黒いモヤ、届かぬ祈り
「失礼します」
「ジェローム様」
「祭りの見回りをしていると、ダリアさんが『スペンサー令嬢が私を呼んでいる』と伺ったのですが?また何か?」
「ええ、少々お願いが。騎士団の方に連絡しましたが、こちらにいらしてたのですね」
「また何か?」
おう。でたよ、ゲローム。
にっこりと笑いながらもちっとも笑っていない目で、オゥルソさんを確認し、そしてスベンさんに目だけで礼をした。
ジェローム様は、仕事は出来る感じはする。真面目だし、相談にも乗ってくれるだろう。が、こう、なんだろうな、私に対しての信頼が無い気がする。
「私が何か問題を起こしたとかでは、ないですよ…。まったく、そんなに人を問題児みたいに言わないで下さい」
「スペンサー令嬢、今回の問題は?どんな?」
「いや、会話よ。会話になってないと思うのは私だけなのかな?私のせいではないです。ちゃんと伝わっています?」
「ふむ、スペンサー令嬢のせいではないと。では、どのような問題で?」
「問題…まだ、不確かな事なので、すぐに騎士団は動けないと思うのですが…」と、前置きをしてから、スベンさんとオゥルソさんからも説明を求めながら、黒い卵を見せた。
「コレは魔獣の卵ですね?生きてはいないような?スペンサー令嬢の卵ではないのですね?」
「ええ。私の卵はオゥルソさんが買ってくれまして。その手続きもしないといけませんね」
「ペット用魔獣の譲渡手続きですね。騎士団にも届けが必要ですので、私が手続きをしましょう」
「おお、流石ジェローム様」
口うるさく、細かいジェローム様なだけあって、オゥルソさんと私の卵の話を纏めて、あとで書類を準備する約束をしてくれた。
こういう仕事が早いのはとても良いと思う。
私が、何度目かの、ゲロームと呼んでゴメンよ、と心の中で謝罪をしていると、ジェローム様はオゥルソさんから話を聞きながらメモを取っていた。
「証拠品を集めて頂ければ助かります。今の現状では騎士団は動けません。しかも、私の所属している第二ではブラックのテントの方にも入り辛いですね。本来であれば祭りの管轄も第三ですから」
「あら。ならなぜ、ジェローム様が見回りを?」
「先日、貴族の令息同士が大通りで騒ぎを起こしたでしょう?それで一応、私達も見回りを強化していましてね。貴族もお忍びで祭りに来ることは多いのですよ。例年一応、臨時詰所を祭りの中央や入口に第三と共同で設けてますが、今年は見回りもいつもより強化しています」
「ああ、あの時の」
私は確かにジェローム様と一緒の時に何か、騒ぎがあったな、と思い出していた。
「最近、街中で、小さないざこざが増えてまして。つまらない喧嘩や、馬車の譲り合いなどですが、なんだか、祭りの熱気とは別な感じがしまして嫌な雰囲気ですよ」
ジェローム様はそういうともう一度卵を見てから私の方をじっと見た。
「上手く言えませんが…なんだか嫌な感じがするのです」
私はその言葉に頷くと、暗く淀んだ気配がする空を見つめた。
皆もつられて窓の先の空を見て暫くして、
「じゃあ、私は先に事務所に戻ります。書類の確認等もありますから」
ジェローム様とオゥルソさん達に、私はそう言った。暗くなる前に事務所に戻りたい。
「フレイ、一人で大丈夫か?」
「お送りしましょう」
オゥルソさんとジェローム様がそれぞれそう言ってくれたけれど、私は横に首を振った。
「まだ明るいですし一人で大丈夫です」
祭り会場から事務所までは遠くはない。挨拶をするとスベンさんの小屋を出た。
「ちょっとだけ、近くに行ってみようかな……」
戻る時に少しだけ遠回りをして、ブラックのテントの近くを通って帰る事にした。様子を見るだけでも何か分かるかもしれない。
ブラックのテントの前には仮面を被った人がいて、客をテントの中へ通していた。
テントの周りにいる人達には異様な熱気があり、テントに入る人は顔を隠している人、興奮して顔を赤らめている人、ニヤニヤしている人、少なくもない人たちがテントを出入りしていた。
「変だけど…。異常はないようね…」
離れた場所からテントを眺め、探偵事務所の方へと顔を向けると、目の前を黒い影が横切った。
よく目を凝らすと、ブラックのテントから黒いモヤが帯のようになって外に流れてきている。
「何処に集まっているの?」
私は黒いモヤが流れる先に小走りで向かった。
祭り会場から少し離れた空き地。小さな茂みの中に黒いモヤは集まっていた。黒いモヤが渦巻いている。
よく見ると、汚れた布、何かの紙、毛、そしておそらく卵の欠片がある。
この空き地をゴミ捨て場の様に使っているのだろう。
「証拠の品になるはず」
私が黒いモヤに近づくと、黒いモヤが一つになり、大きな靄になり、私の前に四つ足の黒いモヤが現れた。
『ギ###ガ‘‘‘‘‘‘ゲェ!!!!』
「なに?!」
黒いモヤから凄い風圧を受けた。顔を手で覆い、目を凝らすが、崩れそうな四つ足のモヤがガラスを石で削った様な声をだした。私の頭の中に直接黒いモヤの感情が音と共に入り込んでくる。
『くそ!こんな色じゃ高く売れないな!次の卵はまだ産まないのか!』
『病気?他に移らないようにさっさと処分だな』
『金にならない物は捨ててこい』
『本当、ゴミだな』
真っ黒な感情が頭の中を駆け巡る。
魔物の言葉は分からない。でも、気持ちは分かる。
『許せない』『死にたくない』『痛い』『辛い』『お腹空いた』『空を飛びたい』『檻からでたい』『駆けたい』『憎い』
悲しさ、憎しみ、色々な負の感情が黒いモヤにグルグルと渦巻いている。
地面から腕が伸び、モヤを掴むと、一気に地面の中へと連れて行った。
「だめ!堕ちちゃ!」
そう言って手を伸ばしたが、黒いモヤは自ら地面に飛び込むように勢いよく地面の中に吸い込まれていった。
「ああ…」
モヤの後に残った、卵の殻には黒いモヤの残骸があるだけだった。
私は袋にそれを入れると、ゆっくりと探偵事務所へと戻った。
落ちた。
堕ちてしまった。
もう、私は救えない。




