ロープワーク・ハードワーク
糸使いはロマンだと思います。
「いいんだよ!これで!」
黒く染まった白骨死体に、なおも少女は杖を振りかざした。頭蓋にまっすぐ向けて、強烈な白い光が弾ける。
かつての師と同じ、高温高圧で対象範囲内を消し飛ばす魔法。前回は龍鱗に阻まれたが、今はそれもない。さらに万全を期して骨を熱を吸収する黒に染めている。
眩しいというより痛い光。それをちらと見た瞬間に、イルマは足場になっているテグスを蹴ってほんの少し跳びあがり、左手の親指に結ばれているテグスを噛み切った。
脇腹にテグスが三本いちどに食い込んだ。そのまま凄まじい速度で真横に吹き飛ばされる。腹を思いきり殴られたような衝撃。高温高圧を発生させる魔法の影響でそちらの方に結んでいたテグスが焼き切られた。
解放された四本目がさっきの糸と逆方向から胸を強く打つ。吹き飛ぶ軌道が修正された。五本目。今度は上から。イルマの主観では正面だ。
「――くふっ」
自分で仕掛けておいたのだが、だからこうなることは予想と言うか、覚悟しておいたのだが、やはり胸の中の空気が押し出されて目の前が真っ赤になる。
肋骨いったかな?いつものことながら微妙に詰めが甘いんだよな、私。そんなことを考えながら酸欠で頭が鈍くなる。
痛くて息が吸えないのだが、おかしなことではない。肋骨なんてめちゃくちゃ痛い。ヒビが入っただけでも悶絶する。
まだだ。まだ倒れてはならない。今度は右足首に巻いていたテグスを、左足の踵に仕込んだカッターの刃で切る。これが最後だ。
しゃああっ、と糸が擦れる音がして、今度は網が締まる。象でも通れそうなほど大きかった網の目が、拳が通るか通らないかのサイズまで一気に縮むのだ。
あ、思ったより縮むの遅い。それで、落ちてくる速度も速い。勢いつけすぎたかな。
やばいんじゃないですかこれ。脳内ユングがそう言った……いやちょっと待て、誰だお前は!?本物はあっちでまだパンツ探してるぞ!?
「ぐぎゃっ」
潰れたカエルのような悲鳴を発してどうにかこうにか空中に展開された網の上に落ちる。これもちょっと固めのスプリングだった。自分の意志とは関係なく体が跳ねる。
「うー……けほっ、けほっ……いてて……」
ドラゴンのスケルトンは問題なく吹き飛んでいたからいいようなものの……自分のダメージが大きすぎるような気がする。
これで当たってなかったり威力が足りなかったらどうする気だったんだ、私。反省しなさい!自分で自分に説教を垂れる。これ、ユングにでも聞かれてたらお終いだな。想像して笑う。
「反省なんていらないと思いますけど」
「うぎゃああああああ!?」イルマは一瞬胸の痛みすら忘れて絶叫した。前にもあったぞこのコンボ!反省すべき点は他にもあった!
「ど、どうしてここに!?パンツ探してたんじゃないの!?」
直後に胸に激痛が走って丸くなる。ええ、探してましたよ、とユングが頷く。
「さっきまで」
「な、何だ、見つかったの……」
ほっと痛い胸をなでおろす。
「いいえ。さっき諦めました」イルマが身動きをとれないと見るや、ユングは紳士的な仕草で彼女を抱き上げた。「僕は今ノーブラノーパンです」
今何と言った。ぽかんと口を半開きにして、そんなようなことをイルマは言った。お姫様抱っこという憧れのシチュエーションにも萌えない。何も相手が未成年だからっていう理由ではない。
ユングは頬を紅潮させ、わずかに荒い息をしている。どこか遠くを見る目に何だかものすごく嫌な予感がした。
「いいですよねえ、一切肌を衆目に晒さないまま露出系の背徳感を得られるなんて……何で今まで気づかなかったんだろう」
「うわあああああああああああ変態いいいいいい!降ろせ!降ろせえええ!」
「こらこら先生喋らないで。肋骨折ったんでしょ?骨片が変なとこ入ったり、肋骨が肺をカリカリひっかいたら大変です。静かに息をしててください」
「こちとら変態なんだよおお!大体!ノーブラノーパンって何だよ!?ノーパンで興奮する性癖にはあとでツッコむとして!ノーパンはわかるよ!?ノーブラて何なの!?そもそもつけたことがないだろうが!うっ、いでででで」
脇腹を抑えて悶絶する。確かに喋らないほうがよさそうだ。
「えっ?」
「……えっ?って、えっ?」
これは精神衛生的にも喋らないのが得策だと判断した。
「あああ……ユングが……あの可愛かったユングがあああ……」
この日の実害はテグスの消費とイルマのケガとユングのパンツだけだったが、死人が一人泣いていたのも計上しておく。
テグスって人の首にかけて思い切り引っ張ると首を切れるとかいうけど、本当なんですかね……?