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下賜姫は悶えています

エレノア視点です

 男性陣がシガールームに移動するのを見送って、私は先ほど自分の部屋になったばかりの元客間に下がった。

化粧を落としたり着替えたりをササッと終えると、早々に使用人を下がらせて寝室にこもる。

小さな明かりを頼りにベッドの端に座ってハーブティーを啜ると、気持ちを整えようと、ほぅーっと息を細く吐いた。

カルロス様と出会った時から今日は1日胸の高鳴りが止まらない。

入眠剤代わりのハーブティーをいくら飲んでも、眠気などやってこない様な気がした。

晩餐会のカルロス様を思い出す。

終始卒無く場を作る手腕、騎士達の身分や年齢に関わらず丁寧に対応する懐の深さ、時々見せるお茶目な表情、エスコートする温かな手、身に染み付いた優雅な立ち振舞、素敵だと思った部分を挙げればキリが無い。

それに、ドレス姿を褒めてもらえたし、時々こちらを見ては柔らかく目を細めて微笑んでくれた。

きっと、嫌われては居ないと確信できる。

それどころか、良い関係を築こうとしてくれているように思える。

すぐに彼と夫婦になれると思うと嬉しすぎて、私はひとり身悶えた。


一つ、予想外だったのはスカーロイ様の存在だ。

養子がいたとは聞いていなかった。

歳は近いと思うが、カルロス様の養子ということは私の子どもでもある訳だ。

年齢差が無さ過ぎて違和感しかない。

が、良い親子関係を結びたいと思う。

彼はカルロス様の大事な後継者だ。

世間一般の親子関係では無いだろうけど、家族として親愛を交わすことは夢では無いだろう。


それにしても、彼はカルロス様ととてもよく似ていた。

美男子といって差し支えない甘い顔立ちは、私が想像していたカルロス様の若い頃にそっくりだったのだ。

タレ目がちで大きな目は可愛らしいのだが、すっと通った鼻筋からは男っぽさを感じる。

唇は薄めで口は大きく、浮かべる笑みは成人男性とは思えぬほど人懐っこい。

その、人を安心させる笑みの作り方まで似ているのだ。

スカーロイ様の目元にしわを足して、長年肌を日に焼いて、渋みとか深みとか年の功的なものを加えればカルロス様が出来上がるといっても過言ではない。

さすが、遠縁とはいえ血縁者。

初対面だというのにカルロス様と重ねてマジマジと見つめてしまった。

思い出すだけで顔に熱が集まる。

あまりに不躾に見つめ過ぎたような気がするが、後の祭りだ。

シワの無い艶やかな顔も優し気でいて輝くような笑顔も物慣れていながら下品にならない雰囲気も、カルロス様と知り合う前だったら憧れを抱いていたに違いない。

きっと、彼を慕う女性は多いことだろう。

けれど私にはスカーロイ様はまぶしすぎて、隣に立ちたいと思える種類の男性では無かった。

是非、今後も時々観賞させて欲しい。

本好きの私は美形が好だ。時々読む恋愛小説など美形しか出てこない。


私は布団に潜り込んでコロリと寝返りをうった。

カルロス様が若く無くてよかったと思う。

もしら彼が若かったら緊張してとても普通には話せないし、目をあわせるだけで逃げ出したくなったかもしれない。

私は元々男性と接するのが苦手だ。

カルロス様に対して、初対面でもっと長く一緒にいたいと思った事が特別なのだ。

「つまりは、私はラッキーだってことよね。」

下賜に否やは認められ無かった。

それで無くとも貴族女性に結婚の自由などない。

私の両親がそうであったように、冷たい夫婦関係のままそれぞれに愛人を持ちながら、外では夫婦の仮面を被って過ごす人たちも少なくない。

にも関わらず、私は慕う方に嫁ぐことができるのだ。

これ以上の幸せは無い。

カルロス様を思うとニヤニヤと頬が緩むのを止められない。

これからの結婚生活に想いを馳せながら、いつの間にか私は穏やかな眠りに包まれていた。





 次の日、元来早起きの私が起きるとまだ辺りは静かだった。

日の出は過ぎているようだがまだ薄暗く、起きているもの達が寝ているもの達を気遣って気配を消しているような時間。

私はスッキリ目覚めてしまい少々困った。

これが後宮なら自分で着替えて朝の散歩に出かけるのだが、はたして伯爵家でそれをしていいものか……悪くすれば、起床係の侍女が怒られたりするかもしれない。

かといって、朝から読書で時間を潰すのは趣味では無かった。

本好きの私が唯一本を読む気にならない時間帯が早朝……つまり、今なのだ。

朝の光の中でじっとしているのは性に合わない。

私はしばらく部屋の中をウロウロしながら迷っていたが、結局、簡単に身支度を整えると庭に出る事にした。


季節は初夏、まだ朝晩は気温が低く、かといってキチンと長袖を着れば震えるほどでは無い。

湿気を含んだ爽やかな風がふんわりと頬を撫でる。

空は晴れて朝焼けの名残が西の空に漂っていた。

私は植えられた植物を観察しながら歩く。

私の部屋から見える中庭はこの屋敷のメインの庭らしく、雑草など一本も見当たらないくらいにしっかりと手入れされている。

噴水を中心にコキアで道を作り、バラのアーチや蔦の絡んだ東屋を配置しており、ロマンチックというかメルヘンチックというか、いわゆる女性向けに整えられていた。

正直、私の趣味ではない。

趣味ではないが、お客様をもてなすための貴族屋敷の庭はこんな風なものだと理解している。

珍しい品種のバラを横目に生垣の切れ目を見つけて近寄ると屋敷の裏に続く道を見つけた。

「ふふっ、大正解。」

 声を弾ませた私は迷う事なく生垣の切れ目へと歩を進めた。

これだけの中庭があるのだ、きっと多くの貴族家と同じように裏庭もあるに違い無い。

小石一つ計算されて置かれているような中庭に比べると雑然とした印象の小道を進みながら、私は歩くほどに嬉しくなった。

実家の庭に似ていたのだ。

ひいおじい様が住む離れは裏庭を通って行き来するようになっていた。

手入れが甘い裏庭は、逞しく自由で、毎日歩いても飽きなかった。

私はひいおじい様も実家の裏庭も大好きで彼が生きているうちは毎日毎日離れに通っていた。

ひいおじい様が作っていた小さな畑も好きだった。

雑草だらけで、でも不思議とそこで取れる野菜は美味しかったのだ。

おじい様は土いじりをするひいおじい様に呆れていたし、父は貴族の家に畑がある事を恥じていたようだが、私からすると数少ない自慢の一つだった。

小さな頃を思い出しながらも私は屋敷に沿って作られている小道をサクサクと歩き、建物の角を曲がって息を飲んだ。

ひいおじい様が作っていたよりも、遥かに大きな畑がそこにあったのだ。


裏庭の木々の間にひっそりと隠すように作られていたひいおじい様の畑と違い、十分な陽当たりが確保され、広々とした畑には数十種類の野菜が植えられている。

一番手前、添え木されたトマトの苗だけみても丁寧な摘芯の跡があり、野菜づくりに精通した人物が作っている畑だとうかがい知れた。

「よく手入れされてるわ。」

私は畝を崩さぬように慎重に畑に入り、土をひとかけ摘んで満面の笑みを浮かべる。

黒くてふかふかで野菜づくりは土づくりというのが口癖のひいおじい様が喜びそうな土だと思った。

予想よりも遥かに自分好みの裏庭にニンマリと笑う。

トマト、キュウリ、ナスにオクラ、夏野菜のまだ頼りない苗がどんな花より可愛く見える。

スカートの裾が汚れるのも構わず、しゃがみこんで畑の様子を見ていると、

「誰だ?」

 不意にそんな声をかけられだ。

「あ、はい。おはようございます。」

 振り返った先には料理人の服を着た厳ついおじさんが立っていた。

「見ない顔だな。」

「はい。昨日ここに来ました。」

「昨日ってと、新しい奥方様の……?」

「……はい。」

 その奥方様本人なのだが、いかんせんまだ奥様呼ばわりに慣れてないせいで恥ずかしく、適当に濁して返事をした。

相手は私を侍女か何かと勘違いしたまま大きくうなづくと畑を荒らすなと注意しに来たのだという。

「旦那様が手塩にかけてらっしゃる大事な畑だからな。」

「まぁ、旦那様が…?」

私はカルロス様の畑だと教えられて驚きと嬉しさに微笑んだ。

一緒に手入れをしたいと言ったら迷惑だろうか?

そんな私の様子に、コックのおじさんは変なものを見たというような顔をしてから、朝食用の野菜を収穫し始めた。

残りわずかになったほうれん草が青々と大きな葉を広げている。

「私もお手伝いさせていただけませんか?」

そう声をかけると、もう一度変なものを見るような驚いた顔をした。

「畑に興味があるのか?」

「実家の庭に小さな菜園がありましたの。」

「良いところの御嬢さんだろうに変わっているな。」

そういいながら、手伝いをさせてくれた。

食べる分だけ収穫するという言葉通り、小さなザルに少しずつ、数種類の野菜をのせると辺りに青々としたそれでいて瑞々しい匂いが広がる。

「ほんとうに手馴れているんだな。」

最初はぶすっとした表情で現れたコックのおじさんも、収穫を終えるころには目を細めて微笑んだ。

「とても楽しかったですわ。また手伝わせてください。」

私がそういうと、おじさんは笑顔でうなずき畑を後にした。

その背中を見送ってから、私は辺りがすっかり明るくなっているのに気づき、いそいそと部屋に戻った。


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