残念なお風呂23
エルフ、オーク、ゴブリンと旅する残念な冒険者39
残念なお風呂23
ショックから立ち直ったのか、ゼノがいつもの不敵な笑みを浮かべた。
「まあ、いい。またお前をなぶり殺しにする楽しみを味わえるだけだからな。けっけっけっけっけっけっ!」
「いいのか? そんな余裕で? 今の吾輩は前とは違うぜ」
スクラブがゆっくりと立ち上がる。
しかし、その姿はあちこちやけどだらけで満身創痍といった姿だ。立っているだけでもすごいとしか言いようがない。
少なくとも人間なら絶対安静だろう。
「その傷で何ができる。やせ我慢もたいがいにしろ」
ゼノが大声でさげすんだ。
「今度こそお前を倒して、王としての実力を見せてやる!」
「確かにお前はすげえよ。オークロードにふさわしい実力と手腕を持ってるって、この吾輩もそう思うぜ」
「ようやくわかったか。だが、もう遅い。俺はお前を許すつもりはねえ」
「許す、だと。何、ほざいてやがる。吾輩はお前に会ったことがなかったから一度見たいと思ったんだ。実力がうわさ通りだったなって実感しただけだ。だからといって手下になろうなんてこれっぽっちも思ったことはねえ。ただ、戦うのが好きだからお前の部族にいただけだ」
「お前のようなはねっかえりを生かしておくわけにはいかん。死をもって償え!」
「後を継がせてやるって言ったら考えてたのにな。惜しいことをしたぜ」
「ぬかせ!」
ゼノが再び術を唱えるために素早く両手を動かした。
奴はまたあの時の火炎術を唱えようとしている。
「今よ!」
今まで黙っていた富美子が大声で叫んだ。
「おりゃああああああああっ!」
スクラブが勢いよくこぶしをゼノに向かって突き出した。すごい正拳突きだ。
しかし、距離が離れている。当たらなければ意味がない。
「何のつもりだ。そんなものが役に立つわけがなかろう。けっけっ……」
変な笑い声は途中で止まった。
「こ、これはどうなっている? 俺の体が……」
術をかけようとしたゼノが変な態勢のまま静止している。
「だから言ったろ。『今の吾輩は前と違う』ってな」
スクラブがニヤリと笑った。
「これが吾輩が群れを抜けた理由だ」
そう言ってスクラブが見せたのは、指輪だった。
「な、何だ……。それは……」
麻痺する口で途切れ途切れにゼノがたずねる。
「お嬢様から借りた品だ」
「なぜ……、お前が……そんなもの……持っている」
「まあ、いろいろあってな」
富美子が横でピースサインしている。
後で訳を聞かせてもらうとするか。
「もうお前は動けん。後は吾輩の思うがままだ」
スクラブがニタニタ笑いながらゼノの体を叩いた。
「ふん、だから……お前は詰めが……甘いのだ。人質がどうなっても……いいのか?」
「げっ!」
横を見るとオーク兵たちが一斉に槍をこっちに向けている。
「お前の大切な……お嬢様とやらも……助からんぞ」
「く、くそったれがあっ!」
スクラブが槍を突きつけられている俺たちを見て動きを止めた。
「こいつらは関係ないはずだ! お前の目的は吾輩のはずだろうが!」
「今さら……遅いぞ。俺も……ただじゃあ死なん。お前の……大切な奴らも……道連れに……してやる」
「こいつらに手を出すんじゃねえ!」
スクラブは真っ赤な顔になって怒鳴った。
「オークの分際で……人間やエルフなんぞに……肩入れ……するからだ。覚悟しろ……」
逆にゼノがニタニタと笑みを浮かべた時だった。
「スクラブ、あなたの思い、わたくしたちが受け入れました。後は任せてください」
澄んだ女性の大声が荒野に響き渡った。
今のはメリットの声か?
「な、何だ?」
「声がしたぞ!」
オークたちが突然の声に驚き、スキができた。
「タカ、みんな、伏せて!」とメリットの声が直接俺たちだけの耳に伝わった。
俺たち全員がメリットの指示に従った。
その直後に荒野に一陣の風が吹いた。風はかまいたちを伴い、俺たちを取り囲んでいたオーク兵たちが上半身を一斉に切り裂かれていた。
「痛えよぉ」とかうめきながら、オークたちが地べたで這いずり回っている。
「な、何が起こった……」
一瞬にして人質作戦が失敗に終わったのを見て、ゼノが呆然としている。
「残念だったな、ゼノ。もう同じ手は通用しないみたいだぜ」
その瞬間だった。
矢が一斉に飛んできて、スクラブを取り囲んでいたオークたちの頭を貫いた。
ゼノにもいくつかの矢が突き刺さていた。
「ば、バカな。なぜお前だけが……無事……なんだ?」
スクラブの頭には値千金の赤い帽子があった。
「エルフ……どもか……」
「そういう事だ」
スクラブが改めて動けないゼノに向きなおった。
「この裏切り者が……」
「裏切りだと? 吾輩は吾輩の意思で抜けただけだ。吾輩は自由にすごす。今までもこれからもな。それだけだ」
「こんな奴に……、オークの王たる……この俺が……やられるなぞ……口惜しい……」
「そりゃ残念だったな。それじゃとどめをささせてもらうぜ」
「や、や、やめろ……」
「じゃあな」
スクラブはそう言うと、右手に指輪を握りしめた。
そのまま渾身の一撃をゼノの腹に叩き込んだ。
ゼノの体はパンチを受けたところから凍り始め、驚愕の表情を浮かべながら全身まで凍りついてしまった。
スクラブが軽く叩くと、ビシビシビシと氷柱の割れる音が聞こえ、ゼノは木っ端みじんに砕け散った。
「ゼノ様がやられてしまったあ!!」
「俺たちはどうなるんだよおっ!」
「俺は死にたくねえよおっ!」
首領であるゼノを失い、指揮を取るものがいなくなったオーク軍団は混乱の極みだ。
指揮系統がしっかりしている組織なら、次のリーダーが後を継いで命令を出すのだが、オークはそこまでの知恵はまわらない。
「みなさん、今のうちです。急いで岩陰に隠れてください」と声が頭の中にした。
メリットの姿は見えないけど、どこかで助けてくれているのは確かだ。なら、今はその指示に従ったほうがいい。
オーク軍団が混乱し逃げ惑う中、俺はみんながそばに来ているのを確認した。
「待ってよおー、ぼくもいるケン」
「吾輩を置いてくなあっ!」
スクラブとチョコもあわててやってきた。
「みんな、メリットの声は聞こえたよな? とにかく言うとおりにしよう! 向こうの方に岩壁が見えるから、あそこまで何とか移動するんだ!」
俺は岩壁に向かって走り出した。
富美子、ゴスに続いてスクラブとチョコも必死になって後からついて来ている。
「こっちだ! 早く!」
みんなを導き、岩陰に全員が隠れたのを俺が確かめた時、再び声が頭の中に聞こえてきた。
「みなさん、無事ですか?」
「ああ、何とかな」
「よかったです。今から長老様が本気を出されます」
「マジか!」
「はい、大マジです」
「……」
「ちょっと、どうしたのよ? 急に黙りこくって?」
「死にたくなかったら、出来るだけ身体を小さくしてうずくまれ!」
俺の必死の形相に、さすがにただならないことが起こると察したようだ。全員が岩陰の一番奥で縮こまっている。
すぐに竜巻のような突風が吹き荒れ始めた。ゴオオオオオオと風の音が鳴り響く。
「うわうわうわあっ、あっしはまだ死にたくないでガス」
ゴスが俺にしがみつく。
「チョコちゃん、死ぬときは一緒よおっ」
富美子がチョコを自分の懐に入れている。
外は完全に暴風警報発令中だ。
うっかりしてると竜巻に飲まれて上空へと舞い上げられる。体中をかまいたちで切り裂かれ、地上へと真っ逆さまに叩きつけられるという恐ろしい術だ。こんな術を食らったらオークの大群といえどひとたまりもない。
「ギヤアアアアアーーーーーーーーーーー」
「ピギイイイイイイイイーーーーーーーー」
オークたちの悲鳴が聞こえてくる。俺たちは耳をふさぎ、竜巻に耐えた。
暴風はしばらく吹き荒れていたが、やがて風が収まっていき、ついに悪夢の時間は過ぎた。
そよ風ぐらいまで収まったのを確認した俺は、岩陰の隙間から手を振った。
「タカ、みんな、大丈夫ですか?」とすぐにメリットの声が聞こえてきた。
「さすが長老、すごい威力だったな。死ぬかと思ったぞ」
実際にゴスとスクラブは白目になって気絶しているし。
あれはしばらくの間、台風や竜巻が来たら今日の恐怖の記憶がトラウマになって残りそうだ。
「でも、もう大丈夫ですよ。出て来てください」
俺たちはへっぴり腰で岩陰から出てきた。
そこには文字通りの荒野で立っている者の姿は全くなく、あれほどいたオークの大群がすべて吹き飛ばされていた。
こうしてゼノ率いるオーク軍団は全滅した。
この地におけるオークたちの脅威は完全に除かれたのだった。
すぐに俺たちの元にメリットが戻ってきた。
俺たちは互いの無事を喜びあった。
メリットは俺たち全員のケガを治し、長老や他の助けに来ていたエルフたちは、もうこの地を後にしたと告げた。この呪われた不浄の地にいるのは耐えらえれないから、詳しい話はエルフ村に帰ってから聞くとのことだった。
俺たちにしても、こんないまいましい場所はもうごめんだ。
メリットの精霊魔法で、ゼノによって盗まれた『封印の壺』と『氷の精霊』箱を見つけると、両方の魔法の品をまた縛り上げて一緒にすることで力を相殺した。その作業が終わると、早々にこの地を後にした。
俺たちは先日に一夜を過ごした場所まで戻り、同じ所で再びキャンプをした。
たった一日しか経ってないのに、まるで数日が過ぎたような気分だった。
その時にようやく俺は仲間たちに何があったのかを聞くことができた。
メリットは俺たちが人質になっているのを知り、指示を仰ぐために長老の元へ行っていたとのこと。長老から全面的な支持を得て、俺たちを助け出すタイミングを見極めていたらしい。
ゴスは「もっと早く助けてほしいガス」と文句を言っていたが。
まあ、タイミング的にもあれでよかったのだろう。なんとか無事に生き残れたのだから。
「それに俺も富美子に聞きたいことがあるんだ」
「あの指輪でしょ? なんでスクラブが持っていたかってこと」
「ま、まあな」
「へっ、へーん。実はねえ、あたし、爆発の後チョコちゃんと一緒だったんだよ。チョコちゃん、スクラブが生きているって言ってね」
「そうだケン。ぼくにはスクラブが生きてるって臭いで分かったから」
「すげえな。さすが犬だな」
「うん。ほめてほめて」
俺はチョコの頭をよしよしと撫でてやる。うれしそうにしっぽを振る姿は犬そのものだ。
「そのことをフミコお姉ちゃんに言ったら、オークたちが気付いていないうちに助けに行ってって言われたケン。その時にお姉ちゃんから指輪を預かったんだ。スクラブに会ったら渡してくれって」
「で、吾輩が気付いた時にはチョコが顔をなめていて、吾輩に指輪を渡すとその場から立ち去ったというわけだ」
「なるほどねえ。どうりでスクラブがフミコの指輪を持っているわけがわかったでガス」
「オークどもがチョコちゃんのこと気にかけてなかったのがよかったのよ。おかげで事がうまく運んだってわけ。どう、あたしの作戦は?」
「富美子にしては上出来だよ。さすがにゼノも気づいてなかったからな」
「お嬢様のおかげで吾輩は助かったというわけだな。これぞ愛の力だ」
「はいはい、もう言ってなさい」
心なしか富美子の態度には以前のようなとげとげしさはなかった。
少しはスクラブに感謝しているのかもな。
もうオークの脅威を感じることもなくなった俺たちは久しぶりにリラックスして眠りについた。
番をしていたチョコが吠えることもなく、静かな夜が過ぎた。
翌朝、メリットから新しくもらったエルフの保存食レンバスの朝食を取ると、行きとは違って晴れ晴れした気持ちで俺たちは帰路についた。
みんなが行きと違って帰り道がうきうきしているのは、これでもう凍らされる恐れはないという安心感だろうな。




