49当日
「ひいっ!も、もう無理です!」
コカトリスの爪が逃げ惑う生徒の障壁を貫くと同時、一人の女生徒がギブアップの声を上げた。
五人一組でかかった課題、案外楽勝かと思われたが、相手は怪鳥。簡単には狩られはしなかった。
四方から迫り来る猛攻を、鋼の如き翼で薙ぎ払って一蹴。羽ばたく度に突風を起こすので、決定打が決まらない。
そんな攻防を幾度も交わしていたが、生徒の魔力の方が先に底をついてしまった。
ならばと、懐に飛び込もうとする生徒もいたが、さながら鞭のようにしなる尾に打ち付けられては、間合いを詰める事も叶わない。
そして連携もままならなくなった者を、怪鳥は容赦なく襲い掛かった。
「はい、そこまで」
追撃を食らいそうになったところで出番が来た。外野から障壁を張り、生徒に危害が及ばぬように立ち回る。多少危ういタイミングだとしても、獣に後れを取る鍛え方はしていない。
分厚い壁に阻まれたコカトリスは、ニ撃目を繰り出そうと嘴を突き出す。
まともに食らえば頭蓋も砕かれかねない衝撃を、盾の前に張った魔法陣で弾き返す。
大概の個体は、反撃に面喰らい、自分の巣へと帰っていく。そして今回もまた、余計な戦闘はしなくて済みそうだった。
奇怪な鳴き声を響かせながら翼を広げると、大の大人すらも悠に覆い尽くす巨体が天高く飛翔し、砂塵が盛大に舞った。
「けほっ、けほっ」
「大丈夫か?」
「先生ありがとう。でもちょっと守るの遅くない?」
「それはまあ。自衛の練習だし」
最初から守っては課題の意味を為さない。そう伝えると、女生徒は不服そうに頬を膨らませた。
肩を上下させ、消耗し切った様子だが、目立った外傷はない。それは、課題を共にした生徒達も同様だった。現状、自分の仕事を満足にこなせている事に胸を撫で下ろしていると、背後から指示が飛んだ。
「では三班の生徒は広間に戻るように。傷を負った者は、先に医務室へ行くように」
「「はい」」
たった今まで戦っていた生徒達は、来た道を引き返していく。力及ばぬ悔しさに歯噛みしている者、戦闘の緊張から解き放たれた者、心中はそれぞれだろうが、背中は一様に重苦しい空気を纏っていた。
所詮課題、そう考えられれば簡単だろうが、そう軽率な事は言えない。
学院側はともかく、生徒達からすれば、協会の魔術師に目をかけられる可能性もあると、ルーカスに教えてもらった。
であれば、失敗はそのまま烙印となり得る、という事。個人的には、後でどうとでもなりそうに思うが、それでは慰めにはならない。
だからせめて、多少なりとも距離が縮まった生徒の背を軽く叩いた。
「……先生。痛い」
「さっきの一撃は良く躱したな。予知が上手くなったんじゃないか?」
「……それ、課題を成功した時に言って欲しかったです」
「ごめん」
狩りは失敗だが、魔法は実戦で使えているし、強度を考慮しなければ障壁も出せていた、そこまで悲観する事もないと思うが、随分と沈んで見える。
「まさか、またご両親に変なプレッシャーを……」
「いえ、そういうのは特に。でも、だからこそ自分の力だけでも出来るって思ってもらいたくて」
「……そうか」
ルーンに苛まれ、魔法を諦めて塞ぎ込んでいたのを思えば、随分と前向きな言い分だ。だからこそ、悔しさも強いのかも知れない。
そう思うと、自然とシーの頭へと手が伸びた。
「なんで頭を撫でるんですか?」
「ん?健気だなと思って」
「……セクハラ」
「ごめんなさい」
脅しに近い声音にさっと手を引っ込めると、シーの口元が少しだけ綻んだ。もう少し話していたいが、あまりこうしている訳にもいかない。会釈をして歩いていく背を見送り、次へと備えて箒を飛ばした。
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「採点は順調ですか?」
「大体はな」
邪魔にならぬ様に空へ上がると、モネは真剣な眼差しで、手に持ったボードにペンを走らせていた。
「首を取るまではいかずとも、皆それなりには立ち回れている。大方、剣術の授業でシゴかれたんだろう」
「へえ、おっかない先生もいるんですね」
「お前も混ざればどうだ?」
「腕でも折られそうなので、遠慮しておきます」
「安心しろ、正面から受けなければ折れない。少なくとも両腕は」
「いや、片腕も惜しいので」
そんな危なっかしい授業を受けているなんて、よく死人が出ないものだ。いや、流石にそんな野蛮な教師はいないか。
「そんな事より、見ていなくて良いのか?」
「え?」
つられて見下ろした先で、エミリーが標的を前に転んでいた。無防備になった背中に、コカトリスが爪を食らわそうと飛び掛かった。
「おっと、危ない」
慌てて張った障壁がそれを拒んだ。助け船を出すのはもう少し後だと思っていたが、存外に出番が早かった。
障壁によって間が生まれたか、ラインハルトが雷光で視界を奪い、その隙にジンが距離を詰める。
岩鎧を身に纏って斬りかかる姿は、さながら狂戦士のよう。
コカトリスが暴れ出したところで、切っ先が届く。反撃を受けながら繰り出された一撃は、確かに胴体へ届いた。
鮮血が飛び散るが、傷は浅い。身を翻した怪鳥の尾が、ジンの鎧を打つ。
弾き飛ばされたジンの体が、衝撃で大木の幹へとめり込んだ。
「うわあ、痛そう」
「あの班でもキツイか。想定とは違うな」
「そうなんですか?」
「実力に差はあれど、どの班もギリギリ合格できる程度には組ませたつもりだ。まあ、連携が嚙み合わんのもあるだろうがな」
「へえ。因みに、あの三人はモネさんから見てどうですか?」
「それは私より、お前の方が知っていると思うが?」
「いや、それが合ってるのかどうか確認したくて」
話しつつも、二人共に意識は下から離さない。
地上の攻防が激しさを増す。傷を負って激昂したコカトリスは、地面を抉るように暴れ狂い、今度はラインハルトを襲った。足元を削られ、体勢を崩したラインハルトが魔法陣を描く。
恐らく何度も描いてきたのだろう、『ライトニング・ボルト』の魔法陣。
眉間めがけて放たれた雷霆。必中の間合いに思えたが、敵の野生の勘が一手早かった。
首を器用に捻り、致命傷を免れた怪鳥が吠える。
「これはまずい」
攻守が逆転し、エミリーは負傷したジンを守るので精一杯、とても動けそうにない。
コカトリスがラインハルトを喰らおうと距離を詰める。魔法陣を描くのは間に合わない。
堪らず障壁を作ろうとした、刹那――。
雷鳴が鳴り響き、コカトリスの側頭部を貫いた。
ラインハルトが外した魔法、それが死角から舞い戻ってきたのだ。
急所を射抜かれたコカトリスはその場に倒れ込み、藻掻くように翼をバタつかせた。しかしその濁った目は、最早生徒達を捉えてはいない。
起き上がろうと地面を叩いていたコカトリスは、のたうち回った後、とうとう力尽きて動かなくなった。
何度か肝を冷やしたが、一先ず課題は成功と言えるだろう。四人目の仕掛けが上手く刺さった形となった。
木陰の陰を見遣れば、息を潜めていたのであろうシグマが、こちらに手を振っているのが見えた。相変わらず緊張感がない。
しかし術を使うタイミングは、飄々とした彼女が発動したと思えない程に正確だった。
ジン達の派手な立ち回りばかりに目が行ってしまっていたが、良く観察すれば至る所に魔力の気配がある。
攻防を繰り広げている間、罠を仕掛けて回っていたのだろう。ラインハルトの雷撃は、ポータル用の魔法陣に向けて放ったのかも知れない。一連の流れを頭では理解できるが……。
「良くあの状態で、良くそこまで合わせられますね」
「そうだな。特にガレットが良い仕事をしている」
生徒達の盾を張るべく目を凝らしていた間に、彼女は自分の役目を果たしていたのだと説明してくれた。
二手に分かれてすぐ、死角となる地点に罠を張りつつダミーの魔法陣を混在させる。それに紛れて気配を消し、任意のタイミングで発動。味方の攻守が入れ替わるタイミングで、偽の魔法陣の反応で撹乱していたのだと。
戦況をよく見ていなければ出来ない芸当に、素直に脱帽した。
「それが機能したのは、あの三人というのも大きいだろう。皆、自分の長所を活かせているな」
「どうせなら、いつも真剣にやってもらいたいですけどね」
いや、今日の様子を見ていれば、普段通りなのだろうか。




