50異変
「さてさてロヴロ君、何か感想は?」
「得意げな顔が鬱陶しい」
魔法の出来、使い時は良かった。が、ここまで褒めて欲しそうな顔をされると、却って言いたくなくなってしまう。
「酷ーい。私、結構頑張ったのにー」
「そうだな、凄い凄い」
「むぅ、全然心籠ってなーい。私、悲しくて泣いちゃいそう」
「あーもう、鬱陶しい」
相変わらず距離の近いシグマを引き剥がすと、不服そうに頬を膨らませる。そして何故かその矛先は、隣に立つ教師へと向いた。
「じゃあ、モネちゃんで良いや。褒めてー」
「それ以上その呼び方をするなら、問答無用で赤点にする」
「あはは、先生目が怖ーい。そんなんじゃモテないよー?」
そこで限界が来たか、無情な拳骨が、シグマの頭上に落ちた。
小さな悲鳴を背後に聞きつつ、ジンの元へと歩を進める。傷は酷くはない筈だが、打ち所が悪かったのか、顔を顰めて座り込んでいる。
「お疲れ、良いヘイトだったな」
軽く労い『ヒール』をかけると、更に一層彼の顔が曇った。
「どうした?まだ痛むか?」
「別に治してくれなんて頼んでねえよ」
「お前、俺に絶対悪態を吐かないと会話できないのか?」
折角、良い立ち回りだったと褒めようとしていたのに、悪態を吐かれて賛辞が喉の奥に引っ込んだ。
どうにも素直に褒めさせてくれない生徒達である。
黙り込んだ空気を嫌い、傷を癒している最中だというのに、ジンは服についた砂埃を払って立ち上がった。
「まだ終わってないぞ」
「うるせえ、もう治った」
「面倒臭い奴だな。ちゃんと医務室に行けよ?」
こちらの指示には返事をせず、ラインハルトの方へと歩いていく。そして何やら議論を交わしている。どうやら、戦闘についての反省点を話し合っているらしい。
「何でそういうのをこっちに言えないかなあ。そう思わないか?」
隣のエミリーに話を振ると、疲弊したような顔で微笑んだ。
見たところ、目立った外傷はない。魔力が枯れた訳でもない筈だが、随分消耗して見える。
「大丈夫か?どこか痛むか?」
「いえ、そうではないんですが……」
そして再び沈黙。顔色は全く晴れていないが、取り敢えず戦闘は終わったのだ。いつまでも座り込んでいるのも忍びない。
「まあ、反省やら何やらは帰ってからにしよう」
そう言って差し伸べた手を、彼女は弱々しく握り返して立ち上がり、制服についた埃を払った。
「あの、ブラッドさん……」
「ん?どうした?」
「さっきの私は、ブラッドさんの目にはどう映りましたか?」
「どうって……」
戦闘中の動きが、という意味ならば、そこまで悪い動きではなかった。
「良い障壁だったと思うけど。そういう分担だったんだろう?」
「え?気付いてたんですか?」
「いや、たった今知ったよ」
「……あっ」
さらりとカマをかけたと告げると、エミリーから呆れた様な声が漏れた。
「……ブラッドさんは、時々凄く意地悪ですね」
「俺だって偶にふざける事くらいある。ユーモアのセンスは無いって良く言われるけど」
他愛のないやり取りで、少しでも気が紛れればと気を回してみた甲斐あって、表情が弛緩した。
「それで?仲間を守るための魔法が成功して、一体何が不満なんだ?」
「不満ではないんです。ただ、考えてしまうんです。私が最初から攻撃にも参加していたら、そもそもジンは怪我をしなかったかもって」
「もしそうだとしても、あいつは勝手に突っ込むだろう。気にし過ぎだって」
茶化してはみたが、空気は重い。おふざけは抜きにして、真面目に考えて言葉にする。
「別に、良いんじゃないか。一人で何でもできる訳ないんだから。どんなにその場で最適な魔法を使えても、一手で戦況を覆せるなんて、都合の良い話はない」
「……言い切るんですね」
「実際、さっきみたいな状況で攻撃に回っていたら、負傷者が殺されていた可能性もある。だから障壁自体が間違いだったとは思わない」
もしエミリーが、自分がすべき事に模範解答を求めているならば、幾つか案は浮かぶ。炎で羽でも燃やしておけば、向こうの意識も割けただろう。運が良ければ、相手が火だるまになったかも知れない。
若しくは眼前に炎を焚き、視界を奪っても良い。炎魔法は味方の位置さえ把握していれば、カバーするにはかなり適していると思うが――。
「多分、どれも向いてないだろうな」
「どうしてですか?」
「だってシャルロット、戦うの苦手だろう?」
「ッ!!」
何気なく口にした言葉に、エミリーの肩がびくりと撥ねた。気にしていたのはその部分だったか。
「上手く誤魔化せていたと思ってたんですけど、やっぱり駄目でしたか」
「まあ、今までの行動を見ていれば、何となくな。そんな事気にしてたのか」
「そんな事って……。これでも、真剣に悩んでるんですよ」
無神経な言い分を咎めるように、エミリーは唇を尖らせる。言い方は雑だったかも知れないが、攻撃が出来ないなんていうのは正常な事だ。
攻撃は極端に言えば、相手の命を奪う行為。そんなもの、慣れろというのが酷だ。彼女の苦悩は、狩りがまともに出来なかった頃の、過去の自分を想起させた。
「どんなに魔法が完璧でも、魔法を使うのは魔術師だ。そして魔術師、つまり人が完璧なんてのはあり得ない。自分ができる最大限は、必ずしも最善じゃないんだよ」
「えっと……はい……」
「今、適当に答えただろ?」
「い、いえ!そんな事は……」
視線を彷徨わせて口ごもっては、自白したようなものである。意地悪くじっと見続けていると、耐えられなくなったエミリーは観念した。
「ごめんなさい。適当に言いました」
「だろうな。まあ、俺もよく分かってないけど」
「ええっ!?あの意味ありげな顔は何だったんですか??」
「いやあ、俺もそれっぽく言ってみようかと。結構威厳あっただろう?」
「ありません!」
「ははっ。まあそうむくれないでくれ。師匠の受け売りを言っただけなんだから」
「ブラッドさんの師匠?」
「ああ。かなり変わってるけど、魔法の腕は超一流」
何せ本物のエルフ、魔術に関しては右に出る者はいない。
魔術師が完璧でないのなら、魔術を用いる悪魔はどうなのかと問えば、完璧な悪魔など、それこそ不完全というものだと、ケミィはそう説いていた。
「まあ、魔法の得手不得手も人それぞれ。なら、活きる場面もまた然りだ。だから今日の事も、あんまり引き摺らないように。ほら、さっさと帰ろう」
「あ、待ってください。もう一つだけ!」
先程とは違う、興味の色が瞳に浮かんでいる。珍しいと感じて続きを促す。
「ブラッドさんが、もし攻撃もせずに相手を撃退するなら、どうしましたか?」
「俺なら?それを聞いて、何か意味があるのか?」
「意味と言われると、好奇心としか。駄目でしょうか?」
「いや、驚いただけ」
顎に手を当て、ほんの少し思案する。コカトリスが相手である事、炎魔法を使う事を差し引いて考えるべきか。しかし攻撃せずに撃退、咄嗟に思いつくものは……。
口にしようとした瞬間、轟音が鳴り響いた。次いでコカトリス特有の不協和音、大地を抉る様な振動。
「きゃっ!」
「おっと」
転びかけたエミリーを抱き止め、モネと短く視線を交わす。鋭い視線が、想定外であると語っている。
音の方角は、ジン達が歩いて行った方向。
脳裏を過ぎる嫌な予感を、天へと撃ち上がった雷光が、確信へと変えた。ラインハルトの盾が弾けた時の様な閃光、流石に楽観視は出来ない。
こういう時は、さっさと行動へ移す。
「シャルロット、ごめん。ちょっと走る」
「えっ!?まっ、待ってください!!」
先ずは目の前の生徒の安否を確保する。抱き抱える形で持ち上げる。エミリーは赤面しているが、構う暇はない。
「ブ、ブラッドさん!?あの……」
「黙った方が良い。舌を噛むよ?」
口を噤ませ、足元へ『ブースト』の魔法陣を描く。急行すべくそれを踏みつけた瞬間――。
「ぐぇっ!!」
襟元を掴まれ、首が締まった。体勢を崩したまま空中へと投げ出された先に、モネの姿が映った。
「加速するなら先に言え!」
「いや、なんで俺が怒られるんですか?」
逆ギレに近い理不尽な言い分を口にしながら、モネは器用に箒に跨った。どうやら、初速を確保する為に、俺の魔法に便乗したようだ。
それ自体には文句はない。だが贅沢を言えば、後ろにそっとシグマを乗せるその優しさを、ほんの少しでもこっちに向けて貰いたいものだ。
「それで、どうなってるか予想できますか?」
「考えられることは、コカトリスの暴走か何かだが……そんな事は過去に一度も」
「何らかの事故、でしょうか?」
「分からん。だが原因が何にせよ、私達は生徒の安否を最優先に動く。良いな?」
「了解です」
なら、次にやるべきはと、視線を腕の中で身を強張らせている少女に移す。
「シャルロット、大丈夫?」
「は、はい。なんとか」
未だ加速した衝撃から立ち直れていないエミリーに、はっきりと告げる。
「もし戦闘が起こっていたら、さっきの答えを見せるよ」




