伯爵様は戸惑っています
カルロス視点➡️スカーロイ視点 です。
「お待たせいたしました。」
鈴の鳴るような声がして振り返ると、エレノアが全員に向かってゆったりと淑女の礼をとった。
「お先にいただいております。」
今日の客人である城から派遣された護衛の騎士たちは着席のままそう返事をし、証拠とばかりにエレノアに向かって小さなグラスを掲げている。
私はエスコートのため、席を立ってエレノアを迎えに行く。
「これはまた、見事な……。」
真正面から彼女を見て、その姿に思わず見惚れてしまう。
彼女の着ている紺色のドレスは私が用意したものだ。
Aラインというらしいシンプルなシルエットのドレスだが、余計なデザインが無い分、彼女の肢体のしなやかさがよく映えている。
長いスカート全体に金糸で施された緻密な刺繍と、肩を包む幅広のリボンが背中の真ん中で結ばれるデザインで華やかでありながら可愛らしい。
我ながら良い買い物をした。
これだけ似合ってくれるのならば、ジニーにせっつかれながら、せめて一着……と慣れないドレス作りに右往左往した甲斐がある。
美しい金髪は左側だけ頭に沿って編まれ、右の胸元にまとめて垂らされていて、片方だけ露わになった左耳では大ぶりのイヤリングがエレノアの動きに合わせて揺れている。
髪もイヤリングもキラキラとシャンデリアの光を反射して輝いていて、さながら月の精のようだ。
「あまりに美しいから、月夜の妖精が迷い込んだのかとおもったよ。」
年の功なのか、考えずとも褒め言葉が口をついて出てきた。
私の手放しの賞賛にうっすら頬を染めて恥じらいながらも嬉しそうに微笑む姿は何とも愛くるしく、抱きしめたいような気持になっている自分に驚く。
いやいや、彼女のことはスカーロイに譲ると決めているではないかと自分で自分に突っ込んでいると、ゴホンとわざとらしい咳が聞こえた。
クルスが器用にも無表情で私を睨んでいる。
私は気を取り直して、エレノアに手を差し出す。
そっと置かれた小さな手は柔らかくて、撫でたい衝動を抑えながら軽く握り返した。
先ほどからドクドクとうるさいのは、私の心臓なのだろうか。
晩餐会は終始和やかに進んだ。
エレノアは旅の安全を守ってくれた騎士達一人ひとりに、丁寧に礼を言っている。
騎士たちはエレノアのその初々しい様子を愛でながら、大いに飲み食いした。
私は不自然にならない程度に時々エレノアに視線を向ける。
彼女は目が合う度に、ふんわりと頬を染めながら微笑みを返してくれる。
そこには私への嫌悪感はもとより、年寄りに嫁ぐ悲壮感も無い。
野心も媚も無く、ただただ好意的に向けられる笑顔に喜びと同じくらい戸惑いも感じる。
きっと、嫁ぐことが決まった時に、夫婦として良い関係を築こうと決意してくれたのだろう。
その前向きなところが眩しく、そして心苦しい。
私は最初から、彼女と夫婦として絆を深めることなど諦めているのだから。
きっと、スカーロイと引き合わせることが、罪滅ぼしになるに違いない……そう、自分に言い聞かせて心の平静を保つ。
彼女がスカーロイと出会ったら、このような手放しの好意が私に向くことは無くなるのだ。
この胸をかすめる一抹の寂しさは無かったことにするしかない。
ゆっくりと食事と会話を楽しみ、そろそろシガータイムにうつろうかという頃、クルスがスカーロイの到着を知らせる。
その前触れに私が肯くと、
「お食事の途中にすみません。」
と言いながらスカーロイが入ってきた。外出着のまま慌ててやってきた彼に騎士たちもエレノアもきょとんとしている。
「皆さん、紹介します。彼は私の養子で後継として勉強中のスカーロイです。本日は同席予定でしたが、このような時間になってしまい失礼しました。」
「スカーロイと申します。以後お見知りおきを。この晩餐会を楽しみにしていたのですが、屋敷に帰る途中で少々ハプニングにあいまして、遅れてしまい申し訳ございません。」
スカーロイは丁寧に頭を下げた後、衛達が彼を許すと示すためにうなづくのを見渡してから感謝をこめて微笑んだ。含みの無い人当たりの良い笑みに、護衛達から初対面の緊張感が霧散していく。
もともと、茶髪に茶目のこの国に一番多い色彩と人好きのする柔和な顔立ちのスカーロイは人の輪に入るのが得意なのだ。遅刻にもかかわらず、特に違和感なく場になじみ始める。
「スカーロイ。そろそろシガールームへ移動しようとしていたのだ。」
「そうですか、ではシガータイムはご一緒させていただいてよろしいでしょうか。」
「あぁ。」
私が肯くとスカーロイははじめてエレノアに顔を向ける。
「こちらが……?」
「あぁ、紹介しよう。こちら、エレノア・クロック伯爵令嬢だ。」
「はじめまして、スカーロイと申します。」
「はじめまして、エレノアでございます。」
スカーロイはエレノアと視線を合わせてニッコリと微笑んだ。
エレノアはじっと彼と視線を交わすと一拍置いてからさっと顔を赤らめ、恥ずかしそうにうつむくと上目遣いでスカーロイを見た。
そして微笑みを絶やさない彼に気づくと、困ったように笑うのだった。
その一部始終を目撃した護衛たちは、衝撃を受けたかのように瞠目し、次に苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、最後に気まずげに私を盗み見た。
下賜姫が後継者に横恋慕などと想像しているのだろうか、血の気が引いている者も居る。
貴方の想像しているような修羅場にはならないよと教えてあげたいくらいだ。
私はというと、何も悟らせないよう笑顔を浮かべ、義理の息子と新しい妻の初対面を見守っていた。
ここで変に動揺でもしようものなら、あっという間に根も葉もない噂が広まってしまうのだ貴族社会だ。
スカーロイとエレノアの事は極秘に進められなければならない。
その一方で、エレノアが見せた劇的な頬の染まり方に、あぁやっぱりと少し落胆を含ん納得する自分がいる。
私を相手にはとても見られなかっただろう鮮やかな変化は、彼女がスカーロイへ好意をもったことを表しているのだろう。
全ては自分の計画通りだというのに、少しの満足感も得られなかった。
☆★スカーロイ視点★☆
確かな手ごたえを感じられずに、俺は心の中で小首をかしげた。
自分の笑顔が女性に対する武器になる事くらいわかっている。
叔父さんは知らないが、24歳の健康な男がいくら忙しいからといって女日照りでいられるはずがない。
時間を見つけてはそれなりに男女関係に身をやつしてきた。
自分の笑顔の威力を正しく理解して下賜姫に送ったのだ。
叔父さんの計画に否やは無い。
彼女を一目見て、合格だと思った。
絵姿と遜色ない美しい姫だ。
鮮やかな金色の髪は豊かでさわり心地がよさそうだし、理知的な青緑色の瞳はくるりと大きくて可愛らしい。
華奢な体には似つかわしくない、大きめの胸も好みだった。
早速下賜姫との仲を進展させようと決意し行動を起こしたのである。
だが、不思議な程に手ごたえが無い。
「こんなに美しい姫を娶るだなんて、叔父上がうらやましい。」
「まぁ、お上手ですこと。」
「本心ですよ。私とも家族になるのですから、もしよろしければスカーロイとお呼びください。」
「……ありがとうございます。私のこともどうぞエレノアと。」
名を呼び合う約束を交わすと、彼女は微笑みを向けてくれる。
見た目だけなら自分に興味を持ったように思うのだが、何だかしっくりこない。
彼女はこちらをみて派手に頬を染めているにも関わらず……だ。
俺はエレノア様を見つめるのをやめて第一作戦失敗だなぁと独りごちた。




