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80:キトラの三鬼神

 その優雅な動きに一瞬だけ見とれてしまった俺だったが、従者の角を見つけてすぐに自分を取り戻した。

 子鬼の娘を引き連れたエルフは、どうやら味方のようだ。


 そして俺は、自分の攻撃が通じなかった意味を知った。

 なるほど、属性攻撃でなければ倒せないという事だったか。


 そう言えば、門の前で親子連れに教えられていた事を思い出した。

 つまり、俺の物理にも何らかの属性が必要って事だ。


 俺の素手による攻撃が通じなかった意味が、以前やっていたゲームの概念を通してスッと理解できた。

 ネトゲのモンスターでも、実体を持たない念属性のゴーストなどは無属性攻撃が通じないため、普通の武器では素通りしてダメージを与えられなかった事を思い出したのだ。


 魔法を使っているイオナは言うに及ばず、レイナやヴォルコフたちの攻撃が通じているのは、彼らの使っている武器が俺の作った属性武器だからなのだ。

 かつてやっていたネトゲで古城迷宮がマップに追加された時に、まだ誰も敵の情報を知らない頃は、剣士が必死で新しく追加されたゴースト相手に当たらない無属性剣を必死で振るっていた事を思い出した。


 そう、確かに当たり判定がされていない攻撃失敗のエフェクトが、あの時は出ていた。

 今の俺も、同じような状況だったのだろう。


 と言う事は、こいつらの属性はゲームのように念属性なのか?

 いや、そこまでゲームと同じでは無いだろうが、物理的な実体を持たない何かなのだろう。


 俺は武器に属性を一時的に付与する『属性付与』を、自分の全身に掛けた。

 これで行けるはずだ。



「破邪!」


 耳をつんざく轟音と共に、魔物達の前衛が吹き飛んだ。

 魔物達は、次々と空中で塵のように霧散してゆく。


「キヨクラ殿!」


 警護兵の隊長らしき、派手目な装飾を兜の左右に付けた男が嬉しそうに呼びかけた。

 どうやら増援のようだ。 戦っている警護兵たちの志気も更に上がっているようだ。


 そちらに視線を向ければ、こっちの世界では珍しい仏教僧侶のような衣装を身に着けた男が、数珠のような物を巻いた両手を胸の前で合わせて立っていた。

 年の頃は三十代前半くらいだろうか、頭は綺麗に剃り上げられている。


「ハラーキィ殿やジエイ殿と三人で、毎夜現れる魔物への根本的な対策を練っておりました。 今宵の出現場所も判っておりましたが、些か議論が伯仲して遅れてしまいました」


「おお、ではジエイ殿も今宵は来て下さるので?」


 警護隊長らしき男が、更に嬉しそうな声で言う。

 その言い方だと、普段は加勢に現れた人達がいつも一緒という訳では無いようだ。


「あの方は、ほれ、我らとはちと戦い方が異なりますでな。 すこし遅れておられるようだが、派手好きな方だ。 すぐにいらっしゃるでしょう」


 ハラーキィと呼ばれた白い狩衣のエルフが、息も切らさずにそう告げた。

 舞いのような優雅な戦いが、話している間に止むことも無く魔物の群れ中で、そこだけがスポットライトを浴びてでもいるように、彼を中心とした場所から魔物が次々と霧散し続けている。


「ほれ、来たようだ」


 キヨクラと呼ばれていた僧侶が、空を見上げて言う。

 星の見えていた夜空には、急速に黒雲が東の方角から延びてきて上空を覆ってゆく。


 突如魔物の群れの中間辺りに、爆発でもしたかのような轟音と土煙が上がった。

 ビリビリと空気が震える中で、黒雲に覆われた空から再び月の光が照らしだした地上には、爆発のあった辺りに半径七メートル程の空間が出来ていて、そこには一匹の黒い鬼が立っていた。


 いや鬼というよりは魔族と行って良いような姿だ。

 身の丈は式魔と呼ばれていた鬼よりも小柄で、約二メートルちょっとと言った処だろう。


 その鬼は、背中から生えたコウモリのような膜で出来た大きな翼に、まず目が行く。

 黒く薄い皮膚にあばら骨が浮いたような痩身、そして耳元まで裂けた大きな口から生える白く長い牙と、額から生える二本の長く捻れた角が特徴的だ。


 その姿を見て、俺は旅の途中で耳にした魔人か、或いはヤムトリアで見かけた魔族の一種を思い出していた。

 どうみても味方という雰囲気じゃ無い。


 突然現れたそいつの姿を見て、イオナたちが一斉に殺気を黒い鬼に向けた。

 俺も、全力で敵を排除すべく、魔力を自分の中で高めてゆく。


「あれは、味方ですよ。 あんな姿をしているので、知らない人からは勘違いされがちですが、味方のジエイ殿です」


 既に、白い狩衣のハラーキィと僧侶のキヨクラが参戦してから、長大だった敵の戦力は長さで半分ほどに減っていた。

 その中程へ飛び込んでき黒い魔物が、彼らからジエイと呼ばれる存在らしい。


 大幅に減らされた敵の勢力は、ジエイの登場によって更に激減していた。

 彼が動けば数十の魔物が吹き飛び、魔法も使うのか時折激しい竜巻が瞬間的に発生して魔物を霧散させてゆく。


「相変わらず派手好きですなあ」


「いや、まったく優雅さが感じられませんね。 キヨクラ殿」


「うむ、後は大師に任せても、大丈夫そうですな。 ハラーキィ殿」


「今宵は私が守番だったのですが、大師も楽しそうなので譲りましょうか」


 白い狩衣のエルフと仏教風僧侶が、戦いを止めてそんな会話を始めていた。

 既に、彼らの周りに敵は居ない。


「ははは、我らが同じ場所で戦うなど、まだまだ時期尚早ですな」


「キヨクラ殿。 それは…… 」


「おっと、つい口が滑った。 許されよ」


 どうやらその会話を聞く限り、黒い鬼はキトラ側の味方らしい。

 どういう関係で、魔人だか魔族なのか判別がつかないような黒い鬼が味方なのだろう。


「おのれ!いつもいつも邪魔立てしおって。 ええい!口惜しや。 次こそは、おのれらの国王を生きながら喰らってやるぞ! 覚えておれ!」


 そんな捨て台詞を残して、最後尾に控えていた一際大きな魔物が東の空へと飛び去ると、残りの魔物も慌てて後を追った。

 なんだろう、あの芝居じみた敵キャラっぷりは?


「おのれ! 図々しくも、まだ居たかっ!」


 ジエイと言う悪鬼のようにしか見えない奴が、突然空へと逃げ出した魔物達を見上げていたバルに背後から襲いかかった。

 すかさず『空間転移《テレポート》』でバルの後ろに移動した俺は、地面設置型の『拒絶結界』を張ってジエイの放つ右腕の一撃を受け止める。


 ズン!と言う重い地響きと共に、結界がその攻撃を受け止めた。

 ジエイの放った黒く長い爪による一撃は、結界の表面で派手に火花を飛び散らせる。


「カズヤ すまぬ。 ちと考え事をしておった」


 後ろからバルが、そう声を掛けてきた。

 確かに、いつものバルなら余裕で避けているはずだ。


「小僧! そ奴は、お前の仲間か?」


 ジエイが俺に問い掛けた。

 俺は、ジエイの真っ赤な目から視線を逸らさずに頷く。


「わしの一撃を受け止めて無傷とは、たいした護身魔法だ。 して、そ奴は古き仲間か?」


 ジエイの質問に、どういう意図があるのか判らないが、そう訪ねてきた。

 俺は自信を持って答える。


「ああ、バルとは十年以上一緒に暮らしてきた大事な家族だ。 それが何か関係あんのか?」


 そっちがやる気なら、いつでも相手をしてやるとばかりに、俺は語気を強めて答えた。

 相手がキトラ王国の関係者だろうが何だろうが、仲間に手を出されて黙っている訳にはいかない。


「ほう、わしの勘違いだったようだ。 許されよ。 バルとか言ったな。 良き仲間と出会えたようで、良かったな」


「ふむ…… ジエイとか言ったな。 気にするでない、お主もな」


「まあ、バルが良いんなら俺は構わないぜ」


 なんだかちょっと釈然としないけど、バルが許しているのに俺が怒ってもしかたない。

 俺とバルが謝罪を受け入れた事で、その場の緊張は一気にほぐれたようだ。


「あ奴、鬼神化したジエイ殿を止めたぞ。 この目で見たと言うに、信じられぬ」

「見たところ、ただのひょろ長い小僧にしか見えぬが。 それなりの冒険者か?」

「他の仲間らしき奴らも、強すぎる。 きっと名のあるAランク冒険者ではないのか?」


 そんな話し声が聞こえてくる。

 自重するつもりで、やっちまったか…… 


「キヨクラ殿、着替えをお願いして宜しいかな?」

「心得ておりますよ」


 ジエイは、悪鬼の姿からスルスルとモーフィングのように人の姿に変わった。

 その姿は、頭を丸めた素っ裸の痩せたオッサンでしかない。


 すかさずキヨクラという僧侶が、手にしていた着替えを渡した。

 恥ずかしそうに、後姿を俺たちの方に向けて着替える姿は、とてもあの黒い悪鬼の姿が想像できない。


〈ちょっと! 痩せたオヤジのフルヌードとか、誰得なのよ! て言うか、さすが異世界だけあって何でもありね〉


〈そもそも、あの方は人なのでしょうか?〉


 皆の視線が俺とバルとジエイに向いている間に、アーニャとメルも隠遁結界の中から出て来た。

 俺は、バレないようにそっとアーニャたちが隠れていた隠遁結界をキャンセルした。


 ハラーキィって人とキヨクラって人は魔法を使う人って言う意味では珍しくは無い。

 だけど、ジエイって人は、そういうのと根本的に違うような気がする。


 人の姿から別の生き物に変形するところなんかは、バルと同じだと言えば同じだ。

 もっとも、根本的に人の姿から子猫に変形してしまうバルと、魔人のような姿に変形するジエイって人とは、根本的な方向性が違うと思う。


 何にしても、戦いが無事に終わってホッと一息吐いたところで、俺は自分に向けられていた視線に気付いた。

 視線を感じる方向に顔を向けると、ハラーキィというエルフが俺の方をジッと見ていた。


「失礼ですが冒険者の方々ですね。 それにしても、何故このような場所に? 今宵は危険故に、ここで寝泊まりせぬようお触れが出ていたはずですが?」


 ハラーキィと言う男は、イオナではなく俺に向けて問い掛けてきた。

 俺は何と答えるべきか、チラリとイオナの方へ視線を向けた。


 理由は単純で、避難場所として提供された場所よりも、俺が魔法を駆使して作り出す宿泊環境の方が文化的で快適だからだ。

 だが、この世界では些か常識外れな俺の魔法を秘密にしている以上、そんな事は言えない。


「歳若い女の子が居りますでな。 見知らぬ人の間近で雑魚寝させる訳にもいかず、何が起こるのかも知らぬ故に野営するほうがマシと考えたのが間違っておったようじゃ。 すべてはキトラの王都について無知であるが故にて、ご容赦願いたいですのお」


「左様でしたか。 確かに今の時期は秋の祭と重なって他国からの人出が多過ぎるのは確か。 宿も簡単には取れぬと聞きます」


「ハラーキィ殿の言う通り、しばらく宿は取れますまい。 それにしても、まだ若いのにジエイ殿の一撃を止めた防御魔法は見事の一言。 あれ程の使い手は、なかなかおりませぬぞ」


「いやいや、失礼ながらキヨクラ殿とお呼びいたしまするが、あれは鍛冶場の馬鹿力というやつでしてな、わしらも驚いておるところなのじゃ。 この子はまだまだ修行中の身、恐らく使った本人が一番驚いていおるじゃろうの」


 イオナの言い訳をフォローするために、俺は敢えて恥ずかしそうに頷いて見せた。


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