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透明の「扉」を開けて  作者: 美黎
25の扉 発光
2140/2143

点を線で繋ぐ


「     だよねぇ ? 」


 一旦、布巾を置いて 石を並べ終えると

 ひと休みする為にソファーを観て、

 やっぱり 文机に座る。



        ふむ 。



それは「さっきの子供達のこと」がスペースへ浮かんでいるからだけど、私は最近彼らと話していて よく、思うことがあるんだ。


 それは

 「これまでの歴史というもの」を どう教えるかで

 「自分のスタンス」は ()()()()()から。


 なんだか分かり辛い話になる時が多々あるし、「個々の受け取り方」に 差が視える。



   そもそも「表と裏、両方の(視点)であること」

   更に「歴史」とは

    「正しいこと」や「ほんとうのこと」()()()()()()

    含まれていること。


 勿論、それを踏まえて教えるのだけど、

 そうすると「こうだったんだよ」からの

 「でも本当かはわからないけどね」、になる。


 だから 上手く捉えられない子は混乱するし、人間(ひと)の多面性をまだ経験していない小さな子供達には 余計に複雑になってしまうんだ。



「   まあ、訊かれたからには応えるんだけど。そう、 なんだよね。 わざわざ教えるのかも、迷うし。ぶっちゃけ、「これまでの歴史」って 関係なくはないけど 関係ないもんな。 」



  "ここまでの歴史(経験)()()()()()()()()()()()

  "ゼロスタートする"


 それは 今の大人達に必須の「こと」であるし、その場合は「ゼロだけれどそれを踏まえている」ということ(結果)に なる。


だけど 子供達には その「前提(実地経験)」は全くない。


稀に、とても理解が早く 全体を捉えるのが上手い子がいるけれど

 それはきっと「感覚の記憶があるから」で

 自分もそのタイプだ。


 しかし、「感覚の記憶」があっても「実際の物事(物理)」は変化している為、やって失敗する事も多いが 飲み込みは早い。


だから そのタイプは自由にやらせておけばいいけれど

実際「感覚の記憶を持っていない子」は多く、それならば「やって わかる」のが一番いいのだけど 

例えば「痛みの経験」なんかは やりたがらないのが普通だ。



「   まあ。 そりや、そうだよね。 やっと、「そうじゃない生」に 今、いるんだし。」


 無理強いしないのがポリシーの教え方をしていると、

実際「教える」というのは 結構難しいことが わかる。


 例えば

 子供達は 皆、ちゃんと直感で応えるから

 「嫌なものには嫌と言う」のは当たり前である。


だから「潜在意識で拒否しているもの」がちゃんとわかるし、()()()「苦役」を拒否する。


 そう、大人が「やらせよう」という姿勢でいる時は「嫌だ」と言うし、自分の興味が向いた時でないと「やりたい」にならないのは 普通のことだ。


「   そうだよねぇ 」


 理由がない様に観える、「嫌だ」「やりたくない」にも()()()()()()()()()()

彼等はそれ(対象)

 「持っていれば便利だけれど」

 「()、必要ない」のが ちゃんとわかっている。


いつだって身軽に走り回りたいのは光の本能であり、それは正直「正しい選択」だ。



 だけど「この世界」を歩くのに、実際「地図」は必要だし

 それ(地図)が歴史だと私は思っている。



 まあ 「地図」すらも

 無くとも歩けるのが新人類なのだろうが、

  この「過渡期」に在って。


 まだまだ「重い現実(世界)」が()()()()()()()()()

使えると思えるから つい、話の中に絡めてしまうのだ。



 何気ない 会話の中に

 全く関係ない 質問の中に

 普段の 生活の中に、

  紛れ込ませて それ(歴史)を語ること



   "「光の状態」だと可能だが

     「()」だとできない(不可能な)こと"


   それは意外と 沢山ある。



    何度もやってきた失敗

   知らなくてうっかり器が使えなくなること

    器が無くては味わえない「感覚」だけれど

    (世界)を侵す 様なこと。



「   ふむ 」


 「それ」は勿論、「やれば全ては糧になる」し

 「()()()回り道」ではないけれども

  ここからの私達に必要な経験(いろ)ではないし

  「そちら(縮小)側の いろ」は。


 もう、全部やり切ったから 必要ないんだ

  今は。



「   あー、それに。 多分、もう「そちら側に向かう()」は ここ(私の世界)に生まれないのか。  そう、ね だって「(原初)側を視てる」んだもんな。 」


 そう、「こうなったらどうしよう」のたらればの世界にはもう居なくて ()は「光の創世神話が展開する世界へ向かっている」。


 で あるならばここからの景色は

  「どう共生しているか」を視て描くのが仕事で

 その「雑味無い世界」の為に、今 腐敗を還し 新しい光に入れ替わっている「ところ()」だ。

 

 しかし、「既にこの世界に在り 色を経験して(に触れて)いる子供達」にはまだ、「別れきっていない世界」が展開するから 

 地図があると便利なんだ。


「   そう、ね 」


 今は 必要と思えなくとも

 全く耳にすることがなくとも


 「いつかの点」に成れれば 

 「点」は繋がり「線」に成る。



 そして「光の網」は構成されてゆき、せかいを 

  自由に渡れる様になって


 「自分の地図」を創り、「世界の地図」と合わせて

 冒険ができるのだ。



「    やっぱ。 だから、まあ それで、いいって ことだ。」



  "地道に 今できることを続けていく"


  "そうすれば 「それは 成る」"



        うん 。

            よし



    大丈夫だ  ちゃんと「()()()」。



 そうしてずっと、くるくると

 ペンで描いた点を繋げて遊んでいたけれど 「いつかの点」が繋がることでそれは終わりを告げ 

 せかいに「私の図」が反映するのが わかる。


  そう、今 ちゃんと「視た」から。


 それは きちんと「かたち(現実)」となって

子供達は点を繋げられるし、「自分の地図」を創る様に成る筈だ。



「   まぁね。 大仕事、やりましたからね。 きっとパワーアップしてるし。 これは「成る」、でしょう 。」


「やだ。…今度はなんの予言?」


「  ぁ。 」


 そして「絶妙なタイミングで入ってきた 朝」に

  ()()()()、「ヤバいという顔」を してみせて。



「…………えっ、コワッ。」


「    フフフフフ  」


 込み上げる笑いを全身で楽しみつつ、

 お茶にすることに したので ある。






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