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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第四章 黒衣の女
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第57話 偶像と古城

 虎嬢ティファ・ゴールドの眼鏡に映る湾刀を振りかぶる黒覆面の姿。その眼鏡の奥にある眼光をそのまま太刀筋に乗せたようなサーベルの鋭い一閃が黒覆面の湾刀を打ち払い、すぐさま返った刃が覆面を深々と切り裂いた。漆黒のコートを翻しながらの刹那の二振りは、黒覆面一体を瞬時に葬り去る。しかし……。


「くっ、これでは切りが無い」


 ティファの隣で別の黒覆面の相手をしていた猫助の口から低い唸り声が洩れる。


 ティファ、カズン、猫助、そして戦闘装甲に転じたサリディ。各々の実力は黒覆面達に充分勝っている。ただ、それは一対一で向き合えばの話。相手の数が二倍三倍となれば話が違う。いや、二倍三倍で済む量ならば、すでに戦闘は終了していただろう。問題は、黒覆面達が際限無く湧いて出てくる事にある。


「有象無象がわらわらと……弱っちい癖して、しゃしゃり出てくんじゃねぇってんだ!」


 怒声と共にボウガンを連射するカズン。その矢尻一本一本が寸分の狂い無く黒覆面を打ち抜いていく。さしもの黒覆面の一団も出現もカズンの連射の回転数には勝てずに一度は全滅するのだが、それも僅か数秒の間。黒覆面達を一掃してやれやれと息をつく間もなく新たな黒覆面が出現しては、気の短いカズンが怒鳴りたくなるのもわかる。


 いや、カズンの苛立ちは別の要素もまた含んでいた。


「にしても、この町の警備隊は木偶の坊か!」


 カズンは再び怒鳴りながら新たにボウガン連射。


 最初の黒覆面がエニーを襲おうとしてから今まで、延々と戦い続けているカズン達。カズンの怒声を抜きにしても戦闘の喧騒は、夜の倉庫街に絶える事無く響いている。倉庫街に張っていたシャルワン警備兵が、それを聞きつけて駆けつけてもおかしくない。


 仮にもルー商会が借りた倉庫はシャルワン商業ギルドから借り受けた倉庫であり、無論シャルワン警備隊の警備区域の一角。ましてや、その倉庫が襲撃にあった夜にもかかわらず再度同じ場所で騒ぎが起こっているというのだから、警備隊が出てこないはずがない。


 それでも出現する黒覆面達の相手をしているのはカズン達だけだ。シャルワン警備隊が気付いていながら出張らないというなら職務怠慢甚だしい話。これもカズンが怒鳴りたくなるのもわかるというもの。


 ではあるのだが……。


「落ち着け、スノウコイン。私が知る限り、この町の警備隊は職務に忠実だよ。同じ場所で一夜に二度も賊の襲撃が起きれば黙っていないさ」


 新たに黒覆面を屠りサーベルを構え直したティファがカズンに諭すように言う。そんな彼女の言葉を皮肉るように、カズンが大げさに周囲を見回した。


「その割にゃあ、誰一人来ないが?」


「彼等が来ないのには何かしら理由がある。おそらくは、この黒覆面共に関わる何か」


「ですね。多分、今この周辺の空間は封鎖されているのではないかと」


 ティファの返答にエニーが頷く。最年少封印師の言葉に、サリディを除いた一同は疑問符の付いた視線をエニーに向ける。


「細かく話すと長くなってしまうのですけど、そうですね……結界と言えばおわかりいただけますか? 今の私達は見えない箱の中にいるようなものなんです。たぶん」


 末尾に多分とは付けたものの確信に近い口調で言うエニー。従者サリディはそんな少女をひょいと抱き上げ、主に迫る黒覆面を蹴り飛ばす。


「このゴーレム然り、空間封鎖然り、今宵の相手は随分と面妖な相手で御座いますな」


 サリディは、眼前の黒覆面が制御を失い砂と化す様を見据えながらふむと唸る。


 ゴーレム生成と同様、空間を封鎖する結界というものも古代魔法の類。道術で近い事はできても、完全ではない。そのゴーレム生成や空間封鎖をやってのける者などがいるとすれば、その者は現代魔法史に嫌でも名を記され、封印師としてその手の教育を受けてきているエニーが知識として学ぶ事になっただろう。そして、古代魔法に精通した者の名など教科書には記されていない。


 サリディの腕から降りたるエニーは黒覆面達から数歩身を退くと、精神を集中させるべく目を閉じて大きく深呼吸をした。


「なんとかして結界を破ります。サリーさん、しばらく時間を稼いでください」


「御意」


 主の指示と同時にエニーと黒覆面の間に立ちはだかるサリディ。その間も出現し続けている黒覆面に応戦していたカズンがエニーをチラリと見る。


「お嬢、出来るのか?」


 少女に結界が解けるのか? その疑問がそのままカズンの口から出ていた。


 封印師にして道士。エニー・カーチスが優秀な人材である事はカズンも重々承知している。ただ、古代魔法という専門外の分野にまで対応できるかどうかを問えば、別の話だ。


 道士として道術は体得していても、古代魔法では術の様式が根本的に異なる。ダイヤル式の鍵に南京錠の鍵をかざしたところで鍵が開くはずもない。


「エニーお嬢様を疑うと言うのか? これだから下郎は……」


 精神集中に入り沈黙するエニーに代わってカズンに応じたサリディは、彼を小バカにしたような態度で頭を振って見せた。


「うるせぇ、アホウドリ。どうやって解くのか気になっただけだ」


「ふむ、カズン君の粗野な性格を鑑みれば一番考え至りそうな手立てだと思ったのだが……流石に下郎、そこまで知恵が回らないか」


「このアホウドリ、言わせておけば……誰が粗野で知恵が回らないってぇ?!」


「お前達! いがみ合ってないでこいつ等の相手をしないか!」


 思わずボウガンの照準を黒覆面からサリディへと変えたカズンだったが、猫助の怒声に慌てて戦列復帰。サリディも迫りくる黒覆面に視線を戻し身構える。


(それにしても、俺が考え付きそうな手立てなぁ……)


 ボウガンの連射を止める事無く、一矢毎に確実に黒覆面を葬りつつ思考を巡らせるカズン。


 サリディに粗野で知恵が回らないと評されたが、無論それは過小評価。カズンはそこまで頭が悪い男ではない。悪くは無いが、知識が豊富というわけでもない。古代魔法に関しては、存在は知っていても術の構成等は全くの門外漢。そんなカズンこそが一番に考え付く手段と言えば……。


(丸ごとカチ割ろうってのか?)


 閉ざされた門を開ける鍵を持たないと言うのなら、鍵を壊してしまえばよい。強引な手段ではあるが確かにカズンが考えそうなもので、事実彼が少し考えただけで考え付いた手段だ。


 そして、そのカズンの考えこそがエニーが考えていた一手。


(白い影の位置が変わってる……あれが核になっているのかしら)


 この倉庫に近寄った際にエニーが最初に目に付いた白い影。他の者の目に留まらず、異界の門にも似たそれは黒覆面達の間をユラユラと縫うように舞い飛びながらその位置を変え、その軌道上から新たな黒覆面が姿を現していく。白い影を視認できるエニーにしてみれば、怪しんでくれと言わんばかりの存在だ。


「サリーさん、五つ数えたら倉庫壁面方向へ翡翠風発射。できますか?」


 薄緑の翼を羽ばたかせながらエニーを守るように戦っていたサリディは、背後からの主の声に少し困ったように眉根を寄せた。


「できますが……放てば我輩が打ち止めとなりましょう」


「あとの事はなんとかします。今は黒覆面の方々が邪魔なんです」


 常にエニーに付き従うサリディとは言え、彼女の考える手立ての全てが読めるわけではない。古代魔法の知識という点ではカズンと大差はないが、彼とサリディとで圧倒的に違うのがエニーに対する忠節の度合い。そのサリディをエニーが頼りにされれば、どうしてその頼みを断われようか。


「御意に」


 従者の短くも確かな返事とそれに続く「一つ」という呟きを聞きながら、エニーは懐から小さなナイフを取り出す。そして、ナイフの刃を自分の指先に当てて躊躇い無く引いた。


 エニーのその行為を傍目で見ていたカズンは驚きこそしたが、声をかける事もなく黒覆面の迎撃に意識を戻す。頼りない幼さより、術へと集中する凛々しさが勝る少女の横顔を目の当たりにすればこそ。今は信じてエニーの術の完成を待つのみだ。


「二つ」


 黒覆面へと意識を向けたはずのカズンが再びエニーを見たのは、彼の黒いコートの袖をエニー自身が引いたからだった。何事かと問いたげな視線を向けるカズンに対し、エニーも無言。いや、少女の口は僅かに動き心言という声無き声を放ち続けている。


「三つ」


 エニーは指先から流れ出る血に染まった手で、そっとカズンの手にしたボウガンの矢尻を撫でた。カズンが怪訝な顔で月光に照らされた朱塗りの矢尻とエニーの顔を見比べていると、エニーは爪先立ちにその顔をカズンの耳に寄せ、何事か耳打ちする。


「四つ」


 周囲の黒覆面達を一通り蹴散らしたサリディが両翼を広げ、翼が放つ薄緑の光が急速に輝きを増していく。サリディの翼に集約しつつある気を感じ、エニーが前線で戦い続ける一人と一匹に目を向けた。


「ティファさん、猫助さん、伏せて!」


「五つ!」


 少女の声を遮るように、戦乙女がばさりと音を立てて勇翼を羽ばたかせる。翼の輝きは羽根の一つ一つに乗り移り、羽根は集い一陣の風となって黒覆面達に向けて吹き付ける。薄緑の突風をその身に受けた黒覆面達は悉く砂と化して崩れ落ち、その場に伏せていたティファと猫助の上に降りかかった。


 穏やかな風が放たれた一撃の僅かな余韻となって残る中、半ばまで砂に埋もれたティファがひょっこりと頭を上げて周囲を見回す。


「なんというか……スノウコインが少女達を高く評価する理由がわかった気がするよ」


 一面の砂塵を前に呆れた顔で呟くティファ。その隣で伏せていた猫助がそうだろうと言いたげにニャーと鳴く。


 だが、エニーの組んだ策はまだ半分。現れていた黒覆面を一掃しただけに過ぎず、結界は解かれていない。またすぐに新たな黒覆面が湧いて出る。


 そして、黒覆面が出てくる時こそ好機。


 己の役目を終えて元の鸚鵡に戻ったサリディ。目を回して墜落する従者を抱きとめたエニーは、新たな黒覆面出現を察してカズンへと振り返る。


「カズンさん!」


「わかってらい!」


 エニーの声に勝気な笑みを浮かべて返すカズン。その手にしていた矢尻はすでにボウガンから飛び出していた。


 サリディが黒覆面を一掃する直前にエニーがカズンにした入れ知恵。


―― 矢尻の血に細工をしました。黒覆面の出る所に撃って下さい ――


 道士が自らの血を用いて道術を行使するという事は無いことではない。自身の血液は元々自分の一部であり、心言詠唱を極端に短く出来るという利点があるからだ。ただ、いくら自身のものとは言っても本来の血液の働きとは全く異なる事を強制する事になる為、術者の精神的な消耗も覚悟が必要になり、急を要する事でもなければまず使わない。


 そんな少女の覚悟の血に染まった矢尻達は、エニーの指示通りに黒覆面の出現地点に飛び掛る。


 カズンは自身の射撃の腕に間違いはないと、エニーは自らの血を用いた作戦が完遂すると確信する。


 次の瞬間、紫の光を放ちながら響く電撃音。


「な……!」


 その声を詰まらせたのはカズンだったかエニーだったか……。彼等を確信に導くはずだった矢尻は、闇夜に走った一条の雷撃によって焼け崩れた。


 驚き目を見開くカズンとエニーの視線が、いや、ティファと猫助も合わせた四者の視線が、血塗りの矢尻が到達するはずだった一点に集中する。


 彼等の視線の先。虚空から突き出ていたのは黒覆面の姿ではなく、黒覆面より幾分細く白くしなやかな素手だった。


「道術を使って血に封印師の術を乗せる、か。なるほど。これは敵ながら天晴れね。いやぁ、世の中にはなかなか面白い事を考える子がいたもんだわ」


 さも楽しそうな女の笑い声が虚空から響き渡り、その笑い声としなやかな腕の持ち主である女がするりと虚空から顔を出した。女は呆然とするカズン達に何の警戒を見せる様子も無く、全身を虚空から抜き出すと身を包んだ漆黒のローブの裾を軽く手で払う。


「……どうやら、盗賊一味の親分登場ってトコらしいな」


 得体の知れない謎の女を前に苦い笑みを浮かべるカズン。そんなカズンと目が合った女はニコリと場違いなほど柔和な笑みを浮かべた。



まーた変な子を登場させて……どうすんだ、っていうか、どうしたいんだ、私。

そんな作者当人が読めない展開になりつつある今回の章。もともと予定していた展開になんとか軌道修正したいような、このまま続きを見てみたいような……。

……面白いと思った方を書きます。

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