病院死因退院
町に転がる開いたままの雨傘。
不思議な光景だ。
なぜならば、いま傘を使うものなどまず居ないはずだからだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
息を切らせて少女が廊下を走っている。
どこかで薬品でも漏れ出しているのだろうか、つんとした匂いが充満している。
それも不思議なことではない。ここは、病院だからだ。
正確には病院だった、だが。今では荒れ果て廃墟と大差ない。
「な、何なの……一体……」
手近な部屋に入り、鍵をかけてから腰を落とす。
彼女は窓から見えないように、壁に張り付くように座った。
「なんで……こんなことに……」
両手で肩を押さえ、震えながら少女は呟く。
「病院で眠ってたはずなのに……何でこんな廃墟に……」
彼女はまだここが病院であると気付いていない。
彼女の記憶にある病院は、もっと清潔で、そして――
『あああ……』
部屋の外から無気味な声が響いてくる。
「ひっ……」
思わず声を漏らしてしまった口を、慌てて手で塞ぐ。
ぺた、ぺた……。間の抜けた足音。
それは一体誰のものか。
ぺた、ぺた……。足音は遠ざかって行く。
「……ふぅ……」
少女が一息ついた、その瞬間、
『ばああああああっ!』
がしゃあん、と窓ガラスが割れ、人影が部屋に飛び込んできた。
「き、きゃあああああっ!」
窓から飛び込んできたのは、人だった。
だが、その体は所どころ腐敗している。
『あああ……』
真っ白に濁った眼で、その人影は少女に迫る。
「ひぃぃぃ……!」
少女は這いずるようにドアに向かう。それを、腐敗した人間がのろのろと追いかける。
少女は慌ててドアノブを掴むが、鍵をかけたため開かなかった。
鍵を開けようとするが、焦りのあまりうまく鍵のツマミが回せない。
『あああ……』
少女の肩に、腐敗した手がかかる。
「き、きゃああああっ!」
彼女は狼狽し、その手を跳ねのける。
熟れすぎたトマトのようなぐしゃりとした感触がして、少女は顔面を蒼白にした。
彼女はそのまま相手の脇を抜け、それが破った窓から飛び出した。
その際ガラスで掌を切ってしまったが、そんなことはどうでもよかった。
「なんであたしがこんな目に会うのよお……」
泣きながら、少女は走る。
その正面、廊下の奥から、
『うう……』
黄ばんだ白衣を着た、同じく腐敗する人間がよろよろと現れた。
少女は、もはや悲鳴を上げることすらなく、振り向いて、ただ走った。
そして廊下を抜け、階段を駆け降りる。電気がなく、薄暗いロビー。視界の端では何かが蠢いていたが、確認する勇気はなかった。
一気に駆け抜けて外へ出る。それから、助けを求めるつもりだった。
外に出れば、誰かがいる。
――はずだった。
「そ、そんな……」
郊外にあった病院。
そこからは、街の全体が見える。
が、視界に映るのは廃墟。
廃墟。廃墟。廃墟。
荒れ果てた、街。
死んだ街だった。




