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97:再会

 その夜、俺はとある屋敷に忍び込んでいた。

 隠遁結界を身に纏い、移動にテレポートを使えば、俺に忍び込めない場所は無いだろう。


 俺は二人の人物を、一緒に連れて来ていた。

 テレポートで同時に運べるのは、俺が相手の体に触れている事が条件になる。


 触れてさえいれば多人数を転移させる事も可能だが、確実に運ぶのは両手で掴める二人が限界だ。

 多人数を確実に運ぶのなら、『ワープポータル』の方が効率は良い。


 気配感知で寝静まった屋敷の中を探ると、目的の部屋と思われる場所は奥にあった。

 トイレに起きた使用人を、隠遁結界で遣り過ごし、再び屋敷の奥へと向かう。


 部屋のドアに手を掛けると、鍵が掛かっていた。

 破壊して良ければ俺だけでどうにでもなるけど、そういう訳にも行かないので、俺はハンドサインで連れてきた一人に合図を送った。


 万一の場合に騒がれないようにと、俺はドア越しに部屋の中へと『ヒプノ』の魔法を仕掛ける

 これで、仮に騒ぎになったとしても気付くはずも無い。


 そいつがドアに近づき、ドアノブに触れて暫くすると、カチャリと小さな音がして鍵が開いた。

 自慢げに振り返るアーニャに向けて、立てた人指し指を自分の唇に当てて静かにするように伝える。


 コクリと頷いたドヤ顔のアーニャが、俺に場所を譲った。

 俺は、ドアを静かに開けて中を確認する。


 『暗視』スキルのある俺にとって、暗闇は何の苦にもならない。

 部屋の中では、人が一人布団に入って眠っているように見えた。


 その脇では、布団に突っ伏して別の人が寝入っていた。

 どうやら、病気で寝込んでいる人物を看病しているという構図のようだ。


 性別も歳の頃も、目的の人物と布団で寝ている人物は合致している。

 先程忍び込んだ部屋ではオッサンが汚い腹を出して寝ていただけに、安堵する。


 俺は、連れてきたもう一人の方に合図を送って、そいつに中を確認させる。

 そいつも、俺ほどでは無いらしいが『暗視』の能力持ちだ。


 部屋の中に入り確認していたそいつが、親指を立てて合図を送ってきた。

 ビンゴだ! この部屋で正解だったらしい。


 俺は、部屋の中に『遮音結界』を張って、万が一の場合に備えた。

 騒がれてしまっては、ここまで見つからずに忍び込んだと言うのに、すべてが無駄になってしまう。


 俺は布団で寝ている女性だけを対象に、強制睡眠魔法の『ヒプノ』を解いた。

 とたんにパチリと目を開けた女性が、俺の連れてきた男と目を合わせた。


「ずいぶんと遅かったのね」


 その女性は、そう言って一筋の涙を流した。

 やせ細った右腕を布団から出して、その男、ジエイさんに向けて差し伸べる。


「―― ああ、だが間に合った」


 ジエイさんは、差し出された腕を両手で握りしめる。

 互いに、その後は言葉が無い。


 俺とアーニャは、二人の邪魔にならないように少し下がった位置で待機する事にした。

 ジエイさんが手を握っている女性の名はクズハ、カインさんの妻であるハヅキさんの祖母に当たる人物だった。


「いつ来てくれるのかと待っていたら、わたしったらもう、こんなお婆ちゃんになっちゃったわよ」


 そう言って微笑むクズハさんは、少女のように嬉しそうな顔で笑う。

 ジエイさんは、両手で握ったクズハさんの右手を、ギュッと胸の前で抱きしめた。


「すまなかった。 君に拒否されることが怖くて、逢いに行く勇気が出せなかった。 君を陰から守る事を、俺の生きる目的にすり替えて自分を誤魔化していたんだ。 だけど、それは俺の自己満足だったようだ。 だが、今こうして君に逢えて、本当に良かったと思うよ」


 それから二人は、逢えなかった長い時間を埋め合わせるかのように、色んな事を話し合った。

 クズハが一生結婚をしなかった事、分家から養子を迎えた事、それがハヅキの父親である事、病に倒れたこと、ずっとジエイに逢いたかった事、ハヅキが好きな男と家を出たときに、勇気を出せなかった自分と重ね合わせて喜んだ事、ヒエイでの修行の事、キヨクラとの出会いの事、そしてハラーキィとの出会いの事、毎夜魔物と戦っていた事、などなど…… 


「あなたに一つ謝る事があるの、聞いて下さるかしら」


 クズハは、そう言って布団から上半身を起こした。

 それに手を貸すジエイさんは、優しそうな微笑みを浮かべている。


 あらたまってクズハさんが話した内容は、俺の予想を超えていた。

 それは、ジエイさんにとっても予想外過ぎたようだ。


「わたしはあの時、あなたの子供をお腹に宿していたの。 黙っていてごめんなさい」


「どうして黙っていたんだ…… 」


 ジエイさんの気持ちは、俺でも判る気はする。

 そんな大事な事を、何故黙ったままで別れを切り出したのかと、そういう事なんだと俺は思った。


 きっと、それを知っていたのなら、もっと違った未来が二人にあったかもしれないのだ。

 どうしてなのかと、そうも問いたくなるだろう。


「わたしはね、元魔族という偏見にも負けずに人のために尽くしている、そんなあなたを見ていて思ったの。 ようやく人々からも受け入れられるようになって、ようやくキトラの地に居場所を見つけたあなたから、居場所を奪ってはいけないと…… そんな時に父が突然倒れて、これはそういう事なんだと確信したの」


「そんな物、どうでも良かったのに…… 君さえ居てくれれば、居場所なんか何処にでも作ることは出来ると思って居たからね。 僕は君の気持ちが離れたんだと思って、それがとても怖かったんだ。 それが怖くて、あの時の僕は、君の本心を確かめる勇気が無かったんだ」


「今になって思うの。 あれは若気の至りだったって。 自分の中で独りよがりなストーリーを作って勝手に決めつけていたのね、きっと。 あなたには、それが幸せなんだって思い込んでいたのよ。 馬鹿だったわ、本当に…… 」


「それで、僕たちの子供は今どこに?」


 ジエイが、取り乱して辺りを見回す。

 この部屋には、孫のハヅキさん以外に誰も居ないと言うのに。


「妊娠が発覚して、病床の父には酷く怒られたわ。 でももう産むしか無い時期に来ていたの。 現実的な母は、無事に子供が産まれたら何処かへ連れて行ったの。 そうして数年後に母が一人の男の子を連れてきたのよ、ガモー家の弟子候補としてね」


「その子は、俺の子はその事を知っているのか?」


 問い掛けるジエイさんに、クズハさんが首を振って答える。

 そして、何処か遠い場所を見るような表情になり、一呼吸置いて口を開いた。


 その子は、魔族とのハーフだけあって魔法の才に恵まれた子だったわ。 でも母が私にその子と親子であると名乗る事を禁じたの。 ガモー家に魔族の息子は居ないと言ってね」


「その子は、今どこで何をやっているんだ? 魔法師の誰かがその子なのか? 教えてくれ、君と僕との子供は何処で何をやっているんだ」


「ガモー家を出た後はしばらく旅に出ていたようだけど、戻って来てからは不思議な事にエルフ族のハラーキィと名乗って、どういう伝手があったのか魔法師として王家に仕えるようになり、才覚を現して今は都の北東に屋敷を構えていると聞くわ。 わたしの処に居た時は、普通の耳だったのよ」


 俺は、何かを叫び出しそうになったアーニャの口を慌てて塞いだ。

 驚いたのは俺も同じだけど、あのハラーキィがジエイさんの子供だったというのは驚きだ。


 ジエイさんは、それとは知らない息子のハラーキィによって殺されようとしていたのだから。

 そんなことを、病身であるクズハさんの前で言えるわけが無い。


〈ねえ、ハラーキィって、もっと歳を取ってたはずよね。 二人の子供にしては、彼が自分で言っていた年齢と合わなくない?〉


〈うーん、エルフだからって無条件に長命だってのを信じてたけど、誰にも証明できないんじゃないか、自称何歳ってのは〉


 俺とアーニャは、念話でそんな会話を交わしていた。

 考えて見れば、ハラーキィがエルフとしてキトラに現れたのは、ある程度の年齢になってからで、産まれてからの事をずっと知っている人は居ない。


「もしや、会っていないのか?」


「会えるわけが無いわ。 わたしはただの本家筋の元当主よ。 あの子にとって、それだけでしか無いわ」


「奴は自分の出自も、本当の親の顔すらも知らないでずっと生きてきたと言うのか…… 」


 哀しそうに俯くクズハさんの肩を、ジエイさんがそう言いながら抱き留めた。

 俺の隣からは、グスッ、グスッっとアーニャが鼻を啜る音が聞こえる。


 我が子と名乗り会えないクズハさんの境遇に同情しているのか、それとも我が子に殺されようとしていたジエイさんの境遇を悲しんでいるのか、或いは親を知らない遺伝子改造人間としてロシアの研究所で育てられた我が身と、親を知らないハラーキィの境遇を重ね合わせたのかは、俺には解らない。

 そして、俺はそれをアーニャに尋ねるべきでは無いと思った。


 そっと、アーニャの小さな肩に手を回して抱き寄せる。

 抵抗なく身を預けてくるアーニャは、俺の胸に顔を埋めて無言になった。


 昔のことは知らないけど、今は俺たちがお前の家族なんだという意味を込めて、アーニャの小さな肩を抱き寄せる腕に、軽く力を入れる。

 ギュッと俺の服を掴むアーニャの手が、それを彼女が受け入れた事を俺に教えた。


 結局、ハラーキィが地下道で魔人化して死んだことを、ジエイさんはクズハさんに言わなかった。

 ハラーキィが旅に出ていた間に、彼に何かがあったのだろうけれど、それは今となっては誰にも判らない。


 一つだけハッキリした事は、この世界にはまだ俺たちの知らない勢力が蠢いているって事だ。

 そいつらはヤムトリアやキトラのように、奴らの意に染まない政策を行う国に対して、こっそりと何かを仕掛けているという事は、恐らく間違いが無いだろう。


「ジエイ、あなた何処か悪いの? 顔色が悪いわよ」


 クズハさんが、何かに気付いたようにジエイさんの顔を見つめる。

 人としての姿に戻ったジエイさんは、魔力を秘めた結晶を破壊されて二度と魔族の姿に戻ることは出来ない。


「ちょっと、怪我をしてね。 もう今は普通の人よりちょっとだけ魔力の強い奴でしか無いんだ。 もう人並みの寿命しか俺には残されていないのさ」


「何を言っているの? わたしは病に伏してこのまま、あなたと逢えずに死んでしまうのかと思って居たのよ。 人間並みの寿命で良かったじゃ無い。 あなたより先に私の方が死んでしまうのは哀しいけれど、それまで一緒にいてちょうだい」


 クズハさんが、そう言って微笑む。

 俺は、クズハさんに『エクストラヒール』と『キュア』を掛けて、瞬間的に彼女か罹っていた病気を治した。


 俺がそれを話すと、クズハさんは本当に体の調子が良い事に、とても驚いていた。

 俺は、クズハさんの頼みを受けて、眠っているハヅキさんの『ヒプノ』を解く。


 やがて、大きく伸びをしながら、ハヅキさんが目を覚ました。

 そして、室内に俺たちが居る事に驚きの表情を見せる。


 クズハさんがハヅキさんに事情を話し始めて、その夜は更けて行った。


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