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72:救出

 俺の問いに、そうだ、とその老人は平然と答えた。

 何故メルなのだと、再び俺は問いかけてみる。


「その娘、エスタシオの王女であろう。 前エスタシオ国王の政治は神殿の意向に逆らうものだったが故に、神の怒りに触れて統治者を交代させられたのだ。 このヤムトリアとて同じ危機に瀕しておる。 エスタシオの王女を助けるなど、ライオネル王は狂っておられるのだ」


「そんな身勝手な理由でアーニャを傷つけた上に、関係の無いメルを掠ったのか?」


「はて、国家存亡の危機故に邪魔者は排除せよと命じておったでな。 邪魔する者が居れば排除するのは当然だろう。 殺したでは無く傷つけたと小僧が言っているが、ハウエルにルシアル、お前たちは邪魔をした人間風情の始末も出来ぬのか?」


 老人は、叱責するような口調で後ろに控えている二人に問いかける。

 その時に、ティグレノフと隠れて居るヴォルコフからメラッと殺気のようなものが膨らんだ気がした。


「アーニャを傷つけたのは、お前たちだったか」


 後ろ姿で判らないけど、たぶんティグレノフは犬歯を剥き出して凄い笑みを浮かべたんだろうなと俺は想像できた。

 斜め後ろの背中しか見えないけれど、体の大きさも少し膨らんだような気がする。


「マルコ様、どういう事なのですか? この娘はライオネル王をたぶらかそうとしたから掠ったと仰ったでは無いですか? だからこそ、この場所を提供したのです。 先日エルダという女を王都から追い出すように頼んだ際には、魔族を使って危うく国王陛下のお命まで危うくしたと聞きました。 あなたは、いったい何を考えておいでなのですか?」


 ティグレノフの下で、女が叫んだ。

 それに答えて、マルコという老人が笑いを堪えるような表情で口を開く。


「何故魔族を使ったか、だって? ククク、それは俺が魔族だからだよ。 お前の知っているマルコは、もうこの世には居ないのさ。 愚かな女よ、万が一の場合を考えてライオネルをおびき出す手段にとエスタシオの元王女を掠ったが、すでにこの国の命運は詰んでおる」


「どういう事なのです? わたくしはライオネル王とシャロン様が幸せに暮らせるようにと、邪魔者を排除する事をお願いしただけのはず」


「どうやらワシが直接ライオネルに手を下さずとも、神の手の者が直接ヤムトリアへ引導を渡す事になるだろう。 すでにゴブリン王の降臨は成り、魔海嘯の時は刻一刻と近付いている。 キサーラの馬鹿王もワシらの手の者に入れ替わり、今頃は魔海嘯後の混乱を狙って、娘の嫁ぎ先に攻め入ろうとしておるわ」


 いや、たぶん魔海嘯とか言うのは俺が止めたんだけど、そんな事を言っても信じないだろうな。

 それにしても、ゴブリン王の誕生にもこいつらが絡んでいたというのは、どういう事なんだろう。


 あれは、人為的な…… というか、魔族とか神とか言う奴等絡みで、上位種なんて物を自由に生み出せるって事なんだろうか?

 神と一口に言っても、この世界で言うところの信仰対象である神と、こいつらが言う神というのは、同じだとは限らない。


 俺が思うに、言葉というのは異なるお互いが同じ名称を使っていると、勝手に自分が知っている方向の意味づけをしがちだけど、たぶん違う存在なんだろう。

 日本人が神と言って想像する八百万の神と、西洋人が言う処の一神教の神と、アラブ人が言うところの一神教の神は、たぶん意味するところが違うはずだ。


 いや、神なんて言葉の定義はどうでも良い。

 つまり、こいつらは直接ライオネルの命を狙うチームで、あの晩に酔ったライオネルを狙って俺たちに倒された魔族は、こいつらの仲間って事になる。


 そんでもって、こいつら言うところの神っていうのは、あの光の点の奴の事だろう。

 そいつが何らかの方法でゴブリンの王を造り出し、それを操ってヤムトリア総攻撃を企ていた魔族の仲間か、あるいは同じ結果を望む別の勢力って事なんだろう。


 隣国キサーラに潜入した魔族が国王にすり替わっているらしいから、ゴブリン王に率いられたモンスターが押し寄せてくる魔海嘯後の混乱で戦力の落ちたヤムトリアを、キサーラが漁夫の利を狙って占領するって筋書きだったんだろう。

 しかし、魔海嘯は俺が止めた。

 既に兵を動かしたというキサーラは、その矛の収め先を何処に持って行くのだろう?


「非道い! シャロン様だけは、シャロン様だけは祖国へと逃がして下さい、マルコ様」


「狭いな、実に狭い。 そのように愛だ恋だと狭い世間を通して世の中を見ているから、大局が見えぬのだ。 それに、ワシはマルコでは無いと言ったはずだ。 ワシの真名はガルハ、ヤムトリア王暗殺のために派遣された魔族の将よ」


 勝ち誇って笑う老人の姿をしたガルハという魔族の前に、ティグレノフが小銃を向けて立ちはだかる。

 ティグレノフに腕を極められていたエメリアという女性は解放されて、どんな表情をしているのか判らないけれど、マルコの方へと顔を向けていた。


「魔法でも単純な戦闘力でも、魔族は人間族を凌駕している。 魔法の使えないこの場所で、何をしようと無駄な事だ…… と、これは?」


 ゴトンと、老人の足下に何か小さな塊が転がった。

 ヴォルコフが避けろと目で俺に合図をして、床に腰を降ろしたままのエメリアという女性に向けて飛びかかり、両腕で抱えたまま脇の壁際へと退避した。


 ティグレノフも、扉の壊れたドアの前から左横へ身を隠す。

 俺も、メルを抱きかかえて右の壁際へと転がった。


 転がると同時に、猛烈な魔力消費を感じて周囲の風景が急速にスローモーションのように変わる。

 僅かに遅れて、ドン!と言う低くて鈍い破裂音が室内に響いた。


 ヴォルコフの放り投げた手榴弾の爆発を受けて、『見切り』が発動した事を俺は理解していた。

 どうやら理由は判らないけれど、この魔法阻害結界の中でもパッシブスキルの『見切り』は有効に働いたようだ。


 ただし、いつもより相当に大量の魔力を消費した感覚がある。

 つまり、と言う事はだ…… 


 俺が床に着地する直前に、周囲の速度は元に戻る。

 俺とメルがさっきまで居た背後の壁に、何かの破片が突き刺さっていた。


 空気が短い間隔で勢いよく漏れるような、そんな連続音が爆発によって生じた埃と煙の中から聞こえてきた。

 小気味良く繰り返して三点射され続けるのは、ティグレノフとヴォルコフの小銃だろう。


 カラカラと、薬莢が木の床に落ちる音が映画の効果音のように、妙にリアルだ。

 エメリアは何が起きているのか今ひとつ理解していないようだったが、見た事の無い武器の事なんか、理解出来る方がおかしい。


「で、魔法が使えないと、どうなるんだ?」


 爆発によって舞い踊っていた室内の埃や煙が収まった時には、ティグレノフが老人の姿をしていた物の顔に大きな軍用ブーツの足を乗せて、床に押しつけていた。

 三人とも、間近で爆発した手榴弾の衝撃で受けたのか、それとも激しい銃撃の影響なのか、体があちこち激しく損傷してる。


「グワアアァァァ! 低俗な人間どもめえぇぇ!」

「何故だ? 何故、結界内でそのような魔導具を使用できるのだ…… 」


 ギチギチと音を立てるように、見る見るうちに老人と二人の従者は体が変形してゆく。

 先程まで人の顔だった物が、醜い悪魔じみた顔になっていった。


「魔法じゃなくて、物理なんだよ!」

「地獄で、出直して来い!」


 ティグレノフが変形中の顔へ至近距離から小銃の弾丸を浴びせる。

 ヴォルコフも、残りの二人の頭へ同じように弾丸を撃ち込んで止めを刺していた。


 グズグズに破壊された魔族三匹の残骸を前にして、ティグレノフとヴォルコフが互いの左手を突き出して、拳と拳を軽くぶつけて勝利を称え合う。

 ドタドタと乱暴に上の階から、こちらに集まって来るような足音が聞こえた。


 ティグレノフとヴォルコフの二人は、それを確認すると小銃の弾倉を入れ替える。

 俺は、戦う気満々な二人に声を掛けた。


「まってくれ。 たぶん魔法は使えると思う」


 俺はワープポータルを無詠唱で脳内イメージした。

 いつもの魔力量では発動しないので、徐々にでは無く意識して一気に魔力量を爆発的に増大させる。


 パリン…… と、どこかで何かが壊れるような音がして、二人の足下にワープポータルの魔法陣が広がる。

 まだ戦い足りなそうな二人を促し、俺自身は部屋に残っている薬莢と床や壁にめり込んでいる弾丸を『風化』スキルで砂に変えてから、メルを背負ってワープポータルに乗った。


 地下室には、エメリアという女性だけが残る事になる。

 彼女は、魔法阻害結界内で俺が魔法を使った事が信じられないような顔をしながら呟いていた。


「馬鹿な…… 魔力阻害結界を、力で押し破ったと言うのか…… 」


 宿にメルを連れて戻ると、部屋の中にマーシャが居た。

 いきなり、深く頭を下げられて俺は驚く。


「どうか、我がヤムトリア存亡の危機に、是非ともお力をお貸し下さい」


「どういう事?」


 力を貸せと頭を下げるマーシャを横目に見ながら、俺はイオナに訊ねた。

 前後の事情が、戻ってきたばかりの俺には全く判らない。


 イオナの説明を聞いて俺は納得した。

 マーシャは、魔獣や魔物亜人などの連合軍による総攻撃である魔海嘯を食い止めるために、俺たちの力を貸せと言っているのだった。


「いや、魔海嘯ってのは心配無いと思うよ」


 俺は、あっさりとそう答える。

 だって多少強引だったけど、もう片付けちゃったんだから心配などある訳が無い。

 俺がやったと言うと何かと問題があると考えて俺は、こう答えた。


「なんか、突然天から突然強烈な光が降ってきて、みんな森ごと焼き尽くしちゃったよ」


「たしかに、小さな地震の後に渦を巻く巨大な黒雲を見たという報告と共に、同じく巨大な光の柱が天に向けて大森林から立ち上がったという目撃証言もありますが…… 」


 半信半疑だったマーシャだけど、俺が再び確認のために森へ行ったら全てが焼き尽くされていたと答えると、すぐにでも偵察隊を派遣すると言い出した。

 何とも面倒くさいので、半ば強制的にマーシャを連れて、その場から俺たちが脱出した森の中へと飛んだ。


 既に夕暮れが近い時刻で辺りは暗くなり始めていたけれど、ポッカリと何も無くなっている森の中の広大な空間を見て、マーシャが呟いた。

 これは、立派な開拓村が出来そうだと…… 


 俺は、宿に戻ってからキサーラ国王が魔族と入れ替わっていると言う情報をマーシャへ渡した。

 今回の事件のあらましも、知っている範囲で伝える。


 キサーラに対しては、魔海嘯の心配が無いのであれば全軍を挙げて対応すると言っていた。

 エメリアという女性の事は、黙っておいた。


 イオナはマーシャが帰った後に事情を聞いて一言だけ、歪んだ愛じゃなと、そう言った。

 そして、その夜一人でどこかへ出て行った。


 俺たちは、翌日正式に王宮へと招待された。

 バルも、宿に戻ってきて居る。


 バルは遺跡の跡を探しに遠くへ行っていたと、それだけを俺に言った。

 どうにも、あの遺跡の一件以来様子がおかしいと俺は思う。


 今度は正賓として招かれた謁見の間で、正装をしたライオネル国王と俺たちは会った。

 そして、正式に礼を言われる。


 王妃は伏せっていると言う事で、姿を見せなかった。

 当然、エメリアも居ない。


「ここだけの話だが、昨夜キサーラの王宮に特大の雷が落ちたらしくてな、国王が偶々巻き添えになって死んだそうだ。 黒焦げで身に付けている物から国王だと判ったらしいが、妻のシャロンはキサーラの出だからな、その報を今朝聞いて塞ぎ込んでいるのだ」


「それは、まだ国家機密では無いのですかな? まあ、わしらには関係の無い話じゃがの」


 ライオネル王の隠す気も無いような小声の話しを聞いて、イオナは興味なさそうな顔でそう答えた。

 まあ、イオナも魔族たちの勝手な思惑で大事な仲間を傷つけられて、きっと我慢が出来なかったのだろう。


 トコトコとバルが俺に近寄ってきた。

 耳を貸せと、俺の服の裾を引いている。


「あの黒い騎士と、あの気取った貴族から目を離すでないぞ」


 バルが視線で指し示したのは、国王を守るように配置されている黒衣騎士の中の一人だった。

 ライオネル王が他のエリオットと言う側近と立ち話をしていると、その黒衣騎士が突然動いた。


 国王の後ろから剣を抜いて斬りかかったのだ。

 側に居た側近のエリオットが身を盾にしてライオネル王を庇うシーンが、『見切り』が発動している訳でもないのに、やけにゆっくりと見えた。


 血しぶきが舞い、エリオットが倒れる。

 すぐに周りの黒衣騎士たちに、襲った黒衣騎士は拘束された。


 俺は、すぐに『ヒール』を飛ばしてエリオットの傷を回復させようとするが、発動しない。

 ここにも当然、魔法阻害結界が張られていたのだろう。


 俺が昨日地下でやったように一気に魔力を爆発的に注ぎ込むと、謁見の間の四方からパリンとガラスが割れるような音が四つ、ハッキリと聞こえた。

 エリオットの傷は、跡形も残らず治癒が完了した。


 突然の襲撃が夢で無い事を物語っているのは、切り裂かれて元に戻らない衣服だけだ。

 ライオネル王が、驚いた顔で俺をマジマジと見た。


 捉えられたはずの黒衣騎士が、暴れて他の黒衣騎士たちを振り飛ばした。

 人間離れした、すごい力だ。


 俺は防御スキルと体力増強系のスキルを重ね掛けして、その場へ全力で駆ける。

 そして国王とエリオットを、『拒絶結界』で覆った。


 自らが装着していた黒い鎧を内側から弾き飛ばして、その男は背中からコウモリのような真っ黒の翼を広げて飛び上がる。

 高い天井近くまで飛翔した処で、バルの呟くような声が聞こえた。


「逃げられると思うたか」


 いつの間にか、バルが飛翔している魔族の背中に乗っていた。

 背中から小さな両手を伸ばして、魔族の頭を左右から挟み込む。


 一瞬バルの両手が光ったかと思ったら、魔族の頭が弾けて床に落下した。

 バルは魔族の残骸が床に落ちる直前で、ひらりと着地する。


 一同が騒然とする中で、一人の貴族が国王の身を案じるように近付いた。

 そいつは、バルが目を離すなと言った貴族だ。


 俺が『瞬間凍結フリーズ』を掛ける前に、国王の背後で短剣を振り上げた貴族の男は、凍り付いたかのようにピクリとも動かなくなる。

 俺の後ろから、アーニャの声が聞こえた。


「あんまり、あたしたちの居るところで調子に乗らないで欲しいわね」


 振り向いて見れば、アーニャが手の平を開いた右腕を貴族に向けて、真っ直ぐに伸ばしていた。

 そして、その右手の指がギュっと握られる。


 貴族の男は、血を吐いて絶命した。

 たちまち姿が醜い魔族のものへと変わってゆく。


 俺たちは再び国王から厚く礼を言われ、ヤムトリアを後にする事になった。

 なにやら報奨金のような物も貰って、旅の資金は潤沢だ。


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