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鏡の国のバカ  作者: 阿部ひづめ
鏡の国のバカ
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1993年1月10日~12月26日

1993年 1月10日


 志保がすぐに逃げる。あの子には本当に困った。

 運動能力のテストをするまでもなく、彼ならオリンピックの各部門で一等賞がとれるだろう。なぜなら普通の人間は、ジャンプだけで屋根の上に登ったりしない。




1993年 1月11日


 秀介に、志保を叱ってくれと提言。笑われた。元気で良いことじゃないか、だと。ふざけている。怪我でもしたらどうするんだ。

 対策として部屋で遊べるおもちゃを買った。しかし、効果なし。三歳児向けの積み木は放置され、目を離したすきに私のパソコンで遊んでいた。ここに飛ばされて以降の天体観測データが、すべて吹き飛んだ。


 まあいい。まあいいと書かないと、日記を引きちぎりたくなるので、まあいいと書く。

 志保の常人離れした能力は、検体番号一の遺伝子が関係していると仮定。

 おそらく彼は「進化」したのだ。傷ついた身体が、世界に適応しようと変化するように。彼は鏡面を超え、肉体と精神が分離した瞬間に、より素晴らしい生命体へと進化した。


 奇跡的だと思う。感動もしている。一刻もはやく元の世界で発表したい、と以前ならば考えた。

 だが研究対象として、志保を引き渡すのは嫌だ。


 困った。こんなつもりではなかった。

 

 パソコンの後ろが開いていると思ったら、また志保が部品をとって遊んでいた! 

 本当に参った。彼にふさわしい遊びを考えなければ……。


 


1993年 1月15日


 秀介が怪我をした。志保とボール投げをしていて、返ってきたボールを受けそこなって打撲。本当に馬鹿ではないかと思うが、志保が泣くので、秀介には注意するようきつく言っておいた。


 志保はまだ泣いている。自分のせいだと思っているようだ。

 


 

1993年 1月16日


 大変な一日だった。

 志保が家から消えてしまったのだ。二人で探しまわったら、大橋のたもとにしゃがみこんでいた。

 彼は、私たちが血縁でないことをすでに理解していた。正直驚いた。彼は西洋人の外見をしていて、私たちはアジア人だ。外見上の特徴の違いはともかく、血縁ではないと若干三才で理解するとは考えていなかった。 

 彼には、きちんと私たちが家族であることを説明した。利口な子だ。


 今さらだが、あのとき赤ん坊の彼を抱いていて幸運だった。




1993年 3月14日


 めちゃくちゃ気分が悪い。




1993年 3月20日


 吐き気がおさまらない。秀介が、泳ぐのを止められないマグロのようにうろうろしている。正直うっとうしい。志保がめそめそしている。私が死ぬと思っているようだ。かわいい。




1993年 3月21日


 あんまりにも吐き気が続くので、病院へ行った。

 妊娠一カ月だそうだ。理解不能。




1993年 3月23日


 秀介と話しあった。志保に起こった現象と同様の効果が、私の身体に発生したと考えることにした。

 つまり、不妊が治療されたのだ。


 この世界に神様は不在だ。不在なりに、礼を言ってやってもいい。

 家族が増えると志保に伝えると、驚いていた。アメーバみたいに分裂するのと聞くあたり、秀介の嫌な影響を感じる。まあいい。

 とても嬉しい。




1993年 7月2日


 徐々に腹が張ってきた。

 最近食欲が止まらない。気づくとなにか食べているので、不安になる。




1993年 10月14日


 志保が料理をしていた。包丁を持っていたので止めようとしたのだが、きちんとサラダを作った。彼は良い兄になるだろう。絶対。

 秀介は私の代わりに、日に日に不安になっている。彼を見ていると面白い。部屋がマタニティブルーだ素晴らしい父親だの本でいっぱいだ。いい加減安心してほしい。




1993年 12月13日


 世の妊婦は、あんなに大きな腹をして、いかに生活を送るのだろうと思っていたが、案外大丈夫だった。というより大丈夫になる。ここまで来ると腹がすわる。まさに。


 なにかと動きたくなる。私が元気でなければ、という気分。腹の中から、けしかけているのかもしれない。

 最近は志保のほうが夫のような振る舞いをする。さっと椅子を引くし、重い物を率先して持ってくれる。秀介はすっかり心配の虫になってしまった。


 早く会いたい。

 



1993年 12月26日


 昨晩、女の子が産まれた。

 よかった。いま横で眠っている。かわいい。本当にかわいい。

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