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79:百魔夜行

 バルに言われて、俺はアクティブスキルの『気配感知』に意識を振り向ける。

 確かに南の方角から、俺のイメージで言うところの真っ赤な敵性マーカーが集団で近づいて来ていた。


 パッシブスキルの『危険感知』は、まだ発動していない。

 隠遁結界の中に居る俺たちの事は、おそらく存在自体が認識されていないのだろう。


「何やら、ただならぬ気配じゃの」

「みんな、早く起きなさい」


 ドーム型テントの中から、イオナとレイナの声が聞こえた。

 流石に、二人はいち早く気付いたようだ。


「まるで魔素の塊が近づいて来ているような、濃密な気配じゃな」


 聞き慣れたロリババアの声に振り向けば、すでにバルは幼女形態に戻っていた。

 いたずらっ子が共犯者に向けるように、俺に向かってウィンクを一つ飛ばしてくる。


 すべては、まだ秘密と言う事なんだろう。

 俺はバルの目を見ながら、黙ってコクリと頷き返す。


 遠く中央通りの南門側の方から、断末魔の時に放つような人の悲鳴が小さく聞こえてきた。

 俺たちと同じように、宿にあぶれてお寺に行かなかった人が襲われているのかもしれない。


 俺は『暗視』と『遠視』のスキルを同時発動させて、悲鳴が聞こえた方向へ視線を振り向けた。

 長大な中央通りの彼方で、人が不定形な何者かに生きながら喰われているのが見える。


「和也! 今からでは間に合わん。 もう遅いのじゃ。 我慢せい!」


 その言葉を聞いて、思わず飛び出そうとしていた俺は踏みとどまった。

 イオナの言おうとしている事は理屈では判る。 だけど、感情的には,モヤモヤした物が心に残る。


 まず俺が考えなければならない事は仲間の安全を最優先に考えることで、正義感を振りかざして見ず知らずの人を助けるために仲間を危険に晒す事じゃない。

 なにしろ列を作って進んでくる魔物の数は、王都の中に現れている事が信じられないくらい圧倒的に多い。


 俺がヤムトリアの時のように本気の魔法を発動させれば負ける相手では無いだろうけど、それは間違い無くキトラの王都そのものをも壊滅させかねない。

 だから、ヤムトリアで魔物の群れを殲滅した時のような事は、人家が密集している場所では事実上、実行不可能だ。


 イオナたちだって余程の相手でない限り負けることは無いとは思うけど、流石に相手の数が多すぎる。

 敵の戦力が判らないうちから、迂闊に動いては駄目だ。


 イオナの言う通り、あの時点で俺が飛び出しても助けが間に合うタイミングでは無かった。

 だけど、これが目の前で起きている事だったなら、そうも言っていられないだろう。


 俺は物理攻撃防御と魔法攻撃防御の結界に加えて、隠遁結界をもう一度張り直した。

 ここは無駄なトラブルを避けるためにも、遣り過ごすのに限るだろう。


 阿鼻叫喚の叫び声は、徐々に俺たちの方へと近づいて来る。

 それに伴い、必死で幅広い中央通りを王城のある北へ向けて逃げてくる人達も近づいて来ていた。


「近いぞ! 皆は物音を立てるでないぞ」


 そんなイオナの指示を受けて、武装を終えた仲間全員が無言で頷く。

 まだ隠遁結界は有効で、見つかっては居ないようだった。


 いつでもすぐに撤退できるよう、魔法で作った風呂場とトイレは土に戻して地中に埋めてある。

 このまま別の場所に転移しても、俺たちがここに居た痕跡は残っていないはずだ。


〈あれか! 数ガ多いな〉

〈ああ、見たことの無い魔物の群れだな〉

〈ふん、大半は雑魚っぽいわね。 数だけは多いけど〉

〈でも、後ろの方は体も大きいし姿も恐ろしい感じです〉


〈まるで、魔物のボスが手下を引き連れて、己の権勢を示そうとでもしておるようじゃの〉

〈うふふ、独裁国家の軍事パレードみたいなものかしらね〉


〈ここまで魔素が濃いと、瘴気と言っても良いくらいじゃな…… 〉

〈バルの言うとおり、奴らに近い街路樹が変形してるぞ〉


 声を出せないので、全員が念話のイヤリングを使って一斉交信をしていた。

 確かにバルの言うとおり、魔素が濃すぎて瘴気と呼んでも良いのだろう。


 その証拠に、魔物の行列に近い街路樹がメリメリと音を立てて変形してゆく。

 そして街路樹の陰に隠れている人影に枝を絡めて掴み上げると、雑巾を絞り上げるように捻って溢れた体液を幹に浴びていた。


 俺たちの方に向かって、一人の男が北へと必死に駆けて来る。

 その足が、地中から飛び出した黒い手に掴まり激しく転倒した。


 そこへ魔物達の先頭が駆け寄ると、バリバリと音を立てながら喰らい始めた。

 こっちの世界へ来てからスプラッターな場面には慣れてきているとは言え、これはキツい。


 突然別の気配を感知して、俺は北側の上方へと目を向けた。

 バサバサと夜目にも白い衣装を風にはためかせて、五体の大きな何かが何も無かったはずの上空から飛び降りてくる。


 隠遁結界の中で身構える俺たちには気付かないようで、五体のそれは人を喰らっている魔物に飛び掛かって行った。

 それは、元の世界で言うところの鬼に似ていた。


 白い簡素な貫頭衣を身に着けてはいるが、その巨体は恐らく体高三メートル近いだろう。

 赤や青や黄色や緑色などの縮れた髪の毛の生え際に近い位置から、ある者は一本、またある者は二本の短い角が生えている。


 それが上から降ってくるのだから、着地の瞬間に地面が揺れた。

 ズン!と言う振動が、連続して間近に居る俺たちの方まで伝わってくる。


〈新手?…… じゃないわね。 魔物を引き剥がしてるわ〉


〈どうやら、敵対勢力のようじゃの〉

〈まだ、味方と判断するには早そうね〉


〈王都のメインストリートでこんな戦いが始まるなんて、キトラの治安はどうなってんだ〉

〈誰も周りの建物から逃げ出してこないのが、なんだか変じゃない? 普通巻き添えを食わないように逃げるわよね〉

〈家の中に居れば安全って訳でも無いだろうに。 たまたま道が広いから周りに被害が及んでいないだけだと思うけど、変だな〉


〈ふむ、この道が異様に広いのは、たまたまじゃ無いかもしれぬぞ〉

〈なんだよバル。 わざわざ周囲に被害が及ばないようにメインストリートを広く作っているって言いたいのか?〉


 そんな事を話しているうちに、北の方から急速に近づいてくる反応を、俺は関知していた。

 中央通りの北側で突き当たりにある、王城の辺りから出て来た勢力だ。


 馬にでも乗っているのだろうか、移動速度が人よりも速い。

 数は十五から二十と言ったところだろうか、大声で叫ぶような話声も聞こえてきた。


「ええい、増援はまだか!」


「守番頭のハラーキィ様は六月に1度の旅から先日戻っているはずですが、行方が知れませぬ」

「別の者がキヨクラ様を呼びに向かっておりますれば、暫くの時間稼ぎは必要かと。 ジエイ様もいずれ来て下さるはずです」


「百魔夜行を相手に、魔法師たちの式魔五体だけでは長くは持たぬぞ。 総員、その一命を賭しても百魔を王城へ近づけるな!」


 どうやら五体の鬼たちは、式魔と呼ばれる使い魔のようだ。

 この場へ駆けつけてくるのは、鎧に身を包んだ武装集団だった。


 その後ろには、白い衣装に身を包んだ五人が続いている。

 式魔と呼ばれる鬼は、兵士達の後ろから来る魔法師と呼ばれる者達が使役しているらしい。


 人を喰らっていた魔物が、赤い鬼に掴まれ投げ飛ばされて、俺たちの隠遁結界に直撃すると塵のように霧散した。

 俺たちの居る位置を挟んで、百魔と呼ばれている魔物の群れと相対した武装兵士の後ろから、白い狩衣を身に着けた男達が馬に似た動物から降りて前に出る。


「弓隊、魔法師隊の詠唱時間を稼ぐぞ。 破邪の弓を放て!」


 指揮官と思われる兵士の掛け声に合わせて、白い狩衣部隊の後ろから赤い光の奇跡を残して数十本の矢が放たれた。

 その矢に射かけられた魔物は、直撃を受けた部分から大きく火が吹き上がり、そこから全身に燃え広がるように崩壊してゆく。


〈あれは、火属性の矢じゃの〉

〈効果はあるようだけど、相手の数が圧倒的に多過ぎるわね〉


 イオナとレイナの言うとおり、相手の数に対して兵士たちの数は圧倒的に少なかった。

 魔物たちの最前列はご多分に漏れず雑魚だったらしく、白い狩衣の魔法師と呼ばれる人達が使役する式魔とか言う鬼のような奴らも、最前列を軽く片付けた後は次第に魔物を一撃で倒せなくなっている。


 式魔とか言う鬼のような化け物も、時間の経過と共に数で押され始めていた。

 魔法師たちは、唇に白い紙切れのような物を当てて詠唱のような物を呟いていたが、ようやくそれも終わったらしく、その紙切れを一斉に投げる。


 ボン!と言うような破裂音が連続して聞こえ、その紙切れが次々と式魔と呼ばれる化け物に変わった。

 増援を得た式魔は劣勢を跳ね返して、次第に魔物を押し返し始める。


 一匹の赤い式魔がバランスを崩したと思ったら、その両手にも両足にも頭にも腹にも魔物が喰らいついて、魔物の塊のような状態になった。

 次の瞬間、ボフッ!という破裂音と共に魔物たちがドサドサと地面に落ちる。


 その場で、一枚の小さな紙切れがヒラヒラと舞い落ちて行く。

 中に居たはずの鬼は、その場で紙切れに変わって消えてしまったかのようだ。


 一体が崩れると、そこに居た魔物が隣で戦っている式魔に襲いかかり、次々と連鎖反応のように式魔が紙切れに変わってゆく。

 そのうちに式魔を突破した魔物が数体、狩衣の魔法師たちに向かって襲いかかった。

 すかさず脇に控えていた兵士たちが、魔法師たちの前に出て剣を構える。


 その剣が、薄らと魔力の光を放っていた。

 全員が属性剣を所持しているようだが、次々に魔物の数が増えて行き、かなりピンチに見える。


〈さて、どうしたものかの〉

〈加勢するにしても、いまさら出て行き辛いよな〉


 遠くで襲われている人は間に合わなかったけど、流石に目の前で戦闘中となると状況が違う。

 しかも、この人達は都市を警護するために命がけで戦っている訳で、どちらに味方するのかと問われれば答えは決まっている。


〈ヴォルコフとティグレノフは2マンセルで! アーニャとメルは結界から出ないように援護を、私とイオナは出ます! カズヤ支援を! バルちゃんは状況を見て、自分の判断で動きなさい〉


 レイナが背中のクレイモアを引き抜いて隠遁結界を出ようとしていた。

 既に『コンポジットアーマー』は全員に発動済みだ。


 こうなると、事前に考えていた損得とか理屈じゃ無い。

 仲間の命は、俺が『支援魔法』を駆使して守り通せば良いのだ。


 レイナに『ブレス』と『アクセル』を掛け、続いて出ようとするイオナにも同じように掛ける。

 慣れた手順だから、自分を含めた全員に支援魔法を掛け終わるのに十秒もかからない。


「微力ながら、助太刀します!」


 レイナが飛び出しざまに、魔法師に襲いかかろうとしていた魔物を切り捨てる。

 瞬時に、切られた魔物が霧散して消えた。


〈和也! 悪目立ちせぬように、派手な魔法は控えるのじゃぞ!〉


 一言だけ俺に念話で言い残して、イオナも続いて飛び出してゆく。

 相手の数が圧倒的に多いだけに、一発大魔法をぶちかまして敵の数を大量に減らそうと思っていたのを、見抜かれていたようだ。


 エクソーダスの仲間が居たら、ここはミッシェルの放つ魔法矢の攻撃で一気に敵の列に大きな風穴を開けて、そこに特攻隊長のミリアムがジュディスやパンギャさんと一緒にメイスを振りかざして突っ込んでゆく処だろう。

 アモンさんなんかは、嬉々として範囲魔法を連発しそうだ。


 そんな回想を振り切って俺もイオナの護衛に飛びだそうとした処だったので、盛り上がった気持ちを一発で諫められた。

 さすがに王都の警護兵と言う国家公務員の居る場所で、派手な魔法はマズイよね…… 


 ここは支援に徹する事にしようと、すぐに気持ちを切り替えた。

 メルとアーニャは、隠遁結界の中に居れば大丈夫だろう。


 イオナがロッドを振るうと、バチバチッと魔物の群れから派手な火花がいくつも散り、轟という風切り音と共に数匹がまとめて輪切りになって霧散した。

 イオナは、派手に魔法を使っているようなんですが…… 


 レイナも、尋常ではない攻撃速度で魔物を切り捨てていた。

 倒された敵は死骸を残さずに、まるでゲームの中のモンスターのように霧散して消えてゆく。


 当初、唖然とした顔で助太刀に入ったレイナたちを見ていた警護兵たちは、僅かな時間で我に返り攻撃に加わり始める。

 魔法師たちも、再び紙片を唇に当てて呪文を唱え始めた。


「どなたかは知らぬが、王都警護隊として助太刀に感謝する。 皆の者、押し返すぞ! 奴らを王城に近づけるな!」


 応!と言う声が、兵士達から上がる。

 次々と順に押し寄せてくる魔物たちの動きに、俺はふと違和感を覚えた。


〈カズヤ! こいつら、何で一斉に襲いかかってこないの? 馬鹿なの? 遊んでるの? まるで前の方からしか戦っちゃだめなルールでもあるの?〉


〈わたしも変だと思います。 数の有利をあまり生かしてないですよね〉


 アーニャとメルから、俺の感じていた事と同じ意見が飛んできた。

 確かにやられてしまえば喰われてしまうんだろうけど、まるで本気で責める気が無いような機械的な行動パターンというか、何だろう本気で攻め滅ぼしに来ていないように感じてしまうのだ。


 それに何よりも、切られた魔物が霧散して消えるというのは、どういう事なんだろう。

 キトラに至るまでに出会った魔獣の類いは、みんな死ねば屍を地に晒して、霧散などはしなかった筈だ。


 これは、まるでデータの塊で出来ているオンラインゲームのモンスターと同じじゃないか?

 そんな疑問が俺の頭を過ぎるが、深く考えている余裕は無かった。


 支援魔法を使いやすいように、俺は最前線からやや下がった位置で戦況を眺めていた。

 そんな俺にも、数の有利さで前線を突破してきた魔物が一匹襲いかかってきたのだ。


 『見切り』の発動によってそれを察知して、素手で対応すべく半身に構えて身構えた。

 月明かりに照らされた黒いシルエットの顔辺りに爛々と光る赤い眼が目立つ魔物が、禍々しい雰囲気を纏った長い爪の生えた手を振り上げながら、スロー再生されたムービーのようにゆっくりと近づいてくる。


 初撃を軽く左へ移動する事で躱して、カウンターの右拳を腹に叩きつけた。

 スキルによるブーストを加えて、トラックでもぶっ飛ばせる程のパンチを叩きつけた筈だった俺の右拳は、魔物の真っ黒い動体を僅かな抵抗だけ残して素通りしした。


「な! 馬鹿な!!」


 魔物をぶっ飛ばす前提だった俺の体はバランスを崩し、予想外の反応に次の対応が遅れた。

 無防備に魔物の前に晒されていた俺の右首筋に、魔物がこれ幸いとばかりに噛みつく。


 ゴリッという気色悪い音が耳元で響いた。

 『コンポジット・アーマー』に阻まれて、魔物の牙は俺に通らない。


 咄嗟に突き飛ばして離れようとする俺の両手が、ほとんど手応えも無く魔物の胴体を突き抜けてしまった。

 魔物はガジガジと俺の結界を噛み砕こうと喰らいついているから、実体は間違い無く存在しているはずなのに、俺の攻撃だけが通らない。


 執拗に俺の首筋に喰らいついていた魔物が、掻き消すように消えた。

 俺の耳元で、誰かが囁いた。。


「こ奴らには、属性武器か魔法しか通じぬ。 怪我はしていおらぬようですが、攻撃手段が無いのであれば下がっていなさい!」


 その男は唐突に現れた。

 いや、攻撃が通じずに俺が焦っていたから、気配感知に注意を払う余裕が無かっただけだろう。


 その男はヒラヒラと舞うような優雅な動きで、手に持った扇子を刃物のように使って魔物を退治してゆく。

 男の身に纏っている白地に金色の模様が入った狩衣が、こんな凄惨な戦いの場所には似つかわしくない、華麗で厳かな舞いのように見えた。


「ハラーキィ殿!」


 魔法師の中から、そんな声が複数上がる。

 ハラーキィと呼ばれる二十代にしか見えない美形の優男は、特徴的な耳を持つエルフの男だった。


 その後ろから、着かず離れずの絶妙な位置取りで、長刀を持った二体の和装幼女が付き従っていた。

 その黒髪の頭頂部からは、二体とも一本の短い角が生えている。


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