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鏡の国のバカ  作者: 阿部ひづめ
眠れる男の夢
133/173

ナオコちゃんは文章が下手

 知らない鳥の声がした。ちちち、と数匹鳴いている。

 中村ナオコは、布団のなかでそれを聞いた。掛け布団をめくって、上体をあげる。カーテンの隙間から、あたたかい光がもれていた。

 携帯で時間を確認すると、もう九時半だった。集合時間が遅いとはいえ、少し寝すぎた。

 ベッドから降り、寝室を出る。あくびをしながら、片手間でテレビを点ける。今日も暗いニュースばかりだった。米中貿易戦争、エルサレムを巡るデモ、EU離脱問題……。

 ナオコは、いつもの通りコーヒーメーカーの下にカップを置き、スイッチを押した。ロールパンを袋から出し、少しだけトースターで温める。朝食を皿に乗っけて、ソファにすわった。パンをほおばりながら、厳めしい顔をしたコメンテーターの話を、なんとなく聞いた。


「……世界を動かすのは、正義ではありません。叫びです。悲鳴です。いつも虐げられ、無視されている者たちの声なのです」


 暗雲ただよう世界情勢にたいして、彼はそう批判した。


「なるほど。それでは、われわれの正義とはなんなのでしょうか? 弱者の声を聴き、行動することなのでしょうか?」進行役の男性が、たずねる。


 すると、コメンテーターは、首を横にふった。


「それは傲慢な考えです。なによりも大切なのは……われわれが、彼らと同じ立場になるのは、時間の問題であると知ることです。いつ何時、今日中にでも、世界が変わるとも分からない。それを心に留めて行動しなければ……」


 ナオコは、ふんふんとうなずいた。最もらしいことを言っている気がした。

 ソファから立ちあがり、皿を洗う。そのあと、歯を磨いて顔を洗った。そのあと、しばらく本を読んですごした。せっかくブックカバーをもらったので、読書習慣を身につけようと思っていたのだ


 十一時になった。支度を整えて、玄関を出る。すぐに、冬の朝がもつ良い匂いがした。生臭さのない、すっきりした空の匂いだ。

 すがすがしい青空が見えて、ナオコは目を細めた。なぜか、山田のことを思いだした。昨日、あれほど拒絶されたにもかかわらず、不思議と心はおだやかだった。

 エレベーターに乗りこみ、携帯をポケットから出す。

 あらかじめ用意していたメールの文章に、ざっと目を通す。

 それは昨晩、帰宅してから書いたものだった。たっぷり三十分ほどかけて文章を考えたのだが、すぐには送らなかった。少し時間を置いて、内容を見直したかったのだ。


 思えば、彼にメールを送るのは初めてだ。

 ひとりで、くすりと笑う。たしか、バディを組んだ当初、メールは嫌いだと念を押されたのだ。せっかちなきらいがあるので、すぐに意思確認がとれる電話を好むのだろう。


 送信ボタンに、人差し指をかざす。何回かまばたきをする。エレベーターが、一階についた。光が彼女の顔にふりかかる。ふ、と笑って、ボタンを押す。


 メールの内容は、以下の通りだった。




 山田さんへ


 昨日は、急にお邪魔してすみませんでした。

 お話したことは、全部本当です。

 山田さんがわたしを信頼してくれていることを、まだ信じています。

(仕事以外では、と言ったことも覚えています)

 わたしも、山田さんを信頼しています。

 驚かせてしまって、本当にすみませんでした。

 どうか、これからもよろしくお願いします。


                           中村ナオコより



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