそなんでも出来そうだし大丈夫だと思うけど……」
「いや、テスト内容って言うよりは俺みたいなモブが柚木と一緒に居るとおかしいでしょ?必然的に目立つだろうし」
「そ、そうかな?……でも今の状態だとそうかも」
今の状態ね。
きっと山口なら柚木と一緒に居ても問題ない。
だが俺は違う。
明らかに厄介事に巻き込まれる。
まるで誰かが仕組んでるんじゃないかと思うくらいに。
今日だってやたら物語の主要人物っぽい人達に声かけられたし。
俺はその辺を徹底して関わらないようにしたい。
なんだかんだ巻き込まれる系主人公とは違うのだ。
前に人が居れば遠回りしてもいいから会わないようにする。
それくらい徹底するべきだ。
俺は天井の一点を見つめる。
「知らない天井……」
「え?……何?いきなり」
山口が若干引いていた。
とりあえず言ってみたいセリフランキングに入ってるんだよね。
「いや……それより大谷の言ってた東が実は〜みたいな質問あったじゃん?」
山口はコクンと頷く。
「なんで内心は臆病って思ったんだ?見た目も声も立ち振る舞いもそうは見えなかったけど?」
「えっと……それはね……」
山口は顎に手を当て考え込む。
「ちょっと説明は難しいんだけど……彼の視線とか西くんがやる気を取り戻した時のちょっとした動作とかそうゆう細かいところって本質がでちゃうと私は思ってて……」
やや口篭ってはいたが……。
「なんて言えばいいのかな?東くんも本心でああ言ってた訳じゃなくて……う〜ん、えっと……ちょっと言葉にするのは難しいかも」
きっと山口はずっとそうだったから無意識に人の本質的な部分を読み取っているのかも。
会話ではなく観察で相手との距離を測る山口ならでわだ。
「そっか、山口って人の裏側読むの得意でしょ?」
「ど、どうかな?特にそうは思った事ないけど……昔からこうだったから……人の本心?本質?を見抜くみたいな事?……そうゆう[スキル]があるのかも?」
「へ〜いいなぁ〜俺もそうゆうの欲しい」
山口はあははと乾いた笑いをして再び雑誌に目を向ける。
俺もそうだなぁ……。
厄介ごとに巻き込まれないとか。
モブ体質とか、そうゆうスキル欲しいね。
俺はタブレットを開き同じ班の名簿を見る。
そこには柚木の名前と俺とマイマイ(舞浜 沙保里)と呼ばれている顔のでかい女、そして高島 美代と映し出されていた。
大体なんで女子3に男子1なんだよ。
普通は2対2でしょ?
しかも絶賛不仲の柚木と舞浜とかほんと勘弁してください。
俺はタブレットの電源を落とし山口の方を向く。
手元には料理本を持っていて中のページには美味しいカレーの作り方が載っていた。
ほんと山口って陰で頑張るよな。
陰の実力者なの?
アイアムアトミックなの?
あれ結構好きなんだよね。
「そろそろご飯作るのでまた勝手にキッチン入ってこないでください」
「……そんな子供みたいな注意喚起されたの久しぶりなんだけど」
「昨日も刃物の近くでウロウロされたのでこっちは気が気でないです」
あ〜あれね。
あれは早く餌が欲しい犬と同じ行動したら山口がどんな反応するかの実験だったのに。
邪魔ですって追い返されたけど。
「今日はちょっと試してみたい事もあるので時間かかっちゃうかもです」
う〜ん、このご飯の待ち時間案外暇なんだよね。
あ、そうだ。
「なら俺も手伝うよ」
俺がそう言うと山口がきょとんと首を傾げた。
「……何その表情」
「い、いえ!私の聞き間違いか新庄くんの言い間違いかなって……それか私が日本語の意味をはき違えてるのかなって」
傷つくな〜。
俺だってたまにはお手伝いくらいしますよ。
まぁつまみ食いくらいは確実にするけど。
「そ、それなら少し新庄くんにもお手伝いしてもらいます」
「はい、そうしてください」
ーーーー
俺らはキッチンに立ちややお互い距離を開けながらも共同作業に取り組む事となった。
「えっと……まずは……新庄くんは不安なので野菜を洗ってください」
そう言って俺の前に大量の野菜を並べた。
「いまさ?俺に何が出来そうか考えて……あんま役に立たないって思ったよね?」
「……思ってません」
うん、思ってないなら顔くらい合わせようか。
まぁいいけどさ。
俺はとりあえず野菜の入ったボウルを持ち上げる。
「新庄くん、野菜洗う前に手を洗って下さい」
……どうやら俺はあまり戦力にならないらしい。
今はコンビニとか冷凍で済ませた方が安い場合も多いしね?あんま経験ないだけだから。
手を洗いやたら緑の多い野菜たちを一つずつ手に取り水で洗い流していく。
普通のラブコメ展開なら楽しくキャッキャウフフみたいな感じなんだろうけど俺たちの場合は特に会話が弾むこともなく淡白に作業をこなして行く。
けどまぁ俺たちにはこの空気感があってるけどね。
それにしてもよく分からない野菜ばかりだ。
キャベツとかトマトとかそう言った王道物は分かるけどこれとかさっぱり。
何これ?太ったきゅうり?
「これなに?」
「それはズッキーニです」
へ〜あんま食べたことないかも。
「これは?」
「それはいんげんです」
「ふ〜ん」
ズッキーニよりややきみどりの痩せ細った野菜。
どんな味なんだろ。
一本食べてみますか。
「……!新庄くん!食べちゃだめ!」
予想外な山口の大きな声に俺も咄嗟に口を閉じてゆっくりといんげんをボウルの中に戻した。
山口はやや呼吸を荒くしてこちらをジッと見つめている。
これは……もしかして。
山口さんもラブコメ展開を避けるために?
よくありがちなラブコメなら「つまみ食いしちゃ……めっ!だよ」的な和やかな雰囲気で終わる料理を俺たちみたいなモブキャラがやってはいけないと言うことなんですかね。
「はぁ……いいですか?新庄くん?」
「はい」
「いんげんには毒が入っています」
……これは笑えないですね。
俺が思ってるより事は大きいみたいです。
「加熱すれば問題ありませんがさっき洗ってもらったズッキーニも同じでへたの部分に毒があります、こちらは加熱しても消えません」
なるほど。
お茶目心を出したつもりが説教されてしまった。
「はぁ……とにかく新庄くんはもう座っててください、後は私がやりますから」
うん、俺もそうした方がいい気がする。
「いいですか?野菜は意外と人体に有毒な成分が含まれてることがあります、そこはしっかりと取り除かなくちゃいけません」
「はい」
しっかりと怒られてしまった。
「本当に気をつけてくださいね、食中毒とか吐き気や眩暈などしばらく苦しい状態が続く事になっちゃうので」
「ごめん、次からは毒を取り除いたものだけつまみ食いするね」
俺が反省の旨を伝えると山口はまた目で訴えかけてきた。
あ、これは呆れてますね。
「ちっとも反省してないじゃないですか……本当にあんま心配かけないでください」
なんとなくだけど山口が本気で心配してくれてるのが伝わってきた。
 




