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鏡の国のバカ  作者: 阿部ひづめ
眠れる男の夢
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愛の行く先

 飛行場に光があふれた。ナオコは、あまりの眩しさに目をつむる。だれかが肩を支えてくれた。腕の強さに、顔を見ずとも分かった。

 光が徐々におさまる。それでも視界はかすんで、ちかちかとしていた。もやの中から、山田の横顔が浮かびあがる。視線がかみあう。彼は一瞬だけ目元をゆるめ、柵の向こうがわに視線をうつした。

 ケビンが横にかけつけてきて、

「なんだ、これ」と、口をあんぐりと開けた。


 飛行場に悪夢のような光景が広がっていた。白い塊が、ふつふつとコンクリートから湧きあがる。塊は各々に形をとり、獣の鳴き声をあげた。機体の横を飛びはねるカエル。ニワトリ。ライオン。ヘビ。イヌ。そして、数多の不気味な人間がいた。肌は青白く、かすかに発光している。

 まるで白い海のようになった飛行場の中央に、ぽつりとマルコが立っていた。

 彼は笑顔だった。こちらを見あげ、両手をふる。


「ナオコくん、迎えにいくからね!」


 楽しそうなこだまが、彼らの耳に届いた。

 そのとき、空に浮かんできた太陽が降りてきた。世界が終わるみたいだ、とナオコは思った。禍々しい地上の風景と対照的に、キャロルは光り輝いている。




 今度は、視界が暗くなった。

 映画のコマを早送りしたように、景色が変わる。異様な光景は、かき消えていた。すべてが夢のなかの出来事のように、なにもかも元に戻っている。

 風が強く吹いている。夕日が落ちかけて、ベンチの影が足元に揺らめていた。


 ナオコは自分を支える腕の存在に、あらためて気づいた。そして、こみあげる悲しみを押し殺すために、青年の胸に顔をうずめた。

 彼は柵の向こう側をじっと見つめていた。


「山田さん」と呼ぶと、彼はナオコの背中を優しくなで、

「よかった」と、安心したようにほほえんだ。


 その声がなつかしくて、つらかった。


「ごめんなさい」


「謝るのは、俺のほうだ。怖い思いをさせた。マルコのことを、ちゃんと話しておくべきだった」


「いいえ、違うんです」


 ナオコは顔をあげた。ほおが涙でぬれていた。すがるように、彼のジャケットを掴む。


「ぜんぶ」


「ぜんぶ?」


 彼は不思議そうに首をかしげた。そしてなにかを察すると、表情を硬くした。

 ナオコは懺悔するようにうなだれた。


「ぜんぶ、思いだしたんです」


 彼の腕が、背中から離れた。ナオコの頬を両手でつかみ、顔をあげさせる。恐怖と期待に硬直した瞳が、彼女をのぞきこんでいた。

 ナオコはその表情に、かつての面影をみた。記憶と同じ顔ではない。それでも優しいまなざしに変わりはなかった。


「……なにを思いだしたんだ」


 彼は、冷静さを保とうとしていた。


「話してくれ」


「ごめんなさい」彼女は、目をつむった。

「わたし、あなたに酷いことを」


「頼む、話してくれ。なにを思いだした」


 彼は必死だった。頬をつかむ指先に、ナオコは自分の手を重ねた。あの頃よりも、ずいぶん角ばった手のひらだった。

 胸がしめつけられる。あまりの愛しさに、溺れそうだった。

 ナオコの口が、かすかに動いた。声が青年の耳にとどくと、彼はすべての表情を失い、ついで顔をゆがめた。


 身体が、痛いほどに抱きしめられる。耳元で苦しそうなうめき声が「ナオコ」と呼んだ。抱きしめ返したかったが、できなかった。胸に宿る熱が、彼に届かない理由を思いだしてしまった。


「やまださん」


 彼は顔をあげなかった。

 遠く遠く離れていくのが、ナオコには分かった。


「おにいちゃん」


 彼はハッとして、ナオコを見つめた。そして心の底から優しく笑った。


「……会いたかった」


 頬を温かい手がなぞる。この指の熱は、彼の記憶にある幼い子供の幻影をなぞっていた。


「本当に、君に会いたかった」


 もう一度抱きしめられる。ナオコは、今度こそ彼を抱き返すことができた。目から涙がこぼれていた。

 その理由は、もはや彼女にも分からなかった。

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