96:エルフ耳
俺がテレポートで跳んだのは、キトラ最初の夜に野営をした大通りの中程の場所だ。
辺り一面の景色が、激しく荒れ果てた瓦礫と化していた事に、俺は驚いた。
夜の闇を劈く絶叫を耳にして、俺はそちらへ顔を向けた。
そこにはジエイさんが、二体の魔族に両腕を捕まれて瓦礫だらけの地面に膝を突いている姿があった。
苦しそうに絶叫しているのは、ジエイさんだった。
二体の魔族のうち一体が、ジエイさんの胸に手を深く突っ込んでいる。
「クソッ! 一足遅かったか!」
俺はそう呟き、ジエイさんの胸に手を突っ込んでいる魔族に念属性多段攻撃の『ソウル・バースト』を叩き込んだ。
バスケットボールほどもある五つの半透明な念球が、それぞれ僅かな時間差で魔族の頭に直撃すると、その醜い頭を木っ端微塵に粉砕する。
その飛沫をたんまりと浴びた、もう一匹の魔族がジエイさんから慌てて飛び退くと、俺に向けて右手を突きだした。
とたんに、俺の周りの風景がゆっくりと動き出す。
例によって『見切り』の発動だ。
俺は、奴が魔法を発動する前に、その背後へとテレポートした。
『フレア・バースト!』
魔族の黒い背中に、ちょこんと軽く右の掌を当てて、俺は火炎系の魔法を発動させる。
魔族の黒く大きな体に隠れて、体の向こう側が眩しいほどに明るくなったようにしか見えないけれど、俺の掌から吹き出した高熱の火炎が奴の背中から貫通して腹や胸を焼き尽くした事を確信して、一歩後ろへと離れた。
そして、その魔族が崩れ落ちる間に倒れているジエイさんへと駆け寄り、抱き起こす。
その胸は炭化していて、大きな穴が開いていた。
ボロボロと、その傷口から透明な細かい結晶の欠片のような物が、次々とこぼれ落ちて来る
俺は、その炭化した傷口に手を当てて『エクストラ・ヒール』を施した。
炭化した部分は、たちまち元に肉と皮膚に戻る。
安心するのも束の間で、再び『見切り』が発動していた。
同時に発動した『危険感知』に、五体の強い反応があった。
そして、その周囲にも数多くの反応がある。
俺は、ジエイさんの周囲に地面設置型の『拒絶結界』を張ると、そいつらに向かって立ち上がった。
辺りは一面が瓦礫だらけだけど、生きている人の反応が幾つかある。
俺は迫り来る魔物の群れを無視して次々とテレポートを繰り返した。
何をしているのかと言えば、生き残っている人に『ヒール』を施し、同時に『ヒプノ』で眠らせてから『拒絶結界』を張っていただけだ。
騎士団の人達も、まだ息のある人が大勢居た。
俺は『サンクチュアリ』を展開して、同じように結界で防御して全員を眠らせる。
「さてと…… これで二次被害の出る可能性はゼロだ。 心置きなく、範囲魔法を使わせて貰うぜ」
『ストーム・ブリザード!』『エアロボム!』『アース・スパイク!』
辺り一面を覆い尽くす程の、超巨大な三重の魔方陣が展開した。
と同時に、絶対零度の吹雪が吹き荒れ全てを凍らせて、全てを嵐に巻き込んで砕き尽くす。
そして、ほぼ同時に地中から無数の尖った石筍が突き出したかと思えば、僅かに遅れて発動させた気化爆弾が、辺り一面を広大な炎の渦に包み込んで、そして一瞬で消える。
本来は爆発燃焼後の無酸素状態で生き残ったものまで殺し尽くす極悪非道な魔法だけど、地上の魔物は土と氷と炎の三重攻撃で一匹残らず消滅していた。
それでも、相変わらず『見切り』の発動が止んでいない。
俺は、上空を見上げた。
五本の雷が俺に向かって、ゆっくりと進んでいた。
俺は、上空へとテレポートする。
使い慣れた『反重力魔法』と『風魔法』を使って、奴らと同じ高度に並んだ。
奴らのターゲットが外れて、一瞬だけ『見切り』が解除されるが、再び発動した事を感じる。
先程まで俺の居た地上に五本の雷撃が炸裂して、土煙が上がっていた。
五体のボロ布のような暗灰色のローブを纏った山羊髑髏の仮面が俺に向けて低く、くぐもった声を発した。
「きさま、何者だ! 人にはあるまじき桁違いの魔法、そして火、氷、土、風を同時に操る多属性使いなど、聞いたこともない」
「喋れんのかよ!」
俺は答えずに、小声で突っ込む。
口も喉も肺すらも無さそうな骨だらけの体から、肉声と思われる声が聞こえるのは気味が悪い。
「答えよ! 我らは世界の秩序を正す者。 我らに敵対するは、神に敵対するにも等しい事と知れ! お前は何者だ」
「悪いけど、時間が押してるからサクッと行っちゃうぜ」
俺は奴らの問いかけを無視する事にした。
そんな悠長な事を言っていられる、時間的余裕は無いのだ。
「おのれ! 西方の地にてバランスブレイカー発生の噂は、本当であったか。 我らと出会ったが運の尽きだ。 ここで滅してくれようぞ」
「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」
五体の山羊髑髏仮面は、一旦塵のようにバラバラになると再び一つに結集した。
そこに現れたのは、豪奢なマントと裾の長い立派な衣服を身に着けた、巨体の魔法使いだった。
ただ、金の縁取りを施したフードから覗く顔が、人間の骸骨だった。
山羊の髑髏は何処へ行ったんだ?
「て言うか、リッチかよ。 この世界には、マジでこんなのが居るのか」
リッチってのは、俺のゲーム知識で言うと強大な力を持った魔法使いのなれの果てだ。
魔法の真理を究めるために、悪魔に魂を売り渡して代わりに永遠の命を得た、言わば死霊の大魔法使いようなものの筈だ。
ゲームの設定では、リッチは一国の軍隊を持ってしても討伐が難しいほどのボスキャラとして作られていたから、それなりに魔法は強烈なものを使ってくる事になっていた。
こっちの世界のリッチがゲームと同じ設定なのかは知らないけど、決して弱くは無いだろう。
「悪いけど、こっちは急いでるからな。 あんま、お前の相手してやれないぞ」
そう、俺がイオナたちに掛けた魔法の効果時間が切れるまで、あと僅かしか無い。
ここで、毎回同じような下らない問答をしている暇は、俺には無いのだ。
「再び尋ねる。 きさま何者…… 」
『メギド!』
奴がセリフを言い終わる前に、俺は『断罪の矢!』を放つ。
宙天から突如飛び出してきた、炎の矢というのには大きすぎる、槍ほどもある巨大な矢がリッチの脳天に突き刺さり、下に突き抜けた。
一瞬塵のように分散したリッチが、再び集まって形作られる。
そうだ、こいつらには肉の実体が無いんだった。
視界の下端で、地面に突き刺さり燃え上がるメギドを捉えながら、俺は考える。
奴の体は、塵のように細かい何かが集まって出来ているようだ。
だが、他の魔物は俺の範囲魔法で殲滅出来た。
つまり、一粒残さず消滅させれば良いって事なんだろう。
「我は究極の不死者。 どのような攻撃も、我を滅することなど出来ぬと知れ!」
奴が杖を握った右手を振り下ろすと、月夜の空に黒い雲が渦を巻き始める。
徐々に大きく広がってゆくそれをチラリと見て、俺は言い放った。
「つか、どんな大魔法だろうと、発動までに時間が掛かり過ぎちゃあ意味が無いだろ」
俺は、奴の周囲を巨大なプラズマ化したガスで覆った。
そう、これは初めて森を出て野営していた時に襲って来た、二枚羽根の神を名乗る変な奴を倒した魔法だ。
本当なら奴の魔法を一度は受けて見せて、それでも平気なところを見せるのが一番相手に心理的なダメージを与えられる方法だと思うけど、俺はここでプロレスをやる気は無い。
最短時間で、奴を倒す必要が俺にはあった。
奴を包み込んだ、超高温のプラズマ化した大きな球体が、一瞬でキュッっと手のひら大に縮む。
魔王だとか何だとか、奴の叫び声が何か聞こえたような気がしたけど、気にも止まらない。
『メテオ!』
遠くヒエイの山に、天から光の糸を引いて流れ星が一つ落ちた。
途中で何かに衝突したのか、一瞬だけ流星の輝きが僅かに大きくなり、そしてすぐに元に戻って山に消える。
俺に敵意や殺意を向ける奴は、『危険感知』スキルの反応から逃れる事は出来ない。
姿が判らないまま、俺はそれを片付けた。
俺は早いところ、イオナたちの処へ戻らなければならないんだ。
だからそいつは、今の俺に敵意を向けたことを、あの世とやらで悔やむしか無いだろう。
俺はジエイさんの元へと戻り、様子を確認する。
ひとまず息がある事を確認し、今すぐ命に別状が無さそうだと判断した。
俺は立ち上がり、周囲に張ってあった全ての結界を解除し、『ヒプノ』による強制的な眠りの魔法も解除した。
そして、イオナたちの元へと急いでテレポートする。
「おう、和也よ。 ずいぶんと早かったの」
「その様子なら、ジエイさんは無事だったようね」
「みんな無事か? ハラーキィはどうした?」
予想外に寛いでいるイオナとレイナの様子に俺は戸惑う。
たしか、奴は魔人化していた筈だった。
「あんたが遅いから、あたしたちで片付けちゃったわよ」
「そうよね!」
「俺たちモ、武技を開眼シたぜ!」
「ああ、そうだナ」
「てか、早いのか遅いのか、どっちなんだよ」
自慢げなアーニャとメルに、俺は突っ込んだ。
そして、バルの方を向いて尋ねる。
「で、ハラーキィは?」
「あそこじゃ」
幼女バルが指差した先には、岩壁に背を向けて倒れ込んでいる、人間の姿に戻った満身創痍のハラーキィがいた。
すでに、ピクリとも動く気配は無い。
俺は傷だらけのハラーキィを見て、訳の判らない違和感を覚えた。
何かが、ちょっと違うような気がする。
「和也よ、奴の耳を見てみるのじゃ」
イオナに言われて、俺はその頭を凝視する。
エルフ特有の長い耳が無くなり、普通の人間の耳が頭についていた。
「これじゃ」
イオナが放り投げて寄越した物を、俺は反射的に受け取る。
それはエルフ耳だった…… いや、そうじゃない。
「これは、まさか機械?」
それは、疑いようの無い生体器官のような見た目と感触でありながら、一部から細かい配線のような物や柔らかい基板のような物が融合した、何かの装置に見えた。
耳との接合部分だと思われるところは自然に薄くなっていて、触ると指に貼り付いてくる。
「付け耳じゃな。 すべてのエルフがそうなのか判らぬが、此奴は偽エルフと言う事じゃ。 そして、そのような巧妙に生体と融合しているような精巧な機械は、この世界には本来存在しえぬ物」
イオナは、そう断言した。
たしかに、こんな物は俺の元居た時代の日本ですら存在していない。
ましてや、遙かに遅れた文明のこの世界で、そんな物が存在する訳が無いだろう。
しかし、現実にそれは俺の手の中に存在していた。
「って、事は…… 」
俺は、その先を口にしようとして、思いとどまった。
それは余りに、有り得ない仮定だと思ったからだ。
「この世界には、我らの知らぬ高度な文明を持つ何者かが、何処かに存在しておる可能性が高いと言う事じゃの」
「それは恐らく、耳に装着する通信機のような物じゃ。 ここは地中故に機能を使えぬであろうが、わしは昔見たことがある」
突然、バルがそう呟いた。
そして、何処で?と問う皆の声を無視して、それきり黙り込む。
俺は、二枚羽根を背にした神を自称する男も、同じようなエルフ耳をしていた事を思い出した。
そして、ヤムトリアの上空で、集結している魔獣の大群を監視していた奴も、確証は無いけれど、同じような耳をしていたように思えた。
黙り込むバルに、誰もそれ以上問い掛けようとはしなかった。
みんな、バルが何かを抱え込んでいる事には、薄々気付いているようだ。
「とにかく、相手が何者なのかが判るまでは、出来るだけ和也の真の力は隠して置く方が、これから先も無難なようじゃの」
俺たちは、目を覚ました人達と共に地下通路を進むことにした。
既に、王都の東側の地下に居る事は、気配感知で判っている。
たぶん、その方が出口は近いだろうと言うのが、生き残った者達の意見だった。
今からまた、元来た道を長々と戻る気力も無かったんだろうとは、俺も思う。
そして、すぐに地下通路は行き止まりになった。
見上げると、上にぽっかりと空いた空間には、夜空が見えた。
王都の東端にある寺の井戸から地上に戻った俺たちは、その場で解散する事になった。
明日、また冒険者ギルドの会議室へと、報告のために集合する事になるだろう。
俺たちの指定クエストは、こうして終わりを告げた。




