48事前準備
魔術協会、高名な魔術師で構成された組織で、国に属している魔術師の情報を管理している、らしい。
貴族を守る宮廷魔術師の派遣や、冒険者ギルドへの仕事の斡旋、果ては政治にも干渉する程の力と権力を持っているという。
当然腕の立つ魔術師が多いが、それでも全盛期と比べれば、随分と数が減っていると嘆く声が挙がっているのだとか。
「ですから最近は、学生達を早い段階で実戦を積ませ、即戦力となる者の技術を磨き上げようという方針が強まっているんですよ。そのせいか、名門と呼ばれるこの学院には、色々と指示してくるのです」
「それで狩りの課題を早めるって、なんだか短絡的な気がしますけど……」
「フフ、それは院長のちょっとした抵抗ですよ」
「抵抗?」
「ええ。形式上は協会の意向に従っていますが、授業の内容や事前準備はこちらの好きにする。防衛術を覚えさせているのも、半分は今回の狩りの為ですし」
「成程。俺にまで魔法を教えさせるから、変だなとは思ってましたけど、そんな裏があったんですね」
その口ぶりからすると、協会からの口出しは今に始まった事でもないのだろう。涼しげな顔で、学院内では強かに対策を整えている。この手のやり取りを目の当たりにすると、組織のしがらみというのが垣間見える気がした。
「なんだか、面倒な人達ですね」
「まあ、そこまで干渉してくる人ばかりではないんですよ。ただ……」
いつもの明るい声のトーンが下がり、絞り出すような言葉がファナから漏れた。
「皆さん、敵に回すとこの上なく厄介ですよ」
その横顔には、茶化す事が出来ない重みがあるように思えた。何故だかそれ以上深入りしてはいけない気がして、話題を目下の仕事へと戻す。
「ところで、ファナさん」
「はい?」
「これは一体、何なんですか?」
今、俺達の目の前にあるのは、学院内のホールに作られた巨大なアーチ。石材に埋め込まれた幾つものルーン石が、大掛かりな術式の一部であることを示している。
指示通り、ルーン石に魔力を流し込んでいたが、そろそろどういう類の物なのか教えて欲しい。
だが、ファナは悪戯っぽく微笑むと、焦らす様な口調で話し始めた。
「まあまあ、折角ここまでしたんです。それは自分の目で確かめてください。とは言っても、君が驚くようなものではありませんが」
返答に首を傾げるが、ファナはそれ以上何も言うまいと、口を噤んで見守っているだけ。これは聞くよりも試す方が早そうだ。
とりあえずアーチの中央へと歩み出る。そして、術式の起点であろう、縁の一際大きなルーン石へと手を伸ばした。
触れた指に呼応し、周囲のルーンが光り出した。空洞に光が集まり、魔法陣が露わになる。
次いで、水薬にも似た紫色の物質でアーチの内側が満たされ、術式は完成した。
「これは、転送用の門ですか?」
「さすが、正解です。ご褒美に頭を撫でてあげましょう」
「いや、大丈夫です。本当に」
こちらの答えなどお構いなしに、ファナは俺の頭を撫で回してくる。拒否の仕方が分からず、されるがままで十数秒が経った。そして満足したのか、本題に戻った。
「ふふ、ごめんなさい。照れているのが可愛くてつい。ああ、この魔法の事でしたね」
「ええ。さっきの話の流れですから、狩りの為だとは思いますけど」
「それで合っていますよ。この門は、学院が所有している郊外の森林に繋がっています。結構広い森なんですよ」
「随分、仰々しいんですね。そう言えば、狩りの獲物は一体何なんです?」
「ああ、言ってませんでしたね。コカトリスです」
「え?」
さらりと怪鳥の名前が出され、表情が強張る。過去に付き合わされた修行で見た、馬鹿でかい魔獣の醜悪な姿が脳裏に浮かぶ。
「大丈夫なんですか?正直、生徒の手には余るんじゃ……」
「勿論、本物ならそうでしょうね。ですがあの森にいる魔物は、学院の管轄です。獰猛な獣を野放しにはしませんよ」
「それは、魔法か何かで抑えつけているという事でしょうか?」
「いえいえ、そんな野蛮な事はしていません」
枷でも使っているのかと想像したが、どうやら違うらしい。
「なら、一体どうやって手懐けたんですか?」
「実はですね、あの森を所有した当初は、まだコカトリスが数匹、そこを縄張りにしていたんです。まあ、だからこそ貴族から安く買えたんですけどね」
「良く、そんな土地を手に入れようと思いましたね。その後が大変だったでしょう?」
土地を手に入れただけで解決する話ではない。
毒を撒き散らす怪鳥の討伐、汚染された森林の浄化、木々の修復、周囲への理解など、問題点は幾つもあっただろう。
「その時は流石に、ギルドの方々に依頼を出しましたよ。あれは結構な出費でしたねえ。見積もりを見た時の院長の顔なんて……まあそれはさておき、コカトリスの件でしたね。私が現地にいた訳ではないのですが、掃討を終えた確認の為に森を見回った際、コカトリスの雛が見つかったそうです」
「その雛を保護したと?」
「私も驚きました。本当、院長はいつも突拍子のない事をするんですから」
「どうして、わざわざそんな事を?」
無抵抗な雛を殺すのを躊躇した、という訳でもないだろう。殺すことが嫌でも、毒を吐く獣などいない方が安全だ。きっと誰もがそう思っただろうと口にすれば、ファナは「同感です」と、クスリと笑った。
「でも、良い事もあったんですよ。サンプルのお陰でコカトリスに対する効果的な解毒薬も作れましたし、毒を持たない雛の配合にも成功しましたから」
「ああ、それが狩りの対象になった理由ですか」
「そういう事です」
成程、毒を持たないのなら、反撃を恐れず心置きなく戦える。少なくとも、生徒が毒に侵され、死亡するなんて事態にはならないだろう。だが実用的かと言われると、一つ疑問が残る。
「でもそれって、安全ではありますけど、いざ本物と戦う時に困るんじゃ……」
「ロヴロ君、協会の人達と同じ事を言いますねぇ。このままじゃ、将来は頑固なお爺ちゃんになっちゃいますよ?」
「ええ?そこまで言われますか」
呆れた様な、からかう様な表情でそう告げられ、気の抜けた反応をしてしまう。それを可笑しく思い、ファナはまた鈴を転がすように笑った。
「まあ、良いんですよ。あくまで授業、生徒の安全が第一です。協会に何を言われても、そこは譲れませんから」
強かに笑う彼女は、教育者の鑑であるように思えた。微笑みながらも、瞳は静かに燃えているような、そんな風に思えた。
「さ、真面目なお話は終了です。安全の為に、ちゃんと門の魔力を溜めておいて下さい」
「え、俺一人でやるんですか!?」
不意に沈黙を破ったかと思えば、いきなり仕事を押し付けられるとは。
「大丈夫です。あなたの魔力なら、全部注ぎ込めば充分ですから」
「いや、俺が干涸らびるんですが!?」
「むぅ。男の子は細かい事気にしちゃいけません。私はまだ回るところがあるので、お願いしますねえ」
「ちょっと、ファナさん!?」
本当に行ってしまった。彼女には一度魔力を引き出された経験がある。その時に魔力量でも測られたのだろうか。
どちらにせよ、課題の当日になって門が不安定にならない程度にはしなければならない。
魔力を蓄積する為の術式に感謝しつつ、有らん限りの魔力を注ぎ込んだ。ルーン石がバチバチと音を立て、亀裂が入る寸前で手を放す。使用する人数にもよるが、これだけ溜めれば問題はない筈だ。




