とある青年の物語
「これは、1952年の話。アメリカ航空開発局に、若い才能ある青年がいた。物理学と言語学に特殊な才をもち、加えて素晴らしい想像力をもつ男だった。
彼は、二十一才の若さで、未知の超高エネルギーを探知するプロジェクトメンバーに選ばれた。下っ端だったけれど、名誉なことだった。
その年は、ちょうど国際学術連合会議で南極観測を重点的に行うことが決まった年だった。彼らは、先駆けて南極に飛んだんだ。
日夜、彼は観測をつづけた。
南極は良い場所だった。とても寒くて毎日大変だったけれど、機械がごんごん鳴る以外は、静かで、人が少ない。それにアメリカよりも、ずっと空が綺麗だった。
ある日、彼は基地の外で、機械の整備をしているときに、奇妙な音を聞いた。だれかの歌のようだった。彼は、きっとメンバーの誰かが、仕事の合間に歌っているのだろうと考えた。
次の日も、その音が聞こえた。仲間にだれが歌っているのだろう、とたずねると、そんなものは聞こえないと返された。
さらに翌日も聞こえたから、いよいよ気味が悪くなった。そのころには、それが歌ではないと分かるようになっていた。鐘の音に似ていた。一定のリズム、一定の音階を行き来する波長だ。きれいな音だった。だが、それ以上に奇妙だった。
彼は、仕事が終わったあと、その音をひそかに記録して調べてみた。そして、驚いた。その音の正体は、高度な技術を用いた暗号だったんだ。超高エネルギーを観測するために、彼らは宇宙へと波長を出していた。それを反射することで、一定の音を発生させていた。
彼の胸は、高鳴った。これは、宇宙人からのメッセージなんじゃないか……そう思ったんだ。
それで、必死でそれを解読した。その波長があらわす意味を、読み取ろうとした。
でも、そうこうしているうちに、南極を去る日がやってきた。
暗号は解けないままだった。
彼は落ちこんだ。この場に残って解読を続けたかったけれど、自分にしか聞こえない音の存在を仲間に伝えるのは、非常に難しかった。
結局、アメリカへ帰った。だけど、ずっとその音が忘れられなくて、日記に夜毎、暗号の解読法を書きつづった。
ある夜、夢を見た。
南極の夢だった。ただし、寒くなかった。暖かい南極だ。
氷のうえに立って、彼は空を見上げた。実際の南極でも、白夜を経験したけれど、それとはまた違って明るい夜だった。灰色の星がきらきら瞬いていた。オーロラなんて目じゃないくらい、息をのむような絶景がそこに広がっていた。
巨大な太陽が浮かんでいた。真っ白に燃えるからだの中心に、美しい水晶の瞳をもっていた。瞳のうちに灰色の星をいくつも抱えていた。
彼は直感した。この太陽が自分を呼んでいたのだ、と。
それで、たずねたんだ。
「あなたは何者で、なにを求めているのか」ってね。
そうすると、太陽は水晶の目をきらきらさせて、綺麗な英語でしゃべった。
「わたしはあなたとは違う何者かで、なにも求めない」と。
宇宙人には思えなかった。あんまりにも美しすぎる気がしたんだ。
だから、彼はプロテスタントであったわけだけど、
「あなたは、父なる神なのか?」って聞いた。精霊の顕現のように思えたんだ。
すると、太陽は、
「わたしは、河の向こう側」と答えた。
それで、青年は理解した。この太陽は、河の向こう側。つまり自分たちの宇宙の外から来た、何者かだと想像したんだ。
銀河団の外、ぼくたちが知覚できない、さらに上の次元にある宇宙……時間のない宇宙から来た、神様に等しいなにか、そうだと思った。
そんなことを考えていると、太陽が、ふいに綺麗な声で、
「あなたたちは滅びる」と、告げた。
びっくりして「どうしてか」と、彼はたずねた。
すると、太陽は夢のなかで、恐ろしい風景を見せた。
それは、キューバ島に設置されたソ連のミサイルだった。
カリブ海に展開する、巨大な鯨の群れのようなアメリカの海軍艦艇だった。
青空の下で発射を待つ弾道ミサイルだった。核爆弾を搭載した戦略ミサイル原子力潜水艦だった。
真っ黒になった木曜日が、彼の目の前を通過していった。すぐに真っ赤に染まるだろうことは、見なくても分かった。
後に分かったことだけれど、それは十年後、1962年にアメリカとソ連の間で起こる核戦争危機を予知したものだったんだ。
心底恐ろしくなって、彼は、
「滅びを回避するためには、どうすればいいか」と聞いた。
太陽は聡明だった。
「滅びを回避するのではなく、滅んでも再生するようにすればいい」って言ったんだ。
ねえ、ナオコくん」
ナオコは、ハッと顔をあげた。まさに、夢から覚めたような心地だった。
話にすっかりのめりこんでいた。
「は、はい」
「舞台って観る?」
マルコは、にこにことしていた。
「劇団四季とかは、たまに」
「そっか。じゃあ、神様役が、上から吊り下げられて出て来るシーンとか見たことあるでしょ。あれ、なんていうか分かる?」
「ええっと」
ナオコは、首をひねった。
「アニメとかでも、たまに出て来る」
と、アドバイスをされる。
「デウス」
「でうす?」
「デウス・エクス・マキナね」
彼はテーブルに肘をつき、甘い飲み物を一口飲んだ。満足そうにため息をつき、話をつづける。