伯爵様はつかまっています
伯爵視点のエピローグです。
「納得がいかない。」
スカーロイが庭の一角に置いた白いテーブルに頬杖をついてふてくされている。
「まだ言っているのか。」
私はそんな彼の様子を横目で見ながら気の無い返事をした。
「何もしていないのに、恋すらしていないのに、なぜ僕はフラれているんでしょう?」
「それは、もう何度も謝ったじゃないか。」
スカーロイは一度も口説けもしないまま、計画が失敗に終わってしまったことに納得できないようだ。
「叔父さんと僕を比べて、叔父さんの方が男として魅力的だったってことですよね?30歳近く年が離れているのに。男盛りの僕が枯れかけの叔父さんに負けたなんてっ!!」
しくしくとわざとらしくウソ泣きをしている義息子に言葉をかける必要はないだろう。
エレノアの意向を聞いて、結局スカーロイとの悪巧みは日の目を見ないままお蔵入りとなった。
彼女が私で良いと言ってくれるから、私の否やはどこかへいってしまった。
照れながらも少しずつ距離を縮めてくる新妻が可愛くて可愛くて、あっと言う間に彼女に夢中になった。
がっついて引かれるような事にはなっていないのは、偏に年の功だろうか。
クルスやなんかは口うるさいけれど、甘え慣れてない彼女を甘やかすことが、これからの私の生きがいになりそうだ。
「旦那様、支度が整いました。」
エレノアの侍女が私を呼びに来る。
それに応えてエントランスに向かうと、エレノアが待っていた。
白いドレスに身を包む彼女はさながら白バラの妖精のような美しさだ。
ふわりと膨らんだスカートは可愛らしく年齢以上に彼女を幼く見せてしまいそうなものだが、首や腕を包む気品あふれるレースが艶やかで、大人の色香もほんのりと漂わせている。
輝くレモンイエローの金髪を低い位置で結い上げ、カスミ草と白バラを髪飾りにしているのも絶妙なバランスだ。
人妻としての気品と若い瑞々しさを感じさせる装いに私は手放しで賞賛の言葉を贈る。
それに恥ずかしそうに礼を返す表情など、他の男に見せるのが惜しいと思う。
着飾った美しさだけではない。
ここ数か月で、立ち姿が見違えるように美しくなった。
ある程度で良いと言っているのに、彼女が貴族の夫人に必要な事柄を貪欲に学んでいるからだ。
「あぁ、とてもきれいだね。エレノア。」
褒め足りなくて、もう一度だけと言葉を重ねると、腰を抱いて目元にキスを落とした。
くすぐったそうにはにかむ彼女を愛でていると、見つめあう私達を邪魔するように、後から来たスカーロイがエレノアの手をとって指先に口づける。
「エレノアさん、今日も素敵ですね。」
「ありがとうございます。」
挨拶以上の事はせず、スカーロイがさっと手を放すのを確認しながら私はエレノアの表情を盗み見る。
スカーロイを見つめる時、エレノアの頬に紅がさすのはいつものことだ。
知らない者が見たら、気まずげに私を窺うのだが、私は全く気にしない。
年の功ではない。
あれは、若かりし日の私に思いをはせて頬を染めているのだと、もう知っているからだ。
3人でエントランスに並ぶ。
私の隣がエレノア、その隣がスカーロイの順だ。
スカーロイはいつもの軽薄さを隠してピッと背筋を伸ばしている。
彼も、私の結婚を受けてそろそろ本気で嫁さがしを始めたいのだろう。
今日は私とエレノアの結婚披露の小さなパーティーを催すのだ。
ほとんど親戚ばかりの集まりだが、スカーロイは久しぶりに出会い――もしくは再会――の場と思って臨むらしい。
程なくゲストが到着するだろう。
最終チェックというようにエレノアは私を上から下まで眺めてから、ネクタイを微調整してくれる。
「君とこうして結婚披露することになるとはな。」
「……後悔なさっておいでですか?」
「まさか、後悔などする訳ないよ。逆に……君は後悔していない?」
「もちろんです。」
エレノアは私のネクタイの形に満足したらしく、隣に戻ると腕に腕をからめた。
はじめはずいぶん遠慮がちだった彼女も、最近では自然と私に触れてくるようになった。
「君がこんな爺さんに嫁がなくていいようにと悩んでいた日々がもう懐かしいよ。」
「私はカルロス様が良かったのです。嫁いだのですから、ちゃんと捕まえていてください。」
「あぁ、もちろんだとも。」
私達の会話にスカーロイが無表情で砂糖を吐いているが、これもいつものことなので気にしない。
「カルロス様、どうかずっと側にいて下さいませね。」
「もちろんだよ。」
「他に目を向けては嫌ですよ。」
「あるはずないだろう。」
クルスの咳ばらいが聞こえてくるが、妻との甘いやり取りを止める効果は無い。
互いの愛を確認するためだけの会話はきっと周りで聞いている者の気力をガリガリと削っているのだけれど、仕方ないとあきらめてもらおう。
私達は新婚で、今日は結婚披露のパーティーなのだから。
「私はいつの間に君につかまってしまったのだろうね?うまく逃げられると思っていたのに。」
馬車の止まる音を聞いて、居住まいを正したエレノアに小声で問いかける。
まぁと面白そうに声を上げると彼女はおもわず見惚れるほど艶然とした笑みを浮かべた。
「まさか、逃がしませんよ?」
あぁ、つかまってしまったと例えようのない満足感が胸の中にひろがっていく。
それと同時に、玄関の扉が開いて寿ぎが我が家にあふれだす。
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