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斑の猫の館  作者: 紫神川悠
第四章 黒衣の女
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第58話 黒衣の女

「それにしても、倒しも倒したり……。いやー、お見事お見事。こいつ等相手にこれだけやるなんて、キミ達若いのに大したものだわ、ホント。お姉さん感心しちゃったよ」


 闇色のローブを纏った女は、砂山と化した黒覆面達を一通り見回すとカズン達に笑いかける。


 実際の年齢は知れないが、確かに見た目はカズン達よりいくらか上のお姉さんらしい。癖のある黒髪のショートヘアで、猫っぽい印象を受ける顔立ち。着込んでいる漆黒のローブは彼女にはサイズが大きいのか、ダブついた生地から伸びる手足は細く、生地の黒と対照的に白い。


 無邪気に笑って見せる女を前にしてカズンやエニーが困惑する中、ティファが一人殺気立った刃を女に向けた。


「この者達の首領とお見受けする。その上で、あなたに問いたい。数時間前にこの倉庫が盗賊団に襲われた。その盗賊団は、あなた方の事だと思うのだが……いかがか?」


 冷たく光るティファの双眸。女は彼女の刃と視線を前にしても怖気づく事も無く、むしろ状況を楽しんでいるかのような悪戯っぽい笑みを浮かべてみせる。


「うーん、そうねぇ。もし、私だとしたら?」


「我が社の商品を盗み、あまつさえ部下を傷つけた者達だ。許しはしない。それ相応の覚悟をしていただこう」


 淡々と告げるティファの眼鏡の奥で、その眼光は見たものを凍てつかせる程に冷たく鋭さを増す。


「それじゃ、私じゃないって言っておくわね」


「では、質問を二つ増やさせていただく。この覆面達の悪趣味な装束が盗賊団の目撃情報と酷似しているのはなぜか? そして、先程こちらのお嬢さんを躊躇無く襲い掛かった理由はどう説明する気か?」


「ちょいちょい! そこの眼鏡が可愛いお嬢さん。どっちに転んでも私が悪役だと疑ってるじゃないのよ。そ・れ・と……」


 ティファの言葉に苦笑いを浮かべて返していた女の目が不意に細められた。女は振り向きざまに射るよう目でカズンを睨み付ける。


「そこの真っ黒の子! 隙あらばと狙う姑息な努力を認めるけど、やるならもっとこっそりとおやんなさい! お姉さんにはお見通しよ!」


 女の声にビクリと身体を震わせたカズン。その手がボウガンに矢をセットする寸前で、女の視線に縫いとめられたように止まる。


(真っ黒はお互い様だろうが……)


 そんな内心は口にせず、カズンはゆっくりとボウガンと矢を下ろした。


「ったく、抜け目のねぇ姉ちゃんだな……」


「お褒めの言葉ありがとう。とりあえず、今はこっちの眼鏡のお嬢さんとのお話が先。キミのお相手はその後って事で、ね」


 先程カズンを射竦めた眼光など嘘だったかのような柔和な笑みでカズンにそう告げた女は、改めてティファへと向き直る。


「それじゃあ、正直にお答えするわ。いかにも、倉庫を襲ったのは私。でも、ちょっと訂正させて。犯人は盗賊団とされているみたいだけど、生憎私は別に盗賊を生業にした覚えはないわ。それと、こいつらは人でも妖魔でもない私の操る偶像にすぎないの。活動しているのは実質私だけだから団体扱いされるのも妙な気分ね」


「なるほど、訂正は受け入れよう。しかし、わからないな。盗賊業が本職では無いというのならば、なぜ倉庫を襲ったのか? 我が社に恨みがおありか?」


「恨み? 無い無い。というか、ここの倉庫にどんな会社が入っているかも聞いてなかったし……」


「聞いてない? 誰にですか?」


 女とティファの会話を離れて聞いていたエニーが小首を傾げ、エニーの言葉に女は慌てて口を塞ぐ。今更口を塞いでも時既に遅しという事は、女自身もわかっている事ではあるのだが。


 黒ローブの女の背後に黒幕有り。


 その場にいた一同が、事情を教えろと言いたげに女を見据える。やがて、女も観念したように口を塞いでいた手を放した。


「いやぁ、こっちもちょっとワケ有りでさ。実は私、ちょっと探し物があってね。その情報料代わりって事でこの倉庫を襲うように頼まれたのよ」


「あなたに情報料を支払うという者の名は?」


「お姉さんも一応契約の最中だからねぇ。それを言っちゃうわけにはいかんのよ。そこはわかって、ね」


 弱り顔で「ゴメンね」と言う女を前に、ティファは小さく息を吐いた。


 黒ローブの女に如何なる事情があろうとも、ルー商会が借りた倉庫を襲った事に変わりは無い。その事情も女の口から真相が語られる事は無い。ならば、ティファの取る行動は限られる。


 ティファは黒ローブの女に突きつけていたサーベルの刃先を引く。


「……それではお覚悟を。我が社と仲間を傷付けた報いを受けていただく」


 いつでも斬りかかれるように。


「あーっと、お嬢さん。お話ついでに最後に一つだけ聞いていい? 理由はどうあれキミの所には迷惑をかけてしまったんだし、私はせめてその名前だけでも知っておくべきだと思うんだけど……。どうかな?」


 女の問いにティファは構えたサーベル越しに彼女を睨みつける。


「ルー商会。警備隊第二分隊長、ティファ・ゴールド……参る!」


 名乗ると同時に地を蹴ったティファが一瞬で女との間合いを詰める。


 女はティファの突き出すサーベルを紙一重でかわし、黒覆面の砂山からナイフを蹴り上げた。砂を巻き上げ虚空へと舞い上がるナイフを掴み、振り下ろされたサーベルを間一髪で受け止める。


「ルー商会のティファ、ね。覚えておくわ」


 女はそう呟くと、ティファとの鍔迫り合いから逃れるように後方へと飛び、パチンと指を鳴らす。その音を合図に、微風さえ止んでいた周囲に風が生まれ急速に勢いを増していく。


「こけおどしを!」


 吹く風は勢いこそ強いがそれ以上のものではない。ティファはそう悟り、再び女に向かって力強く踏み込む。女はティファのサーベルを受け流しつつ、呆れ顔で溜息をついた。


「あのね、ティファ。この風をどう警戒したのかは聞かないけど、魔法というものは本来戦闘を目的として作られたものではないの、ね。全ては使う者の考え方の問題で……」


「黒覆面共をけしかけた奴に言われたくは無い!」


「あう、それはゴメンってば……」


 風を生んだのは黒ローブの女だが、その荒れようはティファの内心を表したかのような暴風。吹き荒れる風にティファの黒コートが翻り、女の黒ローブがはためき、黒覆面だったものが砂塵となって舞い上がる。


「ったく、なんて出鱈目な風だ。これじゃあ狙いもつきゃしねぇ」


 カズンは手にしたスウィングの構えを解き、苛立たしげに舌打ちをした。


 ティファと女が戦闘を開始してすぐに援護射撃を試みようとしたカズン。突如吹き始めた風に対抗し、愛用のボウガン・パレードから勢いで勝るスウィングに持ち替えてみたものの、暴風を相手にしてはスウィングでも狙いは定まらない。


 いや、風向きが読めれば或いは女に狙いを付ける事もできるだろうが、全く風向きの定まらない無秩序な乱気流を前にしてはそれも適わない。ダメ元で撃つには、ティファと女に間合いを広げてもらいところだが、暴風の中心となって激しく打ち込んでいるティファにそれを願うのも難しい。


「あの風の元は、さっきまで黒覆面を生み出していた白い影です。あれが全てを吸い込んでいるんですよ」


「と言われても、お嬢みたいな封印師でもねぇ俺にゃあ、その白い影ってのが見えねぇんだけどな……」


 乱れ舞う風を目で追っていたエニーから説明を受け、カズンがぼやく。


 そんな外野を他所に、ティファと女の決闘に一つの進展を知らせる音が暴風の中に響いた。ティファのサーベルが女の手からナイフを打ち弾いたのだ。


 たたらを踏んで下がる女を追って、ティファがサーベルを振りかざし止めとばかりに飛び掛る。


「おっしゃ!」


 ティファの勝利を確信し声を上げるカズン。だが、隣のエニーはカズンとは対照的に顔を青褪めさせた。


「ティファさん、ダメ!」


 果たして、少女の声は暴風の渦中にあったティファの耳に届いたのか。或いは虎嬢と呼ばれるティファの野性の勘が働いたのか。ティファは女が自らを庇うように前に伸ばした両手から、本能的に半身をそらす。


 次の瞬間、女の手から生み出された紫の光によってティファの視界は占領された。同時にサーベルから伝わる衝撃に抗いきれず、彼女は身体ごと跳ね飛ばされる。


 僅かな時間の浮遊感の後にティファの背中を襲う新たな衝撃。ティファは地面に叩きつけられたのだと知るより早く、体勢を立て直すべく起きがる。だが、半身を持ち上げたところでその動きを止めた。


 光が焼きつき淀んだティファの視界に、女のかざした手がやけにくっきりと映る。


「王手ってトコかな? 黙っててゴメン。実は私、剣よりこっちの方が得意なんだ」


 女の言葉。視界を覆った紫の光。サーベルを弾いた腕の痺れ。ティファは先程受けた一撃が、魔法によって作られた雷撃だと悟る。


 ティファの視界の半分以上を覆っている黒ローブの女の手。次に女が雷撃を放てば、ティファに避けられない。それは同時に、ティファを人質としてカズン達の動きも封じた事になる。


 女の宣言通り、王手。


「……あなたが倉庫を襲った時、それを部下に使われていたらと思うとゾッとする」


 目の前の女の手に自分の命を握られた状態で、ティファは苦笑いして呟く。そんなティファに向けて、女もまた苦笑いを返した。


「あの時、キミが倉庫にいなくてホントよかったよ。下手をすれば死人が出ていたかもしれなかったわね」


 そう言った女とティファの周囲に飛散していた砂の山はすでに風と共に舞い飛び、砂を巻き上げていた暴風もその役目を終えたかのように急速に勢いを失っていく。


(だからって、これはこれで手が出せねぇ……)


 風が収まる中、カズンは構えたボウガンの引き金に指をかけたまま、それを引けないでいた。


「そっちの黒い子。一応言っておくけど、それ撃ったら私も遠慮無しに反撃するから、ね」


 カズンの内心を見透かしたような女の言葉に、カズンが出来た反撃はせいぜい「黒い子って言うな」と言い返す程度。


「安心して……と言うのも難しいかもだけど、私はこれ以上キミ達と戦う気はないの。キミ達に隠れ場所を見つけられちゃったし、こいつらの回収は済ませたし、ここは早々に退散させてもらうわ、ね」


 かざした手は変わらずティファに向けながら女は一歩二歩と後退していく。


「あと、これはホントに安心してほしいトコだけど、私がここから離れれば空間封鎖は解けるから。だから、皆もう少しそのまま動かないで、ね」


 白い影もまた女の周りを舞いながら共に退き、やがて役目を終えたとばかりに女の袖の中へと潜り込んだ。


 白い影の回収に合わせたように、黒ローブの女は今思い出したとばかりに声を上げる。


「あぁ、ゴメンね、ティファ。キミに名乗らせておいて、私ってば自分の名前を言ってなかったわ」


「……いいのか? 今から逃げようと言うのに、自分の情報を晒すような真似をして」


 ティファが黒ローブの女に圧倒された事へのささやかな抵抗とばかりに言い返す。女はティファの言葉に、姿を現した時と同じ無邪気な笑みを浮かべた。


「お姉さんのこと心配してくれて、ありがと、ね。でも、名乗り名乗られるのは戦の礼儀でしょう? 私の名はエマノン。でも『雷雲の魔女』と名乗ったほうが、みんなわかりやすいかも、ね」


 そう言って自嘲の笑みを浮かべた女の手に、再び紫電が生まれる。


 慌てて身構えたカズン達の耳を貫く雷音と、視界を奪う白紫の光。その音と光が消えて元の姿を取り戻した夜の倉庫街の風景に、漆黒のローブは無かった。


「……おまえ等、無事か?」


 未だ雷鳴の耳鳴りが収まらない中、カズンは標的を失ったボウガンを握る手をだらりと下げると誰とも無く尋ねた。


 カズンの問いに最初に返事をしたのはサリディを抱いたエニー。


「私は、平気です。サリーさんも気を失っているだけです」


「左腕の痺れは残っているが、一応無事だ」


 続いてティファが答えながら立ち上がる。


 そして、沈黙。カズンはもう一つあって然るべき返事がない事に顔をしかめた。


「猫助! 黙ってないで返事しろ!」


 カズンの怒鳴り声に、やはり返事はない。一同揃って周囲を見回してみるものの、猫どころか鼠一匹見当たらない。


「カ、カカ、カ、カズンさん、カ、カトリーヌさんもいませんよ。ど、ど、どど、どうしましょう?」


「とりあえず、お嬢は落ち着け」


 カズンは動揺著しいエニーにそう言うと、意見を求めてティファを見た。


「先程の暴風は、猫が飛ばされずにいるには少々荒すぎたな」


「やっぱ、ティファもそう思うのか……」


 ティファの言葉にカズンはやれやれと首を振る。


 猫助とカトリーヌは風に巻き上げられたという見解がカズンと同じならば、二匹の猫の消えた先も同じだろう。


「ったく、あの姉ちゃん。名乗るとか言いながら稀代の大魔女の名前を出すわ、猫共を連れ去っちまうわ……」


「カズンさん、あの方の名前に心当たりがあるんですか?」


 カズンの愚痴にエニーが驚いた声を上げると、カズンもまた知らないのかと言いたげに驚いた顔で見返す。ティファもまた同様の顔をエニーに向けた。


「驚いたな。世界の秩序の申し子と言われる封印師のお嬢さんが、大魔女を御存知ないとは……」


「え? ええ? そんな有名人さんなんですか?」


 ティファの言葉にさらに驚いてみせるエニー。


「ま、完璧な人間はいねぇって事だろ。それより、ティファ。お嬢に御伽話をする前に、あっちの勤勉な兵隊さん達に俺達が今繰り広げた一大活劇を話してやってくれ」


 そう言ってカズンが示した指の先には、カズン達の声を聞きつけ何事かと駆け寄ってくる警備兵達の姿があった。



章タイトルそのままの回です。というか、ティファもエニーも黒衣じゃないか、とか細かい事は置いといて……。

一応弁明しておきますが、ティファも強いんですよ。いや、ホントに、ね。

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