81:女だらけの貴族屋敷
その晩、何故か俺たちはハラーキィという魔法師の屋敷に泊まる事になった。
俺たちを部屋に案内してくれたのは、ハラーキィの従者で長刀を振り回して戦っていた、長い黒髪に短い一本角をはやした美しい幼女二人だ。
彼女たちはそれぞれが『アゲハ』に『カゲロウ』と名乗った。
ちょっと背が低いと言ってもバルより少し高いくらいの方がアゲハで、アーニャより少し低いくらいの方がカゲロウだ。
顔つきは、アゲハの方が少しだけふくよかで、カゲロウの方は痩せ気味に見える。
泊めてやると言われた時は面倒臭い事になりそうだったので断ったんだけど、城内での野営を禁ずるお触れが出ている間に野営をすると、捕縛されるとまで言われては好意に甘えるしかなかった。
それなら門東寺へ行くからと言ってはみたが、とっくに寺門は閉まっていると言われてしまったので、逃げ場は無かったと言う訳だ。
基本的に、門東寺へ行かずに城内で野宿をしている者達は、全員が捕縛対象らしい。
朝になれば開放されるらしいけど、さすがに牢の中は気分的にゴメンだ。
俺たちが捕縛されないのは、魔物の討伐に協力したからという事だった。
そう言われたら、泊めてくれると言うのを断る理由も無い。
そういう訳で、俺たちは王城の北東に位置するハラーキィの屋敷に泊まらせてもらう事になった。
月明かりの中を、王城の東側を迂回してハラーキィの屋敷に向かうわけだが、この王都には物陰などの闇に潜む雑魚い小動物のような魔物が珍しくないようだ。
俺たちの姿を見れば物陰に隠れてしまうから、それ程の脅威とは感じられないけれど、気味が悪い事には違いない。
メルなどは、ずっと俺のローブを掴んで離さなかったくらいだ。
「この王都は、些か小物とは言え、あちらこちらと魔物が多いようじゃの」
「このキトラの王都がある場所は少し盆地になっておりましてな、三方の山から発せられる魔素が溜まりやすいのですよ。 したがって人が魔物化する程では無いにしても、小さな犬や猫やネズミなどが魔素だまりに長く居続けると、魔物化しやすいのは間違いないでしょうな」
ハラーキィは、まるで他人事のようにそう言った。
それは、ヤバイんじゃないか?
「そう言えば、街路樹が魔物化していたような…… 」
「ああ、昼に日の光を浴びれば元に戻りますよ。 この王都の住民は、余程のことが無い限り夜は家から出ないのが当たり前になっているのです。 しかし魔物化した小動物は、日の光を自分から避けますからね、やがて元に戻れなくなるのです」
「ねえカズヤ。 家に居れば魔物に襲われないってのも、変じゃない? さっきだって、すぐ隣には家があって人が住んでるのに、奴らは素通りしてたわよね」
アーニャの問いかけを聞いて、俺は戦闘中に同じ事を感じていた事を思い出した。
その通りだ。 見境無く目に付いた人を襲っているようでいて、その実すぐ隣で薄い壁を隔てた家の中に居る人間には目もくれないってのは変だ。
「もしかして、家に結界でも張ってるんじゃないかな?」
俺は気が付かなかったけど、先程の魔物達は脇道に逸れること無く、南門の方から大通りを少しずつ王城に向かって近づいて来ていた。
直ぐ近くに人間という餌があるというのに、素通りと言うのは考えがたい。
そう考えると、『結界魔法』と言う言葉が真っ先に浮かぶのは当然だろう。
なにしろ、俺たちがそれでやり過ごそうとしていたんだから。
「結界などと、そのような高度な魔法を気軽に使える者など、我ら魔法師の中でもそうそう居るものではありません」
「じゃあ何で、近くの家に住んでいる人を襲わないんだろうな」
「そうよね。 人間を襲うのが目的なら、その方が手っ取り早いわよね」
俺とアーニャは、ハラーキィの言葉に対する理由が思い浮かばずに、そこで詰まってしまった。
チラリと視界の隅に映ったバルは、何事かを考え込んでいるように俯いている。
いつもなら、ここらあたりでバルが別の視点から意見を差し挟んでくるタイミングなんだけど、今夜は妙に静かだ。
イオナたちも思い当たる事が無いのか、特に口を挟んでは来ない。
「奴らは王城を目指しているんですよ。 何故かいつも南門の方に出現しては毎回毎回懲りもせずに、この大通りを北へ進軍してくるのです」
「そう言えば警備兵の人達も、奴らが来る時刻とか場所とかが判っていたみたいね」
「ええ、我ら魔法師は古くより伝わる占いも行います。 やつらが現れるおよその位置や時刻には規則性があるのです」
「規則性?」
「はい、大路に現れるときは今日のような大群で百魔夜行であったり、小路に現れるときは小集団であったりと、ある一定の規則性があるのです」
ハラーキィの説明を聞いて、アーニャが突然何事かを思いついたような顔になった。
俺はアーニャが何を言おうとしているのかと思い、次の言葉を待った。
「本気で攻めて来る気が無いって事よね、それって」
「ずいぶんと、派手な嫌がらせですね」
アーニャに続けてそう言ったのは、メルだ。
俺も、その嫌がらせと言う意見には同意だ。
本来であれば、防御を固めている王城の中にまで魔物が出現するというのは、おかしい。
如何にゴースト系の魔物だとしても、これだけ都市の中枢部に続けて出現する気があるのなら、とっくに滅ぼすことが出来るだろう。
何だったら、直接王城の中に出現すれば良いだけの話にも思える。
しかし、奴らは律儀に南門から毎回現れるらしい。
そうなのだ。
この都市を滅ぼそうと思うのなら、市民を無差別に襲えば皆が逃げ出して都市として機能しなくなるのは、たぶん間違いが無い。
相手がそれだけの戦力を持っているのは、百魔夜行の列を見れば判る。
奴らが王都の各所に散って市民を襲えば、もうパニックだろう。
だから、これはアーニャやメルの言う通り嫌がらせなのだ。
あるいは遊びと言っても良いのかもしれないけど、本気でキトラを潰す気なら、とっくにやっているだろう。
俺たちは、案内してくれるハラーキィと一緒に、夜の王都を歩いていた。
そんな中で、どうしても先程の戦いが話題になるのは当然だ。
ハラーキィさんを初めとする彼らは、毎夜同じような戦いを繰り返しているようだった。
流石に毎晩ともなれば、あの戦い好きな破壊王アモンさんだって辟易するだろう。
キトラ側の手勢にハラーキィ、キヨクラ、ジエイと、手強い三人が居ると言っても、三人では王都全てをカバーすることは出来ない。
魔物の出現する元を叩かなければ、早晩数の暴力によって押し負けてしまうだろう事は、容易に想像が出来る。
「奴らが何処から現れるのか、判らないのかな? そこを潰さないと、何時までも同じ事の繰り返しなんじゃないか」
「それは、我々もずっと追っているのです。 なにしろ人が出歩かぬ夜のこと故に、なかなか難しいのですよ。 ただ、最近ようやく王都東側の何処かだという事までは、当たりがつきまして、近々冒険者ギルドと共同で調査団を派遣する予定ではあるのです」
ハラーキィは俺たちに難しい顔を見せながら、そう言った。
っていうか、それって国家機密じゃないのか?
まあ、すぐに旅立つ俺たちには、直接的にも間接的にも関係無いんだけどな。
何にしても、この問題が解決することを願うしかない。
そんな話をしているうちに、ハラーキィの屋敷に着いた。
それほど敷地は広くないけど、貴族らしく立派な屋敷だ。
屋敷で俺たちを出迎えてくれたのは、美しい女性だけの使用人たちだった。
何処にも男の姿が見えないのは、ハラーキィの個人的な趣味なのかもしれない。
唯一の問題は、彼女たち全員に短い一本角や二本角が生えている事だろう。
それでも、そういう事を補っても余りある妖艶な美女ばかりだ。
しかし、普通こういう場合でも一人ぐらいは敏腕の男性執事なんかが居るもんだろう。
って、まあそれはアニメの思想的影響を俺が多大に受けているせいかもしれないけど、女だけ、それも美女だらけってのも実際に目にすると凄いと思う。
その時、美女たちに見とれていた俺の視界が突如スローに切り替わった。
これは『見切り』の発動だ。
慌てて飛び退こうとしたが、すぐ後ろにはアーニャたちが居るから、俺が避けてしまえば彼女たちに被害が及ぶかもしれない。
その躊躇が、俺に即座の対応を躊躇わせた。
すかさず俺たち全員を包むように、ドーム状の拒絶結界を張る。
そして、何が俺に危害を加えようとしているのか、せめて見極めてやろうと全神経を集中させた。
何が俺に攻撃を仕掛けようとしているのか、緊張が走る。
そして、俺の尻に激痛が走った。
「痛ってえぇぇぇぇ! 何すんだアーニャ! ってか、メルもかよっ!」
「カズヤったら、鼻の下をだらしなく伸ばしてんじゃないわよ」
俺の尻を、アーニャが思い切り摘まみ上げていた。
メルは、何気ない顔をして俺の足を踏みつけている。
これは正常な男子の反応ですってば……
若い女の子には、その事が判らんのです。
そして、俺たちはハラーキィの従者をしていた一本角の生えたアゲハとカゲロウに案内されて一晩お世話になる部屋へと案内された。
もちろん、言うまでも無いが部屋は男女別だ。
アゲハとカゲロウは、同じくらいの年格好をしているバルに興味があるようで、しきりにチラチラとバルの方を見ていた。
バルはと言えば、我関せずの態度を貫いていたんだが、気が付いていない筈は無いだろう。
その晩…… と言っても、朝までそれほど残された時間は無かったけど、俺たちは屋根のある部屋で寝ることが出来た。
明日は、また冒険者ギルドへ立ち寄って、適当に軽いクエストを済ませたら早めにキトラを出る届け出を済ませなければならないだろう。




