第八話 花屋のヒマ
「あ~、ヒマですね。 こんなにイイ天気なんですけどねぇ」
その日、優は何度か目になる独白を漏らした。
今日は月に一度は必ず来る、全くお客さんが来ない日であり、開店して以来この日が来なかったことは一度もない。
「あ~、ヒマですね。 組長の仕事もさっさと終わらせてしまいましたしねぇ。 しかし、まさかあんなに儲かるとは思いませんでしたけど」
そう感嘆に満ちた声で言うのも無理はない。
なんせ、組長から依頼された仕事の大きさはとんでもなく、花屋「ギフト」のおよそ半年分の収益にあたる利益だったのだ。
これなら、何日か旅行に行っても、別に仕事には差し支えないのだが……。
「でも、一人旅ってのもねぇ。 どうせなら、誰かと一緒に行きたいですしねぇ」
誘えば付いてくるような女性が彼の周囲にはたくさんいるのだが、それを彼が気付くかどうかはこの先、一生訪れることはないだろう。
お客さんが一人もいないので、接客ができずヒマなので、店先の花の手入れでもしようかと、腰を上げる。
奥のカウンターから出て、水撒き用のホースを手に取り外に出る。
「あ~、やっぱり、いい天気ですねぇ。 家の中にいるのではなく、どこかに遠出したい気分ですね」
伸びをしながら、そう呟き、鼻歌交じりに水を撒く。
誰もいない道に水を撒いてたら、後ろからだれか近付いてくる気配がした。
剣術をある程度修めたので、多少の気配は読める。
「優さんっ!」
その声と共に、後ろから伸ばされた手に目を覆われる。
「フフッ、優衣さん。 甘いですね、バレバレですよ」
後ろから接近してきた気配の主、美紀の店で働いてる鷲目 優衣に声をかける。
「えぇ、バレてたんですか!? やっぱり、優さんはスミに置けないわね」
「そんなこと無いですよ。 それで、今日はどういったご用件で?」
悪戯っぽく妖艶と微笑む優衣に、朗らかに笑いかけ、用件を聞く。
「特に、これといった用はないわよ。 ただ、普通にこの店に来たかったから来ただけよ」
堂々と、ライバル店である「ギフト」に来たかったから来たという部分におかしみを感じ、笑い出す優。
「アハハ、面白いですねぇ。 そんなに堂々と言ってしまうと美紀さんが怒るのでは、ありませんか?」
「いいのよ、別に。 あの子は、少し堅いトコロがあるからねぇ。 私ぐらいが丁度良いのよ」
優の心配を素っ気無く砕く優衣。
そして、店の中に入ろうとする。
「あぁ、ちょっと待ってください。 もう、お店閉めるので、中でゆっくりとお茶でも飲みませんか?」
手に持っていたホースの水を止めて、そう提案する優。
既にシャッターに手を掛け、閉める用意をする。
「え? でも、閉店まで、まだ時間あるんでしょ?」
「いえ、今日はもうお客さんは来ないと思うので大丈夫です。 それに、明確な閉店時間を決めてる訳ではないですし」
まだ3時なので、閉店の時間を早めてもらうことに申し訳ないと思い遠慮を見せる優衣だが、なんの迷いもなくシャッターを閉めながら言う優。
それに、開店時間を決めてないというのはホントで、店の看板はもちろん、シャッターにも何も書いてない。
開店時間や定休日も何も書いていないのだ。
「あ、ホントに閉めちゃうんだ。 ……じゃあ、お言葉に甘えて」
何の未練もなく、閉めてしまう優を見て、少し嬉しそうに言う優衣。
「はい、ではこちらに来てください」
そう言って、裏の勝手口に優衣を誘う。
「せまいですから、気をつけてくださいね」
「あ、はい。 わかりました」
注意のために声をかける優に、素直に頷く優衣。
この間、美咲を通したときは花を抱えて、そこまで気を配れなかったが今はホースしか持ってないので、ちゃんと声を掛ける。
勝手口から店の中に入ると、優衣はこの間の美咲と同じように、興味深げに周囲を見渡している。
「何をそんなに眺めているのですか?」
その様子を見ながら、優はこの間と同じコトをしている優衣にこの間と全く同じ質問をする。
勿論、どういう反応をするか確認したいので、故意に質問したのだ。
「うーん、なんか新鮮だなぁと、思ってね。 ほら、いつもは前からしか見ないじゃない?」
「そ、そうですかね? 私はいつも見ているので、分かりませんけど」
ほとんど、同じコトを言うので、笑いを堪えつつポーカーフェイスを装いながらそう言う。
少しつっかえながらだったが、幸い気付かれなかった。
「そりゃ、そうでしょうよ。 優さんの家なんですから。 で、階段があるってコトは上は倉庫ですか?」
(なんで、皆さん、2階があると倉庫だと思うんでしょうかね……。 けっこう、キレイにしてるつもりなんですが、なぜ倉庫に見えるんでしょうかねぇ)
この間の美咲と同じことをまた言う優衣。
「いえ、違いますよ。 上は私の家ですよ」
「えっ!? そうなの? てことは、家に上げてくれるって言ってくれてたんですかっ!?」
少し落胆しながら告げる優に、驚いた様子で目を輝かせながら言う優衣。
「ええ、そうですよ。 倉庫なんかで、もてなししませんよ、私は。 さぁ、どうぞ上がってください」
笑いながらそう言い、靴を脱ぎ、階段を上がっていく優。
「あ、おじゃまします。 鍵はかけますか?」
入ってきて、優が鍵を閉めてないことに気付き、それを聞く。
「あ、お願いします。 まぁ、誰か入ってきても、特に何もないんですけどねぇ」
呑気にそう言う優に、笑いながら鍵を閉め、階段を上がる。




