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74:バランスブレイカー

「ヤムトリアの件は、どうなっておるのだ?」

「白神様 それが、失敗に終わった模様です…… 」


 光溢れる真白き空間で、話し合う複数の声が聞こえていた。

 四方八方から降り注ぐ目映い光の中では、常人であれば眩しくて目を開けているのも辛いだろう。


 障害物一つも無いフラットな床すらも真白く発光しており、光の洪水の中では逆に視界が奪われるのを感じる。

 その真白き空間の床にひざまずくのは、一人の高位神官らしき衣装を身に着けた人物である。


「監視を申しつけた使徒ハウエルは、どうしたのだ! 何故報告に来ぬ」

「それが、あれ以来連絡が途絶えておりまして…… 生きていれば何処に居ても反応を追えるはずですが、それも時を同じくして消失しております」


「して、調査はした上で申しておるのだろうな」

「はい。 すぐさま別の使徒を向かわせましたが、現地には巨大な神威の跡が残るのみで、ハウエルの存在を示す物は見つからずに戻りました」


 その返答を聞いて、別の声が神官を責める。

 神官は頭を上げず、平伏したままだった。


「馬鹿な! 使徒が連絡も無く戻らぬなど、これで二度目では無いか。 それは有り得ぬぞ! まさか、奴は我らを裏切ったか 」

「いえ、緑神様。 我らの加護を離れる事は永遠の命を手放すことを意味します。 それは有り得ぬかと…… 」


 神官の声は、僅かに震えていた。

 そして、また別の声が神官に向けられる。


「その加護を離れる者が、僅かながらも現実におるから言っておるのだ」

「はっ! プロメテの事は、私も承知しております」


「それにしても、せっかく知恵の実を食わせてやったと言うに、やはり薄汚いゴブリン共では魔海嘯を率いるには荷が重かったか」

「黒神様に申し上げます。 使徒ハウエルよりの経過報告では想定以上の集団を率いる事に成功し、一国を滅ぼすには充分過ぎる程な手勢を集め、突入寸前までは上手くやっていたようでございます」


 言い訳では無いのだろうが、神官は計画が杜撰だったのではなく、計画は途中まで上手く行っていた事を必死で説明していた。

 高位の神官と思われる者に相手の姿は見えず、ただ異なる声が聞こえるのみである。


「そうであろう。 ならば何故ヤムトリアが今も存続しておるのだ?」

「白神殿の言う通りだ。 今回は改革を企てる他国への見せしめの意味もあって、我らの方針に従わぬ不遜なヤムトリアを地上から消し去る事が主眼。 そのために隣国キサーラに魔族を送り込んで、魔獣や魔物共による蹂躙が終わるタイミングでヤムトリアへと攻め込む手はずまで整えたと言うに、何故失敗したのだ」


 別の声が先に発言した声に向かって話しかけると、神官は慌てて言葉を継いだ。

 計画の失敗は自分の不手際ではなく、第三者の介入があった事を伝えるために。


「黄神様。 それが、魔物共の反応が消えるのとほぼ時を同じくして、使徒ハウエルが神威の光を使用した形跡がございます」


「何故に使用許可を出したのだ。 ハウエルが土壇場で神意でもある魔海嘯を潰す理由は何だ?」

「青神様。 神威の光の発動に対してハウエルが使用申請を出したタイミングと、魔物共の反応が消えるまでの間に、僅かながらタイムラグがございます。 つまり…… 」


「それは、つまり…… 魔獣や魔物の群れを倒した、別の勢力がこの世界に存在すると言うのか?」

「恐らくは…… ハウエルはそれを見て、我らにより保たれている世界の平和とバランスを維持するために神威の光を使用する事を申請し、恐らく相打ちになったのでは無いかと思われます」


 何の物的証拠も無いが、神官は必死で喋り続けた。

 喋るのを途中で止めれば、自分が責任を取らされて罰を受けるのでは無いかと言う事を、まるで恐れているようでもある。


「して、その根拠は?」

「その名の通り、神威の光は竜族すら倒す圧倒的な破壊を広範囲にもたらします。 その恐るべき攻撃範囲から考えても、避けられる事は百パーセント有り得ません」


「神威の光が必要な相手となると、相手は竜族か? 愚かな人族相手に戦っていた昔と違い、奴らは我らに逆らえぬはず」

「しかし、我らと不干渉を貫く竜族もまだ何体かは存在しているのも、また事実」


「それ以外には考えられまい。 仮に奴らを倒すとなれば、それは神威の光かロンギヌスの槍しか選択肢が無い」

「だが、むやみに竜族に手を出せば、我らとて無傷では済むまい」


「うむ。 神威の光の前には、強靱な竜族といえども無事では済まぬが、竜族全てを相手にするには神威の光やロンギヌスの槍を持ってしても数が足りぬ」

「人ごときに我らの使徒が倒される事は、どう考えても有り得ぬであろう。 さすれば、恐らくこの一件にはプロメテに荷担する裏切り者の竜族が絡んでおるやもしれぬゆえ、慎重に調べよ。 それまでは、ヤムトリアに潜り込ませた魔族に内部より陽動を掛けさせるのだ」


「それが…… 」

「どうしたと言うのだ。 魔族をヤムトリアに潜り込ませてあるのでは無いか?」


「そちらも、同じ日に連絡が取れなくなっております。 付け加えて言えば、隣国キサーラの王に化けさせた魔族も落雷の直撃を受けて死亡が確認されております」


「なんと…… 」


 ほんの一時だけ、真白き空間を沈黙が支配した。

 それ程に、衝撃的な報告だったのだろう。


「ヤムトリアに対しては、準備が整うまで一旦作戦中止だな。 継続中のキトラへは失敗するでないぞ」

「はい。 すでに仕込んだ者が王城の要職に上り詰めておりますれば、いずれ良き報告が出来るかと思われます」


 神官は、そっと額の汗を拭おうとして、自分が頭巾を被っていることに気付く。

 ようやく、話が逸れたことに内心でホッとしていた。


「ならば良い。 ヤムトリアと言い、キトラと言い、エストリアと言い、我らが建国を手助けした始祖六国が揃って世界のバランスを崩そうとしているのは、皮肉なものよ」

「衣食足りて、余計な欲が出たのであろう」


「貧しく厳しい生活を続けておれば、そのような余計な事も考えまいに」

「エスタシオの一件は、改革を進めようとする者にとって決して他人事ではございません。 我らに逆らうことの意味を示す良きサンプルと言えましょう」


「バランスブレイカーは、あらゆる手段を使ってでも排除せねばならぬ」

「うむ、国王が言う事を聞かぬのであれば、首をすげ替えるまでよ」


「御意。 我らとの古き盟約も世代を重ねて、その真の意味が薄れているやもしれません」

「プロメテか。 猿に知恵を授けた悪しき異教の神の名をいつまでも反逆者共に名乗らせておくでないぞ!」


「ははっ。 六神様こそが、この世界を救い我らを導く、尊い神々にてございます」


 しばらく待ったが返事が無く、神官が顔を上げた時には既に室内の真白き光は消え、静寂だけが残っていた。

 神官は、ゆっくりと立ち上がり、一つだけ長く大きな溜息を吐いた。

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