3月
「やあやあやあ。今日でこの校舎ともお別れかー。長かったね」
「先輩は留年しているから人より一年長いですからね」
「留年したお陰で後輩ちゃんといちゃらぶ出来たから、結果おーらい」
「へー」
「後輩ちゃんが三年目にしてスルーする技術を覚えた!?言ってて気付いたけど、スルーするって駄洒落臭くない!?」
「卒業式も変わらずうるさいですね」
「うるさくないと、僕らしくないでしょん」
「ですね」
「どっちにしようが教室もうるさいから変わらないよ。根性の別れでもないのにぎゃんぎゃん泣いて、写真撮って、思い出作って何が楽しいのか分からないけど」
「そういえば先輩は二回目の卒業式でしたね」
「いえす。去年も卒業生としてあの席に座ってたよ」
「だけど、卒業できないので先輩だけ名前が飛ばされてましたよね」
「いやー、周りの視線が痛かった」
「今年は呼ばれて良かったですね。先生方も、卒業式で先輩の名前を聞けて嬉しかったと思いますよ」
「僕らの同好会の顧問の先生も喜んでたよ。あと、留年してもお前ほど図々しいヤツは見たことがないってさ」
「普通、留年した人が部活を続けるはずありませんからね。上からも禁止されたと思うんですが」
「まあ、細かい話はこの卒業式にはいらないのさ。短い三年間を振り返ろうじゃないか」
「最終回みたいな口振りで……どうせ終わらせないんでしょう?」
「もちろんさ。僕は後輩ちゃんと永遠に一緒にいるんだからねー」
「はいはい。勝手に言っててください」
「そもそも出会いはこの部活だったよね。三年前から変わらずこの古くさーい教材室に集まって、他愛もない話をして、帰って」
「かつ埃の溜まった普段使われない特別室です。よくもまあ、喘息にならずに卒業出来ましたね」
「生憎体は丈夫な方なんでね。だてにゴミ溜めで育った男と言われてないからね」
「初耳です。しかも先輩が言うと冗談なのか分からなくて反応に困ります」
「半分冗談っていうのも冗談にしとこうか。卒業だからって、暗い話をしたい訳じゃないんだし」
「他の生徒みたいに鼻水なしでは語れない話など、私達の間柄にないでしょうに。これ以上話すネタはあるんですか?」
「うーむ。そういえば、特にない。実際、毎日学校で顔を合わせていた訳じゃないしね。しかも後輩ちゃんは特進コースだし」
「では、最後なので卒業証書に何か書いてあげましょう」
「わーい……って、それって普通は卒業アルバムじゃないの?コメント欄が設けられてるよね?しかも、最後じゃないよね?え。最後にする気なの?」
「うるさいです。ほら、さっさと貸しなさい」
「……はい」
「…………今更ですけれど、卒業証書で初めて先輩の名前を知りました」
「わお。確かに名乗らなかったしねー。ま、別に名前なんて親がつけた僕の番号みたいなもんだし、気にしなくて良いよ。いつも通りに『先輩っ!』って呼んでくれればいい」
「……語尾にはーとがつきそうな呼び方はしたことないですよ」
「あれ、そうだったっけか」
「どうぞ」
「ありがとう。どれどれ? ……おー…………、これって糸ミミズかい?知らなかったなー。後輩ちゃんって糸ミミズが好きだったんだ」
「……先輩の似顔絵です」
「え?」
「いえ、何でもありません」
「可愛い可愛いいいいいいいいいい!!!!秀才な後輩ちゃんが絵だけは壊滅的とか、何そのスペック可愛すぎるううううううう!!!!」
「うるさいです」
「けぺ」
「さて、今日はいつもよりも話したからここらで良いんじゃないですか?高校生活最後の部活も、終わりにしましょう」
「高校生活は終わったとて、僕らの関係は終わらないからね。未練はないよ」
「本心は」
「放課後にアイスを食べたり、本屋に行きたかった。それで僕が『制服デートだね』って言って後輩ちゃんの頬を薔薇色に染めさせたかった。あわよくば授業をサボって屋上で空を見ながら、お互いの将来について話し合いたかった。で、『先輩と離れたくないです……』って泣く後輩ちゃんの頭を撫でながら『離れるはずないでしょ。僕と結婚するんだから』って言って、プロポーズしたかった。更にその流れで、18禁なことに手を出したかった」
「未練タラタラじゃないですか。その十割が不可能なことですけど」
「うえー、後輩ちゃんと結婚したーい」
「どさくさに紛れてプロポーズしないでください。それではいつものですよ」
「うえーん。またねー」
「はい、さようなら」




