27話 帰還(エピローグ)
ダンガンへの制裁を一通り終えると、夜の庭は奇妙な静けさに包まれた。
先ほどまで怒号と悲鳴が飛び交っていたとは思えないほどだ。
地面には伸びた傭兵たちと、ピクリとも動かなくなったダンガンが転がっている。少し離れた場所では、母親たちが互いに身を寄せ合いながら、まだ現実感のない顔で立ち尽くしていた。
「とりあえず、片はついたみたいっすね」
マドカが戦斧を肩に担ぎ直しながら辺りを見回す。
「ああ」
気が抜けたせいか、自分でも驚くほど声がかすれていた。
張り詰めていたものが、一気にほどけていく。
無事に助け出せた。
その事実をようやく実感できた気がした。
「リョウジ様、帰りましょうか」
シズナがそう言って懐から首飾りを取り出し、柔らかく微笑む。
その言葉に、皆が自然とシズナの周囲へ集まった。
「何をしてるネ。お前らも一緒に帰るネ。子供たちがずっと待ってるネ」
サイハが母親たちへ手を振る。
「私たちも一緒に行ってよいのでしょうか?」
「当然ですわ!」
おずおずと尋ねる母親へ、ルイが胸を張った。
「そのために、わたくし達はここまで来たのですから。ですわよね、村長」
「もちろんです」
俺はそう答えながら手を差し伸べる。
母親たちは顔を見合わせた後、恐る恐るその手を取った。
まだ信じきれていないのだろう。
本当に助かったのか。
本当に子供たちの元へ帰れるのか。
そんな不安が表情に残っていた。
「では、参ります!」
シズナが首飾りを発動させると、淡い光が足元から広がり、やがて全員を包み込んだ。
「少し目を閉じていてくださいね」
その声に従って目を閉じた直後、視界が一気に白く染まる。
身体がふわりと浮いたような感覚。
そして――。
「――――」
次に瞼を開けた時には、見慣れた村の景色が広がっていた。
青空。
森のような畑。
木造の家々。
遠くから聞こえる家畜の鳴き声。
いつも見慣れている光景だったが、今は妙に懐かしく感じる。
「こ、ここは……?」
母親たちは呆然と辺りを見回していた。
荒野を何日もかけて越える覚悟をしていたのなら、無理もない反応だった。
「死の荒野のど真ん中にある、リョウジ様の村です」
シズナは涼しい顔で答えた。
もっとも、その額にはうっすら汗が滲んでいる。
これだけの人数を一度に転移させたのだ。さすがのシズナもかなり疲弊していた。
「ママ……?」
その時だった。
鬼人族が暮らすアパートの方角――畑という名の森の中から、幼い声が響いた。
母親たちが一斉に振り返る。
「坊や!」
「ママだ! ママが帰ってきたぁあああ!」
一人の子供が叫びながら駆け出した。それを見た他の子供たちも次々と飛び出してくる。
転びそうになりながら走る子。
泣きながら母親を呼ぶ子。
必死に母親を探す子。
母親たちは堪えきれなくなったように駆け寄り、その場に膝をついた。
「ごめんね……ごめんね……!」
「ママ!」
小さな身体を強く抱き締める。
二度と離さないと言わんばかりに。
子供たちも母親の服をぎゅっと掴み、顔を埋めていた。
「会いたかったよ……」
「うん……うん……」
「僕、お野菜育てられるようになったんだよ! ママにもいっぱい食べさせてあげるね!」
「そう……そうなの……」
涙で声を震わせながら、それでも母親は笑った。
あちこちで同じような再会が繰り返される。
泣き声。
笑い声。
その全てが混ざり合い、村の空気を温かく満たしていった。
その光景を少し離れた場所から眺めながら、俺は小さく息を吐く。
一時はどうなることかと思った。
街へ向かった時も、屋敷へ乗り込んだ時も、最悪の結末が頭をよぎらなかったわけじゃない。
だが、今こうして親子が再会できている。それだけで十分だった。
「本当に良かった」
いつの間にか隣へ来ていたホムラが呟く。
「そうだな」
「村長のおかげだ」
「お前らがいたからだろ」
そう返すと、ホムラは少しだけ笑った。
照れ隠しなのか、それ以上は何も言わなかった。ただ腕を組みながら、母親たちと子供たちの姿を静かに見守っていた。
再会の時間はしばらく続いた。
泣き疲れた子供が母親の腕の中で眠り始める頃には、空の色もすっかり変わっていた。
ようやく落ち着きを取り戻した母親たちは、改めて村の中を案内されることになる。
これから先どう生きるのか。
故郷へ帰るのか。
それともこの村に残るのか。
決めなければならないことはたくさんある。
だが、それは急ぐ話ではない。
今はただ、再会できたことを喜べばいい。
俺は賑やかな声が響く村を見渡しながら微笑んだ。
少なくとも今日だけは、誰も涙を流さずに眠れるだろう。
そうして一通り騒ぎが収まった頃、俺は自宅の縁側で友人――ガザと酒を酌み交わしていた。
村のあちこちからは、まだ再会を喜ぶ声が聞こえてくる。
泣き疲れた子供を抱いて歩く母親。
彼らを案内する鬼人族たち。
そんな光景を眺めながら飲む酒は、いつもより少しだけ美味く感じた。
「大将ならきっと何とかしてくれるって、信じてたぜ」
ガザが豪快に酒をあおる。
「調子の良いやつだな。それより、もう傷は平気なのか?」
「ああ。シゲ爺に白菜汁を大盛りで食わせてもらったからな」
「そっか」
ガザは大げさに胸を叩いた。
「見ろよ。もうピンピンしてるぜ」
「無理はするなよ」
「ははっ。大将が心配性すぎるんだ」
以前と変わらないやり取りに思わず笑う。
一度はもう二度と会えないと思っていた友人と、再びこうして酒を飲んでいる。
不思議な感覚だった。
「で、これからどうするんだ?」
そう尋ねると、ガザは不意に背筋を伸ばした。
先ほどまでの軽薄そうな態度が消える。
珍しく真面目な顔だった。
「大将」
「ん?」
「改めてオレをこの村の一員にしちゃくれねぇか!」
真っ直ぐな眼差しだった。
迷いも冗談もない。
数秒見つめ合った後、俺は大きく頷く。
「もちろんだ。これからもよろしくな、ガザ」
「ああ! こっちこそ頼むぜ、大将!」
ガザの顔が一気に明るくなった。
俺たちは笑いながら杯をぶつけ合う。
その瞬間、いつもの声が頭の中に響いた。
〈ガザが正式に村の住民として登録されました〉
思わず苦笑する。
どうやらシステム的にも認められたらしい。
「そういや、アルティーナはどうするんだ?」
ガザの何気ない一言に、俺は顔をしかめた。
問題はそこだった。
アルティーナの領主――ダンガンはもういない。
つまり現在のアルティーナには、街を統治する人間が存在しない。
レタによれば、アルティーナを村として登録した以上、いずれは俺が何らかの形で管理に関わることになるらしい。
もっとも、それはあくまでレタの見解だ。
ダンガンが行方不明になれば、国が新たな領主候補を派遣するだろう。
だが、その後任がまともな人間である保証はない。
もし再びダンガンのような人間が送り込まれたら。
今回と同じ悲劇が繰り返されたら。
そう考えると、完全に無関係ではいられなかった。
「面倒事が増えたな……」
思わず額を押さえる。
アルティーナは村などという規模ではない。
人口も施設も、この村とは比較にならないほど大きい。
ただでさえ日々の仕事に追われているのに、さらに管理するものが増えるのだから頭が痛い。
「大将は考えすぎなんだよ」
「考えなしに飛び出した結果がその傷だろ?」
「違ぇねぇ」
ガザは大笑いした。
ちなみにダンガン=ガーミンがどうなったのかと言えば――。
先ほどホムラによって身ぐるみを剥がされ、身一つで死の荒野のど真ん中へ放り出された。
村に入れてくれと泣き叫んでいたが、ダンガンはレタの結界のブラックリストに登録されているので、村に立ち入ることができない。
仮にここからアルティーナまで歩いたとしても、辿り着くまでには十日以上はかかるだろう。
食料も水もない。
護衛もいない。
おまけに死の荒野には魔物までいる。
一人で生きて帰れる可能性は限りなく低い。
もっとも、その結末に同情する気にはなれなかった。
干からびて死のうが、魔物の餌になろうが、自業自得だ。
犯罪者にまで慈悲を配れるほど、俺は立派な人間ではない。
「にしても、やることだらけだな」
アルティーナのこと。
村のこと。
そして俺自身のこと。
考えなければならない問題は山ほどある。
俺は空になった杯へ酒を注ぎながら、空を見上げた。
頭上には雲ひとつない青空が広がっている。
異世界へ来たばかりの頃は、勇者ではないと城を追い出されてどうなることかと思っていた。
それが今では村ができ、仲間が増え、守るべき人たちまでいる。
状況は大きく変わった。
だが、変わらないこともある――。
「一年、切っちゃったな……」
誰にも聞こえない声で呟く。
医者の言葉が事実ならば、俺に残された時間はあと十か月。
異世界へ来て約二か月。
死の荒野という絶望しかない土地で、それでも俺は何とか生き延びてきた。
仲間もできた。
村もできた。
守りたいと思える人たちも増えた。
だからこそ思う。
残された時間で、俺はどこまで辿り着けるのだろうか。
乾いた風が吹き抜ける。
遠くでは、家族を取り戻した子供たちの笑い声がまだ聞こえていた。
その温かな音を聞きながら、俺はゆっくりと杯を傾けるのだった。
【☆あとがき☆】
まずはここまで読んでくださり誠にありがとうございます!
読者の皆様に、大切なお願いがあります。
少しでも、
「面白そう!」
「続きがきになる!」
「期待できそう!」
そう思っていただけましたら、
ブックマークと評価を入れていただけますと嬉しいです!
第一章完!
この物語は一度ここで完結とさせていただきます。ご要望がありましたら、二章を書いていこうと思います。
ご愛読ありがとうございました。m(_ _)m




