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 場所はとある荒野。天気は雲の多い晴れ。なだらかな崖の上に二人の考古学者がいた。

 少し湿った風が二人の髪を揺らしては駆け抜けていく。

 考古学者の一人が揺らめく銀の髪を耳にかけながら、風上を見やった。

 遠い地平の向こうに長く横たわる雲は、うっすらと暗い色を帯びている。

 それを確認して、方位磁石と地図とを見比べている黒髪(相棒)に声をかけた。


「ホラーツ、もしかしたら雨になるかもしれないわ」

「うむ。そうなったら些かまずい。この辺りは雨を防げる遺構がまだ見つかってないからなあ。今日は早めに街に戻るか、リカルダ?」

「そうね……」


 強くなっていく風に髪を弄ばれながら、リカルダはしばし考える。

 ホラーツは磁石と地図とを鞄にしまい、立ち上がる。長い付き合いだ、答えはきっと分かっていた。


「――このまま行きましょ。楽観は良くないんだけど、雨を凌げる場所は見つかると思う。勘だけど」

「リカルダの勘はよく当たるからな、大丈夫だろう」

「食料があれば、なんとかなるわ。……ちゃんとあるわよね?」

「もちろん! 今回はきちんとかくにんしたとも!」


 本当かしら、と意地悪く笑うリカルダも覗いていた望遠鏡をしまう。

 フィールドワークに必要な物のほとんどを揃えていたくせ、肝心な食料を忘れて遺跡から街へととんぼ帰りせざるを得なかった前科のあるホラーツは、慌てて背負っていた鞄の中身を見せようとするが、確認にはリカルダも付き合ったので手を振って制止した。


「今度はどんなものが見つかるかしらね」

「さて。だが、きっと研究のしがいのあるものだろうさ!」

「希望的観測すぎるわよ、それ」


 陽の光に照らされて、晴れやかに笑うリカルダを、ホラーツは眼を細めて見つめた。

 初めて出会ってから今まで、もう何度も惚れ直し、想いを告げては振られてばかりだが、やはり好きだ、と思いながら。


「どうかした?」

「いや、なんでもない。光が眼に沁みただけだ」

「そう?」


 魔術学園を卒業したホラーツは、考古学者を目指して現地調査に重きを置く考古学の専門機関の末席へ身を置いた。

 金の儲かる職ではないから、自力で調査費を工面しなくてはならない場面も多く、冒険者として働き、短期間で金を稼げるホラーツは重宝された。

 時には冒険者として金を稼ぎ、時には考古学者として現地に赴き、とそうやって数年を過ごし、苦手だからと逃げ回っていた論文を書け、注意されること数回。

 現地調査が面白いのは分かるが、と呆れ顔の上司に


「お前と同い年で、お前と同じくらい現地調査が好きで、お前より断然論文を発表しているすごい人がいるから、鍛えてもらえ」


 と蹴り出された出向先にリカルダがいたときは顎が外れるかと思うほど驚いた。

 卒業後も手紙のやり取りは続いていたが、リカルダも考古学の道を進んでいたとは露ほども知らなかったのだ。

 驚き狼狽えるホラーツを見て、ひとしきり笑ったリカルダは


「論文に眼を通してなかったの?」


 と涙を拭っていた。

 発表される論文には一通り眼を通していたホラーツだったが、著者にはてんで無頓着であったので、顔を赤くして黙り込むしかなかった。

 以来、ホラーツは論文執筆の指導を受けつつ、現地調査の相棒としてリカルダと行動を共にしている。

 同窓会では毎回ヨンナとノエルの羨望の的となり、酔って繰り出される二人の攻撃魔術を甘んじて受けているホラーツである。

 ゴーグルを互いに付け直し、崖を滑り降りていく。雨雲を素早く運ぼうとする風が、砂埃を舞い上げた。

 身体強化を全身にかけたホラーツとリカルダは、目的の場所へあっという間に距離を縮めていく。

 リカルダは笑った。

 遺跡はきっと見つかるだろう。

 かつての記憶と、現存する資料から見当をつけた場所だったが、リカルダにはそれだけではない、妙な予感があった。確信と言ってもいい。

 きっと、今回の調査で見つかるのはスピリドンの骨だろう。自称魔族の骨と一緒のはずだ。

 それを見つけた時、リカルダの中で区切りがつくのだろう。

 年々、薄くなっていく胸元の傷を服の上からそっと撫で、リカルダは笑みを深くした自分の墓参りでもしたかったのかしら。


「あーあ、前世とか忘れててくれたらもっと早く言えたかもしれないのに」

「なんの話だ?」

「なんでもない。とんでもなく遠回りしちゃったってだけよ」

「??? 最短距離のはずだが……」

「なんでもないってば! ほら、行きましょ!」

「ああ!」


 考古学者たちは荒野を行く。

 その年の末、壮絶な一騎打ちの果てに相打ちとなった伝説の勇者と魔界人の最後の地が見つかったと論文が発表され、考古学界の話題をかっさらっていった。

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