第1話 獅童正道は巨大財閥の御曹司である。
「あのね? お願いがあるの……」
深夜のタワマン。
俺――獅童正道の部屋のベッドで、学園のアイドルにして『お嫁さん検定1位』のあだ名を持つ花宮桃花がそっとささやいた。
「お願い?」
「うん。お願い……わたしの初めて、もらってくれないかな?」
蕩けるような甘い声で、とんでもないことをささやきながら、桃花は俺の腰に両手を回すと、キュッと密着するように抱きついてくる。
女の子特有の柔らかい感触が、俺の背中にやわやわと押し当てられていた。
「もも……か? いったい、なにを言って――」
「わたしの身体、正道くんの好きにしていいよ?」
ささやきながら、桃花は身体を――特に胸を俺へと何度も押し当ててきた。
ぎゅむり、ぎゅむり。
そのたびに柔らかい感触が押し当てられ、形を変え、得も言われぬ柔らかさをこれでもかと伝えてくる。
「――っ」
桃花が可愛いだけでなくスタイルもよくて、特に胸が大きかったことを、俺は思い出していた。
桃花の手がシャツの中に侵入し、俺の素肌に触れ、撫であげる。
「わっ、すごく熱くなってる……正道くん、興奮してくれたんだ?」
まるでASMRのように、桃花の声は俺の脳を甘くとろけさせた。
身体が熱い。
頭がくらくらする。
人という名の枷は今、本能という名の獣に荒々しく食い破られようとしていた。
深夜の自室という完全ホームで行われようとしているのは、学園のアイドルとの秘密のセッションだ。
俺の理性はそろそろ限界を迎えようとしていた。
だが、いったいなぜこんなことになってしまったのか?
話は数日前にさかのぼる――
◇
俺――獅童正道(しどう・まさみち)は巨大財閥の御曹司。
いわゆる親ガチャSSRってやつだ。
たとえばそうだな、小遣いは月に1000万円もらっている。
入学したばかりの高校一年生が貰う額じゃないことは、小さな子供だってわかるだろう。
ただ、俺は自分の出自を周囲の人間には言っていなかった。
金目当ての「友だち」が近寄って来たり、やっかみを受けたり。
言ってもロクなことにならないのは、目に見えているからだ。
なにより俺は自分がたまたま親ガチャに当たっただけの、凡庸な人間だと知っていた。
勉強も運動も俺なりに頑張ってきたつもりだが、全てにおいて「それなりによくできる」程度を越えることはなかった。
日本最高レベルの学歴を持ち、今は巨大財閥のトップとして世界を股にかけている超優秀な父。
学生時代に司法試験に合格しただけでなく、ミスコンを総なめにした才色兼備の母。
その2人の才能を色濃く受け継いだのは俺――ではなく神童と呼ばれる双子の弟だった。
俺よりほんの数分遅れて生まれた弟は、しかし俺が箸にも棒にもかからずに落ちた超難関中学(父の母校だ)に主席入学。
中学では進学校で成績1位を取り続けながらテニスの全国大会で優勝、スピーチコンテストでは総理大臣特別賞、模試でも全国1位を取ってみせた。
まさに文武両道。
獅童の誇る麒麟児だ。
そして当の俺はというと両親や弟と比べるまでもなく、どうしようもない凡人だった。
たとえば弟が見てすぐに解き始める難関中学問題の過去問を、俺は何十分もかけてなんとか答えにたどり着く。
俺たちのために選び抜かれた選りすぐりの家庭教師は、実質ほとんど俺に付きっきりだった。
そしてその横で弟は次から次へと新たな問題を解いていった。
ははっ、俺でなくとも身の程をわきまえるようになるだろう?
そんな俺をただ兄と言うだけで、弟は「兄さん、兄さん」と慕い純真な視線を向けてくる。
出来の良すぎる双子の弟から逃げるようにして、俺は高校進学と同時に実家を出た――
◇
そんな最高の環境で育った凡人たる俺がとある少女と出会ったのは、ゴールデンウィーク明け。
春が終わり初夏へと移り変わる季節の夕方だった。
俺が通っている(進学校ではないがそこそこ偏差値高めの)私立高校からの帰り道のことだ。
俺は一人暮らしをしているタワマン――無駄に広いので掃除が地味にメンドイ――に向かって、暗くなり始めた道を歩いていた。
「思ったより遅くなったな」
理由は簡単、高校の友だちとカラオケに興じていたからだ。
「ま、明日は土曜日だしな。学校も休みだし気にすることはないか」
もう高校生なんだから、少し羽目を外すくらいは普通だろう。
そんな他愛もないことを考えながら歩いていると、人気のない橋の上に誰かがたたずんでいるのが、ふと目に入った。
女の子だ。
「あれってうちの高校の制服だよな?」
暗がりで見えづらいが多分そのはず。
そんなに特徴的な制服ではないものの、なにせ毎日見ているので、全体的な雰囲気でなんとなくわかってしまう。
うちの高校の制服を着た少女は、橋の欄干に手をかけながら、ジッと虚空を見つめていた。
どうにも嫌な予感がした。
「まさか、身投げか?」
いや、まさかな?
そんなことはない……よな?
不安から思わず足を止めた俺の目の前で、女の子が欄干から身を乗り出そうとする。
「ちょ! おい!? 冗談だろ!?」
思わず大きめの声が漏れ出た時にはもう、俺の身体は勝手に動き始めていた。
「待て待て待て待てーいっ!」
俺は通学鞄を道端に投げ捨てながら全力ダッシュで近寄ると、女の子の身体を後ろから抱き止めた!
手の平に「むにゅぅ!」と、とても柔らかいマシュマロのような感触があって、
「きゃんっ!?」
少し遅れて腕の中から可愛い声が聞こえてきた。
俺は後ろから女の子を抱き留め、柔らかいものをがっしりとホールドしたまま、橋の欄干から強引に引き離した。
オーケー!
間に合った!
俺、グッジョブ!
「何があったかは知らないが、身投げとか早まるなって! 人生は意外と捨てたもんじゃないぞ!」
もう必死の必死。
腕の中の女の子に懸命に説得を試みる俺だったのだが――。
「み、身投げって、なに? っていうかその声、獅童くん?」
腕の中から聞き覚えのある声が返ってきて、俺は思わずきょとんとしてしまった。
「あれ、もしかして花宮さん?」
俺の腕の中にいたのは同じクラスの女の子――花宮桃花(はなみや・ももか)。
誰が言ったか『お嫁さん検定1位』女子。
花々しい(華々しいと「花」がかけてあるのだ)可愛らしい名前で、学園のアイドルとの呼び声も高い、クラスで人気の――いや、学校中で人気の美少女だったのだ。
そうと認識した途端に、急に恥ずかしさが込み上げてくる。
超の付く美少女に抱き着いているので、それもやむなしだ。
そしてそこで俺はハッと気が付いた。
俺の両手が花宮さんの胸を、盛大に鷲掴んでしまっていることに。
さっきの「むにゅう!」は花宮さんの胸の感触だったのだ。
無意識で手の平を動かすと、やわやわという感触とともに、
「はうん……っ」
花宮さんのちょっとくぐもった甘い声が返ってきた。
ちょ! ちゃ! ちゅ! ちょ!?
必死の行動だったとはいえ、俺はなんてことをしてしまったのか!
俺は花宮さんを抱き留めていた両手をパッと離すと、慌てて身体を引いた。
すると解放された花宮さんはホッとしたように「はぁ」と小さく息を吐いてから、俺の方へと向き直った。
お読みいただきありがとうございます♪
今作はマナシロカナタ史上、最高にカッコいい主人公で行きます!
最高の環境に生まれた凡人が、悩みながらもカッコよく生きようとするその姿!
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