めたもるふぉーぜ
この単語のイメージは、いつの代だったかのプリキュアを先に見るか、うしおととらを先に見るかで大分違うと思います。
「確かぬしはこう言ったのう」鼻はとっくに麻痺したのに、死体がひとつ言葉を発するたびに強烈な腐臭が嗅細胞にダメージを与えてくる。「あの時の師より、自分の方が強いと」
「言ったね」
ドラゴンゾンビは肉を削ぎ取られ続けて、半分ほどスケルトンになっていた。そんな自分の状況に気付いているのかいないのか、むき出しになった目玉が一つ、ぎょろりと回る。
もしかしたら痛覚が死んでいてわからないのかもしれないな、と思った。
「だが強くなったのはぬしだけではないのじゃ。あれから儂は強くなろうと思った」
「結果がゾンビとでも言いたいのかい。ドーピングって言うんだよそれ」
「……。ぬしが強くなったところで追いつけぬ。時間は誰にとっても公正じゃ、実力の隔たりはいつまでだってついて回るのじゃから」
どういう意味。耳奥で「まともに聞くな」と魔導師の声がする。わかってるよ、まともに聞いてない。相手の集中をそらしたいだけだから。
「まあ、志半ばでこの傷を負い――えっ、どの傷!?半分ほど肉がなくなっておるんじゃが!?」
「私に聞かれてもなあ。えっと、多分腹のあたりにバッサリなってたやつじゃない?」
「そうそれ。そのせいで破傷風にかかって死んだのじゃ」
「生きてる時から腐りかけか……」
「そうなんじゃよ、腐臭のせいか蠅がうるさくて……げふんげふん!で、死んだら今度は魔神様が出てきてドラゴンゾンビにしてくれるではないか。これはチャンスだと思って」
あーあの人か。喚ばなくて正解だった。ただでさえ魔物は魔神が近くにいると強くなるのに、アンデッドで、しかも魔神自ら作ったなら妨害される危険すらある。
大昔、魔神を喚び出す召喚士がいて、悪霊を消してもらおうとしたら逆に喚び出した魔神に消し飛ばされた、なんて逸話。
「1UP!とか言ってた?」
「ぬ!?なぜわかるのじゃ」
異世界の住人を使ってサディスティックな妄想をしながら駆けつけたユングは、イルマと死体がけっこう仲良くしゃべっていることに驚いて出てくるのが遅れた。先生は強いしドラゴンゾンビは間抜けだし、僕はどうしたらいいんだ。
助けに行けばいいと思うよ。うん、そうだよね!心の奥底で聞こえた声に従う。
「先生ー!戻ってきましたよー!」
「邪魔じゃ小童、退け」
「何しに来たの?自殺?ならペリダト樹海に行けば?」
「こらユング!イルマちゃんに帰ってくるなって言われたのに、何を余計な事してるんだ。戻りなさいこの足手まとい!巻き込むよ!」
ユングはわっと泣き伏した。あんまりだ。こんなのってないよ。
確かに堅固な龍鱗で全身覆われたドラゴンを相手にレイピアで何ができるのかってレベルではあるけど、先生みたいに鞭なんか使えないけど。それでも盾くらいにはっ。
っていうか身内のおじいちゃんにすら足手まといって認識されてる事実が地味に痛い!
「……えーっと、ぬしらちょっと言い過ぎではないかの?泣いたぞ?」
死体にすら気遣いを向けられる。ぽんぽんと何か背中を撫でていると思ったら大蜘蛛だった。自分より強い魔物がいたらもれなく回復役を務めてくれるヒーラー種だ。
つまりユングはこの蜘蛛に強者として認められていることになるわけだけど、こいつ自体雑魚だからあまりうれしくない。あと精神的ダメージを回復しようとしてくれているらしいが逆効果だ。蜘蛛に慰められる自分がみじめで仕方ない。
「事実を言ったまでだよ。こちとら自分のケツもぬぐえないど低能の心情まで考慮してやるような優しさはないんでね」
「お前だって邪魔って言っただろ。それに正直がっかりレベルでね」
暴言を吐いた二人は悪びれないどころかさらなる暴言を吐いた。そのブレなさは魔導師としてすごく羨ましい。しかし傷つく。
背中を撫でる手が増えている。かなりの数の蜘蛛に気遣われている。しかし傷つく。逆に傷つくその気遣い。
「うう……僕は……、僕は」
「あー……まあその、頑張れよ。気を落とさずにの」
死人と魔導師を相手にしながら腐臭をまき散らしながらユングを慰める。ドラゴンゾンビ、器用なり。彼の中で何かが切れた。
「……さい」
「?」
暗い洞内で誰も気づかなかったが、ゆらりとユングの周りの空気が歪んだ。それは水面に起こる波紋のように、ゆるやかに、確実に広がってゆく。
蜘蛛たちは自分の体を通り過ぎた謎の感触に動きを止める。魔力のみで動いている竜の死体は不快感に目を蠢かす。
「うるさい……!お前のせいじゃないかあああああ!何もかも!」
それが具体的に何なのか最初に気づいたのは近親者でも本人でもなくて、イルマだった。気づかれないように静かに、しかし素早くバックステップを踏む。それからやっとオニビも気が付いた。イルマをそっと背中に庇う。
「いきなり出てきて!ゾンビ化して!死体はおとなしく寝てればいいのに!」
「ぼうげ……、暴走?メンタル弱いのう」
しかしこれは暴走ではない。魔神を信仰する魔物はその影響で一切暴走しないことが知られている。人間には適用されない特質のようだが、半魔に近い半人なら話は別だ。
「あっ……うあああああああ!」
叫ぶ声に獣じみたノイズが混じる。いつだったかの巨大ハネツキトカゲに声量は劣るだろうが、咆哮と呼ぶに足る実に立派なものだった。本能的な恐怖で足がすくむ。
落ち着いて、カバンに手を突っ込んで、対咆哮の耳栓を取り出し、耳に押し込む。すくんでいた脚が元通りに動く機能を取り戻す。これをしても咆哮以外は聞こえるのだ。科学って便利便利。
だから、オニビが思わず呟いた言葉を聞き取ることができた。
「ああ……!人間として生きたいならやるなって、言ったのに」
最初何を言っているのかわからなかったが、肩越しに正面を見てふっと何かが腑に落ちる。