残念なお風呂05
エルフ、オーク、ゴブリンと旅する残念な冒険者21
残念なお風呂05
俺たちはエルフ村を出ると東へと向かった。昼も過ぎるころには木がまばらになり、岩が目立つようになっていた。
「ここいらでとりあえず一休みしましょう」
俺たちは富美子のほうを見た。
さっきから死ぬー、死ぬーとかつぶやいていたが、今や完全に声さえ出せない状態になり、目はくぼみ、眉からは細かい氷がびっしりとつき、さながら南極越冬隊員のようなありさまだ。
本当に死にそうになったら声も出ない。その姿はまさにゾンビだ。
休憩と聞くと、富美子はそのまま地面に座りこけた。
「お嬢様ああああっ! お気を確かに」
「フミコさん、生きてますか?」
「ふーはーふーはー」と呼吸音だけが聞こえてくる。
「いくらなんでもこのままではヤバいガス」
「さすがにもうこれ以上は限界です」
俺が見ても今の富美子はマジで危なさそうだ。
いけ好かないとはいえ、さすがに死んでしまったら気の毒だ。
「あっ、おじいちゃん、あたしね、おかしな連中と旅をしてるんだよ。なんか川が凍ってるからすぐ会いに行けるね」とかうわ言をつぶやいている。
それ、凍った三途の川じゃねえのか。
「今日一日って言ってたけど、もういいよ。交代させよう」
動かなくなった富美子から背負っていた木箱をみんなで引っ張って取る。間接的にさわっているだけでも震えが止まらなくなるほどだ。
「ど、どうなってるのぉ、川が溶け出した。熱い、熱いよお、おぼれるぅ」にうわ言が変わった。
もがいていた富美子が勢いよく目を覚ました。
「大丈夫ですか? フミコさん」
「お嬢様、何かうなされていましたが!」
スクラブとメリットが心配そうに見つめている。
「あ、うん。あたしね、懐かしい夢を見ていたよ。死んだおじいちゃんに凍った川の上で会った夢。必死でおじいちゃん、こっちに来るなって言ってたなあ」
やっぱり三途の川まで行ってたか。
一人一日には無理があるな。
「富美子はごくろうさんだった。もう今日は持たなくていいよ。次は二時間くらい、いや、太陽が地平線に沈むまで、あと二人交代で持つことにしよう」
細かい時間の概念がないのか、二時間という意味がモンスターたちにはわかってなさそうなので、俺は言い直した。
「ちょっとぉ、何よそれえ。あたしの時より全然短いじゃないの」
「文句言うなよ。もともとは今日ずっと持っておくはずだったんだぞ。あれじゃ富美子が持たないから変えたんじゃないか」
俺と富美子が言い争いをしている時だった。
「静かに!」普段とは違うメリットの声に俺たちはピタリとけんかをやめた。
「何かが来ます」と言うと、メリットは地面に耳を押し付けた。
「何か軽い生き物がこっちに向かって走ってきてます。その後から大勢の足音が。どうやら追われているみたいですね」
「相手はわかるか?」
「軽い生き物はおそらくコボルドでしょう。四つ足の犬っぽいですから、後の足音は怒鳴り声が聞こえてきますからオークの大群です」
「やり過ごせないか?」
「おそらく無理です。軽いほうはここに向かってきてます。このままではすぐに見えてきますよ。そうなれば戦闘になるのは間違いないでしょう」
「けっ、余計なことに巻き込まれるなんてついてないガス」
「吾輩の出番だな。返り討ちにしてやるぜ」
スクラブがわくわくした顔でぽきぽきと指を鳴らした。
しだいに喧騒が近づき、走ってくる相手の顔が見えてくる。
「あれはチョコちゃんじゃない?」
メリットが大声で叫んだ。
「なんですって。チョコちゃんが来たのぉ? スクラブ、すぐに行ってチョコちゃんを助けてあげて!」
「了解だ!」
スクラブが丸太を抱えて走っていく。やがてギャオー、ガオー、ウギャアーとの叫び声が聞こえてきた。
「おお、派手にやっとる」
「チョコちゃんは無事なの?」
「大丈夫みたいです。こちらに気がつきました」
走ってきたチョコは俺たちを見つけると、「フミコお姉ちゃーーーん、みんなあーーー」と言って駆け寄ってきた。
「よかったわ。無事だったのね」
「フミコおねえちゃん、ごめんなさい。ぼく、みんなを追っかけてきちゃったケン」
「話は後でガス。今はオークの大群を何とかするでガス」
スクラブの強さに驚いているオークたちは俺たちもいることに気づき、その一部がこっちに向かってくる。
「まずいです。見つかりました」
メリットは弓を構えた。
「大群にどこまであらがえるかわかりませんが、なんとかしますね」
メリットは次々と矢を放つ。その腕前はファンタジー映画に登場した美形エルフに勝るとも劣らない正確さではあるが、なにぶん数が多すぎる。
風の魔法で飛んだ矢を回収してはいるが、それも限度がある。
「まずいです。このままでは」
多勢に無勢だ。このままではやられてしまう。
何とか仲間内だけでもなんとかしないと。
「ねえ、何か術は使えないの?」
富美子が俺に頼み込む。
「まだ練習してる途中だよ」
「頼りにならないわねえ。何でもいいからパッパッパッてやっつける方法はないの?」
そんなこと言われても、そんな夢のような方法とかアイテムなんかあるわけが……あった。
俺は火トカゲの皮をかぶった。そしてさらに氷のかけら入りの箱を背負う。
「これでよし。おい、そこのへたれオークども」
「なんじゃ。お前は」
「お前らごとき一撃だ。覚悟しろ!」
「なんじゃこいつは。俺たちよりもへたれた格好してるくせに。やっちまえ!」
オークどもが一斉に襲い掛かってきた。
「どりゃあああああああーーーーーーあっ?」
オークどもは俺に近寄ろうとすればするほど力を失った。当然だ。この『氷の精霊』箱を背負った俺を攻撃するものは、みな凍らされてしまうのだから。
次々と俺に近づくオークたちが力を失い倒れていく。触れた奴はもっと悲惨だ。その場で凍りついてしまった。
「すごいじゃない、このオタニート」
その呼び名で呼ぶなあ。オーク共々凍らせてやるぞ。
命知らずなオークたちもこの有様を見て、戦う意欲を失った。あわてて撤退していく。
「お嬢様あああああああっ、ご無事でしたか?」
前に出てきたスクラブがあわてて戻ってきた。
俺がオークの群れを撤退させたことを知ったスクラブはニヤリと笑った。
「やるじゃねえか、人間。あの箱を使ったんだな」
「ああ、お前と違って俺はここで勝負だ」と頭を指さす。
「少しは見直したぜ。弱い奴だとは思うが、お前は油断ならねえな」
「まあな」
スクラブは俺を軽く叩き、そのまま固まってしまった。
やはり、オークはアホだな。こいつも含めて。
チョコを加えての休憩プラス説明会だ。
「それでぼく、みんなが旅に出たことを知ってあわてて追っかけてきたんだケン」
「走ってわざわざついてこなくてもよかったのに」
俺の言葉にチョコは照れながら笑った。
「だって、みんなの役に立ちたくて」
「その気持ちだけでも十分よ。ありがとうね」
「けっ、その途中でオークの大群と鉢合わせてこっちに連中を連れてくるなんて、厄介者以外何物でもないガス」
ゴスが仏頂面でグチを言う。
「ご、ごめんなさいケン」
「まあまあ、チョコも反省してるからな。ゴスももうそのくらいにしておいてやれよ」
「まあ、師匠がそう言うなら」
俺と富美子とゴスはチョコの話を聞いている間、メリットが凍ったスクラブの手当てをしていた。
やがて復活したスクラブは富美子の命令で凍っているオークどもの後片付けに行った。ガッチャンガッチャン音がしているところを見ると、向こうではフェイタリティの山に違いない。
だいぶ時間がかかったから、この分だと今日はあと一回ぐらい交代したら、日が暮れてキャンプだな。早くここを離れよう。
「じゃあ、次のじゃんけんな。あっと、俺はすでに持ったからスクラブとゴスとメリットの三人で頼むよ」
「そ、それはないでガスよ」
「それなりに長いこと持っていましたし、タカが活躍してなかったらわたくしたちは生きていませんでしたわ」とのメリットの取り成しもあって俺はこれ以上は免除された。
結局、残った三人がじゃんけんでこの日最後の持ち手を決めることになった。
富美子の惨状を見ていた三人の表情は真剣そのものだ。
鬼気迫る熱戦の末、次はゴスになった。
「凍る。凍るよぉ」とのうめき声を聞きながら、俺たちの一日目の行程が過ぎていった。




